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鬼神と月兎
EP 30
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夜明けと、新たな旅路
朝日が、北の山脈を黄金色に染めていく。
完全に崩落した「魔の顎」の跡地を見下ろす丘の上で、解放された捕虜たちの、喜びと安堵の声が響いていた。
「おお…! 本当に、助かったんだ…!」
「女神様、仏様…いや、勇者様!」
ドワーフや村人たちは、ダイチの元へと集まり、何度も、何度も、その小さな手に感謝の言葉を重ねた。
「勇者様、ありがとう! あんたがいなけりゃ、俺たちは今頃…」
「このご恩は、一生忘れねえ!」
その度に、ダイチの右手の甲に宿る「勇者の聖痕」は、人々の純粋な感謝の「想い」を吸収し、温かく、そして力強い光を放つ。ダイチは、その力が自らの心と身体を満たしていくのを、確かに感じていた。それは、誰かを傷つけるための力ではない。誰かを守り、そして、希望を与えるための、温かい力だった。
騒ぎの中心から少し離れた場所で、ダイヤは、部下の騎士たちに負傷者の手当てや、今後の行程についての指示を手際よく出していた。しかし、その視線は、時折、輪の中心で戸惑いながらも嬉しそうに笑うダイチと、さらにそこから離れた岩の上で、腕を組んで静かにその光景を眺めている龍魔呂へと、交互に向けられていた。
やがて、救出されたドワーフの長老らしき、ひときわ立派な髭を持つ男が、龍魔呂の元へと歩み寄った。
「……」
龍魔呂は、その視線に気づき、わずかに眉をひそめる。
ドワーフの長老は、龍魔呂の足元に転がっていた、改造モンスターの鋼の腕の残骸を、その屈強な足で無造作に蹴り飛ばした。
「…あんた、滅茶苦茶な戦い方をするお人じゃな」
その声には、呆れと、しかし、それ以上の、隠しきれない敬意が込められていた。
「だが、あんたがいなければ、我らはあの化け物に喰われ、勇者様も危なかった。儂らの命の恩人だ。ドワーフの名にかけて、感謝するぜ」
長老は、不器用ながらも、深く頭を下げた。龍魔呂は、その言葉に何も返さず、ただ、ふい、と視線を逸らした。
数日後。一行は、解放された人々と共に、再び水車の街・アクアブルックへと帰還した。
街は、彼らを、今度こそ本当の英雄として、熱狂的に迎え入れた。その夜、街の広場では、ささやかながらも温かい宴が開かれ、ダイチの作るシチューが、人々の心と身体を温めていた。
宴の喧騒から少し離れた宿屋の一室で、四人は、今後の進路について話し合っていた。
「私の任務は、この『魔の顎』に関する情報を、可及的速やかに聖都ソラリスへ持ち帰ること。そして、ダイチ様を帝国の保護下へお戻しすることだ」
ダイヤが、騎士団長としての公式な見解を述べる。
その言葉に、ダイチは、シチューの鍋をかき混ぜていた手を止め、顔を上げた。
「でも、それじゃあ、またお城に閉じ込められちゃうよ。それに…」
彼は、宴の中心で笑い合う、救出されたドワーフたちの姿を見つめる。
「まだ、困っている人たちが、たくさんいるはずだよ!」
その時、部屋を訪れたドワーフの長老が、ダイチの言葉を引き取った。
「…その通りじゃ、勇者様」
長老は、険しい顔で、四人に向かって言った。
「『魔の顎』は、奴らの計画の、ほんの一部に過ぎん。儂らが捕らえられておる時に聞いた話では、奴らは、さらに東…我らドワーフの故郷である、火山地帯の『竜の坩堝(るつぼ)』で、さらに大規模な何かを企んでおるらしい」
長老は、ダイチの前に進み出ると、その場に膝をついた。
「どうか、お願いじゃ、勇者様! 儂らの故郷をも、救ってはくれんだろうか?」
それは、帝国からの任務ではない。今、目の前にいる、救いを求める民からの、直接の願いだった。
ダイチは、迷わなかった。
「行きます! 必ず、助けます!」
「ダイチ様!」
ダイヤが、思わず制止の声を上げる。帝国の命令に背くことになる。
しかし、ダイチは、まっすぐな瞳で、ダイヤを見つめ返した。
「ダイヤさんは、どっちが正しいと思う? お城で命令を待つことと、今、助けを求めている人の手を、取ること」
その、あまりにも純粋な問いに、ダイヤは言葉を失った。
彼女は、自らの心の天秤が、帝国への忠誠ではなく、目の前の少年勇者へと、大きく傾いているのを、はっきりと自覚した。
彼女は、ふっと、自嘲するように笑うと、懐から通信用の魔導水晶を取り出した。
聖都の宰相へと繋がる、緊急の通信。
『――こちら、ダイヤ・ソルティア。…勇者様のご意思により、これより、東部火山地帯における、魔王軍の動向調査を続行する。以上』
一方的な報告を終え、彼女は通信を切った。
そして、覚悟を決めた、晴れやかな顔で、仲間たちに向き直る。
「宰相閣下には、今の通り報告した。これで私も、帝国から見れば、反逆者の一味かもしれんな」
そう言って、彼女は悪戯っぽく笑った。
「だが、騎士は、民を守ってこそ。そうだろ? …勇者様」
その言葉に、ダイチは、満面の笑みで頷いた。
ユイも、嬉しそうに微笑んでいる。
そして、龍魔呂は、何も言わなかったが、その口元に、ほんのかすかな、誰にも気づかれないほどの笑みが浮かんでいたのを、ユイの耳だけが、聞き取っていた。
帝国の思惑から解き放たれ、自らの意志で、一つの「パーティ」となった四人。
彼らの次なる目的地は、東の果て。灼熱の火山地帯、「竜の坩堝」。
本当の旅が、今、始まる。
朝日が、北の山脈を黄金色に染めていく。
完全に崩落した「魔の顎」の跡地を見下ろす丘の上で、解放された捕虜たちの、喜びと安堵の声が響いていた。
「おお…! 本当に、助かったんだ…!」
「女神様、仏様…いや、勇者様!」
ドワーフや村人たちは、ダイチの元へと集まり、何度も、何度も、その小さな手に感謝の言葉を重ねた。
「勇者様、ありがとう! あんたがいなけりゃ、俺たちは今頃…」
「このご恩は、一生忘れねえ!」
その度に、ダイチの右手の甲に宿る「勇者の聖痕」は、人々の純粋な感謝の「想い」を吸収し、温かく、そして力強い光を放つ。ダイチは、その力が自らの心と身体を満たしていくのを、確かに感じていた。それは、誰かを傷つけるための力ではない。誰かを守り、そして、希望を与えるための、温かい力だった。
騒ぎの中心から少し離れた場所で、ダイヤは、部下の騎士たちに負傷者の手当てや、今後の行程についての指示を手際よく出していた。しかし、その視線は、時折、輪の中心で戸惑いながらも嬉しそうに笑うダイチと、さらにそこから離れた岩の上で、腕を組んで静かにその光景を眺めている龍魔呂へと、交互に向けられていた。
やがて、救出されたドワーフの長老らしき、ひときわ立派な髭を持つ男が、龍魔呂の元へと歩み寄った。
「……」
龍魔呂は、その視線に気づき、わずかに眉をひそめる。
ドワーフの長老は、龍魔呂の足元に転がっていた、改造モンスターの鋼の腕の残骸を、その屈強な足で無造作に蹴り飛ばした。
「…あんた、滅茶苦茶な戦い方をするお人じゃな」
その声には、呆れと、しかし、それ以上の、隠しきれない敬意が込められていた。
「だが、あんたがいなければ、我らはあの化け物に喰われ、勇者様も危なかった。儂らの命の恩人だ。ドワーフの名にかけて、感謝するぜ」
長老は、不器用ながらも、深く頭を下げた。龍魔呂は、その言葉に何も返さず、ただ、ふい、と視線を逸らした。
数日後。一行は、解放された人々と共に、再び水車の街・アクアブルックへと帰還した。
街は、彼らを、今度こそ本当の英雄として、熱狂的に迎え入れた。その夜、街の広場では、ささやかながらも温かい宴が開かれ、ダイチの作るシチューが、人々の心と身体を温めていた。
宴の喧騒から少し離れた宿屋の一室で、四人は、今後の進路について話し合っていた。
「私の任務は、この『魔の顎』に関する情報を、可及的速やかに聖都ソラリスへ持ち帰ること。そして、ダイチ様を帝国の保護下へお戻しすることだ」
ダイヤが、騎士団長としての公式な見解を述べる。
その言葉に、ダイチは、シチューの鍋をかき混ぜていた手を止め、顔を上げた。
「でも、それじゃあ、またお城に閉じ込められちゃうよ。それに…」
彼は、宴の中心で笑い合う、救出されたドワーフたちの姿を見つめる。
「まだ、困っている人たちが、たくさんいるはずだよ!」
その時、部屋を訪れたドワーフの長老が、ダイチの言葉を引き取った。
「…その通りじゃ、勇者様」
長老は、険しい顔で、四人に向かって言った。
「『魔の顎』は、奴らの計画の、ほんの一部に過ぎん。儂らが捕らえられておる時に聞いた話では、奴らは、さらに東…我らドワーフの故郷である、火山地帯の『竜の坩堝(るつぼ)』で、さらに大規模な何かを企んでおるらしい」
長老は、ダイチの前に進み出ると、その場に膝をついた。
「どうか、お願いじゃ、勇者様! 儂らの故郷をも、救ってはくれんだろうか?」
それは、帝国からの任務ではない。今、目の前にいる、救いを求める民からの、直接の願いだった。
ダイチは、迷わなかった。
「行きます! 必ず、助けます!」
「ダイチ様!」
ダイヤが、思わず制止の声を上げる。帝国の命令に背くことになる。
しかし、ダイチは、まっすぐな瞳で、ダイヤを見つめ返した。
「ダイヤさんは、どっちが正しいと思う? お城で命令を待つことと、今、助けを求めている人の手を、取ること」
その、あまりにも純粋な問いに、ダイヤは言葉を失った。
彼女は、自らの心の天秤が、帝国への忠誠ではなく、目の前の少年勇者へと、大きく傾いているのを、はっきりと自覚した。
彼女は、ふっと、自嘲するように笑うと、懐から通信用の魔導水晶を取り出した。
聖都の宰相へと繋がる、緊急の通信。
『――こちら、ダイヤ・ソルティア。…勇者様のご意思により、これより、東部火山地帯における、魔王軍の動向調査を続行する。以上』
一方的な報告を終え、彼女は通信を切った。
そして、覚悟を決めた、晴れやかな顔で、仲間たちに向き直る。
「宰相閣下には、今の通り報告した。これで私も、帝国から見れば、反逆者の一味かもしれんな」
そう言って、彼女は悪戯っぽく笑った。
「だが、騎士は、民を守ってこそ。そうだろ? …勇者様」
その言葉に、ダイチは、満面の笑みで頷いた。
ユイも、嬉しそうに微笑んでいる。
そして、龍魔呂は、何も言わなかったが、その口元に、ほんのかすかな、誰にも気づかれないほどの笑みが浮かんでいたのを、ユイの耳だけが、聞き取っていた。
帝国の思惑から解き放たれ、自らの意志で、一つの「パーティ」となった四人。
彼らの次なる目的地は、東の果て。灼熱の火山地帯、「竜の坩堝」。
本当の旅が、今、始まる。
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