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鬼神と月兎
EP 31
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東への道と、騎士の誓い
アクアブルックの街からの旅立ちは、聖都ソラリスのそれとは、全く違うものだった。
民衆による盛大な見送りも、騎士団による物々しい護衛もない。ただ、街の人々からの心からの感謝と、道中の無事を祈る温かい目に見送られての、静かな門出。
一行には、ドワーフの長老グロールをはじめとする、救出された者たちが道案内として加わっていた。彼らの故郷、東の火山地帯「竜の坩堝」を目指して。
「しかし、騎士団長様も、思い切ったことをなさったのぅ」
野営の焚き火を囲みながら、長老グロールが、豪快な笑いと共にダイヤに話しかける。
「帝国に背いて、我らドワーフに力を貸してくださるとは。この恩、儂らは決して忘れんぞ」
「…私は、ダイチ様の護衛騎士です」
ダイヤは、火の粉が舞うのを眺めながら、静かに答えた。
「あの方が、民を助けたいと願うのなら、その剣となるのが私の務め。たとえ、その道が帝国と袂を分かつことになろうとも」
その横顔には、もはや迷いはなかった。騎士としての誇りと、自らが信じる正義。そのために、彼女は全てを懸ける覚悟を決めていた。
「龍魔呂さん、はい、どうぞ」
ダイチが、串に刺してこんがりと焼いた肉を、少し離れた場所に座る龍魔呂へと差し出す。龍魔呂は、無言でそれを受け取った。以前ならあり得なかった、穏やかなやり取り。
旅の道中、一行の雰囲気は、確実に変わりつつあった。
昼は、グロールが語るドワーフの伝説や、東の地理についての話に、ダイチとユイが目を輝かせる。夜は、ダイヤが騎士団の知識を活かして、効率的な見張りの配置や、野営術を皆に教える。
龍魔呂は、相変わらず口数は少ない。しかし、彼がそこにいるだけで、一行には絶対的な安心感が漂っていた。夜間に襲いかかってくる魔物の群れも、彼が一度、その赤黒い闘気を放つだけで、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
そんなある日、一行は小さな宿場町に立ち寄った。
そこで、彼らは、一枚の「お尋ね者」の貼り紙を目にすることになる。
そこには、ダイヤ・ソルティアの、騎士にあるまじき険しい表情の似顔絵が描かれていた。
『――帝国騎士団長ダイヤ・ソルティア、勇者ダイチ様を唆し、重要任務を放棄。帝国への反逆者として、これを指名手配する。生死は問わず――』
そして、その横には、特徴の少ない、しかし禍々しい気配だけが強調された、龍魔呂らしき男の似顔絵も添えられていた。
「…僕のせいで…」
ダイチが、青い顔で呟く。
「僕が、わがままを言ったから、ダイヤさんまで…」
「気にするな、ダイチ様」
ダイヤは、その貼り紙を、まるで汚物でも見るかのように一瞥すると、ダイチの頭に、ぽん、と優しく手を置いた。
「私が決めたことだ。それに…」
彼女は、自嘲するように、しかし、どこか晴れやかな顔で笑った。
「民を助けるのが、騎士の務め。今の帝国が、それを見失っているだけのこと。私は、私の信じる正義に従うまでだ」
その姿は、ダイチの目に、どんな英雄よりも気高く、そして、美しく映った。
旅は、さらに続いた。
彼らは、もはやただの寄せ集めではない。互いを信頼し、支え合う、一つの「パーティ」となっていた。
そして、長い旅路の果てに、彼らはついに、目的地の火山地帯へと足を踏み入れた。
空気は熱を帯び、硫黄の匂いが鼻をつく。空は、火山灰によって、常に薄暗い。地面は、黒い溶岩石で覆われ、植物の姿はほとんどない。
「…見えてきたぞ」
グロールが、険しい顔で前方を指さす。
その先には、巨大な活火山の山腹に築かれた、壮大なドワーフの王国への入り口が見えていた。何世代にもわたって築き上げられた、不落の要塞「大門(おおもん)」。
しかし、その姿は、あまりにも無残なものだった。
巨大な門は、中央から叩き割られるようにして破壊され、城壁のあちこちからは、自然のものではない、邪悪な黒煙が立ち上っている。そして、その周辺を、明らかに魔王軍の兵士と思われる軍勢と、魔の顎で見たような、おぞましい改造モンスターたちが、闊歩していた。
ドワーフの故郷は、既に、戦場と化していた。
グロールが、絶望に満ちた声で叫んだ。
「馬鹿な…! あれは…我らの大門が…! もう、ここまで手遅れだったというのか…!」
その慟哭を聞きながら、龍魔呂は、燃え盛るドワーフの王国を、静かに、そして、冷たく見据えていた。
彼の右手に嵌められた闘鬼の指輪が、主の静かな怒りに呼応し、まるで呼吸をするかのように、赤黒い光を、ゆっくりと明滅させ始めた。
アクアブルックの街からの旅立ちは、聖都ソラリスのそれとは、全く違うものだった。
民衆による盛大な見送りも、騎士団による物々しい護衛もない。ただ、街の人々からの心からの感謝と、道中の無事を祈る温かい目に見送られての、静かな門出。
一行には、ドワーフの長老グロールをはじめとする、救出された者たちが道案内として加わっていた。彼らの故郷、東の火山地帯「竜の坩堝」を目指して。
「しかし、騎士団長様も、思い切ったことをなさったのぅ」
野営の焚き火を囲みながら、長老グロールが、豪快な笑いと共にダイヤに話しかける。
「帝国に背いて、我らドワーフに力を貸してくださるとは。この恩、儂らは決して忘れんぞ」
「…私は、ダイチ様の護衛騎士です」
ダイヤは、火の粉が舞うのを眺めながら、静かに答えた。
「あの方が、民を助けたいと願うのなら、その剣となるのが私の務め。たとえ、その道が帝国と袂を分かつことになろうとも」
その横顔には、もはや迷いはなかった。騎士としての誇りと、自らが信じる正義。そのために、彼女は全てを懸ける覚悟を決めていた。
「龍魔呂さん、はい、どうぞ」
ダイチが、串に刺してこんがりと焼いた肉を、少し離れた場所に座る龍魔呂へと差し出す。龍魔呂は、無言でそれを受け取った。以前ならあり得なかった、穏やかなやり取り。
旅の道中、一行の雰囲気は、確実に変わりつつあった。
昼は、グロールが語るドワーフの伝説や、東の地理についての話に、ダイチとユイが目を輝かせる。夜は、ダイヤが騎士団の知識を活かして、効率的な見張りの配置や、野営術を皆に教える。
龍魔呂は、相変わらず口数は少ない。しかし、彼がそこにいるだけで、一行には絶対的な安心感が漂っていた。夜間に襲いかかってくる魔物の群れも、彼が一度、その赤黒い闘気を放つだけで、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
そんなある日、一行は小さな宿場町に立ち寄った。
そこで、彼らは、一枚の「お尋ね者」の貼り紙を目にすることになる。
そこには、ダイヤ・ソルティアの、騎士にあるまじき険しい表情の似顔絵が描かれていた。
『――帝国騎士団長ダイヤ・ソルティア、勇者ダイチ様を唆し、重要任務を放棄。帝国への反逆者として、これを指名手配する。生死は問わず――』
そして、その横には、特徴の少ない、しかし禍々しい気配だけが強調された、龍魔呂らしき男の似顔絵も添えられていた。
「…僕のせいで…」
ダイチが、青い顔で呟く。
「僕が、わがままを言ったから、ダイヤさんまで…」
「気にするな、ダイチ様」
ダイヤは、その貼り紙を、まるで汚物でも見るかのように一瞥すると、ダイチの頭に、ぽん、と優しく手を置いた。
「私が決めたことだ。それに…」
彼女は、自嘲するように、しかし、どこか晴れやかな顔で笑った。
「民を助けるのが、騎士の務め。今の帝国が、それを見失っているだけのこと。私は、私の信じる正義に従うまでだ」
その姿は、ダイチの目に、どんな英雄よりも気高く、そして、美しく映った。
旅は、さらに続いた。
彼らは、もはやただの寄せ集めではない。互いを信頼し、支え合う、一つの「パーティ」となっていた。
そして、長い旅路の果てに、彼らはついに、目的地の火山地帯へと足を踏み入れた。
空気は熱を帯び、硫黄の匂いが鼻をつく。空は、火山灰によって、常に薄暗い。地面は、黒い溶岩石で覆われ、植物の姿はほとんどない。
「…見えてきたぞ」
グロールが、険しい顔で前方を指さす。
その先には、巨大な活火山の山腹に築かれた、壮大なドワーフの王国への入り口が見えていた。何世代にもわたって築き上げられた、不落の要塞「大門(おおもん)」。
しかし、その姿は、あまりにも無残なものだった。
巨大な門は、中央から叩き割られるようにして破壊され、城壁のあちこちからは、自然のものではない、邪悪な黒煙が立ち上っている。そして、その周辺を、明らかに魔王軍の兵士と思われる軍勢と、魔の顎で見たような、おぞましい改造モンスターたちが、闊歩していた。
ドワーフの故郷は、既に、戦場と化していた。
グロールが、絶望に満ちた声で叫んだ。
「馬鹿な…! あれは…我らの大門が…! もう、ここまで手遅れだったというのか…!」
その慟哭を聞きながら、龍魔呂は、燃え盛るドワーフの王国を、静かに、そして、冷たく見据えていた。
彼の右手に嵌められた闘鬼の指輪が、主の静かな怒りに呼応し、まるで呼吸をするかのように、赤黒い光を、ゆっくりと明滅させ始めた。
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