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鬼神と月兎
EP 32
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灼熱の坩堝、鉄の涙
「馬鹿な…! 我らの大門が…!」
長老グロールの慟哭が、熱を帯びた風に虚しく流れる。何世代にもわたり、どんな敵の侵攻も退けてきた不落の要塞。その象徴である大門が無残に破壊され、内部からは同胞たちの断末魔の叫びと、魔物たちの下卑た雄叫びが聞こえてくる。
「落ち着け、グロール殿!」
ダイヤが、絶望に打ちひしがれる長老の肩を強く掴んだ。
「まだ、全てが終わったわけではない! 生存者がいるはずだ! 今は、感情的になるな!」
その言葉は、長老だけでなく、自らに言い聞かせているようでもあった。
ダイチは、燃え盛る友人の故郷を前に、ただ唇を噛みしめる。無力感が、再び彼の心を苛む。だが、アクアブルックでの経験が、彼に俯くことだけを許さなかった。
(僕にできることは…)
その時、一行の中で最も冷静だったのは、龍魔呂だった。
彼は、戦場と化したドワーフの王国を、冷徹な分析の目で見据えていた。
「…敵の動きが、雑すぎる」
「え?」
ダイヤが、その意図を測りかねて問い返す。
「あれだけの戦力で、この程度の規模の要塞を落とすのに、これほどの時間をかけている。略奪と破壊を楽しんでいるだけの、統率の取れていない烏合の衆だ。あるいは…」
龍魔呂は、火山の山頂付近へと、その鋭い視線を向けた。
「…本隊は、別の場所にいる」
その言葉に、グロールがはっと顔を上げた。
「…! まさか…『大溶鉱炉(グランド・フォージ)』か!」
ドワーフの王国の心臓部。山の奥深く、マグマの熱を利用して伝説級の武具さえも生み出すという、神聖なる大溶鉱炉。
「奴ら、儂らの宝を…いや、あの炉を使って、何か邪悪なものを作り出すつもりじゃ!」
「ならば、話は早い」
ダイヤは、即座に決断を下した。
「グロール殿、この要塞に、大溶鉱炉へと続く秘密の通路は?」
「…ある。儂ら一族の長と、ごく一部の者しか知らん、古い通気孔が…!」
「よし!」
ダイヤは、その場の全員を見渡した。その瞳には、もはや迷いはない。
「これより、二手に分かれる! グロール殿と騎士団の有志は、陽動として正面から敵の注意を引き、生存者の救出を! 私とユイ殿、ダイチ様、そして龍魔呂殿は、その隙に秘密の通路から大溶鉱炉へと向かい、敵の指揮官を叩く!」
それは、あまりにも危険な賭けだった。だが、今、彼らができる最善の策。
誰も、異論を唱えなかった。
数時間後。
ドワーフの王国に、鬨の声が上がった。グロール率いるドワーフの生き残りと、ダイヤの部下である帝国騎士団が、決死の覚悟で陽動を開始したのだ。
その混乱に乗じ、龍魔呂たちは、グロールに教えられた秘密の通路――岩肌に巧妙に隠された、古い通気孔の中へと、その身を滑り込ませた。
中は、灼熱の地熱と、金属の匂いに満ちている。
「…この先です」
ユイが、壁に耳を当てながら、一行を導く。
「とても大きな空間…。たくさんの邪悪な『音』と、そして…何か、とても大きな力が、生まれようとしている『音』がします…!」
通路の突き当たり、格子のはまった覗き窓から、彼らはその光景を目撃した。
そこは、巨大な溶岩の滝が流れ落ちる、広大な地下空洞だった。ドワーフの叡智の結晶である「大溶鉱炉」。しかし今、その神聖な場所は、冒涜の儀式の祭壇と化していた。
炉の中心では、魔王軍の幹部らしき、ローブを纏った巨大な魔族の将軍が、何かの詠唱を唱えている。その周囲では、捕らえられたドワーフの鍛冶師たちが、涙ながらに強制労働させられていた。彼らが炉にくべるのは、ミスリルやオリハルコンではない。魔の顎で見たような、改造モンスターの亡骸や、呪われた武具の数々。
炉から生み出されているのは、もはや武具ではなかった。脈動する、巨大な、黒い心臓のような塊。それは、一目見ただけで正気を失いそうなほどの、邪悪な生命力の集合体だった。
「…あれは…! まさか、ゴーレムの核か!」
ダイヤが、戦慄に声を震わせる。
「あれほどの邪気を込めた核でゴーレムを練成すれば…城壁さえも容易く砕く、災厄級の『魔導兵器』が生まれるぞ…!」
「詠唱が終わる前に、奴を止めなければ…!」
しかし、彼らの前には、数十体の改造モンスターと、精鋭の魔族兵たちが、壁のように立ちはだかっていた。
「…俺が行く」
龍魔呂が、静かに前に出た。
「お前たちは、ドワーフたちを解放しろ。指揮官は、俺がやる」
「無茶だ、龍魔呂殿! 一人でこの数を…!」
龍魔呂は、ダイヤの制止を、ただ、静かな一瞥で黙らせた。
「――俺はもう、一人じゃない」
その言葉に、ダイヤも、ユイも、そしてダイチも、息を呑んだ。
彼が、初めて、仲間たちの存在を認めた瞬間だった。
次の瞬間、龍魔呂の全身から、赤黒い闘気が爆発した。しかし、それはアクアブルックの時のような、理性を失った狂気の奔流ではない。静かに、しかし、全てを焼き尽くすほどの、制御された、絶対的な怒りの炎。
彼は、立ちはだかる魔物の群れの、そのど真ん中へと、ただ一人、歩き出した。
その背中に、ダイチの、そして、仲間たちの「想い」を、確かに乗せて。
鬼神の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
「馬鹿な…! 我らの大門が…!」
長老グロールの慟哭が、熱を帯びた風に虚しく流れる。何世代にもわたり、どんな敵の侵攻も退けてきた不落の要塞。その象徴である大門が無残に破壊され、内部からは同胞たちの断末魔の叫びと、魔物たちの下卑た雄叫びが聞こえてくる。
「落ち着け、グロール殿!」
ダイヤが、絶望に打ちひしがれる長老の肩を強く掴んだ。
「まだ、全てが終わったわけではない! 生存者がいるはずだ! 今は、感情的になるな!」
その言葉は、長老だけでなく、自らに言い聞かせているようでもあった。
ダイチは、燃え盛る友人の故郷を前に、ただ唇を噛みしめる。無力感が、再び彼の心を苛む。だが、アクアブルックでの経験が、彼に俯くことだけを許さなかった。
(僕にできることは…)
その時、一行の中で最も冷静だったのは、龍魔呂だった。
彼は、戦場と化したドワーフの王国を、冷徹な分析の目で見据えていた。
「…敵の動きが、雑すぎる」
「え?」
ダイヤが、その意図を測りかねて問い返す。
「あれだけの戦力で、この程度の規模の要塞を落とすのに、これほどの時間をかけている。略奪と破壊を楽しんでいるだけの、統率の取れていない烏合の衆だ。あるいは…」
龍魔呂は、火山の山頂付近へと、その鋭い視線を向けた。
「…本隊は、別の場所にいる」
その言葉に、グロールがはっと顔を上げた。
「…! まさか…『大溶鉱炉(グランド・フォージ)』か!」
ドワーフの王国の心臓部。山の奥深く、マグマの熱を利用して伝説級の武具さえも生み出すという、神聖なる大溶鉱炉。
「奴ら、儂らの宝を…いや、あの炉を使って、何か邪悪なものを作り出すつもりじゃ!」
「ならば、話は早い」
ダイヤは、即座に決断を下した。
「グロール殿、この要塞に、大溶鉱炉へと続く秘密の通路は?」
「…ある。儂ら一族の長と、ごく一部の者しか知らん、古い通気孔が…!」
「よし!」
ダイヤは、その場の全員を見渡した。その瞳には、もはや迷いはない。
「これより、二手に分かれる! グロール殿と騎士団の有志は、陽動として正面から敵の注意を引き、生存者の救出を! 私とユイ殿、ダイチ様、そして龍魔呂殿は、その隙に秘密の通路から大溶鉱炉へと向かい、敵の指揮官を叩く!」
それは、あまりにも危険な賭けだった。だが、今、彼らができる最善の策。
誰も、異論を唱えなかった。
数時間後。
ドワーフの王国に、鬨の声が上がった。グロール率いるドワーフの生き残りと、ダイヤの部下である帝国騎士団が、決死の覚悟で陽動を開始したのだ。
その混乱に乗じ、龍魔呂たちは、グロールに教えられた秘密の通路――岩肌に巧妙に隠された、古い通気孔の中へと、その身を滑り込ませた。
中は、灼熱の地熱と、金属の匂いに満ちている。
「…この先です」
ユイが、壁に耳を当てながら、一行を導く。
「とても大きな空間…。たくさんの邪悪な『音』と、そして…何か、とても大きな力が、生まれようとしている『音』がします…!」
通路の突き当たり、格子のはまった覗き窓から、彼らはその光景を目撃した。
そこは、巨大な溶岩の滝が流れ落ちる、広大な地下空洞だった。ドワーフの叡智の結晶である「大溶鉱炉」。しかし今、その神聖な場所は、冒涜の儀式の祭壇と化していた。
炉の中心では、魔王軍の幹部らしき、ローブを纏った巨大な魔族の将軍が、何かの詠唱を唱えている。その周囲では、捕らえられたドワーフの鍛冶師たちが、涙ながらに強制労働させられていた。彼らが炉にくべるのは、ミスリルやオリハルコンではない。魔の顎で見たような、改造モンスターの亡骸や、呪われた武具の数々。
炉から生み出されているのは、もはや武具ではなかった。脈動する、巨大な、黒い心臓のような塊。それは、一目見ただけで正気を失いそうなほどの、邪悪な生命力の集合体だった。
「…あれは…! まさか、ゴーレムの核か!」
ダイヤが、戦慄に声を震わせる。
「あれほどの邪気を込めた核でゴーレムを練成すれば…城壁さえも容易く砕く、災厄級の『魔導兵器』が生まれるぞ…!」
「詠唱が終わる前に、奴を止めなければ…!」
しかし、彼らの前には、数十体の改造モンスターと、精鋭の魔族兵たちが、壁のように立ちはだかっていた。
「…俺が行く」
龍魔呂が、静かに前に出た。
「お前たちは、ドワーフたちを解放しろ。指揮官は、俺がやる」
「無茶だ、龍魔呂殿! 一人でこの数を…!」
龍魔呂は、ダイヤの制止を、ただ、静かな一瞥で黙らせた。
「――俺はもう、一人じゃない」
その言葉に、ダイヤも、ユイも、そしてダイチも、息を呑んだ。
彼が、初めて、仲間たちの存在を認めた瞬間だった。
次の瞬間、龍魔呂の全身から、赤黒い闘気が爆発した。しかし、それはアクアブルックの時のような、理性を失った狂気の奔流ではない。静かに、しかし、全てを焼き尽くすほどの、制御された、絶対的な怒りの炎。
彼は、立ちはだかる魔物の群れの、そのど真ん中へと、ただ一人、歩き出した。
その背中に、ダイチの、そして、仲間たちの「想い」を、確かに乗せて。
鬼神の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
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