鬼神と月兎

月神世一

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鬼神と月兎

EP 38

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蝕む闇と、五つの光
​「影の根」は、生命の輝きが反転した世界だった。
ダイチが放つ黄金の光が、半径数メートルを照らし出す。その光の輪郭の外は、完全な闇と、魂を蝕むかのような濃密な瘴気が渦巻いていた。
​一行は、自然と陣形を組んでいた。
中央で、光の源であるダイチが、懸命にその輝きを維持する。彼のすぐそばで、ユイが癒やしの力をいつでも解放できるように備える。
そして、その光の円陣を守るように、三人の戦士がいた。先頭で道を切り開く案内人のライラ。後方と左右を警戒する騎士のダイヤ。そして、その全てを、まるで自らの縄張りを見回る獣のように、静かに、しかし鋭く観察する、鬼神・龍魔呂。
​「…来ます」
ユイの耳が、闇の奥で蠢く、無数の不協和音を捉えた。
その言葉と同時に、周囲の黒ずんだ巨大な根や、ぬかるんだ地面から、無数の影が、一斉に一行へと襲いかかった。
​それは、黒い棘に覆われた、巨大な蔓の怪物「影の蔓(シャドウクリーパー)」の群れだった。瘴気を養分として成長する、この森の悪性腫瘍。その狙いはただ一つ、一行の生命線である、ダイチの光だった。
​「散開! 勇者様を囲め!」
ダイヤが、即座に号令を飛ばす。
「こいつら、植物の化け物だ! 炎に弱い!」
彼女は魔法ポーチから「真・煉獄」を抜き放つと、その炎の刃で、前方の蔓の群れを薙ぎ払った。炎に焼かれた蔓は、甲高い悲鳴のような音を上げて黒い灰と化す。
​「森を穢す者どもめ…!」
ライラもまた、木々の間を舞うように動きながら、その弓から立て続けに矢を放つ。エルフの魔力が込められた矢は、蔓の怪物の核となっている部分を、寸分の狂いもなく射抜いていく。
​ダイヤの炎が面を制圧し、ライラの矢が点を貫く。完璧な連携だった。
しかし、蔓の勢いは止まらない。闇の中から、次から次へと、無限に湧き出してくるかのようだ。
​その時、一体のひときわ巨大な蔓が、地中から、ダイチの足元めがけて突き出した。
「ダイチ様!」
​ダイヤの警告よりも早く、その巨大な蔓の前に、一つの影が立ちはだかった。龍魔呂だった。
彼は、その棘だらけの怪物を、赤黒い闘気を纏った、ただの素手で、正面から受け止める。
​「――無駄だ」
​ミシリ、と音を立てて、龍魔呂の握力によって蔓が軋む。そして、彼は、咆哮と共に、その巨大な蔓を、根こそぎ、大地から引きずり出した。おぞましい根の塊が、空中に晒される。彼は、それを、まるで棍棒のように振り回し、周囲の蔓の群れをなぎ倒していった。
​圧倒的な、力。
これならば、勝てる。誰もがそう思った、その時だった。
​「ぐ…っ!」
龍魔-呂の動きが、不意に、止まった。
激しい戦闘で、彼の闘気が乱れた、ほんの一瞬。その隙を突いて、濃密な瘴気が、彼の身体へと侵入したのだ。
​「龍魔呂様!?」
龍魔呂は、その場に片膝をつき、自らの胸を強く押さえた。指に嵌められた闘鬼の指輪が、瘴気に反応し、彼の内なる「鬼」を暴走させようと、赤黒い光を激しく明滅させる。
(…まずい…この瘴気、俺の闘気と、反発しやがる…!)
精神が、内側から、穢れた力によってかき乱される。
​その危機を、仲間たちが見過ごすはずもなかった。
「ユイ!」
「はい!」
ダイヤの声に応え、ユイが龍魔呂の元へ駆け寄る。その手のひらから、月の光にも似た、清らかな銀色の癒やしの光が放たれ、龍魔呂の身体を包み込んだ。
​「…龍魔呂さん!」
ダイチもまた、自らの黄金の光の輝きを、さらに強めた。その聖なる光が、龍魔呂の周囲の瘴気を、霧を払うように浄化していく。
​銀の癒やしと、金の守護。
二つの優しい光に包まれ、龍魔呂は、はっ、と息を吐いた。彼は、首にかけていたエルフの聖水のペンダントを強く握りしめる。ペンダントから放たれた清浄な気が、彼の乱れた闘気を、ゆっくりと鎮めていった。
​「…借りが、できたな」
龍魔呂は、自嘲するように呟くと、再び立ち上がった。
その瞳には、もう、迷いはない。
​彼は、もはや一人で戦っているのではない。
背後には、自らを癒し、守り、そして、導いてくれる仲間たちがいる。
五つの光が、一つの意志の下に集う。
​龍魔呂は、再び、闇の奥を見据えた。
「行くぞ。こんな場所は、さっさと終わらせる」
​その声には、揺るぎない決意が宿っていた。
一行は、さらに深く、暗い、森の心臓部へと、その歩みを進める。
この先に待つ、本当の悪意の根源を、断ち切るために。
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