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鬼神と月兎
EP 39
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影の根の心臓と、森の嘆き
五つの光は、もはや分かたれてはいなかった。
ダイチの黄金の光が道を照らし、その円陣を、龍魔呂、ダイヤ、ライラの三人の戦士が、鉄壁の陣形で守る。そして、その中心で、ユイが癒やしと補助の力を、常に仲間たちへと注ぎ続ける。
「影の根」の瘴気は、彼らの進軍を阻もうと、さらに濃密になっていく。闇の中から現れる魔物たちも、より強力で、よりおぞましい姿へと変貌していた。
しかし、一行の進撃は、もう止まらない。
龍魔呂の闘気は、もはや暴走の兆候を見せることなく、彼の意志の下、完璧に制御されていた。それは、瘴気を振り払うためだけではない。背後にいる仲間たちを、自らの闘気の余波で傷つけないように、という、無意識の配慮の現れでもあった。
「…見えました」
先頭を進んでいたライラが、息を呑んで立ち止まる。
「あれが…『影の根』の心臓部…」
一行の目の前に、広大な地下空洞が広がっていた。
その中心に、それはあった。
世界樹の、もう一つの姿。本来なら、生命力に満ち溢れているはずの巨大な根の中心が、黒く、脈動する、巨大な「腫瘍」のように変質してしまっている。
腫瘍からは、無数の黒い管が伸び、大地へと深く突き刺さり、そこから、大陸全土へと、邪悪な瘴気を送り出していた。
そして、その腫瘍の中心、最も濃密な闇の中、一人の魔族が、まるで玉座に座る王のように、静かに佇んでいた。
その姿は、これまでの敵とは、明らかに異質だった。
豪華な漆黒のローブを纏い、その顔は、影によって深く覆われている。しかし、その影の奥から覗く二つの瞳は、星のように冷たく、そして、計り知れないほどの古代の叡智と、絶望的なほどの虚無を湛えていた。
「…ようやく、ここまで辿り着きましたか。小さな、光の使者たちよ」
その声は、男でも、女でもない。ただ、静かで、冷たく、そして、聞く者の魂の根源を揺さぶるような、絶対的な響きを持っていた。
「貴様が、この森を穢した元凶か!」
ダイヤが、レイピアを構え、鋭く問いかける。
「元凶? …いいえ、違います」
影の魔族は、ゆっくりと首を横に振った。
「私は、ただ、この森が、この世界が、本来あるべき姿に戻そうとしているだけ。『無』へと、ね」
その言葉と同時に、影の魔族の周囲の空間が、ぐにゃりと歪む。
「なっ…!?」
「これは…! 重力魔法!?」
ダイヤとライラの身体が、鉛のように重くなり、地面へと押さえつけられる。
「くっ…!身体が、動か…!」
「私の名は、マリス。『無』を司る者」
マリスと名乗った魔族は、まるで子供に語りかけるかのように、静かに続ける。
「あなたたちの持つ『希望』や『生命』は、いずれ必ず滅び、苦しみを生む。ならば、最初から、全てが『無』であったなら、それこそが、究極の救済だとは思いませんか?」
その言葉は、甘い毒のように、聞く者の精神を蝕んでいく。
「違う!」
ダイチが、叫んだ。
「命は、苦しいことだけじゃない! 温かいことも、嬉しいことも、たくさんあるんだ!」
彼は、その言葉を証明するかのように、黄金の光の輝きを、さらに強めた。
「…愚かなこと。ですが、その無垢な輝きこそ、私の『無』を完成させるための、最後の贄にふさわしい」
マリスの指先が、ゆっくりと、ダイチへと向けられる。
その、瞬間。
マリスの放った、全てを無に帰す、不可視の波動と、ダイチを守ろうとした黄金の光の間に、一つの影が、割り込んだ。
赤黒い闘気を、極限まで圧縮し、ただ、その一点に凝縮させた、龍魔呂だった。
彼は、マリスの重力魔法にも、精神攻撃にも、ただ一人、耐えていたのだ。
「…てめぇの理屈は、どうでもいい」
龍魔呂は、低い声で言った。
「俺の仲間を、傷つけようとした。…ただ、それだけで、てめぇは、死ぬ理由に、十分だ」
「ほう…」
マリスの瞳が、初めて、興味の色を浮かべた。
「絶望の底を知る、あなたのような存在が、まだ、そんな『繋がり』を信じているとは。面白い」
二つの、絶対的な力が、ついに、激突する。
全てを破壊し尽くす「鬼神」と、全てを無に帰す「虚無」。
影の根の心臓部で、この世界の運命を懸けた、最後の戦いの火蓋が、今、切られようとしていた。
五つの光は、もはや分かたれてはいなかった。
ダイチの黄金の光が道を照らし、その円陣を、龍魔呂、ダイヤ、ライラの三人の戦士が、鉄壁の陣形で守る。そして、その中心で、ユイが癒やしと補助の力を、常に仲間たちへと注ぎ続ける。
「影の根」の瘴気は、彼らの進軍を阻もうと、さらに濃密になっていく。闇の中から現れる魔物たちも、より強力で、よりおぞましい姿へと変貌していた。
しかし、一行の進撃は、もう止まらない。
龍魔呂の闘気は、もはや暴走の兆候を見せることなく、彼の意志の下、完璧に制御されていた。それは、瘴気を振り払うためだけではない。背後にいる仲間たちを、自らの闘気の余波で傷つけないように、という、無意識の配慮の現れでもあった。
「…見えました」
先頭を進んでいたライラが、息を呑んで立ち止まる。
「あれが…『影の根』の心臓部…」
一行の目の前に、広大な地下空洞が広がっていた。
その中心に、それはあった。
世界樹の、もう一つの姿。本来なら、生命力に満ち溢れているはずの巨大な根の中心が、黒く、脈動する、巨大な「腫瘍」のように変質してしまっている。
腫瘍からは、無数の黒い管が伸び、大地へと深く突き刺さり、そこから、大陸全土へと、邪悪な瘴気を送り出していた。
そして、その腫瘍の中心、最も濃密な闇の中、一人の魔族が、まるで玉座に座る王のように、静かに佇んでいた。
その姿は、これまでの敵とは、明らかに異質だった。
豪華な漆黒のローブを纏い、その顔は、影によって深く覆われている。しかし、その影の奥から覗く二つの瞳は、星のように冷たく、そして、計り知れないほどの古代の叡智と、絶望的なほどの虚無を湛えていた。
「…ようやく、ここまで辿り着きましたか。小さな、光の使者たちよ」
その声は、男でも、女でもない。ただ、静かで、冷たく、そして、聞く者の魂の根源を揺さぶるような、絶対的な響きを持っていた。
「貴様が、この森を穢した元凶か!」
ダイヤが、レイピアを構え、鋭く問いかける。
「元凶? …いいえ、違います」
影の魔族は、ゆっくりと首を横に振った。
「私は、ただ、この森が、この世界が、本来あるべき姿に戻そうとしているだけ。『無』へと、ね」
その言葉と同時に、影の魔族の周囲の空間が、ぐにゃりと歪む。
「なっ…!?」
「これは…! 重力魔法!?」
ダイヤとライラの身体が、鉛のように重くなり、地面へと押さえつけられる。
「くっ…!身体が、動か…!」
「私の名は、マリス。『無』を司る者」
マリスと名乗った魔族は、まるで子供に語りかけるかのように、静かに続ける。
「あなたたちの持つ『希望』や『生命』は、いずれ必ず滅び、苦しみを生む。ならば、最初から、全てが『無』であったなら、それこそが、究極の救済だとは思いませんか?」
その言葉は、甘い毒のように、聞く者の精神を蝕んでいく。
「違う!」
ダイチが、叫んだ。
「命は、苦しいことだけじゃない! 温かいことも、嬉しいことも、たくさんあるんだ!」
彼は、その言葉を証明するかのように、黄金の光の輝きを、さらに強めた。
「…愚かなこと。ですが、その無垢な輝きこそ、私の『無』を完成させるための、最後の贄にふさわしい」
マリスの指先が、ゆっくりと、ダイチへと向けられる。
その、瞬間。
マリスの放った、全てを無に帰す、不可視の波動と、ダイチを守ろうとした黄金の光の間に、一つの影が、割り込んだ。
赤黒い闘気を、極限まで圧縮し、ただ、その一点に凝縮させた、龍魔呂だった。
彼は、マリスの重力魔法にも、精神攻撃にも、ただ一人、耐えていたのだ。
「…てめぇの理屈は、どうでもいい」
龍魔呂は、低い声で言った。
「俺の仲間を、傷つけようとした。…ただ、それだけで、てめぇは、死ぬ理由に、十分だ」
「ほう…」
マリスの瞳が、初めて、興味の色を浮かべた。
「絶望の底を知る、あなたのような存在が、まだ、そんな『繋がり』を信じているとは。面白い」
二つの、絶対的な力が、ついに、激突する。
全てを破壊し尽くす「鬼神」と、全てを無に帰す「虚無」。
影の根の心臓部で、この世界の運命を懸けた、最後の戦いの火蓋が、今、切られようとしていた。
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