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鬼神と月兎
EP 40
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鬼神、虚無を喰らう
「俺の仲間を、傷つけようとした。…ただ、それだけで、てめぇは、死ぬ理由に、十分だ」
龍魔呂の言葉は、絶対的な宣告だった。
彼は、その身に纏う赤黒い闘気を、もはや爆発させることなく、自らの肉体そのものへと、極限まで練り上げていく。それは、外へ向かう破壊の力ではなく、内なる全てを、一撃のためだけに燃焼させる、最終決戦の構え。
「面白い」
マリスは、その冷たい瞳で、龍魔呂を見据えた。
「絶望の果てに生まれた力が、まだ『希望』を謳うか。ならば、その脆い幻想ごと、無に還してあげましょう」
マリスが、その影の指先を、ゆっくりと龍魔呂へと向ける。
「――消えなさい」
不可視の、絶対的な「無」の波動が、龍魔呂へと殺到した。それは、物理的な衝撃ではない。存在そのものを、世界の法則から抹消しようとする、概念的な攻撃。
しかし、龍魔呂は、それを、ただ、一歩、前に踏み出すことで、打ち破った。
彼の足が大地を踏みしめた瞬間、その全身から迸った、純粋な「生きる」という意志を込めた闘気が、無の波動を無理やりこじ開けたのだ。
「何…?」
マリスの瞳に、初めて、純粋な驚きが浮かんだ。
龍魔呂は、その隙を見逃さない。
彼は、重力魔法によって鉛と化した大地を、まるで普通の地面であるかのように蹴り、マリスへと肉薄する。
「鬼神流――『流星連脚(りゅうせいれんきゃく)』!」
無数の蹴りが、流星群のようにマリスへと降り注ぐ。マリスは、その身を影へと変質させてそれを回避しようとするが、闘気を纏った龍魔呂の蹴りは、実体だけでなく、その魂の核さえも捉え、浅く、しかし確実にダメージを与えていく。
「…なるほど。あなたの力は、絶望から生まれた故に、私の『無』に抗う力を持つ、というわけですか」
マリスは、距離を取りながら、面白そうに分析する。
「ですが、その絶望こそが、あなたの最大の弱点でもある」
マリスの瞳が、妖しく光った。
瞬間、龍魔呂の世界が、暗転する。
目の前に広がるのは、燃え盛る、懐かしい我が家。
腕の中で、冷たくなっていく、弟の感触。
『にいちゃん…』
耳元で、ユウのか細い声が、響く。
「――ッ!?」
精神攻撃。龍魔呂の最も深い傷を、抉る、最も卑劣な一撃。
彼の動きが、一瞬、止まる。その心の揺らぎを、マリスが見逃すはずもなかった。
無数の影の触手が、龍魔呂の身体を拘束し、その魂を、無の深淵へと引きずり込もうとする。
「龍魔呂様!」
「龍魔呂さん!」
後方から、ユイとダイチの、必死な声が聞こえる。
そうだ、俺は、また…。また、守れないのか…。
絶望が、再び、彼の心を黒く塗りつ潰そうとした、その時。
――温かい光が、彼の背中を、そっと、包み込んだ。
「龍魔呂さんは、一人じゃない!」
ダイチの声。彼は、マリスの重圧に耐えながらも、その右手の「陽光の小手」を、龍魔呂へと向けていた。そこから放たれる黄金の光は、攻撃ではない。ただ、仲間を信じ、その心を支える、絶対的な「希望」の光。
その光が、龍魔呂の悪夢を、払拭していく。
燃える家は消え、冷たい弟の感触は、背中から伝わる、温かい仲間たちの「想い」へと変わっていく。
「月の御光よ、その魂に、安らぎを…!」
ユイもまた、その光の道を通して、癒やしの力を龍魔呂へと送る。
「…そうか」
龍魔呂は、ゆっくりと、目を開いた。
その瞳には、もう、迷いはない。
過去は、消えない。傷は、癒えない。だが、それと共に、それでも、前を向いて戦うことはできる。なぜなら。
「俺はもう、一人じゃない」
「――ゴオオオオオオオオオオオッッ!!」
龍魔呂の全身から、これまでの赤黒い闘気とは、明らかに違う、黄金色の粒子を纏った、赤黒い闘気が、天を衝くほどの勢いで噴き出した。
それは、絶望から生まれた「鬼」の力と、希望から生まれた「勇者」の力が、完全に融合した、新たなる力の産声だった。
影の触手が、その聖なる闘気の輝きに焼かれて消滅する。
龍魔呂は、ゆっくりと、マリスへと向き直った。
「…! 馬鹿な! 絶望と希望が、混ざり合うだと!? あり得ない!」
マリスの、常に冷静だった顔に、初めて、恐怖と焦りが浮かんだ。
「てめぇの言う『無』は、ただの逃げだ」
龍魔呂は、その黄金の輝きを纏った右の拳を、固く、固く握りしめる。
「痛みも、悲しみも、喜びも、全部抱えて、それでも生き足掻く。…それが、俺たちの『答え』だ」
彼は、大地を蹴った。
もはや、それは、ただの一撃ではない。
ダイヤの騎士としての誇り、ライラが森を愛する心、ユイの慈悲深き癒やし、そして、ダイチが繋いできた、全ての「想い」。
その全てを乗せた、渾身の一撃。
「鬼神流…そして、勇者と共に…」
マリスは、最後の抵抗として、自らの全てを凝縮した、究極の「無」の球体を、その眼前に展開する。
「――喰らえええええええっ!!」
黄金の輝きを纏った、赤黒の拳が、無の球体へと、叩き込まれた。
光と、闇が、激突する。
しかし、勝敗は、一瞬だった。
マリスの「無」は、龍魔呂の拳が持つ、あまりにも強大な「生きる意志」の奔流に、耐えきれなかった。無の球体は、ガラスのように砕け散り、その拳は、止まることなく、マリスの魂の核を、完全に、粉砕した。
「…ああ…これが…『生命』の、光…か…」
マリスは、最期の瞬間、ほんのわずかに、安らかな表情を浮かべたように見えた。そして、その身体は、光の粒子となって、静かに、消滅していった。
主を失った「影の根」の心臓部は、その邪悪な脈動を、完全に止めた。
世界樹を蝕んでいた瘴気は、ダイチの黄金の光によって浄化され、森に、再び、穏やかな生命の輝きが戻り始めていた。
戦いは、終わった。
龍魔呂は、その拳を、ゆっくりと下ろす。
そして、背後で、安堵の涙を流す仲間たちの方を、静かに、振り返った。
もう、そこに、孤独な「鬼」の姿はなかった。
ただ、不器用な笑みを浮かべた、一人の男が、立っているだけだった。
「俺の仲間を、傷つけようとした。…ただ、それだけで、てめぇは、死ぬ理由に、十分だ」
龍魔呂の言葉は、絶対的な宣告だった。
彼は、その身に纏う赤黒い闘気を、もはや爆発させることなく、自らの肉体そのものへと、極限まで練り上げていく。それは、外へ向かう破壊の力ではなく、内なる全てを、一撃のためだけに燃焼させる、最終決戦の構え。
「面白い」
マリスは、その冷たい瞳で、龍魔呂を見据えた。
「絶望の果てに生まれた力が、まだ『希望』を謳うか。ならば、その脆い幻想ごと、無に還してあげましょう」
マリスが、その影の指先を、ゆっくりと龍魔呂へと向ける。
「――消えなさい」
不可視の、絶対的な「無」の波動が、龍魔呂へと殺到した。それは、物理的な衝撃ではない。存在そのものを、世界の法則から抹消しようとする、概念的な攻撃。
しかし、龍魔呂は、それを、ただ、一歩、前に踏み出すことで、打ち破った。
彼の足が大地を踏みしめた瞬間、その全身から迸った、純粋な「生きる」という意志を込めた闘気が、無の波動を無理やりこじ開けたのだ。
「何…?」
マリスの瞳に、初めて、純粋な驚きが浮かんだ。
龍魔呂は、その隙を見逃さない。
彼は、重力魔法によって鉛と化した大地を、まるで普通の地面であるかのように蹴り、マリスへと肉薄する。
「鬼神流――『流星連脚(りゅうせいれんきゃく)』!」
無数の蹴りが、流星群のようにマリスへと降り注ぐ。マリスは、その身を影へと変質させてそれを回避しようとするが、闘気を纏った龍魔呂の蹴りは、実体だけでなく、その魂の核さえも捉え、浅く、しかし確実にダメージを与えていく。
「…なるほど。あなたの力は、絶望から生まれた故に、私の『無』に抗う力を持つ、というわけですか」
マリスは、距離を取りながら、面白そうに分析する。
「ですが、その絶望こそが、あなたの最大の弱点でもある」
マリスの瞳が、妖しく光った。
瞬間、龍魔呂の世界が、暗転する。
目の前に広がるのは、燃え盛る、懐かしい我が家。
腕の中で、冷たくなっていく、弟の感触。
『にいちゃん…』
耳元で、ユウのか細い声が、響く。
「――ッ!?」
精神攻撃。龍魔呂の最も深い傷を、抉る、最も卑劣な一撃。
彼の動きが、一瞬、止まる。その心の揺らぎを、マリスが見逃すはずもなかった。
無数の影の触手が、龍魔呂の身体を拘束し、その魂を、無の深淵へと引きずり込もうとする。
「龍魔呂様!」
「龍魔呂さん!」
後方から、ユイとダイチの、必死な声が聞こえる。
そうだ、俺は、また…。また、守れないのか…。
絶望が、再び、彼の心を黒く塗りつ潰そうとした、その時。
――温かい光が、彼の背中を、そっと、包み込んだ。
「龍魔呂さんは、一人じゃない!」
ダイチの声。彼は、マリスの重圧に耐えながらも、その右手の「陽光の小手」を、龍魔呂へと向けていた。そこから放たれる黄金の光は、攻撃ではない。ただ、仲間を信じ、その心を支える、絶対的な「希望」の光。
その光が、龍魔呂の悪夢を、払拭していく。
燃える家は消え、冷たい弟の感触は、背中から伝わる、温かい仲間たちの「想い」へと変わっていく。
「月の御光よ、その魂に、安らぎを…!」
ユイもまた、その光の道を通して、癒やしの力を龍魔呂へと送る。
「…そうか」
龍魔呂は、ゆっくりと、目を開いた。
その瞳には、もう、迷いはない。
過去は、消えない。傷は、癒えない。だが、それと共に、それでも、前を向いて戦うことはできる。なぜなら。
「俺はもう、一人じゃない」
「――ゴオオオオオオオオオオオッッ!!」
龍魔呂の全身から、これまでの赤黒い闘気とは、明らかに違う、黄金色の粒子を纏った、赤黒い闘気が、天を衝くほどの勢いで噴き出した。
それは、絶望から生まれた「鬼」の力と、希望から生まれた「勇者」の力が、完全に融合した、新たなる力の産声だった。
影の触手が、その聖なる闘気の輝きに焼かれて消滅する。
龍魔呂は、ゆっくりと、マリスへと向き直った。
「…! 馬鹿な! 絶望と希望が、混ざり合うだと!? あり得ない!」
マリスの、常に冷静だった顔に、初めて、恐怖と焦りが浮かんだ。
「てめぇの言う『無』は、ただの逃げだ」
龍魔呂は、その黄金の輝きを纏った右の拳を、固く、固く握りしめる。
「痛みも、悲しみも、喜びも、全部抱えて、それでも生き足掻く。…それが、俺たちの『答え』だ」
彼は、大地を蹴った。
もはや、それは、ただの一撃ではない。
ダイヤの騎士としての誇り、ライラが森を愛する心、ユイの慈悲深き癒やし、そして、ダイチが繋いできた、全ての「想い」。
その全てを乗せた、渾身の一撃。
「鬼神流…そして、勇者と共に…」
マリスは、最後の抵抗として、自らの全てを凝縮した、究極の「無」の球体を、その眼前に展開する。
「――喰らえええええええっ!!」
黄金の輝きを纏った、赤黒の拳が、無の球体へと、叩き込まれた。
光と、闇が、激突する。
しかし、勝敗は、一瞬だった。
マリスの「無」は、龍魔呂の拳が持つ、あまりにも強大な「生きる意志」の奔流に、耐えきれなかった。無の球体は、ガラスのように砕け散り、その拳は、止まることなく、マリスの魂の核を、完全に、粉砕した。
「…ああ…これが…『生命』の、光…か…」
マリスは、最期の瞬間、ほんのわずかに、安らかな表情を浮かべたように見えた。そして、その身体は、光の粒子となって、静かに、消滅していった。
主を失った「影の根」の心臓部は、その邪悪な脈動を、完全に止めた。
世界樹を蝕んでいた瘴気は、ダイチの黄金の光によって浄化され、森に、再び、穏やかな生命の輝きが戻り始めていた。
戦いは、終わった。
龍魔呂は、その拳を、ゆっくりと下ろす。
そして、背後で、安堵の涙を流す仲間たちの方を、静かに、振り返った。
もう、そこに、孤独な「鬼」の姿はなかった。
ただ、不器用な笑みを浮かべた、一人の男が、立っているだけだった。
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