鬼神と月兎

月神世一

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鬼神と月兎

EP 41

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世界樹の祝福と、最後の旅路
​マリスが消滅した後、影の根の心臓部には、穏やかな静寂が訪れた。
邪悪な瘴気は完全に浄化され、黒く変質していた世界樹の根は、その内側から、温かい生命の光を放ち始めていた。まるで、永い悪夢から目覚め、安堵のため息をついているかのようだった。
​「…終わった…のですね」
ユイの震える声が、その静寂に響く。
ダイヤとライラは、互いに肩を貸し、安堵の表情でその光景を見つめていた。
​龍魔呂は、ゆっくりと、その黄金色を纏った拳を開いた。もう、赤黒い闘気の残滓はない。ただ、仲間たちから注がれた、温かい光の余韻だけが、そこに残っていた。
彼は、ゆっくりと、仲間たちの方を振り返った。そして、その視線は、光の中心で、同じようにこちらを見つめていたダイチと、確かに結ばれた。
​もう、そこに、孤独な「鬼」の姿はなかった。
ただ、不器用な、しかし、心の底からの笑みを浮かべた、一人の男が、立っているだけだった。
​戦いの後、一行は、エルフの長老たちから、最大級の感謝と祝福をもって迎えられた。
世界樹の麓で開かれた宴は、ドワーフたちのそれとは違う、静かで、しかし、星明かりのように美しいものだった。
​「鬼神殿…いえ、龍魔呂殿」
宴の途中、ライラが、透き通った杯を手に、龍魔呂の元へとやってきた。
「私は、あなたを見誤っていました。あなたの力は、森が嫌う破壊の力などではない…森を、そして、私たちを守る、気高き力でした。エルフの森の護り手として、心から感謝を」
ライラは、そう言うと、深く頭を下げた。龍魔呂は、その言葉に、ただ、静かに杯を傾けることで応えた。
​宴の喧騒から少し離れた、世界樹の根元。
龍魔呂とダイチは、二人、並んで、夜空に輝く月を見上げていた。
​「龍魔呂さん、ありがとう」
ダイチが、ぽつりと呟いた。
「僕一人じゃ、何もできなかった。龍魔呂さんがいてくれたから、僕は、勇者でいられたんだ」
​その言葉に、龍魔呂は、ゆっくりと首を横に振った。
「…お前がいたから、勝てた」
それは、彼が、初めて口にする、偽りのない本心だった。
「お前の光がなければ、俺は、とっくに闇に喰われていた。…礼を言うのは、俺の方だ」
​二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。
鬼神と勇者。二つの魂は、この長い旅路の果てに、ようやく、互いを認め合い、そして、支え合う、唯一無二の存在となっていた。
​翌日。
一行は、エルフの長老たちの前に立っていた。長老たちの顔は、安堵と共に、新たな決意に満ちていた。
「…世界樹の浄化は、我らに、世界の真の姿を見せてくれました」
中央の長老が、厳かに語り始める。
「魔王の狙いは、大陸の生命力を根こそぎ奪い、この世界そのものを、奴の歪んだ王国へと作り変えること。もはや、一刻の猶予もありません」
​長老は、一行に、一枚の古地図を広げて見せた。
その地図が指し示す先は、大陸の北東、瘴気に覆われた不毛の大地。魔族の国「ワイズ皇国」。
​「魔王は、今、その本拠地である『魔城ゲヘナ』に、全ての軍勢を集結させつつあります。最後の決戦の時は、近い」

老は、ダイチ、そして龍魔呂を、真っ直ぐに見据えた。
「もはや、これは、森だけの問題ではない。世界に生きる、全ての民の問題です。どうか、あなたたちの力で、魔王を討ち、この世界に光を取り戻してはいただけまいか」
​それは、エルフという種族の誇りを懸けた、正式な「願い」だった。
そして、その願いは、既に、ドワーフの王国にも届けられていた。
​「我らエルフは、森の弓兵団を。そして、ドワーフたちは、山の斧戦士団を、あなたたちの後詰として派兵することをお約束します」
​人間、エルフ、ドワーフ。そして、獣人族。
かつては争い合っていた種族たちが、今、勇者の光の下、一つの目的のために、手を取り合おうとしていた。
​ダイチは、その重い使命を前に、しかし、もう迷わなかった。
彼は、隣に立つ、最高の仲間たちを見渡す。
​どんな時も、その優しさで道を照らしてくれた、月兎のユイ。
帝国の正義と、自らの信じる正義の狭間で、仲間を選んでくれた、気高き騎士ダイヤ。
森の民の誇りを懸け、共に戦ってくれた、森の護り手ライラ。
そして。
自らの絶望を乗り越え、その鬼神の力を、守るために振るうと決めてくれた、最強の相棒、龍魔呂。
​「――行きます」
​ダイチの言葉は、静かだったが、そこにいる全ての者の心を、力強く震わせた。
​これが、彼らの最後の旅路となるだろう。
鬼神と勇者、月兎と騎士、そして、森の護り手。
五人の英雄たちの名は、この日、大陸の歴史に、永遠に刻み込まれることとなった。
​世界の夜明けを懸けた、最後の戦いの舞台、「魔城ゲヘナ」を目指して。
彼らは、光の中を、再び、歩き始めた。
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