鬼神と月兎

月神世一

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鬼神と月兎

EP 42

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鬼神、神話を喰らう

最後の進軍

南の大森林の境界に、かつて大陸の誰もが想像しえなかった光景が広がっていた。
森の緑を纏うエルフの弓兵団と、大地の鉄を鎧うドワーフの斧戦士団。太古の昔から、決して交わることのなかった二つの種族が、今は一つの旗の下、整然と隊列を組んでいる。
その旗に描かれているのは、太陽の紋章。彼らが忠誠を誓うのは、帝国の皇帝ではない。ただ一人、心優しき勇者、ダイチであった。
「全軍、進軍開始!」
ダイヤの、騎士団長としての力強い号令が響き渡る。
エルフとドワーフ、そして、アクアブルックをはじめとする道中で仲間になった人間たちの義勇兵から成る「光の連合軍」は、ついに、魔王の領地である、北東の不毛の大地へと、その第一歩を踏み出した。
その目的は、ただ一つ。
大陸全土に展開する魔王軍主力を引きつけ、陽動として、史上最大の戦いを仕掛けること。
全ては、たった五人の仲間たちが、敵の中枢を叩くための、壮大な布石だった。
連合軍が、魔王軍との激しい戦端を開いた頃。
五人の影は、敵地のさらに奥深く、魔王の本拠地である「魔城ゲヘナ」の目前まで迫っていた。
その大地は、死んでいた。空は、常に魔力の嵐が渦巻く、鉛色の雲に覆われている。川は、毒の瘴気を放つ黒い泥となって流れ、大地は、生命を拒絶するかのように、ひび割れている。
「…ひどい。これが、魔王が望む世界…」
ユイが、悲痛な声を漏らす。
やがて、彼らの目の前に、その絶望の都は姿を現した。
巨大な火山のカルデラの中に築かれた、黒曜石の摩天楼。その中心に、天を衝くかのように聳え立つ、禍々しい城。魔城ゲヘナ。街全体が、一つの巨大な要塞であり、魔王の心臓そのものだった。
「…ここが、終着点か」
龍魔呂は、そのおぞましい光景を、静かに見据えていた。
ライラの案内で、一行は、古代の溶岩洞へと繋がる、秘密の通路へとたどり着いた。ここから、城の最深部へと侵入する手筈だ。
五人が、その闇の中へと足を踏み入れようとした、その瞬間。
声が、聞こえた。
それは、耳で聞いた音ではない。全員の、脳内に、魂に、直接響き渡る、冷たく、そして、絶対的な王者の声だった。
『――ようこそ、我が魔城ゲヘナへ。小さき希望の欠片たちよ』
「! この声は…!」
ダイヤが、咄嗟に剣を構える。
『光の勇者よ。その輝きは、実に美しい。だが、所詮は、一瞬で消えゆく蝋燭の灯火に過ぎぬ』
『帝国の騎士よ。お前が信じる正義など、この絶対的な闇の前では、児戯に等しいと知れ』
声は、一人一人の心を見透かすように、語りかける。
そして、最後に、その声は、龍魔呂へと、語りかけた。
『――そして、鬼神龍魔呂。よくぞ来たな、我が同胞よ』
その言葉は、他の者たちへの嘲りとは違う、どこか親しげな、あるいは、対等な者へと語りかけるような響きを持っていた。
『お前は、知っているはずだ。この世界の偽善を。人間の醜さを。お前がその身に宿す「鬼」こそが、真理なのだと。さあ、こちら側へ来い。お前の力を恐れ、利用する者たちの下を離れ、この私と共に、世界の真の王となろうではないか』
甘美な、誘惑の言葉。
お前を理解しているのは、私だけだ、と。
龍魔呂の身体から、一瞬だけ、赤黒い闘気が揺らめいた。
だが、彼は、もう、一人ではなかった。
彼の隣で、ダイチが、右手の「陽光の小手」を、強く握りしめていた。その聖痕から、魔王の精神干渉を打ち破るかのように、力強い黄金の光が溢れ出す。
ユイが、ダイヤが、ライラが、龍魔呂の背中を、無言の信頼で見つめている。
龍魔呂は、ゆっくりと、顔を上げた。
そして、その魂に響く声の主に向かって、ただ一言、心の中で、答えた。
(――断る)
彼の全身から、黄金の粒子を纏った、赤黒い闘気が、静かに、しかし、力強く立ち上る。
それは、魔王の誘いを、完全に拒絶する、彼の「答え」だった。
『…ククク。そうか。残念だ』
魔王の、楽しそうな笑い声が、最後に響き渡る。
『ならば、その脆い絆ごと、我が城の礎とするまで。玉座にて、待っているぞ』
声が、消えた。
後に残されたのは、決意を新たにした、五人の戦士たちだけだった。
「…行こう」
ダイチが、言った。
龍魔呂が、頷く。
五人は、顔を見合わせると、魔王が待つ、城の心臓部へと続く、暗い洞窟の中へと、その最後の一歩を、踏み出した。
世界の運命を懸けた、最後の戦いが、今、始まる。
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