『F-35B、ミッドウェーに降臨す ~超エリート空自パイロット、一回限りの『魔法』で歴史を覆す~』

月神世一

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EP 1

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ヴァルキリー、消失

2025年10月4日 14時30分 JST - 太平洋上空・高度30,000フィート

コバルトブルーの空と、眼下に広がる紺碧の海の境界線は、緩やかな弧を描いていた。

坂上真一(さかがみ しんいち)、29歳、1等空尉。彼が座るコックピットは、人類が生み出した最新鋭のステルス戦闘機、F-35BライトニングIIのものだ。

「こちら"ヴァルキリー1"、ポイント・ブラボーに到達。燃料(フューエル)、ミッション・プロファイル通り。訓練シークエンスを開始する」

カーボンファイバー製のヘルメット、HMDS(Helmet Mounted Display System)のバイザー内側に、必要な情報が淡く緑色に浮かび上がる。速度、高度、機体状況。そして、はるか前方を航行する海上自衛隊の護衛艦「いずも」からの戦術データリンク。

坂上は、防衛大学校を首席で卒業し、米海兵隊でのF-35B転換課程すらトップクラスの成績で修了した、航空自衛隊(JASDF)の「超エリート」だった。彼の任務は、改修された「いずも」での艦上運用を想定した、高度な電子戦下での対艦攻撃シミュレーション。

「ヴァルキリー1、了解(ラジャー)。"オーディン"(いずも)より、仮想敵(ゴースト)データをアップリンクする。訓練開始(フェンス・イン)」

管制官の冷静な声に応え、坂上はタッチパネル式の大型ディスプレイを操作する。シミュレーションが開始された瞬間、世界は電子の戦場と化した。

その時だった。

「――ッ!?」

突如、機体が凄まじい力で揺さぶられた。大型旅客機が巻き込まれる積乱雲(CB)の比ではない。空間そのものが捻じ曲げられるような、異常な振動。

「なんだ! 激しい乱気流(タービュランス)か!?」

HMDSの表示が激しく明滅し、ノイズの海に沈む。

《WARNING: AVIONICS MALFUNCTION》

《WARNING: FLIGHT CONTROL SYSTEM ERROR》

アラート音が鼓膜を突き刺す。計器盤の数値が、あり得ない速度で回転・明滅を始めた。

「システムダウン! アビオニクスが死んだ!」

F-35Bは、完全なフライ・バイ・ワイヤ機だ。電子制御が死ねば、ただの鉄の塊。機体は制御を失い、錐揉み(スピン)状態で太平洋へと墜ちていく。

「くそっ、ベイルアウト(緊急脱出)…いや、まだだ!」

坂上はブラックアウトしかける意識をGスーツの加圧で無理やり引き戻し、マニュアルでのリブート(再起動)を試みる。彼の指は、この世で最も高価な戦闘機のコンソールを、訓練通り正確に叩いていた。

だが、機体は応えない。

外の景色は、HMDSのノイズ越しに、空と海が入り乱れて回転している。

そして、視界が真っ白に染まった。

どれほどの時間が経ったのか。

不快なアラート音も、凄まじいGも消えていた。

静寂。ただ、F135ターボファンエンジンの、安定したジェット音だけが響いている。

「……生きている、のか?」

坂上は荒い息を整えながら、ゆっくりと目を開けた。

機体は奇跡的に水平飛行に復帰していた。

HMDSの表示は、最低限の飛行情報だけに戻っている。高度20,000フィート。

だが、バイザーの隅には、絶望的な警告が赤く点灯していた。

《GPS SIGNAL LOST》

《DATA LINK SEVERED》

《NO JASDF/USAF SIGNALS DETECTED》

「データリンク切断…? いずもは? 僚機は?」

無線機(ラジオ)に呼びかけるが、返ってくるのは砂嵐のようなノイズだけ。

メインディスプレイも、オフラインの地形マップ以外は何も映していない。レーダーも沈黙したままだ。

「どうなっている…完全に孤立した」

坂上は、生き残るために状況把握を開始した。まず目視。

さっきまでいたはずの「いずも」を中心とした護衛艦隊は、影も形もない。

ただ、どこまでも続く雲と海が広がっているだけだ。

「いや、待て」

雲の切れ間に、複数の黒い影が見えた。

艦隊だ。

「いずもか! いや、違う…シルエットが古すぎる…」

坂上は操縦桿を握り直し、機体を緩やかに降下させた。同時に、スタンドアローンでも動作するEOTS(電子光学照準システム)を起動し、ディスプレイに赤外線映像を映し出す。

ズーム倍率を上げる。

そこに映し出された光景に、坂上は息を呑んだ。

湾曲した煙突。長く張り出した飛行甲板。艦首に描かれた、巨大な「日の丸」。

「…赤城…?」

レンズが隣の艦を捉える。平坦な甲板、右舷中央に鎮座する艦橋。

「加賀…」

さらに後方。

「飛龍、蒼龍…」

第一航空艦隊。南雲機動部隊。

日本海軍が、その栄光の絶頂期に擁した最強の空母打撃群だった。

「訓練…? 海上自衛隊が、何の時代祭だ…? いや、違う。この殺気は、本物だ」

坂上は、血の気が引いていくのを感じながら、左腕に装着したパイロットウォッチ、Garminの『D2 Mach 1 Pro』に目を落とした。

高精度のGPSは当然「NO SIGNAL」と表示されている。

だが、内蔵されたカレンダーと時計は、内蔵バッテリーで動き続けていた。

そこに表示された日付を見て、彼は全身の血が凍りつくのを感じた。

『1942 / 06 / 02』

(昭和17年、6月2日…)

歴史オタクでもある坂上の頭脳が、瞬時に答えを弾き出す。

ミッドウェー海戦、運命の日(日本時間6月5日)の、3日前。

ここは、ミッドウェー島へ向かう、日本海軍機動部隊の進撃ルート上空。

「まさか…俺は…タイムスリップしたのか…? 破滅に向かう艦隊の、真上に」

その時、F-35Bのステルス性を唯一無効化する「人間の目」が、太陽を背にした異形の機影を捉えた。

旗艦「赤城」の艦橋で、見張り員が絶叫した。

「直上! 敵カ味方カ不明、新型機! 翼ニ日ノ丸ナシ!」

参謀長の草鹿龍之介が顔色を変えた。

「馬鹿な! 敵機動部隊はまだ遠いはずだ!」

「対空戦闘用意! 味方識別信号ヲ問エ!」

坂上のHMDSが、か細い警告音を鳴らした。

原始的ながらも、複数の火器管制レーダー(電探)に捕捉されたことを示すシグナルだった。

眼下では、4隻の空母の甲板上が、慌ただしく動き始めていた。

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