『F-35B、ミッドウェーに降臨す ~超エリート空自パイロット、一回限りの『魔法』で歴史を覆す~』

月神世一

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EP 2

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降臨(アドヴェント)

1942年6月2日 14時10分(現地時間)- 「赤城」上空

「赤城」の艦橋が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「全艦、対空戦闘用意! 方角1-8-0、直上!」

「電探(レーダー)に感ナシ! 目視のみ!」

12.7センチ高角砲の黒い砲身が、F-35B(ヴァルキリー1)へと旋回する。甲板上では、発艦準備中の零戦隊員たちが空を見上げ、その異様な姿に息を呑んでいた。

(撃たれる…!)

坂上は操縦桿を握る手に汗が滲むのを感じた。2025年の最新鋭ステルス機も、至近距離での目視砲撃には無力だ。

彼は、この時代の人間が最も理解不能で、最も衝撃を受けるであろう行動を選択した。

「減速、ホバリングへ移行。リフトファン、作動(スピンアップ)!」

坂上はスロットルと操縦桿を操作し、F-35Bの飛行モードを「垂直着陸(VL)」へと切り替える。

機体背面上部のハッチが開き、強力なリフトファンが起動。主エンジンのノズルが90度下方を向く。

「なっ…!」

「赤城」艦橋で、航空参謀の源田実が双眼鏡を握り潰さんばかりに目を見開いた。

「機が…機が、空中で静止したぞ!」

凄まじい轟音。レシプロエンジンとは比較にならない、空気を引き裂く甲高いジェット音と、地面を叩きつけるような重低音の圧力が「赤城」の飛行甲板を襲った。

甲板員たちは、その風圧と音圧に耳を塞いで伏せる。

F-35Bは、まるで神話の天狗(テング)か、あるいは西洋の悪魔(デーモン)のように、艦橋の目の前でピタリと静止した。

高角砲の砲手たちは、あまりの異様さに射撃を躊躇(ためら)った。

(通信…! 周波数は…AMか!)

坂上は無線機をJASDFの暗号化デジタル通信から、旧式のAM帯に切り替え、ありったけの周波数をスキャンする。

「こちら、ヴァルキリー1! 繰り返す、こちらヴァルキリー1!」

雑音混じりの日本語が、「赤城」のスピーカーから響き渡った。

「ワレ、ニホンジンナリ! ワレ、ニホンジンナリ! 攻撃ヲヤメヨ! 攻撃ヲヤメヨ!」

艦橋が再びどよめく。

「日本語…? スパイか!?」

坂上は機体をゆっくりと降下させる。甲板には、発艦準備を終えた零戦が並んでいる。降りられる場所は、前部エレベーターの、わずかなスペースしかない。

「緊急着艦ヲ許可サレタイ! ワレ、敵意ナシ!」

F-35Bは、その異形の機体を慎重にコントロールされながら、甲板に吸い寄せられるように降下していく。

そして、数トンの機体が「赤城」の木製甲板に、重々しい音を立てて着艦した。

ドンッ、という衝撃の直後、リフトファンとジェットエンジンが停止する。

嘘のような静寂が、太平洋の風の音と共に戻ってきた。

同刻 - 「赤城」飛行甲板

「取り囲め! 撃つな、生け捕りにしろ!」

銃剣を装着した海軍陸戦隊員が、瞬く間にF-35Bを取り囲む。

源田実と参謀長の草鹿龍之介が、拳銃(南部式)を手に艦橋から飛び出してきた。

「赤城」の全乗組員が見守る中、F-35Bのキャノピーが、前方に持ち上がるように開いた。当時の戦闘機とは全く異なる開き方だ。

中から現れた人影は、彼らの想像を絶するものだった。

灰色の耐Gスーツの上に、ゴツゴツとしたベスト(防弾チョッキとサバイバルベスト)を重ね着し、顔は黒いバイザーが付いた異様な兜(HMDSヘルメット)で覆われている。

「化け物…」

誰かが呟いた。

坂上は、ゆっくりと立ち上がった。全身に突き刺さる、数え切れないほどの敵意とライフルの銃口。

彼はまず、最大の「異物」であるヘルメットのロックを外し、ゆっくりと持ち上げた。

現れたのは、短く刈り込まれ、汗に濡れた黒髪。そして、強い意志を宿した、紛れもない日本人の顔だった。

29歳の、若く精悍な男の顔だ。

「……」

源田も草鹿も、言葉を失った。日系二世のスパイか? だが、この機体はなんだ?

坂上は、コックピットの縁に手をかけ、ゆっくりと両手を挙げて見せた。

「私は、大日本帝国海軍に敵意はない」

彼の発音は、奇妙なほど明瞭で、しかしどこか平板な(未来の)アクセントだった。

「貴様、何者だ!」

源田が怒鳴る。

「航空自衛隊、1等空尉、坂上真一」

「『じえいたい』…? どこの部隊だ!」

「昭和100年(2025年)の、日本の軍隊だ」

「ふざけるな!」

源田が銃口を向けた。

「未来から来たとでも言うつもりか! アメリカのスパイめ!」

「スパイなら、こんな目立つ降り方はしない」

坂上は冷静に周囲を見渡した。

「草鹿龍之介(くさか りゅうのすけ)参謀長、源田実(げんだ みのる)航空参謀。そして艦橋には、南雲忠一(なぐも ちゅういち)長官がおられるはずだ」

その言葉に、二人の顔色が変わった。名前を知っている。

坂上は続けた。タイムリミットは迫っている。

「私は貴官らが『AF』と呼ぶ、ミッドウェー島へ向かっていることを知っている」

「なっ…!」

「そして、貴官らの暗号(D暗号)が、米海軍に全て解読されていることも、知っている」

源田の顔から血の気が引いた。

「米軍は、貴官らが『不在』と信じている空母で、待ち伏せている」

坂上は、決定的な事実を告げた。

「エンタープライズ、ホーネット。そして、珊瑚海(コーラル・シー)で沈めたはずの、空母『ヨークタウン』。

――以上、3隻の空母が、今この瞬間も、貴官らを『運命のポイント』で待ち構えている」

飛行甲板は、水を打ったように静まり返った。

源田と草鹿は、互いの顔を見合わせた。

『AF』『暗号解読』『ヨークタウン』。

それは、この艦隊の最高機密であり、同時に、彼らが最も恐れていた「万が一の可能性」だった。

「……この男を、長官室へ連行しろ」

草鹿が、かすれた声で命じた。

「機体には誰も触れるな! 厳重に警備しろ!」

坂上は、コックピット内に残したHMDSヘルメット、そして緊急パッケージに収めたサブマシンガンと拳銃(SFP9)に一瞬目をやった。

(今は、これ(オーパーツ)を見せる時じゃない。まずは、彼らの頭脳をハックする)

彼は両手を挙げたまま、自らタラップを降りた。

陸戦隊員に銃を突きつけられながら、彼は日本の未来を左右する、史上最も重要な尋問(ブリーフィング)のために、「赤城」の艦橋へと歩を進めた。

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