『F-35B、ミッドウェーに降臨す ~超エリート空自パイロット、一回限りの『魔法』で歴史を覆す~』

月神世一

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EP 12

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勝者の重荷

1942年6月3日 07時15分 - 「赤城」艦橋

坂上真一の言葉は、勝利の熱狂に酔っていた艦橋の空気を、一瞬にして凍てつかせた。

南雲長官、草鹿参謀長、源田参謀――彼らは、自分たちの成し遂げた「歴史的勝利」の立役者から、今、「逃げろ」と宣告されたのだ。

「……何を、言っている」

最初に我に返ったのは、源田実だった。

彼の顔は、先ほどの安堵から一転、怒りと侮蔑(ぶべつ)に染まっていた。

「離脱だと!? 坂上1尉、貴様、気は確かか!」

源田は、坂上の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄った。

「敵は壊滅したのだぞ! 米機動部隊は、もういない!

ミッドウェーは丸裸だ! 今こそ、山口司令(多聞)の言う通り、残敵を掃討し、ミッドウェー島を占領する絶好の好機ではないか!」

「その通りだ!」

艦橋の他の士官たちからも、源田に同調する声が上がる。

「これほどの勝利を得て、なぜ退かねばならん!」

「臆したのか、未来人!」

「臆した?」

坂上は、その罵声を冷たい目ではねのけた。

「臆しているのは、貴官らの方だ。

――『未来』から、目を逸らしている」

「なんだと…!」

「源田参謀」

坂上は、真っ直ぐに源田の目を見据えた。

「なぜ、我々は『加賀』を失いかけた?

なぜ、米軍の攻撃隊は、我々の迎撃網を突破してきた?

それは、彼らの兵器が、貴官らの想定より『頑丈』で、『高性能』だったからです。

彼らは今日、敗北から『学習』した。

我々の電探誘導を、零戦の新たな戦術を、その身をもって知った。

彼らが次に『17隻』の空母と共に戻ってくる時、彼らは、今日の我々より、遥かに強くなっている」

「17隻、17隻と…」

草鹿参謀長が、蒼白な顔で割り込んだ。

「坂上1尉、その数は…本当に、間違いではないのか? 2年で17隻など、人間の所業とは思えんが…」

「彼らは、フォード社が自動車(T型フォード)を流れ作業(アッセンブリー・ライン)で作るのと同じやり方で、空母(エセックス)と戦闘機(ヘルキャット)を作ります」

坂上は、無慈悲な事実を告げた。

「我々が、今から『赤城』をもう1隻作るのに何年かかりますか? 彼らはその間に、5隻、10隻と完成させる。

これが『国力』の差です。

この戦いは、もはや『技量』や『精神力』で勝てる戦いではない。

――『技術』と『物量』と、『思想』の戦争です」

坂上は、艦橋の窓の外を指差した。

水平線の彼方で、懸命の消火活動にもかかわらず、未だに黒煙を上げ続ける「加賀」の姿があった。

「あれが、我々の『勝利』の姿です。

あれが、貴官らの『旧い思想』で戦った場合の、ギリギリの結果だ。

もし、私が来なければ、あの煙は、『赤城』『飛龍』『蒼龍』からも上がっていた」

「……っ」

源田も草鹿も、その言葉に反論できなかった。

あの「加賀」の姿こそが、坂上の言葉の、何よりの証拠だった。

「我々は」

坂上は、言葉に力を込めた。

「ミッドウェー島という『点』を取りに行っている場合ではない。

日本という『国』そのものを、敗北から救わねばならない。

そのためには、『加賀』を、そしてこの海戦を生き延びた全ての『熟練搭乗員』という『資源』を、無傷で日本に持ち帰る必要がある」

「……」

南雲忠一は、黙って腕を組み、坂上の言葉と、燃える「加賀」の姿を、交互に見比べていた。

彼の頭脳は、司令長官として、帝国軍人として、そして一人の日本人として、猛烈な葛藤を繰り広げていた。

ミッドウェーを占領すれば、大本営は、国民は、どれほど沸き立つだろうか。

だが、この男(坂上)の言う「17隻」が真実なら、その勝利は、麻薬のような、一瞬の快楽に過ぎない。

やがて、南雲は、重い決断を下した。

「……草鹿」

「はっ」

「連合艦隊司令部、山本(五十六)長官へ、急電」

「内容は…ミッドウェー攻略続行、でありますか?」

「いや」

南雲は、ゆっくりと首を振った。

「電文、起案。

一、当機動部隊ハ、坂上1尉ノ誘導ニヨリ、米空母三隻ヲ撃破セリ。

二、『加賀』中破、火災鎮火中。他三艦、損害軽微。

三、坂上1尉ヨリ、米軍ノ恐ルベキ生産能力ニ関スル、重大ナル情報アリ。

――以上ヲ踏マエ、当機動部隊ハ、ミッドウェー島攻略ヲ『中止』。

『加賀』ノ護衛、及ビ、戦力ノ再編ノタメ、現海域ヲ離脱、本土ヘ反転スル」

「な、長官!」

源田が、信じられないという顔で叫んだ。

「独断ですか! 山本長官のご命令を待たず…」

「待てん!」

南雲が、源田を一喝した。

「山本長官は、遥か後方(「大和」)だ。この海域の、この『空気』を知らん!

目の前で燃える『加賀』を救うのは、この私(南雲)の責任だ!」

南雲は、坂上に向き直った。

その目には、もはや迷いはなかった。

「坂上1尉。貴官の進言、受け入れよう。

――我々は、帰る。

そして、貴官の持つ『未来』とやらを、山本長官と、大本営の石頭どもに、徹底的に叩き込んでもらう」

「……ありがとうございます」

坂上は、深く頭を下げた。

「全艦、取り舵(とりかじ)一杯!」

南雲の号令が、歓喜から一転、緊張に包まれた艦橋に響き渡った。

「進路、2-7-0(フタ・ナナ・マル)!

――我々は、日本へ帰る!」

歴史的な大勝利を収めたはずの南雲機動部隊は、ミッドウェー島に背を向け、その傷ついた仲間(加賀)を守りながら、日本本土へと、不可解な「撤退」を開始した。

この「勝利」が、本当の戦いの始まりであることも知らずに。

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