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EP 28
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地獄の「功名心」
1942年7月3日 06時00分 - ラバウル基地・司令部
「馬鹿野郎が…」
坂上が握り潰した電文(川口支隊の突撃命令)は、司令部の歓喜の空気を一瞬で凍りつかせた。
「総員、第一種戦闘配置!」
坂上は、司令官席の男(百武司令官)を押し退けるようにして、基地全体のスピーカーを掴んだ。
「川口支隊が、命令(オレ)を無視して、敵のキルゾーンに『万歳突撃』をかけた!
ミッドウェー・エースは、全機、再発進! 燃料と弾薬を、今すぐ叩き込め!」
「顧問!」
帰投したばかりの志賀大尉が、疲労困憊(こんぱい)の顔で駆け寄ってきた。
「無茶だ! パイロットは休んでいない! それに、何を支援しろと!? 陸軍(あいつら)は、もう突っ込んでるんだぞ!」
「だからだ!」
坂上は、志賀の胸ぐらを掴み返した。
「我々が空から米軍の『頭』を叩き続けなければ、川口支隊は、一木支隊の『二の舞』になる!
一木が『900』の全滅で済んだのは、彼らが『小銃』しか持っていなかったからだ!
川口支隊は『4000』だ! しかも、俺が持ち込ませた『大砲』を持っている!
――奴らが全滅すれば、その『大砲』は、そっくりそのまま米軍の手に渡る!
俺たちが、敵に『武器』をプレゼントしたことになるんだぞ!」
「……っ!」
志賀も源田も、その最悪の事態に気づき、絶句した。
「行け!」
坂上は、志賀を突き飛ばした。
「任務は、格闘戦(ドッグファイト)じゃない!
『近接航空支援(CAS)』だ!
ヘンダーソン飛行場の手前にいる、米海兵隊の『機関銃陣地』と『迫撃砲』! それだけを、徹底的に叩け!
川口支隊が、一人でも多く、丘に逃げ帰るまでの『時間』を稼ぐんだ!」
同刻 06時30分 - ガダルカナル島・ヘンダーソン飛行場前面
「ウラアアアアアア!」
「天皇陛下、万歳!」
川口清健少将は、三川艦隊の大勝利の報と、砲撃による飛行場の混乱を見て、「好機」と判断した。
彼は、一木支隊の教訓(イル川正面は危険)を活かし、ジャングルを迂回(うかい)して、飛行場南側の、防備が手薄と思われた地点から、総攻撃を仕掛けた。
だが、彼が対峙していたのは、ヴァンデグリフト少将率いる米海兵隊の主力と、「レッド・マイク」ことエドソン中佐の「奇襲大隊」だった。
「来たぞ! 予想通りの、ジャングルのネズミだ!」
エドソンは、冷静に部下を配置していた。
西岸(マタニカウ)への陽動(砲撃)で、日本軍の主力がどこにいるかは割れていた。
彼らは、飛行場南側の、後に「血染めの丘(エドソンズ・リッジ)」と呼ばれることになる丘陵地帯に、完璧な「第二のキルゾーン」を構築して待ち構えていた。
「撃て(オープン・ファイア)!」
ジャングルの暗闇から、開けた丘に飛び出してきた川口支隊の兵士たちに、十字砲火(クロスファイア)の曳光弾(えいこうだん)が突き刺さった。
「くそっ、罠だ! 機関銃だ!」
「大佐殿がやられた!」
兵士たちは、次々と倒れていく。
一木支隊の全滅と、全く同じ光景だった。
「怯むな! 突撃! 突撃!」
川口は、狂ったように叫んだ。
(ここで引けば、一木と同じだ!)
だが、その時。
彼らの頭上から、米軍の機関銃とは違う、空気を引き裂く轟音(ごうおん)が響き渡った。
「……空だ!」
「零戦だ! 味方だ!」
志賀大尉と笹井中尉らが率いる零戦隊が、米海兵隊の頭上、超低空で飛来した。
「撃て! 撃て! 撃て!」
志賀は、眼下で味方(陸軍)を一方的に撃ち殺している、米軍の「火点(フラッシュ)」目掛けて、20ミリ機銃の全弾を叩き込んだ。
ダダダダダッ!
米海兵隊の機関銃陣地が、土煙と共に吹き飛ぶ。
迫撃砲の陣地も、零戦の機銃掃射(ストレーフィング)によって沈黙した。
「今だ! 行けええ!」
川口の兵士たちが、一時的に弱まった弾幕を突破しようと、再び丘を駆け上がる。
だが、空の「神」も、万能ではなかった。
「敵機! 上だ!」
ヘンダーソンの穴だらけの滑走路から、命からがら飛び立ったF4Fワイルドキャット数機が、地上攻撃で低速になっている零戦隊に、高高度から襲いかかった。
「ちいっ!」
志賀は、地上掃射を中断し、機体を引き起こした。
「訓練通りだ! 笹井、離脱(ブレイク)しろ! 敵を引き受け――」
ガガガガッ!
志賀の言葉は、衝撃音によって途切れた。
F4Fの放った12.7ミリ機銃弾が、志賀機の左翼を捉え、燃料タンクから火を噴かせた。
『隊長(リーダー)!』
笹井が絶叫する。
「……構うな!」
志賀は、燃える機体で、最後の機銃掃射を米軍陣地に叩き込んだ。
「俺は、ここまでだ!
――坂上顧問に、伝えろ! やはり、『格闘戦』のほうが、性に合って……」
志賀の零戦は、火を噴きながら、ヘンダーソン飛行場のジャングルに墜落、爆発した。
「隊長おおおお!」
エースの「死」。
それは、坂上が「システム(未来の戦術)」で、必死に避けようとしていた「旧い日本の敗北」の象徴だった。
同日 10時00分 - ラバウル基地・司令部
無線室に、重苦しい沈黙が響いていた。
川口支隊は、多大な犠牲(死傷者1000名以上)を出し、飛行場の占領に失敗。
丘陵地帯(エドソンズ・リッジ)から、命からがら撤退した。
坂上が投入した航空支援も、エース・志賀大尉を含む8機を失うという、痛恨の損害を被った。
「……これが」
帰投した笹井中尉が、油と涙で汚れた顔で、坂上に報告した。
「これが、我々(海軍)が、無能な陸軍(あいつら)の『尻拭い』をした、結果です」
源田実も、その場に崩れ落ちた。
「……坂上。君の『テスト』は、失敗だ。
我々は、海戦で勝ち、陸戦で負けた。
一木支隊の教訓は、活かされなかった。
そして、志賀(エース)を、犬死にさせた…」
司令部の空気は、最悪だった。
陸軍の「愚かさ」と、海軍の「犠牲」。
坂上が築き上げた「陸海軍の連携」は、川口の「功名心」という、たった一つの「旧い思想」によって、完全に崩壊した。
(俺の、せいだ…)
坂上は、唇を噛み締めた。
(俺が、三川艦隊の勝利という『希望』を見せすぎた。
あの勝利が、川口に『今なら行ける』と、最悪の誤解をさせたんだ…)
「テスト」は、失敗だった。
東條英機(市ヶ谷)に、勝利ではなく、「陸軍の更なる大失態」と「海軍の消耗」という、最悪の「結果」を報告しなければならない。
その、絶望的な空気を切り裂いて、電信員が、一枚の電文を手に飛び込んできた。
それは、市ヶ谷の東條英機からでも、柱島の山本五十六からでもなかった。
『宛先:ラバウル基地、坂上真一 最高顧問』
『発信:呉海軍工廠、堀越二郎 技術中佐』
「……堀越さんから?」
坂上は、震える手で、その電文を開いた。
『"オーパーツ(F-35B)"ノ解析、進捗(しんちょく)アリ。
貴官ノ指導(タービン理論)ニ基ヅキ、"ネ20(ジェットエンジン)"ノ試作機、燃焼テストニ成功セリ。
――サレド、問題ハ、機体ニアリ。
我々(ニッポン)ニハ、マッハノ速度ニ耐エル機体ガ、作レナイ』
電文は、こう締めくくられていた。
『――坂上顧問。
貴官ニ、問ウ。
貴官ガ乗ッテキタ、アノ"黒キ魔獣(F-35B)"ヲ、
モウ一度、コノ空ヘ、飛バセル方法ハ、
――本当ニ、ナイノカ?』
1942年7月3日 06時00分 - ラバウル基地・司令部
「馬鹿野郎が…」
坂上が握り潰した電文(川口支隊の突撃命令)は、司令部の歓喜の空気を一瞬で凍りつかせた。
「総員、第一種戦闘配置!」
坂上は、司令官席の男(百武司令官)を押し退けるようにして、基地全体のスピーカーを掴んだ。
「川口支隊が、命令(オレ)を無視して、敵のキルゾーンに『万歳突撃』をかけた!
ミッドウェー・エースは、全機、再発進! 燃料と弾薬を、今すぐ叩き込め!」
「顧問!」
帰投したばかりの志賀大尉が、疲労困憊(こんぱい)の顔で駆け寄ってきた。
「無茶だ! パイロットは休んでいない! それに、何を支援しろと!? 陸軍(あいつら)は、もう突っ込んでるんだぞ!」
「だからだ!」
坂上は、志賀の胸ぐらを掴み返した。
「我々が空から米軍の『頭』を叩き続けなければ、川口支隊は、一木支隊の『二の舞』になる!
一木が『900』の全滅で済んだのは、彼らが『小銃』しか持っていなかったからだ!
川口支隊は『4000』だ! しかも、俺が持ち込ませた『大砲』を持っている!
――奴らが全滅すれば、その『大砲』は、そっくりそのまま米軍の手に渡る!
俺たちが、敵に『武器』をプレゼントしたことになるんだぞ!」
「……っ!」
志賀も源田も、その最悪の事態に気づき、絶句した。
「行け!」
坂上は、志賀を突き飛ばした。
「任務は、格闘戦(ドッグファイト)じゃない!
『近接航空支援(CAS)』だ!
ヘンダーソン飛行場の手前にいる、米海兵隊の『機関銃陣地』と『迫撃砲』! それだけを、徹底的に叩け!
川口支隊が、一人でも多く、丘に逃げ帰るまでの『時間』を稼ぐんだ!」
同刻 06時30分 - ガダルカナル島・ヘンダーソン飛行場前面
「ウラアアアアアア!」
「天皇陛下、万歳!」
川口清健少将は、三川艦隊の大勝利の報と、砲撃による飛行場の混乱を見て、「好機」と判断した。
彼は、一木支隊の教訓(イル川正面は危険)を活かし、ジャングルを迂回(うかい)して、飛行場南側の、防備が手薄と思われた地点から、総攻撃を仕掛けた。
だが、彼が対峙していたのは、ヴァンデグリフト少将率いる米海兵隊の主力と、「レッド・マイク」ことエドソン中佐の「奇襲大隊」だった。
「来たぞ! 予想通りの、ジャングルのネズミだ!」
エドソンは、冷静に部下を配置していた。
西岸(マタニカウ)への陽動(砲撃)で、日本軍の主力がどこにいるかは割れていた。
彼らは、飛行場南側の、後に「血染めの丘(エドソンズ・リッジ)」と呼ばれることになる丘陵地帯に、完璧な「第二のキルゾーン」を構築して待ち構えていた。
「撃て(オープン・ファイア)!」
ジャングルの暗闇から、開けた丘に飛び出してきた川口支隊の兵士たちに、十字砲火(クロスファイア)の曳光弾(えいこうだん)が突き刺さった。
「くそっ、罠だ! 機関銃だ!」
「大佐殿がやられた!」
兵士たちは、次々と倒れていく。
一木支隊の全滅と、全く同じ光景だった。
「怯むな! 突撃! 突撃!」
川口は、狂ったように叫んだ。
(ここで引けば、一木と同じだ!)
だが、その時。
彼らの頭上から、米軍の機関銃とは違う、空気を引き裂く轟音(ごうおん)が響き渡った。
「……空だ!」
「零戦だ! 味方だ!」
志賀大尉と笹井中尉らが率いる零戦隊が、米海兵隊の頭上、超低空で飛来した。
「撃て! 撃て! 撃て!」
志賀は、眼下で味方(陸軍)を一方的に撃ち殺している、米軍の「火点(フラッシュ)」目掛けて、20ミリ機銃の全弾を叩き込んだ。
ダダダダダッ!
米海兵隊の機関銃陣地が、土煙と共に吹き飛ぶ。
迫撃砲の陣地も、零戦の機銃掃射(ストレーフィング)によって沈黙した。
「今だ! 行けええ!」
川口の兵士たちが、一時的に弱まった弾幕を突破しようと、再び丘を駆け上がる。
だが、空の「神」も、万能ではなかった。
「敵機! 上だ!」
ヘンダーソンの穴だらけの滑走路から、命からがら飛び立ったF4Fワイルドキャット数機が、地上攻撃で低速になっている零戦隊に、高高度から襲いかかった。
「ちいっ!」
志賀は、地上掃射を中断し、機体を引き起こした。
「訓練通りだ! 笹井、離脱(ブレイク)しろ! 敵を引き受け――」
ガガガガッ!
志賀の言葉は、衝撃音によって途切れた。
F4Fの放った12.7ミリ機銃弾が、志賀機の左翼を捉え、燃料タンクから火を噴かせた。
『隊長(リーダー)!』
笹井が絶叫する。
「……構うな!」
志賀は、燃える機体で、最後の機銃掃射を米軍陣地に叩き込んだ。
「俺は、ここまでだ!
――坂上顧問に、伝えろ! やはり、『格闘戦』のほうが、性に合って……」
志賀の零戦は、火を噴きながら、ヘンダーソン飛行場のジャングルに墜落、爆発した。
「隊長おおおお!」
エースの「死」。
それは、坂上が「システム(未来の戦術)」で、必死に避けようとしていた「旧い日本の敗北」の象徴だった。
同日 10時00分 - ラバウル基地・司令部
無線室に、重苦しい沈黙が響いていた。
川口支隊は、多大な犠牲(死傷者1000名以上)を出し、飛行場の占領に失敗。
丘陵地帯(エドソンズ・リッジ)から、命からがら撤退した。
坂上が投入した航空支援も、エース・志賀大尉を含む8機を失うという、痛恨の損害を被った。
「……これが」
帰投した笹井中尉が、油と涙で汚れた顔で、坂上に報告した。
「これが、我々(海軍)が、無能な陸軍(あいつら)の『尻拭い』をした、結果です」
源田実も、その場に崩れ落ちた。
「……坂上。君の『テスト』は、失敗だ。
我々は、海戦で勝ち、陸戦で負けた。
一木支隊の教訓は、活かされなかった。
そして、志賀(エース)を、犬死にさせた…」
司令部の空気は、最悪だった。
陸軍の「愚かさ」と、海軍の「犠牲」。
坂上が築き上げた「陸海軍の連携」は、川口の「功名心」という、たった一つの「旧い思想」によって、完全に崩壊した。
(俺の、せいだ…)
坂上は、唇を噛み締めた。
(俺が、三川艦隊の勝利という『希望』を見せすぎた。
あの勝利が、川口に『今なら行ける』と、最悪の誤解をさせたんだ…)
「テスト」は、失敗だった。
東條英機(市ヶ谷)に、勝利ではなく、「陸軍の更なる大失態」と「海軍の消耗」という、最悪の「結果」を報告しなければならない。
その、絶望的な空気を切り裂いて、電信員が、一枚の電文を手に飛び込んできた。
それは、市ヶ谷の東條英機からでも、柱島の山本五十六からでもなかった。
『宛先:ラバウル基地、坂上真一 最高顧問』
『発信:呉海軍工廠、堀越二郎 技術中佐』
「……堀越さんから?」
坂上は、震える手で、その電文を開いた。
『"オーパーツ(F-35B)"ノ解析、進捗(しんちょく)アリ。
貴官ノ指導(タービン理論)ニ基ヅキ、"ネ20(ジェットエンジン)"ノ試作機、燃焼テストニ成功セリ。
――サレド、問題ハ、機体ニアリ。
我々(ニッポン)ニハ、マッハノ速度ニ耐エル機体ガ、作レナイ』
電文は、こう締めくくられていた。
『――坂上顧問。
貴官ニ、問ウ。
貴官ガ乗ッテキタ、アノ"黒キ魔獣(F-35B)"ヲ、
モウ一度、コノ空ヘ、飛バセル方法ハ、
――本当ニ、ナイノカ?』
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