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EP 1
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ベンチの賢者と、雑草を食むプリンセス
俺の名前はリアン・クライン。10歳。
このマンルシア大陸でも有数の軍事国家「太郎国」に籍を置く、クライン侯爵家の嫡男だ。
だが、それは表の顔。
中身は、前世で三つ星フレンチレストランのオーナーシェフをやっていた、元日本人の男である。
簿記1級の資格を持ち、原価率と利益率に厳しく、そして何より――「不味いもの」と「悪党」が大嫌いな、しがない料理人だ。
もっとも、今の俺の主な調理器具はフライパンではない。
『ネット通販』というユニークスキルで取り寄せた、地球産の物騒なオモチャたちだ。
「……さて、今夜の『仕込み』はこれで終わりか」
俺は深夜の公園で、ベンチの下に取り付けていた高性能盗聴器(Amazonで購入、配送料込みで3000円)を回収した。
ここ最近、市井では妙な噂が流れている。
『公園のベンチで悩みを独り言つぶやくと、翌朝には解決策が置かれている』――通称、ベンチの賢者。
昨晩の相談者は、パン屋の青年だった。悩みは『意中のあの子に振り向いてもらえない』。
俺はベンチに、最新のファッション誌と美容院の割引クーポン、そして『まずはそのボサボサ頭と、粉まみれの爪をどうにかしろ。清潔感は正義だ』と書いたメモを残しておいた。
これで彼は、身だしなみを整え、自信を持ってアタックするだろう。
俺は影から人々の悩みを解決し、街の平和を守る。ついでに、悪質なストーカーや詐欺師がいれば、睡眠薬とナイフで物理的に『掃除』する。
料理も暗殺も、重要なのは丁寧な下処理(したごしらえ)だ。
「ふぁ……。さすがに眠いな」
あくびを噛み殺し、俺は夜の闇に溶けて屋敷へと帰還した。
◇
翌朝。
抜けるような青空の下、俺は「ルミナス学園」への通学路を歩いていた。
太郎国が誇るエリート育成機関、ルミナス学園。
俺のような貴族の子息や、類まれな才能を持つ特待生たちが通う場所だ。
「(……眠い。今日は二限目からサボって、屋上の貯水タンクの上で寝よう)」
そんな不真面目なことを考えながら、整備された遊歩道を歩いていると、ガサガサと植え込みが揺れた。
野良猫か?
いや、この辺りは俺の『掃除』が行き届いている。危険な魔獣はいないはずだ。
気になって覗き込むと――そこに、その「生物」はいた。
「……んぐ。ぺっ。……うーん、やっぱり5月のタンポポは筋張ってて苦味が強いなぁ。下茹でしないと厳しいかも……」
そこにいたのは、透き通るような銀髪と、宝石のような碧眼を持つ美少女だった。
年齢は俺と同じ10歳くらいだろうか。
フリルのついた可愛らしい服を着ているが、その姿勢は地面に這いつくばる四つん這い。
そして彼女の手には、根っこ付きのタンポポが握られていた。
「おい」
「ひゃいっ!?」
俺が声をかけると、少女はビクッと肩を震わせ、驚いた拍子にタンポポを放り投げた。
振り返った彼女の顔は、泥で薄汚れているが、素材の良さは隠しきれていない。
どこかの深窓の令嬢だろうか?
「お前、そこで何してるんだ?」
「え、えっと……その……」
少女はオドオドと視線を泳がせ、最後に俺の目を見て、キリッとした顔で言った。
「し、植生調査です! この国の雑草の育成状況を、味覚を通してデータ化しているんです!」
「嘘をつけ。ただの拾い食いだろ」
「うっ……」
図星だったらしい。少女はガックリと項垂れた。
「……お腹、空いてるのか?」
「……三日前から、パンの耳と水しか口にしてなくて……。今朝、タロウマートの試食コーナーに行ったら、顔を覚えられてて追い出されちゃって……」
あまりに悲惨な告白だった。
この飽食の時代、しかも世界一豊かと言われる太郎国で、餓死寸前の子供がいるとは。
元料理人として、そして「食」を愛する者として、これは見過ごせない。
空腹は最高のスパイスだが、飢餓はただの苦痛だ。
「……手を出せ」
「え? お、お金なら持ってませんよ!?」
「いいから」
俺は亜空間収納(マジックポーチ)から、今朝自分用に作ったサンドイッチを取り出した。
『ネット通販』で取り寄せた、地球産の高級食パン(乃が美)。そこに、厚切りのロースハムと、シャキシャキのレタス、そして特製マヨネーズソースを挟んだBLTサンドだ。
「食え」
「えっ、い、いいんですか……? こんな、高級品……」
「捨てるのも勿体ないからな。早くしないと気が変わるぞ」
俺がぶっきらぼうに押し付けると、少女は震える手でサンドイッチを受け取った。
そして、恐る恐る一口かじる。
サクッ。
パンの耳まで柔らかい食感と、野菜の瑞々しい音が響く。
「!!!」
少女の瞳孔がカッと見開かれた。
「…………んんんっ!!!」
言葉にならない声と共に、彼女は猛烈な勢いでサンドイッチにかぶりついた。
リスのように頬を膨らませ、咀嚼するたびに、その大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「ううっ……おいひい……おいひいですぅ……!」
「泣くほどかよ」
「だって……! パンが、パンが柔らかい……! 耳なのに石みたいに硬くない……! ハムから肉の味がするぅぅ……!」
今まで何を食ってたんだ、こいつは。
あっという間に完食した彼女は、パンくずがついた指まで丁寧に舐め取ると、俺に向かって深々と頭を下げた。
その姿は、まるで神に祈りを捧げる聖女のようだった。
「ありがとうございました! 私、こんなに美味しいもの、生まれて初めて食べました! 貴方は食の神様ですか!?」
「ただの通りすがりの美食家だ。……名前は?」
「リーザ! リーザっていいます!」
リーザ。どこかで聞いたことがあるような気もするが、まあいいか。
満面の笑みを浮かべる彼女を見て、俺は少しだけ悪い気はしなかった。
客が美味いと言って皿を空にする。料理人にとって、これ以上の報酬はない。
「そうか。じゃあな、リーザ。雑草を食うのは程々にしろよ。腹壊すぞ」
「はい! ……あ、あのっ!」
「ん?」
立ち去ろうとした俺を、リーザが呼び止める。
「えっと、その……制服……」
「制服?」
彼女は俺の着ているブレザーを指差した。
そして、茂みの奥からゴソゴソと鞄を取り出し、泥だらけの上着を羽織った。
それは、俺と同じ「ルミナス学園」の制服だった。
「もしかして、同じ学校の方ですか?」
「…………は?」
俺は絶句した。
この学園の学費は高い。貴族か、富豪か、あるいは国家予算レベルの特待生しか入れないはずだ。
雑草を主食にするような極貧少女が、なぜここに?
「私、今日から転入することになったんです! 1年Aクラスのリーザです! よろしくお願いします、えっと……」
「…………リアンだ」
俺は頭を抱えたくなった。
1年Aクラス。
俺のクラスだ。
「わぁ! クラスメイトだったんですね! リアン様、これから仲良くしてくださいね!」
無邪気に笑うリーザ。その笑顔の裏には、恐ろしいほどの「貧乏神」のオーラが見え隠れしている。
俺の平穏な学園生活と、愛すべき食材たちが、この底なしの胃袋に脅かされる未来が、鮮明に予知できてしまった。
「(……前言撤回。タンポポを食うプリンセスなんて、関わるんじゃなかった)」
だが、もう遅い。
運命のチャイムは、残酷にも予鈴を鳴らしたのだった。
俺の名前はリアン・クライン。10歳。
このマンルシア大陸でも有数の軍事国家「太郎国」に籍を置く、クライン侯爵家の嫡男だ。
だが、それは表の顔。
中身は、前世で三つ星フレンチレストランのオーナーシェフをやっていた、元日本人の男である。
簿記1級の資格を持ち、原価率と利益率に厳しく、そして何より――「不味いもの」と「悪党」が大嫌いな、しがない料理人だ。
もっとも、今の俺の主な調理器具はフライパンではない。
『ネット通販』というユニークスキルで取り寄せた、地球産の物騒なオモチャたちだ。
「……さて、今夜の『仕込み』はこれで終わりか」
俺は深夜の公園で、ベンチの下に取り付けていた高性能盗聴器(Amazonで購入、配送料込みで3000円)を回収した。
ここ最近、市井では妙な噂が流れている。
『公園のベンチで悩みを独り言つぶやくと、翌朝には解決策が置かれている』――通称、ベンチの賢者。
昨晩の相談者は、パン屋の青年だった。悩みは『意中のあの子に振り向いてもらえない』。
俺はベンチに、最新のファッション誌と美容院の割引クーポン、そして『まずはそのボサボサ頭と、粉まみれの爪をどうにかしろ。清潔感は正義だ』と書いたメモを残しておいた。
これで彼は、身だしなみを整え、自信を持ってアタックするだろう。
俺は影から人々の悩みを解決し、街の平和を守る。ついでに、悪質なストーカーや詐欺師がいれば、睡眠薬とナイフで物理的に『掃除』する。
料理も暗殺も、重要なのは丁寧な下処理(したごしらえ)だ。
「ふぁ……。さすがに眠いな」
あくびを噛み殺し、俺は夜の闇に溶けて屋敷へと帰還した。
◇
翌朝。
抜けるような青空の下、俺は「ルミナス学園」への通学路を歩いていた。
太郎国が誇るエリート育成機関、ルミナス学園。
俺のような貴族の子息や、類まれな才能を持つ特待生たちが通う場所だ。
「(……眠い。今日は二限目からサボって、屋上の貯水タンクの上で寝よう)」
そんな不真面目なことを考えながら、整備された遊歩道を歩いていると、ガサガサと植え込みが揺れた。
野良猫か?
いや、この辺りは俺の『掃除』が行き届いている。危険な魔獣はいないはずだ。
気になって覗き込むと――そこに、その「生物」はいた。
「……んぐ。ぺっ。……うーん、やっぱり5月のタンポポは筋張ってて苦味が強いなぁ。下茹でしないと厳しいかも……」
そこにいたのは、透き通るような銀髪と、宝石のような碧眼を持つ美少女だった。
年齢は俺と同じ10歳くらいだろうか。
フリルのついた可愛らしい服を着ているが、その姿勢は地面に這いつくばる四つん這い。
そして彼女の手には、根っこ付きのタンポポが握られていた。
「おい」
「ひゃいっ!?」
俺が声をかけると、少女はビクッと肩を震わせ、驚いた拍子にタンポポを放り投げた。
振り返った彼女の顔は、泥で薄汚れているが、素材の良さは隠しきれていない。
どこかの深窓の令嬢だろうか?
「お前、そこで何してるんだ?」
「え、えっと……その……」
少女はオドオドと視線を泳がせ、最後に俺の目を見て、キリッとした顔で言った。
「し、植生調査です! この国の雑草の育成状況を、味覚を通してデータ化しているんです!」
「嘘をつけ。ただの拾い食いだろ」
「うっ……」
図星だったらしい。少女はガックリと項垂れた。
「……お腹、空いてるのか?」
「……三日前から、パンの耳と水しか口にしてなくて……。今朝、タロウマートの試食コーナーに行ったら、顔を覚えられてて追い出されちゃって……」
あまりに悲惨な告白だった。
この飽食の時代、しかも世界一豊かと言われる太郎国で、餓死寸前の子供がいるとは。
元料理人として、そして「食」を愛する者として、これは見過ごせない。
空腹は最高のスパイスだが、飢餓はただの苦痛だ。
「……手を出せ」
「え? お、お金なら持ってませんよ!?」
「いいから」
俺は亜空間収納(マジックポーチ)から、今朝自分用に作ったサンドイッチを取り出した。
『ネット通販』で取り寄せた、地球産の高級食パン(乃が美)。そこに、厚切りのロースハムと、シャキシャキのレタス、そして特製マヨネーズソースを挟んだBLTサンドだ。
「食え」
「えっ、い、いいんですか……? こんな、高級品……」
「捨てるのも勿体ないからな。早くしないと気が変わるぞ」
俺がぶっきらぼうに押し付けると、少女は震える手でサンドイッチを受け取った。
そして、恐る恐る一口かじる。
サクッ。
パンの耳まで柔らかい食感と、野菜の瑞々しい音が響く。
「!!!」
少女の瞳孔がカッと見開かれた。
「…………んんんっ!!!」
言葉にならない声と共に、彼女は猛烈な勢いでサンドイッチにかぶりついた。
リスのように頬を膨らませ、咀嚼するたびに、その大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「ううっ……おいひい……おいひいですぅ……!」
「泣くほどかよ」
「だって……! パンが、パンが柔らかい……! 耳なのに石みたいに硬くない……! ハムから肉の味がするぅぅ……!」
今まで何を食ってたんだ、こいつは。
あっという間に完食した彼女は、パンくずがついた指まで丁寧に舐め取ると、俺に向かって深々と頭を下げた。
その姿は、まるで神に祈りを捧げる聖女のようだった。
「ありがとうございました! 私、こんなに美味しいもの、生まれて初めて食べました! 貴方は食の神様ですか!?」
「ただの通りすがりの美食家だ。……名前は?」
「リーザ! リーザっていいます!」
リーザ。どこかで聞いたことがあるような気もするが、まあいいか。
満面の笑みを浮かべる彼女を見て、俺は少しだけ悪い気はしなかった。
客が美味いと言って皿を空にする。料理人にとって、これ以上の報酬はない。
「そうか。じゃあな、リーザ。雑草を食うのは程々にしろよ。腹壊すぞ」
「はい! ……あ、あのっ!」
「ん?」
立ち去ろうとした俺を、リーザが呼び止める。
「えっと、その……制服……」
「制服?」
彼女は俺の着ているブレザーを指差した。
そして、茂みの奥からゴソゴソと鞄を取り出し、泥だらけの上着を羽織った。
それは、俺と同じ「ルミナス学園」の制服だった。
「もしかして、同じ学校の方ですか?」
「…………は?」
俺は絶句した。
この学園の学費は高い。貴族か、富豪か、あるいは国家予算レベルの特待生しか入れないはずだ。
雑草を主食にするような極貧少女が、なぜここに?
「私、今日から転入することになったんです! 1年Aクラスのリーザです! よろしくお願いします、えっと……」
「…………リアンだ」
俺は頭を抱えたくなった。
1年Aクラス。
俺のクラスだ。
「わぁ! クラスメイトだったんですね! リアン様、これから仲良くしてくださいね!」
無邪気に笑うリーザ。その笑顔の裏には、恐ろしいほどの「貧乏神」のオーラが見え隠れしている。
俺の平穏な学園生活と、愛すべき食材たちが、この底なしの胃袋に脅かされる未来が、鮮明に予知できてしまった。
「(……前言撤回。タンポポを食うプリンセスなんて、関わるんじゃなかった)」
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