2 / 44
EP 2
正道の騎士と、邪道の暗殺者
「席につけ、ガキ共。HR(ホームルーム)を始めるぞ」
教室のドアが乱暴に開かれ、気怠げな男が入ってきた。
豹の耳を持つ獣人族。鋭い眼光と、それに見合わない疲労感を漂わせた男――クルーガ先生だ。
元近衛騎士にして元敏腕探偵。そして現在は、俺の「裏の顔」を知る数少ない理解者(共犯者)でもある。
彼は教卓に手をつくと、胃薬の袋をゴミ箱に投げ捨ててからクラス全体を見渡した。
「今日からこのクラスの担任になったクルーガだ。俺のモットーは『事なかれ主義』だ。面倒をかけるなよ? ガキ共……特にリアン」
クルーガ先生の視線が、一点に突き刺さる。
俺は頬杖をついたまま、わざとらしく首を傾げた。
「何のことですかね? 先生。僕は品行方正な生徒ですよ」
「……その減らず口が成績に含まれるなら、お前は首席なんだがな」
先生は深くため息をついた。
教室が少しざわつく中、俺の隣の席では、今朝拾った(救出した)人魚姫リーザが、瞳をキラキラさせていた。
「(怖そうな先生ですわ……。でも、先生に従っていれば『給食』が貰えるのですわよね? 給食のためならエンヤコラですわ!)」
彼女の頭の中は、すでに昼食のメニューで埋め尽くされているらしい。
このクラス、前途多難すぎる。
◇
一限目は、屋外演習場での「実技訓練」だった。
太郎国では、貴族であろうと戦う力が求められる。
生徒たちは木製の模擬刀を持ち、ペアを組んで打ち合いを始めていた。
「リアン、僕と組もう」
凛とした声が響く。
現れたのは、金髪碧眼の美少年。アルヴィン侯爵家の嫡男、クラウス・アルヴィンだ。
俺とは家格も同等、幼い頃からの腐れ縁であり――「光」と「闇」のように対照的なライバルでもある。
「お手柔らかに頼むぜ、クラウス様」
「嫌味を言うな。いくぞ!」
開始の合図と共に、クラウスが踏み込んだ。
速い。
アルヴィン流聖騎士剣術。教科書のお手本のような、しかし極限まで研ぎ澄まされた正統派の斬撃。
「っと!」
俺は半身になって切っ先をかわす。
だが、クラウスの剣は止まらない。流れるような連撃。盾がない模擬戦だというのに、彼の剣圧だけで防戦一方に追い込まれる。
「どうしたリアン! 逃げてばかりか!」
「正面からやり合って勝てる相手じゃないんでね!」
カカカッ! と木刀がぶつかる乾いた音が響く。
俺の剣術は、あくまで護身用だ。殺し合いならともかく、ルールの決まった「試合」で、天才クラウスに勝てる道理がない。
じりじりと、演習場の端まで追い詰められる。
「これで終わりだ!」
クラウスが決定的な隙を見つけ、大上段から剣を振り下ろそうとした、その瞬間。
俺は左手に持っていた「鞘(さや)」を、クラウスの顔面めがけて全力で投げつけた。
「なっ!?」
不意をつかれたクラウス。
騎士道精神の塊である彼にとって、武器の一部である鞘を投げるなど、思考の外にある行為だ。
彼は反射的に首をすくめ、顔を庇う。
視界が塞がった。
――ここだ。
俺は姿勢を低くし、無防備になったクラウスの鳩尾(みぞおち)へ、鋭い前蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……!?」
苦悶の声と共に、クラウスの体がくの字に折れてよろめく。
俺は追撃の手を緩めない。踏み込み、がら空きの顔面へ右ストレートを放つ。
ゴッ。
鈍い音がして、美少年の顔が歪む。
観衆が息を飲む音が聞こえた。
だが――そこまでだった。
「ふざけるなッ! リアン!!」
激昂したクラウスの瞳に、雷光が走った気がした。
彼は殴られた痛みを気迫でねじ伏せ、体勢を立て直すと、渾身の横薙ぎを一閃させた。
ドガッ!!
「ぐあッ……!」
俺の防御ごと吹き飛ばすような重い一撃。
俺は地面に転がり、模擬刀を取り落とした。
静寂が訪れる。
「勝者、クラウス!」
審判役のクルーガ先生が、淡々と告げた。
その瞬間、張り詰めていた空気が解け、クラスメイトたちから非難の声が上がった。
「おい見ろよ、今の……」
「きたねぇぞ! 鞘を投げるなんて!」
「あんなのは貴族の技じゃない。卑怯者のやり方だ」
嘲笑と軽蔑の視線が俺に刺さる。
俺は土埃を払いながら立ち上がり、痛む腕をさすった。
「痛ってぇ……。やっぱり怒らせると怖いな、クラウスは」
負け惜しみのように軽口を叩く俺を、クラウスは肩で息をしながら睨みつけている。
その顔には、勝利の喜びなど微塵もない。
彼は投げ捨てられた俺の鞘を見つめ、自身の腹部を無意識に押さえた。
「…………」
周囲は俺を卑怯者だと罵っている。
だが、クラウスだけは違った。彼の顔色は青ざめ、冷や汗が流れている。
(――もし、あれが『実戦』だったら)
鞘にナイフが仕込まれていたら?
蹴りの後の拳が、毒塗りの暗器だったら?
最後の追撃を待たず、俺は喉を掻き切られて死んでいたんじゃないか?
「……くそッ」
クラウスは悔しげに唇を噛み、俺に背を向けた。
試合に勝って、勝負に負けた。
そんな顔をしていた。
俺は心の中で苦笑する。
ごめんな、クラウス。俺は英雄にはなれない。
お前が「光」なら、俺はとことん「影」をやってやるさ。
「さてと。……おいリーザ、給食の時間だぞ」
「はっ! 起きましたわ! カレーの匂いがしますわリアン様!」
観客席で寝ていた(空腹で気絶していた?)リーザが、給食という単語に反応して飛び起きた。
この緊張感のなさ。
俺はため息をつきながら、殺伐とした演習場を後にした。
「席につけ、ガキ共。HR(ホームルーム)を始めるぞ」
教室のドアが乱暴に開かれ、気怠げな男が入ってきた。
豹の耳を持つ獣人族。鋭い眼光と、それに見合わない疲労感を漂わせた男――クルーガ先生だ。
元近衛騎士にして元敏腕探偵。そして現在は、俺の「裏の顔」を知る数少ない理解者(共犯者)でもある。
彼は教卓に手をつくと、胃薬の袋をゴミ箱に投げ捨ててからクラス全体を見渡した。
「今日からこのクラスの担任になったクルーガだ。俺のモットーは『事なかれ主義』だ。面倒をかけるなよ? ガキ共……特にリアン」
クルーガ先生の視線が、一点に突き刺さる。
俺は頬杖をついたまま、わざとらしく首を傾げた。
「何のことですかね? 先生。僕は品行方正な生徒ですよ」
「……その減らず口が成績に含まれるなら、お前は首席なんだがな」
先生は深くため息をついた。
教室が少しざわつく中、俺の隣の席では、今朝拾った(救出した)人魚姫リーザが、瞳をキラキラさせていた。
「(怖そうな先生ですわ……。でも、先生に従っていれば『給食』が貰えるのですわよね? 給食のためならエンヤコラですわ!)」
彼女の頭の中は、すでに昼食のメニューで埋め尽くされているらしい。
このクラス、前途多難すぎる。
◇
一限目は、屋外演習場での「実技訓練」だった。
太郎国では、貴族であろうと戦う力が求められる。
生徒たちは木製の模擬刀を持ち、ペアを組んで打ち合いを始めていた。
「リアン、僕と組もう」
凛とした声が響く。
現れたのは、金髪碧眼の美少年。アルヴィン侯爵家の嫡男、クラウス・アルヴィンだ。
俺とは家格も同等、幼い頃からの腐れ縁であり――「光」と「闇」のように対照的なライバルでもある。
「お手柔らかに頼むぜ、クラウス様」
「嫌味を言うな。いくぞ!」
開始の合図と共に、クラウスが踏み込んだ。
速い。
アルヴィン流聖騎士剣術。教科書のお手本のような、しかし極限まで研ぎ澄まされた正統派の斬撃。
「っと!」
俺は半身になって切っ先をかわす。
だが、クラウスの剣は止まらない。流れるような連撃。盾がない模擬戦だというのに、彼の剣圧だけで防戦一方に追い込まれる。
「どうしたリアン! 逃げてばかりか!」
「正面からやり合って勝てる相手じゃないんでね!」
カカカッ! と木刀がぶつかる乾いた音が響く。
俺の剣術は、あくまで護身用だ。殺し合いならともかく、ルールの決まった「試合」で、天才クラウスに勝てる道理がない。
じりじりと、演習場の端まで追い詰められる。
「これで終わりだ!」
クラウスが決定的な隙を見つけ、大上段から剣を振り下ろそうとした、その瞬間。
俺は左手に持っていた「鞘(さや)」を、クラウスの顔面めがけて全力で投げつけた。
「なっ!?」
不意をつかれたクラウス。
騎士道精神の塊である彼にとって、武器の一部である鞘を投げるなど、思考の外にある行為だ。
彼は反射的に首をすくめ、顔を庇う。
視界が塞がった。
――ここだ。
俺は姿勢を低くし、無防備になったクラウスの鳩尾(みぞおち)へ、鋭い前蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……!?」
苦悶の声と共に、クラウスの体がくの字に折れてよろめく。
俺は追撃の手を緩めない。踏み込み、がら空きの顔面へ右ストレートを放つ。
ゴッ。
鈍い音がして、美少年の顔が歪む。
観衆が息を飲む音が聞こえた。
だが――そこまでだった。
「ふざけるなッ! リアン!!」
激昂したクラウスの瞳に、雷光が走った気がした。
彼は殴られた痛みを気迫でねじ伏せ、体勢を立て直すと、渾身の横薙ぎを一閃させた。
ドガッ!!
「ぐあッ……!」
俺の防御ごと吹き飛ばすような重い一撃。
俺は地面に転がり、模擬刀を取り落とした。
静寂が訪れる。
「勝者、クラウス!」
審判役のクルーガ先生が、淡々と告げた。
その瞬間、張り詰めていた空気が解け、クラスメイトたちから非難の声が上がった。
「おい見ろよ、今の……」
「きたねぇぞ! 鞘を投げるなんて!」
「あんなのは貴族の技じゃない。卑怯者のやり方だ」
嘲笑と軽蔑の視線が俺に刺さる。
俺は土埃を払いながら立ち上がり、痛む腕をさすった。
「痛ってぇ……。やっぱり怒らせると怖いな、クラウスは」
負け惜しみのように軽口を叩く俺を、クラウスは肩で息をしながら睨みつけている。
その顔には、勝利の喜びなど微塵もない。
彼は投げ捨てられた俺の鞘を見つめ、自身の腹部を無意識に押さえた。
「…………」
周囲は俺を卑怯者だと罵っている。
だが、クラウスだけは違った。彼の顔色は青ざめ、冷や汗が流れている。
(――もし、あれが『実戦』だったら)
鞘にナイフが仕込まれていたら?
蹴りの後の拳が、毒塗りの暗器だったら?
最後の追撃を待たず、俺は喉を掻き切られて死んでいたんじゃないか?
「……くそッ」
クラウスは悔しげに唇を噛み、俺に背を向けた。
試合に勝って、勝負に負けた。
そんな顔をしていた。
俺は心の中で苦笑する。
ごめんな、クラウス。俺は英雄にはなれない。
お前が「光」なら、俺はとことん「影」をやってやるさ。
「さてと。……おいリーザ、給食の時間だぞ」
「はっ! 起きましたわ! カレーの匂いがしますわリアン様!」
観客席で寝ていた(空腹で気絶していた?)リーザが、給食という単語に反応して飛び起きた。
この緊張感のなさ。
俺はため息をつきながら、殺伐とした演習場を後にした。
あなたにおすすめの小説
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
悪徳領主の息子に転生しました
アルト
ファンタジー
悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。
領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。
そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。
「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」
こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。
一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。
これなんて無理ゲー??
ダンジョン銭湯 ~鎧は脱いでお入りください~
こまちゃも
ファンタジー
祖父さんから受け継いだ銭湯ごと、ダンジョンに転移してしまった俺。
だがそこは、なぜか”完全安全地帯”だった。
風呂に入れば傷は癒え、疲れも吹き飛ぶ。
噂を聞きつけた冒険者たちが集まり、宿やギルドまでできていく。
俺には最強の武器もスキルもないがーー最強のヒーラーや個性豊かな常連たちに囲まれながら、俺は今日も湯を沸かす。
銭湯を中心に、ダンジョンの中に小さな拠点が広がっていく。
――ダンジョン銭湯、本日も営業中。
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
家族に忘れられていた第五王子は愛され生活を送る
りーさん
ファンタジー
アズール王国の王宮には、多くの王子や王女が住んでいる蒼星宮という宮がある。
その宮にはとある噂が広まっていた。併設されている図書館に子どもの幽霊が現れると。
そんなある日、図書館に出入りしていた第一王子は子どものような人影を見かける。
その時、父である国王にすら忘れられ、存在を知られていなかった第五王子の才覚が露になっていく。
戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る
丸三(まるぞう)
ファンタジー
戦国時代に転生した先は、豊臣秀吉の弟にして名宰相――豊臣秀長の息子だった。
現代では中世近世史を研究する大学講師。
史実では、秀長は早逝し、豊臣政権は崩壊、徳川の時代と鎖国が訪れる。
ならば変える。
剣でも戦でもない。
政治と制度、国家設計によって。
秀長を生かし、秀吉を支え、徳川の台頭を防ぎ、
戦国の終わりを「戦勝」ではなく「国家の完成」にする。
これは、武将ではなく制度設計者として天下を取る男の物語。
戦国転生×内政改革×豊臣政権完成譚。
(2月15日記)
連載をより良い形で続けるため、更新頻度を週5回とさせていただきます。
一話ごとの完成度を高めてお届けしますので、今後ともよろしくお願いいたします。
(当面、月、水、金、土、日の更新)
転生貴族は現代日本の知識で領地経営して発展させる
初
ファンタジー
大陸の西に存在するディーレンス王国の貴族、クローディス家では当主が亡くなり、長男、次男、三男でその領地を分配した。
しかしこの物語の主人公クルス・クローディスに分配されたのはディーレンス王国の属国、その北に位置する土地で、領内には人間族以外の異種族もいた上、北からは別の異種族からの侵攻を受けている絶望的な土地だった。
そこで主人公クルスは前世の現代日本の知識を使って絶望的な領地を発展させる。
目指すのは大陸一発展した領地。
果たしてクルスは実現できるのか?
これはそんなクルスを描いた物語である。