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EP 6
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不死鳥の求婚『私と結婚しない?』
森のラーメン屋『麺屋 竜王』の夜は更けていく。
ランチタイムの喧騒が嘘のように、店内には静かな時間が流れていた。
「おい太郎、今日の売上はどうだ」
「上々だよ、デューク。フェンリルの呼び込みのおかげで、獣人のお客さんが増えたからね」
「へへっ! 俺様の遠吠えを聞いて来ねぇ奴はいねぇよ!」
閉店作業中、男3人で和やかに話していた時だった。
入り口の暖簾が、ゆらりと頼りなく揺れた。
「……やってる?」
亡霊のような掠れた声と共に現れたのは、一人の女性だった。
燃えるような真紅の髪に、宝石のような瞳。
本来なら世界を魅了する絶世の美女――のはずなのだが。
今の彼女は髪がボサボサで、目の下には濃いクマがあり、全身から「疲労」という文字が服を着て歩いているようなオーラを漂わせていた。
「ゲッ、フレアかよ」
「チッ……面倒なのが来たな」
フェンリルとデュークが露骨に嫌そうな顔をする。
彼女こそ、三代調停者の一角、不死鳥フレア。
だが、今の彼女に伝説の神鳥としての威厳は欠片もなかった。
フレアはフラフラとカウンターに近づくと、一番端の席に崩れ落ちるように座った。
「……お酒。一番強いやつ。ジョッキで」
「おいおい、ここはラーメン屋だぞ?」
フェンリルが呆れて声をかけるが、フレアはカウンターに突っ伏したまま動かない。
「うるさいわね……。あんた達が遊んでる間に、誰が西の魔物大量発生を食い止めたと思ってるのよ……。誰が邪神の封印のヒビ割れを補修したと思ってるのよ……!」
彼女の背中から、ゆらゆらと怨嗟の炎が立ち上る。
過労である。
サボり癖のある竜王と、遊び人の狼王の分まで、彼女はたった一人で世界の均衡を守るために飛び回っていたのだ。
「……お客さん」
スッと、彼女の前にジョッキが置かれた。
中に入っているのは、氷と、透明な液体とレモン。
太郎が通販で購入した『ストロング系缶チューハイ(アルコール度数9%・ドライレモン)』を、氷を入れたジョッキに並々と注いだものだ。
「お疲れ様です。サービスですから、まずは一杯どうぞ」
太郎の穏やかな声に、フレアが顔を上げた。
彼女は疑わしげにジョッキを睨み、そして一口飲んだ。
「……!」
ガツンとくるアルコールの衝撃と、強烈な炭酸。
それが疲労困憊の脳髄に染み渡る。
「ぷはぁっ……! なによこれ、すっごく効くじゃない……!」
フレアは一気に半分ほど飲み干すと、溜まっていた鬱憤を吐き出し始めた。
「聞いてよ店員さん! 私だってねぇ、オシャレしたいのよ! エステだって行きたいし、恋だってしたいわよ! なのに毎日毎日、火山の噴火止めたり、魔王軍の進路変えたり! おかげで肌はカサカサ、髪はパサパサ! 私、不死鳥(フェニックス)なのに過労死するわよ絶対!!」
バンバンとカウンターを叩くフレア。
その悲痛な叫びに、デュークとフェンリルは気まずそうに目を逸らした。
太郎は何も言わず、ただ静かに彼女の愚痴を聞いていた。
そして、彼女のグラスが空いたタイミングを見計らい、再び電子ボードを操作した。
「……お客さん、少し上を向いてください」
「え? なによ急に……」
太郎は温めた「おしぼり(高級厚手タイプ)」を広げ、そっとフレアの顔に乗せた。
蒸気と温もりが、強張った顔の筋肉を解きほぐしていく。
「ふあぁ……あったかい……」
さらに太郎は、カウンターに二つの箱を置いた。
一つは『日本製・高級美容フェイスパック(高保湿ヒアルロン酸配合)』。
もう一つは『プレミアム・ビターチョコレート』。
「お肌のことは詳しくないですが、故郷の女性たちは、疲れた時にこれを使っていました。あと、甘いものは心を落ち着かせますよ」
フレアはおしぼりを外し、渡されたフェイスパックとチョコを呆然と見つめた。
何百年も生きてきて、こんな風に労わられたことがあっただろうか。
ただ「強い守護者」として崇められ、頼られるばかりで、「一人の女性」として扱ってくれる者などいなかった。
彼女はチョコを一つ、口に含んだ。
カカオの芳醇な香りと、上品な甘さが口いっぱいに広がる。
「……美味しい」
ポロリ、と。
フレアの大きな瞳から、涙が溢れ出した。
その涙が床に落ちると、ジュッという音と共に、床の傷が修復されていく。不死鳥の涙には癒やしの力があるのだ。
「私……ただ、ちょっと休りたかっただけなのに……」
「ええ、分かりますよ。今日はもう、何も考えなくていいですから」
太郎は背中を向けて洗い物を始めた。
泣いている顔を見ないようにする配慮だった。
フレアは涙を拭い、目の前で淡々と皿を洗う、平凡な青年の背中を見つめた。
決して強くはない。魔力も感じない。
けれど、この空間には、どんな聖域よりも心地よい「安心」があった。
竜王も狼王も、この男のそばにいる時だけは、牙を収めて穏やかな顔をしている。
(ああ、そうか……)
酔いが回った頭で、フレアはストンと納得した。
私が求めていたのは、世界平和でも名声でもない。
こういう「帰る場所」だったのだ、と。
「ねえ、貴方」
フレアが頬を赤らめ、とろんとした目つきで太郎を呼んだ。
「はい? お水持ってきましょうか」
「ううん……契約、じゃなくって」
フレアは身を乗り出し、太郎の手をギュッと握りしめた。
「私と結婚しない? 貴方みたいな人の側なら、私、普通の女の子になれそうな気がするの」
「ブッ!!」
後ろでラーメンを啜っていたフェンリルがスープを吹き出した。
デュークも持っていた皿を取り落としそうになる。
だが、太郎だけは動じなかった。
彼は握られた手に優しく手を添え、困ったように、しかし慈愛に満ちた微笑みを返した。
「お客さん、だいぶ酔ってますね。プロポーズは、素面の時に取っておいた方がいいですよ」
やんわりとした拒絶。しかし、そこには突き放す冷たさはなく、彼女の尊厳を守る優しさがあった。
フレアは「むぅ」と頬を膨らませたが、その手は離さなかった。
その時、電子ボードが激しく明滅した。
【システム通知:調停者・不死鳥フレアとの『特殊契約(婚約保留中)』が成立しました】
【偉業達成! 過労死寸前の守護神を救済】
【獲得善行ポイント:5,000,000 P】
【ボーナス:称号『神殺しのジゴロ(無自覚)』を獲得しました】
「……なんか変な称号がついたな」
太郎は見なかったことにして、酔い潰れて眠り始めたフレアに、通販で買った毛布を掛けてやった。
「おい太郎、どうすんだこの焼き鳥女」
「置いていくわけにもいかないだろう。……仕方ない、段ボールハウスに泊めるか」
こうして、森のラーメン屋の従業員(居候)に、新たに「世界一美しい看板娘」が加わった。
最強の3柱が揃った『麺屋 竜王』。
その戦力は、もはや国家どころか、世界を敵に回してもお釣りがくるレベルに達していたのである。
森のラーメン屋『麺屋 竜王』の夜は更けていく。
ランチタイムの喧騒が嘘のように、店内には静かな時間が流れていた。
「おい太郎、今日の売上はどうだ」
「上々だよ、デューク。フェンリルの呼び込みのおかげで、獣人のお客さんが増えたからね」
「へへっ! 俺様の遠吠えを聞いて来ねぇ奴はいねぇよ!」
閉店作業中、男3人で和やかに話していた時だった。
入り口の暖簾が、ゆらりと頼りなく揺れた。
「……やってる?」
亡霊のような掠れた声と共に現れたのは、一人の女性だった。
燃えるような真紅の髪に、宝石のような瞳。
本来なら世界を魅了する絶世の美女――のはずなのだが。
今の彼女は髪がボサボサで、目の下には濃いクマがあり、全身から「疲労」という文字が服を着て歩いているようなオーラを漂わせていた。
「ゲッ、フレアかよ」
「チッ……面倒なのが来たな」
フェンリルとデュークが露骨に嫌そうな顔をする。
彼女こそ、三代調停者の一角、不死鳥フレア。
だが、今の彼女に伝説の神鳥としての威厳は欠片もなかった。
フレアはフラフラとカウンターに近づくと、一番端の席に崩れ落ちるように座った。
「……お酒。一番強いやつ。ジョッキで」
「おいおい、ここはラーメン屋だぞ?」
フェンリルが呆れて声をかけるが、フレアはカウンターに突っ伏したまま動かない。
「うるさいわね……。あんた達が遊んでる間に、誰が西の魔物大量発生を食い止めたと思ってるのよ……。誰が邪神の封印のヒビ割れを補修したと思ってるのよ……!」
彼女の背中から、ゆらゆらと怨嗟の炎が立ち上る。
過労である。
サボり癖のある竜王と、遊び人の狼王の分まで、彼女はたった一人で世界の均衡を守るために飛び回っていたのだ。
「……お客さん」
スッと、彼女の前にジョッキが置かれた。
中に入っているのは、氷と、透明な液体とレモン。
太郎が通販で購入した『ストロング系缶チューハイ(アルコール度数9%・ドライレモン)』を、氷を入れたジョッキに並々と注いだものだ。
「お疲れ様です。サービスですから、まずは一杯どうぞ」
太郎の穏やかな声に、フレアが顔を上げた。
彼女は疑わしげにジョッキを睨み、そして一口飲んだ。
「……!」
ガツンとくるアルコールの衝撃と、強烈な炭酸。
それが疲労困憊の脳髄に染み渡る。
「ぷはぁっ……! なによこれ、すっごく効くじゃない……!」
フレアは一気に半分ほど飲み干すと、溜まっていた鬱憤を吐き出し始めた。
「聞いてよ店員さん! 私だってねぇ、オシャレしたいのよ! エステだって行きたいし、恋だってしたいわよ! なのに毎日毎日、火山の噴火止めたり、魔王軍の進路変えたり! おかげで肌はカサカサ、髪はパサパサ! 私、不死鳥(フェニックス)なのに過労死するわよ絶対!!」
バンバンとカウンターを叩くフレア。
その悲痛な叫びに、デュークとフェンリルは気まずそうに目を逸らした。
太郎は何も言わず、ただ静かに彼女の愚痴を聞いていた。
そして、彼女のグラスが空いたタイミングを見計らい、再び電子ボードを操作した。
「……お客さん、少し上を向いてください」
「え? なによ急に……」
太郎は温めた「おしぼり(高級厚手タイプ)」を広げ、そっとフレアの顔に乗せた。
蒸気と温もりが、強張った顔の筋肉を解きほぐしていく。
「ふあぁ……あったかい……」
さらに太郎は、カウンターに二つの箱を置いた。
一つは『日本製・高級美容フェイスパック(高保湿ヒアルロン酸配合)』。
もう一つは『プレミアム・ビターチョコレート』。
「お肌のことは詳しくないですが、故郷の女性たちは、疲れた時にこれを使っていました。あと、甘いものは心を落ち着かせますよ」
フレアはおしぼりを外し、渡されたフェイスパックとチョコを呆然と見つめた。
何百年も生きてきて、こんな風に労わられたことがあっただろうか。
ただ「強い守護者」として崇められ、頼られるばかりで、「一人の女性」として扱ってくれる者などいなかった。
彼女はチョコを一つ、口に含んだ。
カカオの芳醇な香りと、上品な甘さが口いっぱいに広がる。
「……美味しい」
ポロリ、と。
フレアの大きな瞳から、涙が溢れ出した。
その涙が床に落ちると、ジュッという音と共に、床の傷が修復されていく。不死鳥の涙には癒やしの力があるのだ。
「私……ただ、ちょっと休りたかっただけなのに……」
「ええ、分かりますよ。今日はもう、何も考えなくていいですから」
太郎は背中を向けて洗い物を始めた。
泣いている顔を見ないようにする配慮だった。
フレアは涙を拭い、目の前で淡々と皿を洗う、平凡な青年の背中を見つめた。
決して強くはない。魔力も感じない。
けれど、この空間には、どんな聖域よりも心地よい「安心」があった。
竜王も狼王も、この男のそばにいる時だけは、牙を収めて穏やかな顔をしている。
(ああ、そうか……)
酔いが回った頭で、フレアはストンと納得した。
私が求めていたのは、世界平和でも名声でもない。
こういう「帰る場所」だったのだ、と。
「ねえ、貴方」
フレアが頬を赤らめ、とろんとした目つきで太郎を呼んだ。
「はい? お水持ってきましょうか」
「ううん……契約、じゃなくって」
フレアは身を乗り出し、太郎の手をギュッと握りしめた。
「私と結婚しない? 貴方みたいな人の側なら、私、普通の女の子になれそうな気がするの」
「ブッ!!」
後ろでラーメンを啜っていたフェンリルがスープを吹き出した。
デュークも持っていた皿を取り落としそうになる。
だが、太郎だけは動じなかった。
彼は握られた手に優しく手を添え、困ったように、しかし慈愛に満ちた微笑みを返した。
「お客さん、だいぶ酔ってますね。プロポーズは、素面の時に取っておいた方がいいですよ」
やんわりとした拒絶。しかし、そこには突き放す冷たさはなく、彼女の尊厳を守る優しさがあった。
フレアは「むぅ」と頬を膨らませたが、その手は離さなかった。
その時、電子ボードが激しく明滅した。
【システム通知:調停者・不死鳥フレアとの『特殊契約(婚約保留中)』が成立しました】
【偉業達成! 過労死寸前の守護神を救済】
【獲得善行ポイント:5,000,000 P】
【ボーナス:称号『神殺しのジゴロ(無自覚)』を獲得しました】
「……なんか変な称号がついたな」
太郎は見なかったことにして、酔い潰れて眠り始めたフレアに、通販で買った毛布を掛けてやった。
「おい太郎、どうすんだこの焼き鳥女」
「置いていくわけにもいかないだろう。……仕方ない、段ボールハウスに泊めるか」
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