25 / 39
EP 25
しおりを挟む
精霊の水と、静寂の戒め
サバルテの城下町は、またしても異様な光景にざわめいていた。
水神飛鳥が、ふらりと散歩に出た。それだけなら良い。問題は、その背後だ。
「おい、見ろ……女王様とミーナ様だ」
「嘘だろ? お二人が、あの人間の後ろに付き従っているぞ」
「まるで従者じゃないか……何者なんだ、アイツは?」
好奇と畏怖の視線を一身に浴びながらも、飛鳥は涼しい顔で石畳を歩いていた。
その後ろを、レオナは腕を組んで堂々と、ミーナは周囲を警戒しながら歩く。この奇妙な隊列は、もはや街の名物になりつつあった。
そんな中、広場の噴水近くで、飛鳥は馴染みの小さな影を見つけた。
「あ、お兄ちゃん!」
犬耳族の少女、カナヤだ。今日も友達と石蹴り遊びをしていたらしい。
彼女は飛鳥を見つけると、ブンブンと尻尾を振って駆け寄ってきた。
「やぁ、カナヤさん。こんにちわ」
「お兄ちゃんも一緒に遊ぶ?」
カナヤの無邪気な誘いに、周囲の大人たちが「女王様の前でなんと不敬な!」と息を呑む。
だが、飛鳥はレオナの方を振り返りもせず、その場にしゃがみ込んだ。
「えぇ。……お言葉に甘えさせて頂きます」
飛鳥が指を鳴らすと、路地裏の時と同じように、青々とした琉球畳と茶道具一式が出現した。
野外が一瞬にして、静謐な茶室へと変わる。
「わぁ! またお茶会だ!」
「はい。では、お水を頂けますか?」
「うん! お家の水、持ってくるね! 待ってて!」
カナヤは手桶を持って、パタパタと走り去った。
飛鳥は畳の上に正座し、目を閉じて静かにその時を待つ。
レオナとミーナも、少し離れた場所でその様子を見守った。
やがて、カナヤが戻ってきた。
「お待たせー! 重かったけど、こぼさなかったよ!」
「ありがとうございます。では……」
飛鳥が柄杓(ひしゃく)を手に取ろうとした、その時だった。
「ふふふ。……待ちなさい、小娘」
派手な宝石の音と共に、肥満体の男がぬっと姿を現した。
ゴルド商会会長、ゴルディである。
彼はピカピカに磨かれた(しかし趣味の悪い)革靴を履き、勝ち誇った顔で、透明なクリスタルの瓶を掲げていた。
「そんな井戸水では駄目だ。飛鳥殿の茶が泣くというもの」
「え……?」
「見よ! これぞ『精霊水(エレメンタル・ウォーター)』! 北の霊山から、我が商会の精鋭が命がけで汲み取ってきた、金貨百枚の価値がある有難い水だ!」
ゴルディはドヤ顔でカナヤを見下ろし、飛鳥に向かって瓶を突き出した。
「さあ、これを使え! ワシからの『敬意』の証だ! これなら文句はあるまい!」
ゴルディは確信していた。
前回は「敬意(=最高級品)」が足りなかったのだと。だから今回は、最高の水を持参した。これで自分も茶室の客になれるはずだ、と。
カナヤは自分の手桶と、キラキラ輝くクリスタルを見比べ、シュンと耳を垂れてしまった。
「……ごめんなさい。私、ただの水しか……」
その瞬間。
飛鳥の目が、スッと細められた。
「――ゴルディさん」
静かな、しかし凍てつくような声。
「お静かに」
「な、何……?」
「今、この場の『和』が乱れました。……貴方の大きな声と、その無粋な振る舞いによって」
飛鳥はゴルディを直視した。
「子供が一生懸命運んできた水を『駄目だ』と断じること。……それは、最も恥ずべき無作法です」
「なっ、ぐ……!? ワ、ワシは良かれと思って……高価な水を……」
ゴルディが狼狽える。
また拒絶されるのか。やはり、この男には金は通じないのか。
ゴルディが脂汗をかいて後ずさりしようとした時、飛鳥の表情がふわりと緩んだ。
「……まぁ、袖振り合うも多生の縁。何かのご縁です」
飛鳥は手のひらで、畳の空いている場所を示した。
「お座り下さい」
「……は?」
ゴルディは耳を疑った。
拒絶されると思っていた。怒られると思っていた。
なのに、招かれた?
「い、いいのか? ワシが……座っても?」
「えぇ。ただし、靴は脱いでくださいね」
ゴルディは慌てて、特注の革靴を脱ぎ捨てた。
そして、緊張でガチガチになりながら、カナヤの隣に正座した。
高級スーツが悲鳴を上げるほど窮屈だが、そんなことは気にならなかった。
ついに、念願の「茶席」に座れたのだ。
「では、カナヤさんが運んでくれたお水で、一服差し上げましょう」
飛鳥はゴルディが持ってきた『精霊水』には目もくれず、カナヤの手桶から水を汲んだ。
「えっ……あの、精霊水は……」
「おやおや、ゴルディさん。……水は値段ではありません。『誰が、誰のために運んだか』。それが味を決めるのですよ」
釜に注がれる水の音。
ゴルディは、隣で嬉しそうに笑うカナヤと、真剣な眼差しで茶を点てる飛鳥を見て、悟った。
自分が持ってきた「金貨百枚の水」よりも、この少女の「汗と笑顔の水」の方が、この場においては遥かに価値があるのだと。
(……分からん。まだワシには分からん……。だが……)
ゴルディは膝の上で拳を握りしめた。
商売の理屈が通用しない世界。
だからこそ、彼はこの空間にどうしようもなく惹きつけられているのだった。
サバルテの城下町は、またしても異様な光景にざわめいていた。
水神飛鳥が、ふらりと散歩に出た。それだけなら良い。問題は、その背後だ。
「おい、見ろ……女王様とミーナ様だ」
「嘘だろ? お二人が、あの人間の後ろに付き従っているぞ」
「まるで従者じゃないか……何者なんだ、アイツは?」
好奇と畏怖の視線を一身に浴びながらも、飛鳥は涼しい顔で石畳を歩いていた。
その後ろを、レオナは腕を組んで堂々と、ミーナは周囲を警戒しながら歩く。この奇妙な隊列は、もはや街の名物になりつつあった。
そんな中、広場の噴水近くで、飛鳥は馴染みの小さな影を見つけた。
「あ、お兄ちゃん!」
犬耳族の少女、カナヤだ。今日も友達と石蹴り遊びをしていたらしい。
彼女は飛鳥を見つけると、ブンブンと尻尾を振って駆け寄ってきた。
「やぁ、カナヤさん。こんにちわ」
「お兄ちゃんも一緒に遊ぶ?」
カナヤの無邪気な誘いに、周囲の大人たちが「女王様の前でなんと不敬な!」と息を呑む。
だが、飛鳥はレオナの方を振り返りもせず、その場にしゃがみ込んだ。
「えぇ。……お言葉に甘えさせて頂きます」
飛鳥が指を鳴らすと、路地裏の時と同じように、青々とした琉球畳と茶道具一式が出現した。
野外が一瞬にして、静謐な茶室へと変わる。
「わぁ! またお茶会だ!」
「はい。では、お水を頂けますか?」
「うん! お家の水、持ってくるね! 待ってて!」
カナヤは手桶を持って、パタパタと走り去った。
飛鳥は畳の上に正座し、目を閉じて静かにその時を待つ。
レオナとミーナも、少し離れた場所でその様子を見守った。
やがて、カナヤが戻ってきた。
「お待たせー! 重かったけど、こぼさなかったよ!」
「ありがとうございます。では……」
飛鳥が柄杓(ひしゃく)を手に取ろうとした、その時だった。
「ふふふ。……待ちなさい、小娘」
派手な宝石の音と共に、肥満体の男がぬっと姿を現した。
ゴルド商会会長、ゴルディである。
彼はピカピカに磨かれた(しかし趣味の悪い)革靴を履き、勝ち誇った顔で、透明なクリスタルの瓶を掲げていた。
「そんな井戸水では駄目だ。飛鳥殿の茶が泣くというもの」
「え……?」
「見よ! これぞ『精霊水(エレメンタル・ウォーター)』! 北の霊山から、我が商会の精鋭が命がけで汲み取ってきた、金貨百枚の価値がある有難い水だ!」
ゴルディはドヤ顔でカナヤを見下ろし、飛鳥に向かって瓶を突き出した。
「さあ、これを使え! ワシからの『敬意』の証だ! これなら文句はあるまい!」
ゴルディは確信していた。
前回は「敬意(=最高級品)」が足りなかったのだと。だから今回は、最高の水を持参した。これで自分も茶室の客になれるはずだ、と。
カナヤは自分の手桶と、キラキラ輝くクリスタルを見比べ、シュンと耳を垂れてしまった。
「……ごめんなさい。私、ただの水しか……」
その瞬間。
飛鳥の目が、スッと細められた。
「――ゴルディさん」
静かな、しかし凍てつくような声。
「お静かに」
「な、何……?」
「今、この場の『和』が乱れました。……貴方の大きな声と、その無粋な振る舞いによって」
飛鳥はゴルディを直視した。
「子供が一生懸命運んできた水を『駄目だ』と断じること。……それは、最も恥ずべき無作法です」
「なっ、ぐ……!? ワ、ワシは良かれと思って……高価な水を……」
ゴルディが狼狽える。
また拒絶されるのか。やはり、この男には金は通じないのか。
ゴルディが脂汗をかいて後ずさりしようとした時、飛鳥の表情がふわりと緩んだ。
「……まぁ、袖振り合うも多生の縁。何かのご縁です」
飛鳥は手のひらで、畳の空いている場所を示した。
「お座り下さい」
「……は?」
ゴルディは耳を疑った。
拒絶されると思っていた。怒られると思っていた。
なのに、招かれた?
「い、いいのか? ワシが……座っても?」
「えぇ。ただし、靴は脱いでくださいね」
ゴルディは慌てて、特注の革靴を脱ぎ捨てた。
そして、緊張でガチガチになりながら、カナヤの隣に正座した。
高級スーツが悲鳴を上げるほど窮屈だが、そんなことは気にならなかった。
ついに、念願の「茶席」に座れたのだ。
「では、カナヤさんが運んでくれたお水で、一服差し上げましょう」
飛鳥はゴルディが持ってきた『精霊水』には目もくれず、カナヤの手桶から水を汲んだ。
「えっ……あの、精霊水は……」
「おやおや、ゴルディさん。……水は値段ではありません。『誰が、誰のために運んだか』。それが味を決めるのですよ」
釜に注がれる水の音。
ゴルディは、隣で嬉しそうに笑うカナヤと、真剣な眼差しで茶を点てる飛鳥を見て、悟った。
自分が持ってきた「金貨百枚の水」よりも、この少女の「汗と笑顔の水」の方が、この場においては遥かに価値があるのだと。
(……分からん。まだワシには分からん……。だが……)
ゴルディは膝の上で拳を握りしめた。
商売の理屈が通用しない世界。
だからこそ、彼はこの空間にどうしようもなく惹きつけられているのだった。
2
あなたにおすすめの小説
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
グラサン幼女の異世界とらべるっ! ~最強の【魔眼】を宿す転生幼女は、もふかわ神獣を連れてスローライフな旅路を楽しみます~
空戯ケイ
ファンタジー
社畜OL、水城愛璃(みずきあいり)は、女神のうっかりミスにより25歳の若さで死んだ。
お詫びとして女神が提案したのは、オッドアイの幼女ボディへの転生。
そうして幼女の姿で異世界転生を果たしたアイリだったが、
特異体質により『感情が高ぶると暴発する魔眼』が宿っていることが発覚!
しかも両目!?
それを封じるため、女神から与えられたユニークスキルは、『神のサングラス』。
このサングラスをかければ、魔眼の暴発を抑えられるらしいけど……常にグラサンかけてる幼女とか怪しすぎじゃない!?
だけど、とある"激レア魔道具"があれば 、なんと魔眼を完治できるらしい。
ならばその魔道具を手に入れるため、異世界を巡るしかないっ!
さらに旅の道すがら、もふもふフェンリルや忍者少女、特異スライムを仲間にし、珍道中はさらに加速していって――!!
まったりのんびりをモットーに、たまに魔物や刺客に襲われちゃう。
【グラサン幼女】の破天荒な異世界旅が始まる!
※更新は不定期です。
捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~
荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。
それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。
「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」
『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。
しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。
家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。
メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。
努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。
『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福無双。〜メシ作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜
幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。
転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。
- 週間最高ランキング:総合297位
- ゲス要素があります。
- この話はフィクションです。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる