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EP 27
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玉座の重圧と、一服の逃避地
サバルテ王宮の執務室。
窓の外には平和な城下町が広がっているが、室内の空気は鉛のように重かった。
机の上に広げられた大陸地図を睨みながら、レオナは低い声で尋ねた。
「マルス。……次の三か国の会談は、何時(いつ)だったか?」
羊耳族の執事マルスは、手元の分厚い資料を確認し、緊張した面持ちで答えた。
「ハッ! ……二週間後かと存じます。場所は、三国国境の緩衝地帯、『聖なる円卓』にて」
「そうか。……魔王グルシアと、賢王ダウルスは来るであろうな?」
「ハッ! 間違いなく来られるはずです。両国からの親書も届いております」
レオナは深いため息をついた。
グランフェリア国王、ダウルス。
人間至上主義を掲げ、冷徹な計算で獣人国を経済的に締め上げようとする「鉄の賢王」。
ゾルディア魔王、グルシア。
圧倒的な武力を誇り、退屈紛れに国を滅ぼしかねない「闘神」。
どちらも一筋縄ではいかない怪物だ。
「此度は、三か国の停戦の期限を伸ばす大事な会談だ。……失敗は許されぬ」
レオナの言葉に、傍らに控えていたガエン将軍が腕を組み、渋い顔で頷いた。
「左様でございます。先の戦争から数年……我が国はようやく復興しつつありますが、まだ彼らと全面戦争をする体力はありませぬ。我等が力を付けるには、今しばしの時が必要です」
「分かっている。だが、ダウルスは足元を見てくるだろうし、グルシアは暴れる口実を探している……」
レオナは眉間を揉んだ。
外交、駆け引き、恫喝への対策。考えれば考えるほど、頭痛が痛くなる。
思考が煮詰まり、殺伐とした空気が部屋を支配した時、レオナはふと、窓の外を見た。
中庭の隅。そこだけ、穏やかな空気が流れている場所がある。
「ふむ……。飛鳥殿の茶を、飲みたくなったな」
その言葉に、ガエンが意外そうに、しかしすぐに納得したように反応した。
「と言いますと?」
「さてな。……ただ、あの空間に身を置けば、強張った頭も解れる。飛鳥殿の茶を飲んでいれば、名案が浮かぶやもしれん」
「一杯の茶に……。なるほど」
かつてのガエンなら「現実逃避だ」と批判していただろう。
だが、今の彼は知っている。あの一杯には、どんな戦略会議よりも深く、心を整える力があることを。
「確かに。飛鳥殿との一杯は、何事にも代えがたい物でございます」
「よし。ガエン、付いて参れ」
「御意」
二人は重厚な執務室を出て、中庭へと向かった。
一歩歩くごとに、肩に乗っていた国の重責を少しずつ脱ぎ捨てていく。
茶室『水鏡庵』の前まで来ると、そこには静寂があった。
レオナは呼吸を整え、小さく戸を叩いた。
「飛鳥殿。レオナだ。……入っても宜しいか?」
中から、水のように澄んだ声が返ってきた。
「どうぞ。お入り下さい」
レオナとガエンは、慣れた手つきで靴を脱ぎ、武器を置き、小さな躙り口(にじりぐち)から頭を下げて中に入った。
スッ……。
中に入った瞬間、執務室の重苦しい空気は完全に遮断された。
畳の香り。釜の音。一輪挿しの野花。
そこは、王も将軍もいない、ただの「人」に戻れる聖域。
「お待ちしておりました」
飛鳥は釜の前で微笑んでいた。
彼は何も聞かなかった。だが、二人の顔に浮かぶ微かな疲労の色を、瞬時に読み取っていた。
「今日は、少し『熱め』のお湯で点てましょうか。……頭がスッキリするような、冴えた一服を」
レオナは座布団に腰を下ろし、ほう、と息を吐いた。
「……頼む。どうにも、厄介な古狸と暴れ龍の顔が頭から離れなくてな」
「それはそれは。では、その方々も茶室にお招きしたつもりで、まずは一服」
飛鳥が茶筅を振る音が響く。
その一定のリズムを聞いているうちに、レオナの脳裏にへばりついていたダウルスとグルシアの顔が、湯気の中に溶けていくようだった。
(……不思議だ。ここでなら、あの怪物たちとも、こうして向き合える気がする)
レオナは出された茶碗を手に取り、鮮やかな緑を見つめた。
この茶室には、種族も思想も違う者を、同じ座布団に座らせる魔力がある。
「(……もしかすると)」
レオナの中に、一つの突飛な、しかし起死回生になりうるアイデアが芽生え始めていた。
それは、誰もが予想しない「茶室外交」への第一歩だった。
サバルテ王宮の執務室。
窓の外には平和な城下町が広がっているが、室内の空気は鉛のように重かった。
机の上に広げられた大陸地図を睨みながら、レオナは低い声で尋ねた。
「マルス。……次の三か国の会談は、何時(いつ)だったか?」
羊耳族の執事マルスは、手元の分厚い資料を確認し、緊張した面持ちで答えた。
「ハッ! ……二週間後かと存じます。場所は、三国国境の緩衝地帯、『聖なる円卓』にて」
「そうか。……魔王グルシアと、賢王ダウルスは来るであろうな?」
「ハッ! 間違いなく来られるはずです。両国からの親書も届いております」
レオナは深いため息をついた。
グランフェリア国王、ダウルス。
人間至上主義を掲げ、冷徹な計算で獣人国を経済的に締め上げようとする「鉄の賢王」。
ゾルディア魔王、グルシア。
圧倒的な武力を誇り、退屈紛れに国を滅ぼしかねない「闘神」。
どちらも一筋縄ではいかない怪物だ。
「此度は、三か国の停戦の期限を伸ばす大事な会談だ。……失敗は許されぬ」
レオナの言葉に、傍らに控えていたガエン将軍が腕を組み、渋い顔で頷いた。
「左様でございます。先の戦争から数年……我が国はようやく復興しつつありますが、まだ彼らと全面戦争をする体力はありませぬ。我等が力を付けるには、今しばしの時が必要です」
「分かっている。だが、ダウルスは足元を見てくるだろうし、グルシアは暴れる口実を探している……」
レオナは眉間を揉んだ。
外交、駆け引き、恫喝への対策。考えれば考えるほど、頭痛が痛くなる。
思考が煮詰まり、殺伐とした空気が部屋を支配した時、レオナはふと、窓の外を見た。
中庭の隅。そこだけ、穏やかな空気が流れている場所がある。
「ふむ……。飛鳥殿の茶を、飲みたくなったな」
その言葉に、ガエンが意外そうに、しかしすぐに納得したように反応した。
「と言いますと?」
「さてな。……ただ、あの空間に身を置けば、強張った頭も解れる。飛鳥殿の茶を飲んでいれば、名案が浮かぶやもしれん」
「一杯の茶に……。なるほど」
かつてのガエンなら「現実逃避だ」と批判していただろう。
だが、今の彼は知っている。あの一杯には、どんな戦略会議よりも深く、心を整える力があることを。
「確かに。飛鳥殿との一杯は、何事にも代えがたい物でございます」
「よし。ガエン、付いて参れ」
「御意」
二人は重厚な執務室を出て、中庭へと向かった。
一歩歩くごとに、肩に乗っていた国の重責を少しずつ脱ぎ捨てていく。
茶室『水鏡庵』の前まで来ると、そこには静寂があった。
レオナは呼吸を整え、小さく戸を叩いた。
「飛鳥殿。レオナだ。……入っても宜しいか?」
中から、水のように澄んだ声が返ってきた。
「どうぞ。お入り下さい」
レオナとガエンは、慣れた手つきで靴を脱ぎ、武器を置き、小さな躙り口(にじりぐち)から頭を下げて中に入った。
スッ……。
中に入った瞬間、執務室の重苦しい空気は完全に遮断された。
畳の香り。釜の音。一輪挿しの野花。
そこは、王も将軍もいない、ただの「人」に戻れる聖域。
「お待ちしておりました」
飛鳥は釜の前で微笑んでいた。
彼は何も聞かなかった。だが、二人の顔に浮かぶ微かな疲労の色を、瞬時に読み取っていた。
「今日は、少し『熱め』のお湯で点てましょうか。……頭がスッキリするような、冴えた一服を」
レオナは座布団に腰を下ろし、ほう、と息を吐いた。
「……頼む。どうにも、厄介な古狸と暴れ龍の顔が頭から離れなくてな」
「それはそれは。では、その方々も茶室にお招きしたつもりで、まずは一服」
飛鳥が茶筅を振る音が響く。
その一定のリズムを聞いているうちに、レオナの脳裏にへばりついていたダウルスとグルシアの顔が、湯気の中に溶けていくようだった。
(……不思議だ。ここでなら、あの怪物たちとも、こうして向き合える気がする)
レオナは出された茶碗を手に取り、鮮やかな緑を見つめた。
この茶室には、種族も思想も違う者を、同じ座布団に座らせる魔力がある。
「(……もしかすると)」
レオナの中に、一つの突飛な、しかし起死回生になりうるアイデアが芽生え始めていた。
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