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EP 35
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女王の鍬と、元農家な親衛隊
サバルテ獣人国の王宮裏山。
新設された茶室『和光庵(わこうあん)』の裏手に広がる空き地で、早朝から土を掘り返す音が響いていた。
「よいしょ、よいしょ」
水神飛鳥は、美しい着物の袖を襷(たすき)で結び、額に汗を浮かべながら鍬(くわ)を振るっていた。
そこへ、朝の散歩に来たレオナとミーナが通りかかった。
「……あ、飛鳥殿!?」
レオナが目を剥いた。
あの上品で、塵一つない茶室に鎮座していた飛鳥が、泥だらけになっているのだ。
「手が! あの美しい手が汚れます! 何をしておられるのですか!」
「すぐに農作業できる家来を呼ぶよ! 飛鳥は座ってて!」
二人が慌てて止めに入ろうとするが、飛鳥は爽やかな笑顔で首を横に振った。
「良いのです。……私は自分で作り、皆さんに食べて頂きたいのです。土に触れ、種を蒔くこともまた、茶の湯の心に通じますから」
「自分で……」
レオナはその言葉に胸を打たれた。
飛鳥の茶が美味しいのは、こうして見えない部分から手間を惜しまないからなのだ。
「飛鳥殿。……では、私も手伝いを」
レオナはドレスの裾をまくり上げようとした。
「なっ!? 女王陛下が農作業なんて聞いた事が有りません! 王族の手は、ペンと剣を握るためのものです!」
ミーナが即座に立ちはだかった。
「私が飛鳥と農作業をします。レオナ様は木陰で見ていてください」
「ぬぐぐ……親衛隊風情が、主に言える口か! 私だって、飛鳥殿の役に立ちたいのだ!」
「残念でしたー!」
ミーナはニカッと笑い、自信満々に胸を張った。
「私はこう見えて、田舎の農家の出身ですから! 畑仕事は剣術よりも得意なんです! 足手まといになる女王様より、私の方が百倍役に立ちます!」
「な、農家……だと……!?」
レオナが絶句した。
まさか、最強の親衛隊副隊長の出自が、土いじりのスペシャリストだったとは。恋のライバルとして、予想外のアドバンテージを見せつけられた。
「まぁまぁ、お二人とも」
飛鳥が二人の間に割って入り、苦笑した。
「畑は広いですし、人手は多い方が助かります。……一緒にやりましょう」
「「はい!!」」
結局、飛鳥の鶴の一声で、サバルテのトップ3による農作業が始まった。
「こうやって、土の塊を砕くんですよ、レオナ様」
「む……こうか? ……せいっ!」
バキャッ!!
レオナが鍬を振り下ろすと、土だけでなく、鍬の柄までへし折れた。
「あ……」
「力が強すぎます! 魔物退治じゃないんですから!」
「す、すまぬ……。加減が分からなくて……」
しょげるレオナに、飛鳥は優しく新しい道具を渡した。
「大丈夫ですよ。最初は誰でもそうです。……土の声を聞くように、優しく」
「うむ……優しく、優しく……」
一方、ミーナの手際はプロ級だった。
畝(うね)を作り、石を取り除く速さは、飛鳥さえも舌を巻くほどだ。
「どう? 飛鳥! 凄いでしょ!」
「えぇ、素晴らしい。大変助かります」
「えへへ~」
汗をかきながら働く三人。
泥にまみれながらも、その時間はキラキラと輝いていた。
一通り作業が終わり、三人は畦道(あぜみち)に腰を下ろして麦茶を飲んだ。
「ところで飛鳥。……何を育てるつもりなの?」
ミーナが、綺麗に整地された畑を見ながら尋ねた。
「『鬼灯(ほおずき)』です」
「ほおずき?」
レオナが首を傾げた。
「初めて聞く名だ。魔界の植物か?」
「いいえ。……赤い提灯(ちょうちん)のような実をつける、可愛らしい植物ですよ。観賞用もありますが、今回は『食用』を育てます」
飛鳥は種袋を愛おしそうに撫でた。
「甘酸っぱくて、香りが良くて……そのまま食べるのも良し。砂糖で煮詰めてジャムにしたり、白あんに練り込んで饅頭にしたり……夏にぴったりの茶菓子として出したいのです」
「じゅるり……」
想像しただけで、レオナとミーナの口元が緩んだ。
「それは……楽しみだ」
「飛鳥の手料理かぁ……。絶対美味しいやつじゃん。早く食べたい!」
「ふふ。出来てからのお楽しみですね。……愛情を込めて育てれば、きっと美味しい実をつけてくれますよ」
飛鳥は二人に微笑みかけた。
「お二人の『力』と『技』が入った土ですから。間違いありません」
その言葉に、レオナとミーナは顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
泥だらけの顔、汚れた手。
けれど、王宮のどんな舞踏会よりも、今の自分たちが充実していることを、二人は知っていた。
夏が来る頃、この畑には鮮やかなオレンジ色の実がなり、茶室には甘酸っぱい初恋のような香りが漂うことになるだろう。
サバルテ獣人国の王宮裏山。
新設された茶室『和光庵(わこうあん)』の裏手に広がる空き地で、早朝から土を掘り返す音が響いていた。
「よいしょ、よいしょ」
水神飛鳥は、美しい着物の袖を襷(たすき)で結び、額に汗を浮かべながら鍬(くわ)を振るっていた。
そこへ、朝の散歩に来たレオナとミーナが通りかかった。
「……あ、飛鳥殿!?」
レオナが目を剥いた。
あの上品で、塵一つない茶室に鎮座していた飛鳥が、泥だらけになっているのだ。
「手が! あの美しい手が汚れます! 何をしておられるのですか!」
「すぐに農作業できる家来を呼ぶよ! 飛鳥は座ってて!」
二人が慌てて止めに入ろうとするが、飛鳥は爽やかな笑顔で首を横に振った。
「良いのです。……私は自分で作り、皆さんに食べて頂きたいのです。土に触れ、種を蒔くこともまた、茶の湯の心に通じますから」
「自分で……」
レオナはその言葉に胸を打たれた。
飛鳥の茶が美味しいのは、こうして見えない部分から手間を惜しまないからなのだ。
「飛鳥殿。……では、私も手伝いを」
レオナはドレスの裾をまくり上げようとした。
「なっ!? 女王陛下が農作業なんて聞いた事が有りません! 王族の手は、ペンと剣を握るためのものです!」
ミーナが即座に立ちはだかった。
「私が飛鳥と農作業をします。レオナ様は木陰で見ていてください」
「ぬぐぐ……親衛隊風情が、主に言える口か! 私だって、飛鳥殿の役に立ちたいのだ!」
「残念でしたー!」
ミーナはニカッと笑い、自信満々に胸を張った。
「私はこう見えて、田舎の農家の出身ですから! 畑仕事は剣術よりも得意なんです! 足手まといになる女王様より、私の方が百倍役に立ちます!」
「な、農家……だと……!?」
レオナが絶句した。
まさか、最強の親衛隊副隊長の出自が、土いじりのスペシャリストだったとは。恋のライバルとして、予想外のアドバンテージを見せつけられた。
「まぁまぁ、お二人とも」
飛鳥が二人の間に割って入り、苦笑した。
「畑は広いですし、人手は多い方が助かります。……一緒にやりましょう」
「「はい!!」」
結局、飛鳥の鶴の一声で、サバルテのトップ3による農作業が始まった。
「こうやって、土の塊を砕くんですよ、レオナ様」
「む……こうか? ……せいっ!」
バキャッ!!
レオナが鍬を振り下ろすと、土だけでなく、鍬の柄までへし折れた。
「あ……」
「力が強すぎます! 魔物退治じゃないんですから!」
「す、すまぬ……。加減が分からなくて……」
しょげるレオナに、飛鳥は優しく新しい道具を渡した。
「大丈夫ですよ。最初は誰でもそうです。……土の声を聞くように、優しく」
「うむ……優しく、優しく……」
一方、ミーナの手際はプロ級だった。
畝(うね)を作り、石を取り除く速さは、飛鳥さえも舌を巻くほどだ。
「どう? 飛鳥! 凄いでしょ!」
「えぇ、素晴らしい。大変助かります」
「えへへ~」
汗をかきながら働く三人。
泥にまみれながらも、その時間はキラキラと輝いていた。
一通り作業が終わり、三人は畦道(あぜみち)に腰を下ろして麦茶を飲んだ。
「ところで飛鳥。……何を育てるつもりなの?」
ミーナが、綺麗に整地された畑を見ながら尋ねた。
「『鬼灯(ほおずき)』です」
「ほおずき?」
レオナが首を傾げた。
「初めて聞く名だ。魔界の植物か?」
「いいえ。……赤い提灯(ちょうちん)のような実をつける、可愛らしい植物ですよ。観賞用もありますが、今回は『食用』を育てます」
飛鳥は種袋を愛おしそうに撫でた。
「甘酸っぱくて、香りが良くて……そのまま食べるのも良し。砂糖で煮詰めてジャムにしたり、白あんに練り込んで饅頭にしたり……夏にぴったりの茶菓子として出したいのです」
「じゅるり……」
想像しただけで、レオナとミーナの口元が緩んだ。
「それは……楽しみだ」
「飛鳥の手料理かぁ……。絶対美味しいやつじゃん。早く食べたい!」
「ふふ。出来てからのお楽しみですね。……愛情を込めて育てれば、きっと美味しい実をつけてくれますよ」
飛鳥は二人に微笑みかけた。
「お二人の『力』と『技』が入った土ですから。間違いありません」
その言葉に、レオナとミーナは顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
泥だらけの顔、汚れた手。
けれど、王宮のどんな舞踏会よりも、今の自分たちが充実していることを、二人は知っていた。
夏が来る頃、この畑には鮮やかなオレンジ色の実がなり、茶室には甘酸っぱい初恋のような香りが漂うことになるだろう。
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