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EP 30
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未来への「算術」
1944年、夏。
坂上真一のラジオ放送は、日本国民という「最後の敵」を、沈黙させた。
「鬼畜米英」への怒りよりも、「本土焦土」への恐怖と、「軍神・坂上が言うなら間違いない」という、ある種の新たな狂信が、国民の心を支配した。
彼らは、「勝った上での終戦」という、歴史上あり得ない「物語」を受け入れた。
🇺🇸 ワシントンD.C.
ホワイトハウスは、坂上のラジオ演説の翻訳文に、三度震撼していた。
「……彼は、狂っているのか?」
マーシャルが、信じられないという顔で言った。
「国民に向かって『我が国の国力は十分の一だ』『このままでは滅びる』と、公の電波で……」
「いや」
ルーズベルト大統領が、深くため息をついた。
「彼は、天才だ。……我々が聞くことも、計算の上だ」
「……どういう意味です」
「彼は、自国の国民を説得すると同時に、我々に『メッセージ』を送ったのだ」
ルーズベルトは、翻訳文の一節を指さした。
『――私の奇襲は、もう使えない』
『――来年には、我々はマリアナを失う』
「彼は、我々に言っているのだ」とルーズベルト。
「『私は、戦争を終わらせる準備がある。私という合理主義者がトップにいる内に、和平に乗れ。さもなくば、あの『本土決戦狂』が再び息を吹き返し、米国民の若者が、さらに百万人死ぬことになるぞ』……と」
キング提督は、屈辱に唇を噛んだ。
「……脅し、と……」
「いや。これ以上無い、『誠実な』和平への誘いだ」
ルーズベルトは、スイス大使館への電話を取った。
「……受け入れよう。交渉のテーブルにつくと、伝えろ」
🤝 ホノルル講和条約
1944年、秋。
交渉の地は、皮肉にも、米海軍が壊滅し、今や日本の管理下にある「ホノルル」が選ばれた。
米国側は、外交官のほかに、憔悴しきったニミッツ提督が同席した。
日本側は、山本五十六と、外務大臣、そして「通訳兼軍事顧問」として、坂上真一が座った。
米国側は、最低でも「現状維持」、つまり日本が占領したアジア全域の割譲を覚悟していた。
だが、坂上が山本を経由して提示した講和条件は、彼らの耳を疑わせるものだった。
【ホノルル講和条約】
* 両国は、即時停戦する。
* 日本は、中国大陸、仏印、蘭印、フィリピン等から、即時撤退する。
* 日本は「大東亜共栄圏」構想を、完全に放棄する。
* 米国は、日本の国体(天皇制)の護持を、未来永劫にわたり承認する。
* 日本の領土は、本土四島、台湾、朝鮮半島とする。(※ミッドウェー、マリアナ等の占領地も放棄する)
ニミッツは、愕然とした。
「……待ってくれ。これは……我々の『負け』ではない。むしろ、我々が開戦時に要求した『ハル・ノート』に近い」
「なぜだ。貴官らは、二度も我々の艦隊を破ったのだぞ! なぜ、全てを放棄する!」
坂上が、初めて口を開いた。
「提督。我が国は、そもそも『帝国』を運営できるほどの国力を持たない。私が証明したのは、ただ一点。『日本を侵略しようとすれば、痛い目に遭うぞ』ということだけだ」
「……」
「私の使命は、日本を守ることであり、アジアを支配することではない。……この交渉が、我が国の『本土決戦派』を、完全に沈黙させる最後のカードだ」
ニミッツは、すべてを悟った。
彼は、立ち上がり、坂上に手を差し出した。
「……ミスター・サカガミ。我が国は、この条件を飲む。……そして、個人として言わせてくれ。君のような男が、敵であったことを、心から呪うよ」
1944年11月。
戦争は、終わった。
世界は「日本の奇跡的な軍事的勝利」と、「日本の不可解な政治的譲歩」に、首を傾げた。
☕ エピローグ:1946年、春
広島県、呉市。
街は、活気に満ちていた。
空襲も、原爆も、この街には落ちなかった。
海軍工廠は、軍艦ではなく、「高速コンテナ船」の建造に沸いていた。
(※坂上の技術ドーピング――ジェットエンジン、レーダー、新型潜水艦――は、戦後、日本の圧倒的な技術的優位の礎となった)
坂上真一は、海軍を退役していた。
「軍神」として、彼の存在は、平時にはあまりにも危険すぎた。
彼は、呉の丘の上にある、小さな「喫茶店」のマスターになっていた。
カラン、とドアベルが鳴る。
「……来たか」
入ってきたのは、郵便配達員の制服を着た、老人だった。
坂上が、息をのむ。
「……じい、さん?」
彼の「祖父」だった。
史実では、特攻で死んだはずの。
この世界では、特攻という作戦そのものが生まれなかった。彼は、無事に終戦を迎え、第二の人生を歩んでいた。
「……真一か。久しぶりだな」
祖父は、軍人としてではなく、ただの「じいさん」として、そこにいた。
「お前さん、海軍で、そりゃあ凄いことになったんだってな。……よく、生きて帰ってきた」
「……ああ。ただいま」
祖父は、カウンターに座った。
「コーヒーを。それと」
彼は、懐から一つの缶を取り出した。
「お前さん、これが好きだったろう。最近、また店に並ぶようになってな」
坂上は、その見慣れたパッケージを見て、この世界に来て初めて、口元を緩めた。
彼が50年の間、愛し続けた、コーヒーキャンディだった。
(ミッション、コンプリート)
坂上は、自らの手で守り抜いた、穏やかな故郷の午後の中で、世界で一番美味いコーヒーを、祖父のために淹れ始めた。
【完】
1944年、夏。
坂上真一のラジオ放送は、日本国民という「最後の敵」を、沈黙させた。
「鬼畜米英」への怒りよりも、「本土焦土」への恐怖と、「軍神・坂上が言うなら間違いない」という、ある種の新たな狂信が、国民の心を支配した。
彼らは、「勝った上での終戦」という、歴史上あり得ない「物語」を受け入れた。
🇺🇸 ワシントンD.C.
ホワイトハウスは、坂上のラジオ演説の翻訳文に、三度震撼していた。
「……彼は、狂っているのか?」
マーシャルが、信じられないという顔で言った。
「国民に向かって『我が国の国力は十分の一だ』『このままでは滅びる』と、公の電波で……」
「いや」
ルーズベルト大統領が、深くため息をついた。
「彼は、天才だ。……我々が聞くことも、計算の上だ」
「……どういう意味です」
「彼は、自国の国民を説得すると同時に、我々に『メッセージ』を送ったのだ」
ルーズベルトは、翻訳文の一節を指さした。
『――私の奇襲は、もう使えない』
『――来年には、我々はマリアナを失う』
「彼は、我々に言っているのだ」とルーズベルト。
「『私は、戦争を終わらせる準備がある。私という合理主義者がトップにいる内に、和平に乗れ。さもなくば、あの『本土決戦狂』が再び息を吹き返し、米国民の若者が、さらに百万人死ぬことになるぞ』……と」
キング提督は、屈辱に唇を噛んだ。
「……脅し、と……」
「いや。これ以上無い、『誠実な』和平への誘いだ」
ルーズベルトは、スイス大使館への電話を取った。
「……受け入れよう。交渉のテーブルにつくと、伝えろ」
🤝 ホノルル講和条約
1944年、秋。
交渉の地は、皮肉にも、米海軍が壊滅し、今や日本の管理下にある「ホノルル」が選ばれた。
米国側は、外交官のほかに、憔悴しきったニミッツ提督が同席した。
日本側は、山本五十六と、外務大臣、そして「通訳兼軍事顧問」として、坂上真一が座った。
米国側は、最低でも「現状維持」、つまり日本が占領したアジア全域の割譲を覚悟していた。
だが、坂上が山本を経由して提示した講和条件は、彼らの耳を疑わせるものだった。
【ホノルル講和条約】
* 両国は、即時停戦する。
* 日本は、中国大陸、仏印、蘭印、フィリピン等から、即時撤退する。
* 日本は「大東亜共栄圏」構想を、完全に放棄する。
* 米国は、日本の国体(天皇制)の護持を、未来永劫にわたり承認する。
* 日本の領土は、本土四島、台湾、朝鮮半島とする。(※ミッドウェー、マリアナ等の占領地も放棄する)
ニミッツは、愕然とした。
「……待ってくれ。これは……我々の『負け』ではない。むしろ、我々が開戦時に要求した『ハル・ノート』に近い」
「なぜだ。貴官らは、二度も我々の艦隊を破ったのだぞ! なぜ、全てを放棄する!」
坂上が、初めて口を開いた。
「提督。我が国は、そもそも『帝国』を運営できるほどの国力を持たない。私が証明したのは、ただ一点。『日本を侵略しようとすれば、痛い目に遭うぞ』ということだけだ」
「……」
「私の使命は、日本を守ることであり、アジアを支配することではない。……この交渉が、我が国の『本土決戦派』を、完全に沈黙させる最後のカードだ」
ニミッツは、すべてを悟った。
彼は、立ち上がり、坂上に手を差し出した。
「……ミスター・サカガミ。我が国は、この条件を飲む。……そして、個人として言わせてくれ。君のような男が、敵であったことを、心から呪うよ」
1944年11月。
戦争は、終わった。
世界は「日本の奇跡的な軍事的勝利」と、「日本の不可解な政治的譲歩」に、首を傾げた。
☕ エピローグ:1946年、春
広島県、呉市。
街は、活気に満ちていた。
空襲も、原爆も、この街には落ちなかった。
海軍工廠は、軍艦ではなく、「高速コンテナ船」の建造に沸いていた。
(※坂上の技術ドーピング――ジェットエンジン、レーダー、新型潜水艦――は、戦後、日本の圧倒的な技術的優位の礎となった)
坂上真一は、海軍を退役していた。
「軍神」として、彼の存在は、平時にはあまりにも危険すぎた。
彼は、呉の丘の上にある、小さな「喫茶店」のマスターになっていた。
カラン、とドアベルが鳴る。
「……来たか」
入ってきたのは、郵便配達員の制服を着た、老人だった。
坂上が、息をのむ。
「……じい、さん?」
彼の「祖父」だった。
史実では、特攻で死んだはずの。
この世界では、特攻という作戦そのものが生まれなかった。彼は、無事に終戦を迎え、第二の人生を歩んでいた。
「……真一か。久しぶりだな」
祖父は、軍人としてではなく、ただの「じいさん」として、そこにいた。
「お前さん、海軍で、そりゃあ凄いことになったんだってな。……よく、生きて帰ってきた」
「……ああ。ただいま」
祖父は、カウンターに座った。
「コーヒーを。それと」
彼は、懐から一つの缶を取り出した。
「お前さん、これが好きだったろう。最近、また店に並ぶようになってな」
坂上は、その見慣れたパッケージを見て、この世界に来て初めて、口元を緩めた。
彼が50年の間、愛し続けた、コーヒーキャンディだった。
(ミッション、コンプリート)
坂上は、自らの手で守り抜いた、穏やかな故郷の午後の中で、世界で一番美味いコーヒーを、祖父のために淹れ始めた。
【完】
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