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EP 2
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最強の奥様ズ、100均のスポンジで敵を消滅させる
タロー皇国の朝は早い。
だが、国王であるタローはまだ寝ている。
代わりに城内を忙しなく動き回っているのは、この国が誇る二人の王妃だ。
王城の大浴場。
湯気の中で、ピンク色の髪を揺らす可愛らしい女性――第一王妃サリーが、腕まくりをして仁王立ちしていた。
「もうっ! なんでドラゴンの脂汚れって、こんなに落ちないのかしら!」
彼女は元Sランク冒険者にして、全属性を操る大魔法使いである。
普段は『浄化(クリーン)』の魔法で一発なのだが、昨晩竜王デュークが持ち込んだ「最高級アースドラゴンの背脂」の汚れだけは、魔法抵抗(レジスト)が高すぎて落ちなかったのだ。
「……こうなったら、禁呪『ヴォイド・イレイザー(空間消滅)』で、浴槽ごと削り取るしか……」
サリーが物騒な魔力を溜め始めた、その時。
「おーいサリー、朝から物騒なことすんなよー」
あくびを噛み殺しながら、寝巻き姿のタローが入ってきた。
手には、洗面器とタオルを持っている。
「あらタロー様! ごめんなさい、この汚れがどうしても落ちなくて……」
「ん? ああ、ドラゴンの脂か。魔法で無理なら、物理で落とせばいいじゃん」
「物理……? でも、ミスリルのブラシでも傷がつくだけでしたわ?」
サリーが首をかしげる中、タローは虚空から【100円ショップ】スキルでとあるアイテムを取り出した。
それは、真っ白な「直方体の物体」だった。
魔力は一切感じない。豆腐のように柔らかく、頼りない見た目だ。
「これ使いなよ。水につけてこするだけだから」
タローが渡したのは、『メラミンスポンジ(徳用30個入り)』の一つである。
「……水につけて、こするだけ?」
サリーは半信半疑で、その白い物体を濡らし、頑固なドラゴンの脂汚れに当てた。
キュッ、キュッ。
軽い力で数回こする。
「え?」
サリーの目が点になった。
ミスリルのブラシでも落ちなかった汚れが、跡形もなく「消滅」していたのだ。
(なっ……!? 洗浄魔法特有の「分解」のプロセスがない!?)
サリーの魔法使いとしての本能が、警鐘を鳴らした。
これは「汚れを落とした」のではない。
対象物の表面構造をミクロ単位で研磨し、存在そのものを摩擦熱と共に「無」へと帰したのだ。
(なんて恐ろしい……! 物理障壁だろうが魔法結界だろうが、この白き立方体でこすれば、問答無用で「消せる」というの!?)
「す、すごいですタロー様! これ、『対・物理結界消滅キューブ』ですね!?」
「ん? ああ、激落ちくんだね」
「ゲキ……オチ……(劇的に敵を堕とす、という意味かしら……!)」
サリーが白いスポンジを神具のように崇めていると、今度は脱衣所から凛とした声が響いた。
「タロー様、お目覚めでしたか」
現れたのは、黒髪ポニーテールの美女、第二王妃のライザだ。
世界一の剣豪である彼女は、なぜか朝から愛刀である魔剣『竜哭(りゅうこく)』を手に、浮かない顔をしている。
「おはようライザ。どうした、そんな物騒なもん抜いて」
「いえ……昨日の手合わせで、フェンリルの氷壁を斬った際に、少々刃こぼれしてしまいまして。ドワーフの砥石でも修復できないのです」
ライザが悔しそうに刀身を見つめる。
硬度オリハルコンを超える魔剣を研げる砥石など、この世界には存在しない。
「あー、刃こぼれか。どれ貸してごらん」
「えっ? タロー様、素手で触れると指が飛びますよ!?」
慌てるライザを制し、タローは再びスキルを発動。
今度取り出したのは、プラスチックの柄がついた「棒状のヤスリ」だった。
「はいこれ、『ダイヤモンドシャープナー』」
「だいやもんど……? 金剛石のことですか? でも、こんなプラスチックの玩具のような棒で……」
ライザは疑いつつも、タローに言われた通り、魔剣の刃にその棒を当て、数回滑らせた。
ジャリッ、ジャリッ。
小気味いい音が響く。
数回研いだ後、ライザは刀身を確認し――絶句した。
刃こぼれが消えているだけではない。
刀身が、妖しい輝きを放っている。
試しにライザが、そこらに落ちていたタオルを空中に放り、魔剣を一閃させてみた。
ヒュン。
音もなくタオルが両断される。
のみならず、その延長線上にあった大浴場の石壁が、豆腐のようにズレて崩れ落ちた。
「…………は?」
ライザは自分の手と、崩れた壁を交互に見た。
ただの斬撃だ。闘気も魔力も乗せていない。
なのに、斬れ味が数倍……いや、桁違いに跳ね上がっている。
(この棒……表面に「神の硬度」を持つ粒子が定着されているわ! これで研げば、ナマクラ刀ですら聖剣エクスカリバーをも凌駕する「概念切断兵器」に変わる……!)
「あーあ、壁斬っちゃダメじゃんライザ」
「も、申し訳ありません! 力の制御が効かないほど、斬れ味が鋭くなっていて……!」
ライザは震える手で『ダイヤモンドシャープナー』を握りしめた。
このプラスチックの棒さえあれば、自分は神をも斬れる。そう確信した。
「ま、掃除も終わったし、剣も直ったし、朝飯にするか」
タローは崩れた壁など気にした様子もなく(後でサリーが魔法で直せばいいと思っている)、ペタペタとサンダルを鳴らして食堂へ向かう。
残された二人の王妃は、顔を見合わせた。
「サリー。その『白きキューブ』、あとで私に貸してくれないか? 斬った敵の死体処理に使いたい」
「ええ、いいわよライザ。代わりにその『研磨の神具』を貸して。私の魔法杖の先端を尖らせて、刺突属性を付与したいの」
タロー皇国の武力が、またしても底上げされた朝だった。
なお、タローが「これ100円(銅貨1枚)だよ」と言ったのを、二人は「国家予算並みのコストを圧縮した」という意味だと解釈したことは言うまでもない。
タロー皇国の朝は早い。
だが、国王であるタローはまだ寝ている。
代わりに城内を忙しなく動き回っているのは、この国が誇る二人の王妃だ。
王城の大浴場。
湯気の中で、ピンク色の髪を揺らす可愛らしい女性――第一王妃サリーが、腕まくりをして仁王立ちしていた。
「もうっ! なんでドラゴンの脂汚れって、こんなに落ちないのかしら!」
彼女は元Sランク冒険者にして、全属性を操る大魔法使いである。
普段は『浄化(クリーン)』の魔法で一発なのだが、昨晩竜王デュークが持ち込んだ「最高級アースドラゴンの背脂」の汚れだけは、魔法抵抗(レジスト)が高すぎて落ちなかったのだ。
「……こうなったら、禁呪『ヴォイド・イレイザー(空間消滅)』で、浴槽ごと削り取るしか……」
サリーが物騒な魔力を溜め始めた、その時。
「おーいサリー、朝から物騒なことすんなよー」
あくびを噛み殺しながら、寝巻き姿のタローが入ってきた。
手には、洗面器とタオルを持っている。
「あらタロー様! ごめんなさい、この汚れがどうしても落ちなくて……」
「ん? ああ、ドラゴンの脂か。魔法で無理なら、物理で落とせばいいじゃん」
「物理……? でも、ミスリルのブラシでも傷がつくだけでしたわ?」
サリーが首をかしげる中、タローは虚空から【100円ショップ】スキルでとあるアイテムを取り出した。
それは、真っ白な「直方体の物体」だった。
魔力は一切感じない。豆腐のように柔らかく、頼りない見た目だ。
「これ使いなよ。水につけてこするだけだから」
タローが渡したのは、『メラミンスポンジ(徳用30個入り)』の一つである。
「……水につけて、こするだけ?」
サリーは半信半疑で、その白い物体を濡らし、頑固なドラゴンの脂汚れに当てた。
キュッ、キュッ。
軽い力で数回こする。
「え?」
サリーの目が点になった。
ミスリルのブラシでも落ちなかった汚れが、跡形もなく「消滅」していたのだ。
(なっ……!? 洗浄魔法特有の「分解」のプロセスがない!?)
サリーの魔法使いとしての本能が、警鐘を鳴らした。
これは「汚れを落とした」のではない。
対象物の表面構造をミクロ単位で研磨し、存在そのものを摩擦熱と共に「無」へと帰したのだ。
(なんて恐ろしい……! 物理障壁だろうが魔法結界だろうが、この白き立方体でこすれば、問答無用で「消せる」というの!?)
「す、すごいですタロー様! これ、『対・物理結界消滅キューブ』ですね!?」
「ん? ああ、激落ちくんだね」
「ゲキ……オチ……(劇的に敵を堕とす、という意味かしら……!)」
サリーが白いスポンジを神具のように崇めていると、今度は脱衣所から凛とした声が響いた。
「タロー様、お目覚めでしたか」
現れたのは、黒髪ポニーテールの美女、第二王妃のライザだ。
世界一の剣豪である彼女は、なぜか朝から愛刀である魔剣『竜哭(りゅうこく)』を手に、浮かない顔をしている。
「おはようライザ。どうした、そんな物騒なもん抜いて」
「いえ……昨日の手合わせで、フェンリルの氷壁を斬った際に、少々刃こぼれしてしまいまして。ドワーフの砥石でも修復できないのです」
ライザが悔しそうに刀身を見つめる。
硬度オリハルコンを超える魔剣を研げる砥石など、この世界には存在しない。
「あー、刃こぼれか。どれ貸してごらん」
「えっ? タロー様、素手で触れると指が飛びますよ!?」
慌てるライザを制し、タローは再びスキルを発動。
今度取り出したのは、プラスチックの柄がついた「棒状のヤスリ」だった。
「はいこれ、『ダイヤモンドシャープナー』」
「だいやもんど……? 金剛石のことですか? でも、こんなプラスチックの玩具のような棒で……」
ライザは疑いつつも、タローに言われた通り、魔剣の刃にその棒を当て、数回滑らせた。
ジャリッ、ジャリッ。
小気味いい音が響く。
数回研いだ後、ライザは刀身を確認し――絶句した。
刃こぼれが消えているだけではない。
刀身が、妖しい輝きを放っている。
試しにライザが、そこらに落ちていたタオルを空中に放り、魔剣を一閃させてみた。
ヒュン。
音もなくタオルが両断される。
のみならず、その延長線上にあった大浴場の石壁が、豆腐のようにズレて崩れ落ちた。
「…………は?」
ライザは自分の手と、崩れた壁を交互に見た。
ただの斬撃だ。闘気も魔力も乗せていない。
なのに、斬れ味が数倍……いや、桁違いに跳ね上がっている。
(この棒……表面に「神の硬度」を持つ粒子が定着されているわ! これで研げば、ナマクラ刀ですら聖剣エクスカリバーをも凌駕する「概念切断兵器」に変わる……!)
「あーあ、壁斬っちゃダメじゃんライザ」
「も、申し訳ありません! 力の制御が効かないほど、斬れ味が鋭くなっていて……!」
ライザは震える手で『ダイヤモンドシャープナー』を握りしめた。
このプラスチックの棒さえあれば、自分は神をも斬れる。そう確信した。
「ま、掃除も終わったし、剣も直ったし、朝飯にするか」
タローは崩れた壁など気にした様子もなく(後でサリーが魔法で直せばいいと思っている)、ペタペタとサンダルを鳴らして食堂へ向かう。
残された二人の王妃は、顔を見合わせた。
「サリー。その『白きキューブ』、あとで私に貸してくれないか? 斬った敵の死体処理に使いたい」
「ええ、いいわよライザ。代わりにその『研磨の神具』を貸して。私の魔法杖の先端を尖らせて、刺突属性を付与したいの」
タロー皇国の武力が、またしても底上げされた朝だった。
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