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EP 5
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退屈な神と自由な悪党
「私は神としてのお勤めが有りまして……毎日毎日、下々の者の頼みや、大神様の命を日々聴いておりまして……っ、熱っ」
結は顔を歪めたが、袖を払うことはしなかった。
白い絹の袖の中で、種火はジリジリと彼女の柔らかな皮膚を焼いているはずだ。しかし、彼女はまるで聖なる儀式のように、その痛みを耐え忍んでいる。
「『アレをお願い致します』、『これをお願い致します』と、己の欲望ばかりを垂れ流す願いを叶える日々……私は、私は疲れ果ててしまっていて……」
彼女の瞳は、遠い天界の退屈な日々を映しているようだった。
無限に続く善行。感謝という名の束縛。清廉潔白であれという強迫観念。
「ふと、その時に、外界を見渡せる池の下を見ていたら……偶然、貴方様を見つけまして」
結の頬が、痛みとは別の理由で紅潮する。熱に浮かされたような瞳が、世一を見上げた。
「……熱っい! あ、ありがとうございます!!」
痛みに一瞬悲鳴を上げ、なぜか即座に礼を言う。
世一は怪訝な顔で煙管をふかしたが、結はお構いなしに言葉を継いだ。
「たった一人で、何十人もの男共を相手に……斬って、斬って、斬り捨てて! 返り血を浴びて高笑いする貴方様を見て……なんて、なんて自由で凄い御方だと、おも、おも……思ってしまって!」
興奮のあまり言葉が詰まる。
本来なら、神罰を下すべき悪逆非道。しかし、籠の中の鳥であった彼女の目には、世一の振るう暴力こそが、何にも縛られない究極の「自由」に映ったのだ。
「そ、そ、それから、暇を見ては……貴方様をずっと見ていて……」
寝ている時も、酒を飲んでいる時も、人を殺めている時も。
雲の上から、熱っぽい視線を送り続けていた女神。
世一は短くなった煙草を吸い終わり、冷ややかな視線を結に落とした。
「気持ち悪い奴だな」
一刀両断だった。
純愛を語った直後に「気持ち悪い」と言われた結は、ハッと息を呑んだ。
「も、申し訳ありません!!」
謝罪と共に頭を下げる。その拍子に、袖の中の灰が動いたのか、焼けた皮膚を強く刺激した。
「あっ、熱っい! ……あ、ありがとうございます!!」
激痛に涙目になりながら、その痛みを与えてくれたことへの感謝を叫ぶ。
拒絶された悲しみと、肉体的な痛みの快楽が混濁し、結の情緒は完全に決壊していた。
世一は呆れ果て、空になった煙管を帯に差した。
「どっちなんだよ」
謝りたいのか、礼を言いたいのか。
痛いのか、嬉しいのか。
目の前の女は、世一がこれまで殺してきたどの人間よりも、理解不能で、そしてどうしようもなく壊れていた。
しかし不思議と、その「壊れっぷり」は、この地獄という狂った世界においては、ひどく馴染んでいるようにも思えた。
「私は神としてのお勤めが有りまして……毎日毎日、下々の者の頼みや、大神様の命を日々聴いておりまして……っ、熱っ」
結は顔を歪めたが、袖を払うことはしなかった。
白い絹の袖の中で、種火はジリジリと彼女の柔らかな皮膚を焼いているはずだ。しかし、彼女はまるで聖なる儀式のように、その痛みを耐え忍んでいる。
「『アレをお願い致します』、『これをお願い致します』と、己の欲望ばかりを垂れ流す願いを叶える日々……私は、私は疲れ果ててしまっていて……」
彼女の瞳は、遠い天界の退屈な日々を映しているようだった。
無限に続く善行。感謝という名の束縛。清廉潔白であれという強迫観念。
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結の頬が、痛みとは別の理由で紅潮する。熱に浮かされたような瞳が、世一を見上げた。
「……熱っい! あ、ありがとうございます!!」
痛みに一瞬悲鳴を上げ、なぜか即座に礼を言う。
世一は怪訝な顔で煙管をふかしたが、結はお構いなしに言葉を継いだ。
「たった一人で、何十人もの男共を相手に……斬って、斬って、斬り捨てて! 返り血を浴びて高笑いする貴方様を見て……なんて、なんて自由で凄い御方だと、おも、おも……思ってしまって!」
興奮のあまり言葉が詰まる。
本来なら、神罰を下すべき悪逆非道。しかし、籠の中の鳥であった彼女の目には、世一の振るう暴力こそが、何にも縛られない究極の「自由」に映ったのだ。
「そ、そ、それから、暇を見ては……貴方様をずっと見ていて……」
寝ている時も、酒を飲んでいる時も、人を殺めている時も。
雲の上から、熱っぽい視線を送り続けていた女神。
世一は短くなった煙草を吸い終わり、冷ややかな視線を結に落とした。
「気持ち悪い奴だな」
一刀両断だった。
純愛を語った直後に「気持ち悪い」と言われた結は、ハッと息を呑んだ。
「も、申し訳ありません!!」
謝罪と共に頭を下げる。その拍子に、袖の中の灰が動いたのか、焼けた皮膚を強く刺激した。
「あっ、熱っい! ……あ、ありがとうございます!!」
激痛に涙目になりながら、その痛みを与えてくれたことへの感謝を叫ぶ。
拒絶された悲しみと、肉体的な痛みの快楽が混濁し、結の情緒は完全に決壊していた。
世一は呆れ果て、空になった煙管を帯に差した。
「どっちなんだよ」
謝りたいのか、礼を言いたいのか。
痛いのか、嬉しいのか。
目の前の女は、世一がこれまで殺してきたどの人間よりも、理解不能で、そしてどうしようもなく壊れていた。
しかし不思議と、その「壊れっぷり」は、この地獄という狂った世界においては、ひどく馴染んでいるようにも思えた。
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