4 / 24
EP 4
しおりを挟む
焦げた白衣と、蜘蛛の恋
「フーッ……」
世一は虚空に向けて紫煙を吐き出すと、短くなった煙草の火種を無造作に見つめた。
「おい、灰入れは?」
「は、灰?」
姫はまたしても瞳を瞬かせた。地獄の調度品に、気の利いた喫煙具などあるはずもない。
「あー、だからよー。このヤニの灰は何処にしまうかって聞いてんだよ。床に捨てるわけにゃいかねーだろ」
妙なところで几帳面さを見せる世一に、姫はハッとしたように身を乗り出した。
「は、はい! それでは、私の着物に灰をお入れ下さいませ」
姫は躊躇いもなく、自身の純白の振袖を広げ、世一の目の前に差し出した。それは天女の羽衣の如く上等な布地である。
「おう」
世一は遠慮というものを知らない。
真っ赤に燃える火種を、コンコンと雁首を叩いて、その白絹の上に落とした。
ジッ、と布が焼ける音がする。
「あ、熱っ……」
姫の喉から小さな悲鳴が漏れる。火種は布を焦がし、その下の柔肌に熱を伝えているはずだ。だが、姫は袖を引っ込めるどころか、大事な宝物を受け取ったかのように震えていた。
世一はそんな姫を見下ろしながら、ふと思い出したように口を開いた。
「ねーちゃん、名前は?」
「わ、わわ、私は天の神の子、天照大神(あまてらすおおみかみ)の……」
「名前がなげーよ」
世一は姫の言葉をバッサリと切り捨てた。
天照大神といえば、八百万の神の頂点。その血筋とあらば、本来ならひれ伏すべき相手だ。だが、世一にとっては名前の長さの方が問題だった。
「そうだな……『結(ゆい)』だ。結にしとけ」
「え……」
「文句あんのか?」
「~~~~っ」
姫の顔がカァッと沸騰したように赤くなった。
「はっ、ハイッ! 私は結です! 今日から結と名乗ります!」
神より授かりし名を捨て、盗賊に付けられた名をこれほどの喜びと共に受け入れる者が、かつていただろうか。
「でー、結。ここは何処だ?」
「は、はい。ここは裁きの間で、裁きを待つものを一時的に閉じ込めておく牢屋でございます」
「フーッ、そうか。ってことは、俺は死んだのか」
世一は煙管をクルクルと回しながら、他人事のように呟いた。
恐怖も後悔もない。ただ事実を確認しただけだ。
「んっ、あっ、熱っ……」
結が袖の上の灰の熱さに再び声を漏らす。白い布には、黒々とした焼け跡が広がっていた。
「! も、申し訳有りません!」
「あ?」
「わ、わた、私のせいで貴方様を死なせてしまい……」
「あ? 何言ってんだ?」
世一が訝しげに眉をひそめる。結は涙目で、袖を抱きしめながら震える声で続けた。
「わ、私は現世に出る時は、蜘蛛の姿に身を変えるのです。そ、それで、あの、あの……」
「あー……って事は、お前、あの時の蜘蛛か」
世一の脳裏に、業火の中で見つけた小さな白い蜘蛛の姿が蘇る。
なぜあの時、あんな虫ケラを助けようと思ったのか、自分でも分からない。だが、その正体がこの奇妙な女だったとは。
「は、はい! 私は蜘蛛の姿で、あ、貴方様を見に……」
「あ?」
世一の鋭い眼光に射抜かれ、結の言葉が詰まる。
「涙、うっ、うっ……」
「おい、泣いてんじゃねーよ。ちゃんと話せ」
世一は苛立ち紛れに、煙管でコツンと結の額を突いた。
「は、はい、実は……」
結は涙を堪え、意を決したように顔を上げた。その瞳には、熱狂的なまでの色が宿っていた。
「フーッ……」
世一は虚空に向けて紫煙を吐き出すと、短くなった煙草の火種を無造作に見つめた。
「おい、灰入れは?」
「は、灰?」
姫はまたしても瞳を瞬かせた。地獄の調度品に、気の利いた喫煙具などあるはずもない。
「あー、だからよー。このヤニの灰は何処にしまうかって聞いてんだよ。床に捨てるわけにゃいかねーだろ」
妙なところで几帳面さを見せる世一に、姫はハッとしたように身を乗り出した。
「は、はい! それでは、私の着物に灰をお入れ下さいませ」
姫は躊躇いもなく、自身の純白の振袖を広げ、世一の目の前に差し出した。それは天女の羽衣の如く上等な布地である。
「おう」
世一は遠慮というものを知らない。
真っ赤に燃える火種を、コンコンと雁首を叩いて、その白絹の上に落とした。
ジッ、と布が焼ける音がする。
「あ、熱っ……」
姫の喉から小さな悲鳴が漏れる。火種は布を焦がし、その下の柔肌に熱を伝えているはずだ。だが、姫は袖を引っ込めるどころか、大事な宝物を受け取ったかのように震えていた。
世一はそんな姫を見下ろしながら、ふと思い出したように口を開いた。
「ねーちゃん、名前は?」
「わ、わわ、私は天の神の子、天照大神(あまてらすおおみかみ)の……」
「名前がなげーよ」
世一は姫の言葉をバッサリと切り捨てた。
天照大神といえば、八百万の神の頂点。その血筋とあらば、本来ならひれ伏すべき相手だ。だが、世一にとっては名前の長さの方が問題だった。
「そうだな……『結(ゆい)』だ。結にしとけ」
「え……」
「文句あんのか?」
「~~~~っ」
姫の顔がカァッと沸騰したように赤くなった。
「はっ、ハイッ! 私は結です! 今日から結と名乗ります!」
神より授かりし名を捨て、盗賊に付けられた名をこれほどの喜びと共に受け入れる者が、かつていただろうか。
「でー、結。ここは何処だ?」
「は、はい。ここは裁きの間で、裁きを待つものを一時的に閉じ込めておく牢屋でございます」
「フーッ、そうか。ってことは、俺は死んだのか」
世一は煙管をクルクルと回しながら、他人事のように呟いた。
恐怖も後悔もない。ただ事実を確認しただけだ。
「んっ、あっ、熱っ……」
結が袖の上の灰の熱さに再び声を漏らす。白い布には、黒々とした焼け跡が広がっていた。
「! も、申し訳有りません!」
「あ?」
「わ、わた、私のせいで貴方様を死なせてしまい……」
「あ? 何言ってんだ?」
世一が訝しげに眉をひそめる。結は涙目で、袖を抱きしめながら震える声で続けた。
「わ、私は現世に出る時は、蜘蛛の姿に身を変えるのです。そ、それで、あの、あの……」
「あー……って事は、お前、あの時の蜘蛛か」
世一の脳裏に、業火の中で見つけた小さな白い蜘蛛の姿が蘇る。
なぜあの時、あんな虫ケラを助けようと思ったのか、自分でも分からない。だが、その正体がこの奇妙な女だったとは。
「は、はい! 私は蜘蛛の姿で、あ、貴方様を見に……」
「あ?」
世一の鋭い眼光に射抜かれ、結の言葉が詰まる。
「涙、うっ、うっ……」
「おい、泣いてんじゃねーよ。ちゃんと話せ」
世一は苛立ち紛れに、煙管でコツンと結の額を突いた。
「は、はい、実は……」
結は涙を堪え、意を決したように顔を上げた。その瞳には、熱狂的なまでの色が宿っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる