「月が綺麗ですね」その一言の為に世界を壊した。蜘蛛を助けた極悪人と、彼を数千年も探し続けた女神の、地獄から始まる転生純愛物語

月神世一

文字の大きさ
3 / 24

EP 3

しおりを挟む
紫煙と地獄の灯
鬼さえ怯む一喝で門番を黙らせた姫は、くるりと世一の方へ向き直った。先ほどの威厳はどこへやら、その美しい顔には朱が差し、指先をもじもじと合わせている。
「あ、あの、あ、あの……」
もどかしい沈黙。世一は眉間の皺を深くした。
「……おい」
「は、はいっ!」
姫はビクリと肩を震わせ、直立不動になる。世一は懐を探る仕草をしながら、不機嫌そうに吐き捨てた。
「ヤニ持ってねーか?」
「ヤ、ヤニ……? ヤニとは、なんなのでしょう」
姫はきょとんとして小首をかしげた。
世一は呆れたように鼻を鳴らす。
「は? ヤニも知らねーのかよ。チッ、使えねーな」
「……っ」
その舌打ち一つで、姫の瞳にみるみる涙が溜まっていく。
「うっ、うっ……申し訳、ありません……」
ポロポロと真珠のような涙をこぼす姫。普通なら心を痛める場面だが、世一は「あーっ、めんどくせぇ」と頭を掻いただけだった。
「泣いてんじゃねぇよ。……そこの門番に言ってヤニを持ってこさせろ」
「は、はい!」
姫は涙を袖で乱暴に拭うと、バッと和勇牛の方を向いた。その瞬間、再び彼女の中に「命令者」としてのスイッチが入る。
「これ、門番! 今すぐヤニ? をここに持って来なさい!!」
「は?」
和勇牛は目を丸くした。だが、すぐに思い当たったように膝を打つ。
「ヤニ……は、『忘れ草』の事ですな。外界の者からの貢物として、蔵に有ったはず……」
「あるのですね!?」
「はっ、今すぐに持って参りまする!」
和勇牛は脱兎のごとく駆け出し、霧の向こうへ消えたかと思うと、瞬く間に戻ってきた。その巨大な手には、精巧な細工が施された煙管(きせる)と、刻み煙草の入った盆が乗っている。
「おう、ヤニが来たか」
世一は悪びれもせず、和勇牛の手から煙管をひったくった。
盆を受け取った姫が、おずおずと世一に差し出す。
「こ、これでよろしかったですか?」
「あー、ま、これでも良いか」
世一は盆から刻み煙草をつまみ、慣れた手つきで雁首(がんくび)に詰める。
そして、煙管を口にくわえたまま、じっと動かなくなった。
「ん……」
「??」
姫は盆を持ったまま、不思議そうに世一を見つめる。
世一は苛立ったように煙管を揺らした。
「何やってんだ。はやく火を付けろよ」
「火? 火などは持っていなくて……あの、あの……!」
姫は狼狽した。世一の機嫌を損ねてはならない。焦燥感に駆られた姫の視線が、再び哀れな門番に向けられる。
「門番! 罪人を焼く地獄の釜から火を持ってきなさい!」
「は、ハハッー!!」
和勇牛は悲鳴のような返事をして再び走り出した。
罪人を責め苛むための神聖なる業火を、まさかたかが新入りの罪人の喫煙のために使うなど、前代未聞である。だが、姫の命令は絶対だ。
和勇牛は燃え盛る火種を鉄箸でつまみ、大急ぎで戻ってきた。
「ん……」
世一は差し出された地獄の火に煙管を近づけ、深く息を吸い込む。
シュボッ、と赤黒い火が煙草に燃え移る。
「フーッ……」
世一の口から、紫色の煙が長く吐き出された。
その煙は、三途の川の生臭い霧を追い払い、独特の香りを漂わせる。
「……ちょっとシケってるが、旨いな」
「ご、ご満足してくれましたか?」
姫が心配そうに覗き込む。
世一は煙管を指で弄びながら、片方の口角を上げた。
「まーな」
たったそれだけの言葉。
しかし、それだけで姫は、まるで天にも昇るような(ここは地獄の底だが)恍惚とした表情を浮かべ、頬を染めるのだった。
地獄の門前、業火をライター代わりに一服する悪党と、それに傅(かしず)く謎の姫君。
その奇妙な光景を、亡者たちは遠巻きに震えながら見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

処理中です...