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EP 3
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紫煙と地獄の灯
鬼さえ怯む一喝で門番を黙らせた姫は、くるりと世一の方へ向き直った。先ほどの威厳はどこへやら、その美しい顔には朱が差し、指先をもじもじと合わせている。
「あ、あの、あ、あの……」
もどかしい沈黙。世一は眉間の皺を深くした。
「……おい」
「は、はいっ!」
姫はビクリと肩を震わせ、直立不動になる。世一は懐を探る仕草をしながら、不機嫌そうに吐き捨てた。
「ヤニ持ってねーか?」
「ヤ、ヤニ……? ヤニとは、なんなのでしょう」
姫はきょとんとして小首をかしげた。
世一は呆れたように鼻を鳴らす。
「は? ヤニも知らねーのかよ。チッ、使えねーな」
「……っ」
その舌打ち一つで、姫の瞳にみるみる涙が溜まっていく。
「うっ、うっ……申し訳、ありません……」
ポロポロと真珠のような涙をこぼす姫。普通なら心を痛める場面だが、世一は「あーっ、めんどくせぇ」と頭を掻いただけだった。
「泣いてんじゃねぇよ。……そこの門番に言ってヤニを持ってこさせろ」
「は、はい!」
姫は涙を袖で乱暴に拭うと、バッと和勇牛の方を向いた。その瞬間、再び彼女の中に「命令者」としてのスイッチが入る。
「これ、門番! 今すぐヤニ? をここに持って来なさい!!」
「は?」
和勇牛は目を丸くした。だが、すぐに思い当たったように膝を打つ。
「ヤニ……は、『忘れ草』の事ですな。外界の者からの貢物として、蔵に有ったはず……」
「あるのですね!?」
「はっ、今すぐに持って参りまする!」
和勇牛は脱兎のごとく駆け出し、霧の向こうへ消えたかと思うと、瞬く間に戻ってきた。その巨大な手には、精巧な細工が施された煙管(きせる)と、刻み煙草の入った盆が乗っている。
「おう、ヤニが来たか」
世一は悪びれもせず、和勇牛の手から煙管をひったくった。
盆を受け取った姫が、おずおずと世一に差し出す。
「こ、これでよろしかったですか?」
「あー、ま、これでも良いか」
世一は盆から刻み煙草をつまみ、慣れた手つきで雁首(がんくび)に詰める。
そして、煙管を口にくわえたまま、じっと動かなくなった。
「ん……」
「??」
姫は盆を持ったまま、不思議そうに世一を見つめる。
世一は苛立ったように煙管を揺らした。
「何やってんだ。はやく火を付けろよ」
「火? 火などは持っていなくて……あの、あの……!」
姫は狼狽した。世一の機嫌を損ねてはならない。焦燥感に駆られた姫の視線が、再び哀れな門番に向けられる。
「門番! 罪人を焼く地獄の釜から火を持ってきなさい!」
「は、ハハッー!!」
和勇牛は悲鳴のような返事をして再び走り出した。
罪人を責め苛むための神聖なる業火を、まさかたかが新入りの罪人の喫煙のために使うなど、前代未聞である。だが、姫の命令は絶対だ。
和勇牛は燃え盛る火種を鉄箸でつまみ、大急ぎで戻ってきた。
「ん……」
世一は差し出された地獄の火に煙管を近づけ、深く息を吸い込む。
シュボッ、と赤黒い火が煙草に燃え移る。
「フーッ……」
世一の口から、紫色の煙が長く吐き出された。
その煙は、三途の川の生臭い霧を追い払い、独特の香りを漂わせる。
「……ちょっとシケってるが、旨いな」
「ご、ご満足してくれましたか?」
姫が心配そうに覗き込む。
世一は煙管を指で弄びながら、片方の口角を上げた。
「まーな」
たったそれだけの言葉。
しかし、それだけで姫は、まるで天にも昇るような(ここは地獄の底だが)恍惚とした表情を浮かべ、頬を染めるのだった。
地獄の門前、業火をライター代わりに一服する悪党と、それに傅(かしず)く謎の姫君。
その奇妙な光景を、亡者たちは遠巻きに震えながら見つめていた。
鬼さえ怯む一喝で門番を黙らせた姫は、くるりと世一の方へ向き直った。先ほどの威厳はどこへやら、その美しい顔には朱が差し、指先をもじもじと合わせている。
「あ、あの、あ、あの……」
もどかしい沈黙。世一は眉間の皺を深くした。
「……おい」
「は、はいっ!」
姫はビクリと肩を震わせ、直立不動になる。世一は懐を探る仕草をしながら、不機嫌そうに吐き捨てた。
「ヤニ持ってねーか?」
「ヤ、ヤニ……? ヤニとは、なんなのでしょう」
姫はきょとんとして小首をかしげた。
世一は呆れたように鼻を鳴らす。
「は? ヤニも知らねーのかよ。チッ、使えねーな」
「……っ」
その舌打ち一つで、姫の瞳にみるみる涙が溜まっていく。
「うっ、うっ……申し訳、ありません……」
ポロポロと真珠のような涙をこぼす姫。普通なら心を痛める場面だが、世一は「あーっ、めんどくせぇ」と頭を掻いただけだった。
「泣いてんじゃねぇよ。……そこの門番に言ってヤニを持ってこさせろ」
「は、はい!」
姫は涙を袖で乱暴に拭うと、バッと和勇牛の方を向いた。その瞬間、再び彼女の中に「命令者」としてのスイッチが入る。
「これ、門番! 今すぐヤニ? をここに持って来なさい!!」
「は?」
和勇牛は目を丸くした。だが、すぐに思い当たったように膝を打つ。
「ヤニ……は、『忘れ草』の事ですな。外界の者からの貢物として、蔵に有ったはず……」
「あるのですね!?」
「はっ、今すぐに持って参りまする!」
和勇牛は脱兎のごとく駆け出し、霧の向こうへ消えたかと思うと、瞬く間に戻ってきた。その巨大な手には、精巧な細工が施された煙管(きせる)と、刻み煙草の入った盆が乗っている。
「おう、ヤニが来たか」
世一は悪びれもせず、和勇牛の手から煙管をひったくった。
盆を受け取った姫が、おずおずと世一に差し出す。
「こ、これでよろしかったですか?」
「あー、ま、これでも良いか」
世一は盆から刻み煙草をつまみ、慣れた手つきで雁首(がんくび)に詰める。
そして、煙管を口にくわえたまま、じっと動かなくなった。
「ん……」
「??」
姫は盆を持ったまま、不思議そうに世一を見つめる。
世一は苛立ったように煙管を揺らした。
「何やってんだ。はやく火を付けろよ」
「火? 火などは持っていなくて……あの、あの……!」
姫は狼狽した。世一の機嫌を損ねてはならない。焦燥感に駆られた姫の視線が、再び哀れな門番に向けられる。
「門番! 罪人を焼く地獄の釜から火を持ってきなさい!」
「は、ハハッー!!」
和勇牛は悲鳴のような返事をして再び走り出した。
罪人を責め苛むための神聖なる業火を、まさかたかが新入りの罪人の喫煙のために使うなど、前代未聞である。だが、姫の命令は絶対だ。
和勇牛は燃え盛る火種を鉄箸でつまみ、大急ぎで戻ってきた。
「ん……」
世一は差し出された地獄の火に煙管を近づけ、深く息を吸い込む。
シュボッ、と赤黒い火が煙草に燃え移る。
「フーッ……」
世一の口から、紫色の煙が長く吐き出された。
その煙は、三途の川の生臭い霧を追い払い、独特の香りを漂わせる。
「……ちょっとシケってるが、旨いな」
「ご、ご満足してくれましたか?」
姫が心配そうに覗き込む。
世一は煙管を指で弄びながら、片方の口角を上げた。
「まーな」
たったそれだけの言葉。
しかし、それだけで姫は、まるで天にも昇るような(ここは地獄の底だが)恍惚とした表情を浮かべ、頬を染めるのだった。
地獄の門前、業火をライター代わりに一服する悪党と、それに傅(かしず)く謎の姫君。
その奇妙な光景を、亡者たちは遠巻きに震えながら見つめていた。
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