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第二章 世一と結
EP 9
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阿久津社長による「世一様最強計画」
都内某所。阿久津興業本社ビル、最上階。
東京を一望できる、広大で豪華な社長室に、俺――月神世一は座らされていた。
「主(あるじ)! 単刀直入に申し上げます!」
目の前には、イタリア製の高級スーツがはち切れそうな巨漢、阿久津(元・和勇牛)が、鼻息を荒くして身を乗り出している。
「あんなシケたブラック企業など、今すぐお辞めください! そして、この阿久津興業の『会長』の座にお座りください!」
「……いや、だから」
俺は出された最高級の紅茶(一杯数万円らしい)をすすりながら、ため息をついた。
「俺はただのサラリーマンとして、静かに暮らしたいだけなんだよ。会長とか、ガラじゃない」
「何を仰いますか! 主は世界の王となる御方! 手始めに日本の経済界を牛耳り、ゆくゆくは政界へ進出し、現代の法を書き換えて……」
「スケールがでかすぎて引くわ」
隣に座る結(ゆい)はといえば、「世一様が王……素敵です♡」と夢見心地で頷いている。ダメだ、こいつらは思考回路が危険すぎる。
その時だった。
阿久津の秘書が、青ざめた顔で入室してきた。
「しゃ、社長! 大変です! 月神様がお勤めの会社で、トラブルが……」
「あぁん? 主の会社で?」
秘書が差し出したタブレットには、SNSの拡散画面が映し出されていた。
そこには、こんな投稿が溢れていた。
『月神世一によるパワハラと横領を告発します! 暴力で上司を脅し、会社を私物化する悪魔のような社員です!』
投稿者は匿名だが、添付されている捏造された証拠書類や、被害者ぶった書き込みの文体。
間違いなく、あの男だ。
「……権田(ごんだ)部長か」
俺が呟くと、阿久津の眉間に深いシワが刻まれ、部屋の気温が急激に下がった。
「あのハゲ鼠……生かしておいた慈悲を仇で返しやがって。主、ご命令を。東京湾に沈めますか? それともミキサー車を手配しますか?」
「やめろ、物理的に消すな」
俺は立ち上がった。
怒りはない。ただ、呆れと、少しの哀れみがあるだけだ。
「俺が行く。……最後の『退職手続き』をしてくるよ」
◇
古巣のオフィスは、騒然としていた。
権田が雇ったと思われるガラの悪い男たちや、事情を知らない社員たちが遠巻きに見守る中、権田はデスクの上に立ち、演説をぶっていた。
「聞いたか皆! 月神の奴はとんでもない悪党だ! 俺を脅し、精神的に追い詰め、金を巻き上げようとしたんだ! 俺は被害者だ! 正義は俺にある!!」
権田は勝ち誇った顔をしていた。
俺が阿久津興業に出入りしているのを見て、「ヤクザと繋がっている」と曲解し、それを逆手に取って「反社会的勢力との繋がりがある社員」として俺を社会的に抹殺しようとしているのだ。
「月神が出てきたら、即刻警察に突き出してやる! あいつの人生は終わりだぁっ!」
権田が叫んだ、その時。
ウィーン。
自動ドアが開き、三つの人影が入ってきた。
先頭を歩くのは、安物のスーツを着た、月神世一。
その右後ろには、絶世の美女・結。
そして左後ろには――
「げっ……!?」
権田の目が飛び出た。
サングラスをかけた巨獣。
業界の人間なら知らぬ者はいない、阿久津興業の社長、阿久津剛が、まるで護衛のように付き従っていたからだ。
「お疲れ様です。……随分と賑やかですね、部長」
俺は静かに言った。
権田はガタガタと震えながらも、雇った男たちを見て虚勢を張った。
「つ、月神! よくもノコノコと……! 貴様、その男はなんだ! やはり反社と繋がっていたのか! これで証拠は揃ったぞ!」
「おい」
ドスの利いた声が、権田の喚き声を遮った。
阿久津がサングラスを外し、猛禽類のような瞳で権田を射抜く。
「誰に向かって口きいてんだ、三下(さんした)」
「ひっ……! あ、阿久津……社長……?」
阿久津は懐から一枚の書類を取り出し、ヒラヒラと振った。
「ついさっき、この会社の株を51%取得した。つまり、今この瞬間から、この会社は俺のモンだ」
「は……?」
権田の思考が停止する。
M&A。敵対的買収。
阿久津にとって、こんな中小企業を買い取るなど、コンビニでおにぎりを買うより容易いことだ。
「そして、俺は新オーナーとして最初の命令を下す」
阿久津はニヤリと笑い、権田を指差した。
「権田、およびその取り巻き。貴様らは全員、懲戒解雇だ。退職金はねえ。それどころか、これまでの横領、パワハラ、名誉毀損……徹底的に法廷で争ってやる。顧問弁護団50人が、お前を地獄の果てまで追い詰めるぞ」
「な、な、な……」
権田は崩れ落ちた。
社会的抹殺を仕掛けた相手が、国家予算レベルの財力で殴り返してきたのだ。勝てるわけがない。
「嘘だ……俺は、俺はただ……」
権田が助けを求めるように俺を見た。
俺は、哀れな元上司を見下ろし、静かに言った。
「……あ?」
あの日と同じ。
いや、あの日よりも冷たく、重い、一言。
権田の脳裏に、再び「鬼」の幻影が蘇る。
彼は「ヒィィッ!」と悲鳴を上げ、泡を吹いて気絶した。
静まり返るオフィス。
俺は自分のデスクに行き、私物を段ボールに詰めた。
誰も何も言えない。
ただ、去りゆく俺の背中を、畏怖と尊敬の眼差しで見送るだけだった。
「行きましょうか、世一様」
結が微笑み、俺の手を取る。
阿久津が恭しくドアを開ける。
さようなら、不運だった俺の人生。
さようなら、ブラック企業。
俺は一度も振り返ることなく、新しい光の中へと歩き出した。
都内某所。阿久津興業本社ビル、最上階。
東京を一望できる、広大で豪華な社長室に、俺――月神世一は座らされていた。
「主(あるじ)! 単刀直入に申し上げます!」
目の前には、イタリア製の高級スーツがはち切れそうな巨漢、阿久津(元・和勇牛)が、鼻息を荒くして身を乗り出している。
「あんなシケたブラック企業など、今すぐお辞めください! そして、この阿久津興業の『会長』の座にお座りください!」
「……いや、だから」
俺は出された最高級の紅茶(一杯数万円らしい)をすすりながら、ため息をついた。
「俺はただのサラリーマンとして、静かに暮らしたいだけなんだよ。会長とか、ガラじゃない」
「何を仰いますか! 主は世界の王となる御方! 手始めに日本の経済界を牛耳り、ゆくゆくは政界へ進出し、現代の法を書き換えて……」
「スケールがでかすぎて引くわ」
隣に座る結(ゆい)はといえば、「世一様が王……素敵です♡」と夢見心地で頷いている。ダメだ、こいつらは思考回路が危険すぎる。
その時だった。
阿久津の秘書が、青ざめた顔で入室してきた。
「しゃ、社長! 大変です! 月神様がお勤めの会社で、トラブルが……」
「あぁん? 主の会社で?」
秘書が差し出したタブレットには、SNSの拡散画面が映し出されていた。
そこには、こんな投稿が溢れていた。
『月神世一によるパワハラと横領を告発します! 暴力で上司を脅し、会社を私物化する悪魔のような社員です!』
投稿者は匿名だが、添付されている捏造された証拠書類や、被害者ぶった書き込みの文体。
間違いなく、あの男だ。
「……権田(ごんだ)部長か」
俺が呟くと、阿久津の眉間に深いシワが刻まれ、部屋の気温が急激に下がった。
「あのハゲ鼠……生かしておいた慈悲を仇で返しやがって。主、ご命令を。東京湾に沈めますか? それともミキサー車を手配しますか?」
「やめろ、物理的に消すな」
俺は立ち上がった。
怒りはない。ただ、呆れと、少しの哀れみがあるだけだ。
「俺が行く。……最後の『退職手続き』をしてくるよ」
◇
古巣のオフィスは、騒然としていた。
権田が雇ったと思われるガラの悪い男たちや、事情を知らない社員たちが遠巻きに見守る中、権田はデスクの上に立ち、演説をぶっていた。
「聞いたか皆! 月神の奴はとんでもない悪党だ! 俺を脅し、精神的に追い詰め、金を巻き上げようとしたんだ! 俺は被害者だ! 正義は俺にある!!」
権田は勝ち誇った顔をしていた。
俺が阿久津興業に出入りしているのを見て、「ヤクザと繋がっている」と曲解し、それを逆手に取って「反社会的勢力との繋がりがある社員」として俺を社会的に抹殺しようとしているのだ。
「月神が出てきたら、即刻警察に突き出してやる! あいつの人生は終わりだぁっ!」
権田が叫んだ、その時。
ウィーン。
自動ドアが開き、三つの人影が入ってきた。
先頭を歩くのは、安物のスーツを着た、月神世一。
その右後ろには、絶世の美女・結。
そして左後ろには――
「げっ……!?」
権田の目が飛び出た。
サングラスをかけた巨獣。
業界の人間なら知らぬ者はいない、阿久津興業の社長、阿久津剛が、まるで護衛のように付き従っていたからだ。
「お疲れ様です。……随分と賑やかですね、部長」
俺は静かに言った。
権田はガタガタと震えながらも、雇った男たちを見て虚勢を張った。
「つ、月神! よくもノコノコと……! 貴様、その男はなんだ! やはり反社と繋がっていたのか! これで証拠は揃ったぞ!」
「おい」
ドスの利いた声が、権田の喚き声を遮った。
阿久津がサングラスを外し、猛禽類のような瞳で権田を射抜く。
「誰に向かって口きいてんだ、三下(さんした)」
「ひっ……! あ、阿久津……社長……?」
阿久津は懐から一枚の書類を取り出し、ヒラヒラと振った。
「ついさっき、この会社の株を51%取得した。つまり、今この瞬間から、この会社は俺のモンだ」
「は……?」
権田の思考が停止する。
M&A。敵対的買収。
阿久津にとって、こんな中小企業を買い取るなど、コンビニでおにぎりを買うより容易いことだ。
「そして、俺は新オーナーとして最初の命令を下す」
阿久津はニヤリと笑い、権田を指差した。
「権田、およびその取り巻き。貴様らは全員、懲戒解雇だ。退職金はねえ。それどころか、これまでの横領、パワハラ、名誉毀損……徹底的に法廷で争ってやる。顧問弁護団50人が、お前を地獄の果てまで追い詰めるぞ」
「な、な、な……」
権田は崩れ落ちた。
社会的抹殺を仕掛けた相手が、国家予算レベルの財力で殴り返してきたのだ。勝てるわけがない。
「嘘だ……俺は、俺はただ……」
権田が助けを求めるように俺を見た。
俺は、哀れな元上司を見下ろし、静かに言った。
「……あ?」
あの日と同じ。
いや、あの日よりも冷たく、重い、一言。
権田の脳裏に、再び「鬼」の幻影が蘇る。
彼は「ヒィィッ!」と悲鳴を上げ、泡を吹いて気絶した。
静まり返るオフィス。
俺は自分のデスクに行き、私物を段ボールに詰めた。
誰も何も言えない。
ただ、去りゆく俺の背中を、畏怖と尊敬の眼差しで見送るだけだった。
「行きましょうか、世一様」
結が微笑み、俺の手を取る。
阿久津が恭しくドアを開ける。
さようなら、不運だった俺の人生。
さようなら、ブラック企業。
俺は一度も振り返ることなく、新しい光の中へと歩き出した。
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