​「敵は本能寺!」で転生したイージス艦長の明智光秀。現代防衛論と遅滞戦術で「中国大返し」を迎撃し、三日天下を回避する

月神世一

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EP 3

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安土城のロジスティクス
​ 琵琶湖の風が、火照った頬を撫でる。
 坂上真一――今は明智光秀――は、馬上で巨大な建造物を見上げていた。
​ 安土城。
 織田信長が築いた、天下布武の象徴。
 五層七階の天守が、夕日を浴びて黄金に輝いている。その威容は、現代の護衛艦を見慣れた坂上の目にも、異様な迫力を持って迫ってきた。
​(あれが司令部(HQ)か。……悪趣味なほど目立つな)
​ 6月5日。
 本能寺の変から3日。坂上率いる明智軍は、信長の本拠地・安土城に入城していた。
 守将の蒲生賢秀(がもう かたひで)は既に退去しており、城は無血開城されていた。
​「殿! 蔵をご覧くだされ! 金銀が山のように……これほどの財宝、見たことがありませぬ!」
​ 先に入城していた家臣が、血相を変えて駆け寄ってくる。
 周囲の兵たちの目も、欲望でギラギラと輝いていた。
 無理もない。彼らにとって戦争は「稼ぎ時」だ。勝利の報酬として、この莫大な富が分配されると信じている。
​ だが、坂上は冷や水を浴びせるように静かに言った。
​「封鎖せよ」
「は……?」
「金蔵、米蔵、武器庫。すべての蔵を封鎖し、歩哨を立てろ。一銭たりとも持ち出しは許さん」
​ 家臣の顔が引きつる。
「な、何を仰せですか! 兵たちは疲れ、報酬を期待しております。ここで振る舞わねば、士気に関わりますぞ!」
​ 坂上は馬を降り、家臣の前に立った。
 50歳の貫禄と、歴戦の艦長としての威圧感が、家臣を押し黙らせる。
​「勘違いするな。私はケチで言っているのではない。……これは『予算』だ」
「よ、予算?」
「これから来る秀吉との戦は、長期戦、あるいは極めて物量を消費する殲滅戦になる。この金銀は、そのための燃料だ。個人の懐に入れて消えてなくなる端金(はしたがね)とはわけが違う」
​ 坂上は天守へと歩き出した。
 
「ついてこい。金よりも確認せねばならんものがある」
​ ***
​ 案内されたのは、城の北側にある武器庫だった。
 扉を開けると、油と鉄の匂いが鼻をつく。
 ずらりと並んだ火縄銃。槍。弓矢。
​「鉄砲の数は?」
「はっ。長筒、侍筒あわせておよそ三千挺かと」
「三千か。……足りんな」
​ 坂上は眉をひそめた。
 当時の水準で言えば、三千挺の鉄砲は驚異的な火力だ。長篠の戦いですら、織田軍が用意したのは千とも三千とも言われている(諸説あり)。
 だが、坂上が構想する「迎撃システム」には、絶対的に不足していた。
​「弾薬(アムニッション)の在庫データを見せろ」
「は……? 在庫でございますか?」
「火薬と鉛玉の量だ! 帳簿があるだろう!」
​ 慌てて蔵奉行が持ってきた帳面を、坂上はひったくるように受け取り、ページをめくった。
 漢数字の羅列を、脳内で素早くアラビア数字に変換し、計算する。
​ 硝石(黒色火薬の原料)、◯◯斤。
 鉛、◯◯貫。
​ 坂上の表情が険しくなる。
​(計算してみよう。三千挺の鉄砲で、敵の波状攻撃を阻止する。仮に毎分1発の発射速度で、1時間の戦闘を維持するとすれば……1挺あたり60発。3000×60で、18万発)
​ ざっと見積もって、必要な火薬量はトン単位になる。
 だが、目の前の帳簿にある在庫は、その半分にも満たない。
​「……話にならん」
​ 坂上は帳面を閉じた。
 これでは、継戦能力(サステナビリティ)が低すぎる。
 最初の激突で弾切れになれば、あとは数の暴力に押し切られて終わりだ。
​ ふと、坂上の脳裏に、古い記憶が蘇った。
​ 仏壇の奥にしまわれていた、色あせた写真。
 飛行服を着て、ぎこちなく笑う若い男。祖父だ。
 
 ――『燃料は片道分しか積んでおらん。敵艦を見つけられねば、海に落ちるだけだ』
​ 生き残った戦友が語ってくれた、祖父の最期の言葉。
 物資の不足を、精神論と「命」で埋め合わせた狂気の時代。
 
(またか。……また、弾がないから死んでこいと言うのか)
​ ギリ、と奥歯が鳴った。
 こめかみに血管が浮き上がる。
 俺は、その歴史を変えるためにここにいるんじゃないのか。
​「……秀満!」
​ 坂上の鋭い声に、明智秀満がビクリと震えた。
​「は、はっ!」
「堺だ。今すぐ早馬を飛ばせ。今井宗久(いまい そうきゅう)、津田宗及(つだ そうぎゅう)……誰でもいい、堺の豪商どもを叩き起こせ」
「さ、堺の商人を? 何を買うので?」
​ 坂上は金蔵の方角を指差した。
​「すべてだ」
「はい?」
「あの蔵にある金銀、すべてを証拠金(デポジット)として積め。その代わり、堺にある『硝石』と『鉛』を根こそぎ買い占める。近隣の根来衆や雑賀衆に流れる分もだ。相場の三倍出してもいい。一粒残らず明智軍が押さえろ!」
​ 秀満が絶句した。
「し、正気でございますか!? 全財産を、火薬ごときに……!?」
​「ごとき、ではない!」
​ 坂上は一歩踏み出し、秀満の胸ぐらを掴みかけたが、寸前で思いとどまり、代わりに彼の肩を強く掴んだ。
 その目は、燃えるように熱く、しかし氷のように冷たかった。
​「いいか、よく聞け。金で兵の命が買えるなら、安いものだ。……弾薬が尽きた時、兵士がどうなるか知っているか? 人間が、ただの『肉の壁』になるんだ。私は私の部下を、そんな目に遭わせん」
​ 秀満は、主君の目にある凄絶な光に射抜かれ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 今まで見たことのない、鬼気迫る、しかし慈愛に満ちた奇妙な表情。
​「……わ、わかりました! 直ちに手配いたします!」
「頼む。……それと、もう一つ」
​ 坂上は、ふっと表情を緩め、疲れたように言った。
​「茶だ。できるだけ苦い茶を持ってこい。……頭が割れそうだ」
​ ***
​ その夜。
 安土城の天守最上階。
 坂上は、眼下に広がる琵琶湖の暗闇を見つめながら、運ばれてきた「黒豆の煮出し汁」を啜っていた。
​ 現代のコーヒーには程遠いが、カフェインレスの優しさが五臓六腑に染み渡る。
​(兵站(ロジ)の手配はした。次は……運用(オペレーション)だ)
​ 火薬があっても、それを撃つ人間と戦術が旧態依然としていては意味がない。
 織田軍が得意とした「三段撃ち」。あれは確かに画期的だったが、所詮は「交代で撃つ」だけの苦肉の策だ。
​ 俺がやるのは、そんなアナログなものではない。
 
 坂上は懐から、現代の万年筆――ではなく、筆を取り出し、手元の紙に図面を引き始めた。
 描いたのは、扇形に配置された火器の列と、その中央に設定された「殺傷区域(キルゾーン)」。
​ イージス艦のCIWS(高性能20mm機関砲)。
 迫りくるミサイルを自動で迎撃し、艦を守る最後の砦。
 
「……鉄砲隊をシステム化する。個人の技量には頼らない。射撃指揮官(FCS)による一斉統制射撃だ」
​ 闇の中で、坂上真一の「防衛計画」が、着々と形を成しつつあった。
 その時、遠く西の空で、一筋の稲妻が光った。
​ 秀吉が、動き出したのだ。
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