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EP 5
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法廷外の交渉は、悪魔の角煮と共に
静かなる殺意が充満する、深夜のバー『Abyss』。
ゼラー伯爵の目の前には、琥珀色に輝く『黄金スープ』が置かれていた。鶏ガラを極限まで煮詰め、高級トリュフを散らした至高の一品だ。
伯爵は、一瞬の殺気に怯えながらも、目の前のスープから立ち上る芳醇な香りに抗えない。
「……フン、弁護士のお前の奢りか。無駄な抵抗を」
「あら、これは龍魔呂さんからの『おもてなし』ですわ」
リベラは契約書を広げ、優雅に微笑んだ。彼女の隣に立つ龍魔呂さんは、何も言わず、ただ磨き上げた包丁を静かに布で拭いている。その所作一つ一つが、伯爵の神経を逆撫でする刃物のように感じられた。
「ゼラー伯爵。貴方は、第二王子の裏取引の全貌を知っています。横領の記録も、証拠も、全て貴方の手の中にあった。そして、王子は今、貴方を『トカゲのしっぽ』として切り捨てようとしています」
リベラは淡々と告げる。
「貴方がこのまま法廷で偽証すれば、罪はすべて貴方に被せられ、一族は断罪。そして、王子に逆らった貴方には、獄中で『事故死』が待っていますわ」
「ば、馬鹿な! 私は王子の腹心だぞ!」
伯爵は顔色を変えた。その時、龍魔呂さんが無言で、彼のグラスに琥珀色の液体を注いだ。ルミナス帝国でも滅多にお目にかかれない、極上のドワーフ産ウイスキーだ。
「……飲め。舌が震えているぞ」
低いバリトンボイスに、伯爵は逆らうことができず、震える手でグラスを掴んだ。
ウイスキーが喉を焼く。
「私が用意した契約書は、貴方の『命と財産の保証』です」
リベラは契約書の内容を指し示した。
王子への証言と引き換えに、ゼラー伯爵は罪を免除され、サクラダ商会が用意した『新たな身分と永遠の隠居場所』を与えられる。それは、王国の誰も手出しできない、強大な商会の裏ルートだ。
「王子に命を捧げるか。それとも、この契約書で、世界最高の安寧と、一生遊んで暮らせる裏金を手に入れるか。貴方が選ぶのですわ」
伯爵の天秤は、激しく揺れ動いた。王子の報復の恐怖と、リベラが提示した甘すぎる蜜。そして、カウンターの奥で、一切表情を変えずに立つ龍魔呂の存在。
彼は知っていた。この店の主が、裏社会の掟を何よりも重んじる、生粋の『鬼神』であることを。リベラの契約書は、この鬼神の「聖域の客」という保護を受けることと同義なのだ。
伯爵がペンに手を伸ばした、その時だった。
バーの重厚な扉が、爆音を立てて内側から吹き飛んだ。
「リベラ弁護士、ゼラー伯爵。ご苦労」
扉の破片と共に入ってきたのは、黒衣の女性騎士団長だった。冷徹な美貌を持つ彼女の背後には、第二王子直属の精鋭魔導騎士が五人控えている。
「王子の命により、ゼラー伯爵を『毒殺未遂の共犯』として拘束し、弁護士の貴女には『王族への不敬罪』で逮捕状が出ました」
女性騎士団長は、抜いたレイピアの切っ先をリベラに向けた。
「法廷外の交渉は、終わりです。素直に抵抗をやめなさい。ここは法ではない、力が全ての場所だ」
「あら、私もそう思いますわ、騎士団長」
リベラは余裕の笑みを崩さない。しかし、彼女の視線は、背後の龍魔呂に向けられていた。
「ですが、貴方たちは、『最も力のある男の聖域(キッチン)』を、台無しにしましたわね」
次の瞬間、龍魔呂さんの動きは、最早人間のそれを超えていた。
彼は一言も発しない。ただ、顔に宿る表情だけが、極限まで冷酷に歪んだ。
「……俺の店を汚したな」
龍魔呂は、その場で布を拭いていた包丁を、音速で手放した。包丁は天井のランプに直撃し、店内は一瞬で闇に包まれる。
女性騎士団長は反射的に魔導防御を展開したが、彼が放ったのは物理的な攻撃ではなかった。
「う、動けない……!?」
店内の空気そのものが、龍魔呂の凄まじい闘気によって、極限まで重く、濃密に圧縮されたのだ。呼吸ができないほどの重圧に、五人の魔導騎士は鎧ごとカウンター席に叩きつけられ、意識を失う。
女性騎士団長だけは、辛うじて踏みとどまったが、汗だくで身体が硬直していた。
龍魔呂は、ゆっくりとカウンターを回り込み、団長の前に立つ。身長差は二十センチ以上。その全身から放たれる「死のオーラ」は、あらゆる生命の根源を恐怖させた。
「客の食事を邪魔し、安寧の場を汚し、俺の店の扉を壊す……二度と来るな」
彼は、女性騎士団長の頬に、たった一本の指をデコピンのように優しく触れた。
その瞬間、団長の魔導防御は音もなく消滅し、彼女の全身から力が抜けて、その場に崩れ落ちた。
静寂。
龍魔呂は、何事もなかったかのようにカウンターに戻り、カウンターに落ちていた契約書を拾い上げた。
「……どうする。サインするか、ゼラー伯爵」
ゼラー伯爵は、目の前で起きた超常的な光景に、もはや抵抗の意識を完全に失っていた。リベラの「保護」の意味を、この身をもって理解したのだ。
「さ、サインします! 私が全てを証言しましょう! 私の命と、財産を……どうか、どうかお守りください!」
伯爵は震える手でペンを走らせ、契約書に血判を押した。
「ありがとうございます、ゼラー伯爵。……これで、貴方の安泰は、この店の主が保証しましたわ」
リベラは勝利を確信した笑みを浮かべ、龍魔呂を振り返る。
「龍魔呂さん。ありがとうございます。お礼に、最高のデザートをお願いしても?」
「……分かっている」
彼は小さく頷くと、キッチンから林檎とシナモンを取り出し、黙々と作業を始めた。
無敵の弁護士(私)と、裏社会最強の鬼神店主(天然ジゴロ)。二人の共犯関係は、夜の闇の中で、強固に結ばれた。
静かなる殺意が充満する、深夜のバー『Abyss』。
ゼラー伯爵の目の前には、琥珀色に輝く『黄金スープ』が置かれていた。鶏ガラを極限まで煮詰め、高級トリュフを散らした至高の一品だ。
伯爵は、一瞬の殺気に怯えながらも、目の前のスープから立ち上る芳醇な香りに抗えない。
「……フン、弁護士のお前の奢りか。無駄な抵抗を」
「あら、これは龍魔呂さんからの『おもてなし』ですわ」
リベラは契約書を広げ、優雅に微笑んだ。彼女の隣に立つ龍魔呂さんは、何も言わず、ただ磨き上げた包丁を静かに布で拭いている。その所作一つ一つが、伯爵の神経を逆撫でする刃物のように感じられた。
「ゼラー伯爵。貴方は、第二王子の裏取引の全貌を知っています。横領の記録も、証拠も、全て貴方の手の中にあった。そして、王子は今、貴方を『トカゲのしっぽ』として切り捨てようとしています」
リベラは淡々と告げる。
「貴方がこのまま法廷で偽証すれば、罪はすべて貴方に被せられ、一族は断罪。そして、王子に逆らった貴方には、獄中で『事故死』が待っていますわ」
「ば、馬鹿な! 私は王子の腹心だぞ!」
伯爵は顔色を変えた。その時、龍魔呂さんが無言で、彼のグラスに琥珀色の液体を注いだ。ルミナス帝国でも滅多にお目にかかれない、極上のドワーフ産ウイスキーだ。
「……飲め。舌が震えているぞ」
低いバリトンボイスに、伯爵は逆らうことができず、震える手でグラスを掴んだ。
ウイスキーが喉を焼く。
「私が用意した契約書は、貴方の『命と財産の保証』です」
リベラは契約書の内容を指し示した。
王子への証言と引き換えに、ゼラー伯爵は罪を免除され、サクラダ商会が用意した『新たな身分と永遠の隠居場所』を与えられる。それは、王国の誰も手出しできない、強大な商会の裏ルートだ。
「王子に命を捧げるか。それとも、この契約書で、世界最高の安寧と、一生遊んで暮らせる裏金を手に入れるか。貴方が選ぶのですわ」
伯爵の天秤は、激しく揺れ動いた。王子の報復の恐怖と、リベラが提示した甘すぎる蜜。そして、カウンターの奥で、一切表情を変えずに立つ龍魔呂の存在。
彼は知っていた。この店の主が、裏社会の掟を何よりも重んじる、生粋の『鬼神』であることを。リベラの契約書は、この鬼神の「聖域の客」という保護を受けることと同義なのだ。
伯爵がペンに手を伸ばした、その時だった。
バーの重厚な扉が、爆音を立てて内側から吹き飛んだ。
「リベラ弁護士、ゼラー伯爵。ご苦労」
扉の破片と共に入ってきたのは、黒衣の女性騎士団長だった。冷徹な美貌を持つ彼女の背後には、第二王子直属の精鋭魔導騎士が五人控えている。
「王子の命により、ゼラー伯爵を『毒殺未遂の共犯』として拘束し、弁護士の貴女には『王族への不敬罪』で逮捕状が出ました」
女性騎士団長は、抜いたレイピアの切っ先をリベラに向けた。
「法廷外の交渉は、終わりです。素直に抵抗をやめなさい。ここは法ではない、力が全ての場所だ」
「あら、私もそう思いますわ、騎士団長」
リベラは余裕の笑みを崩さない。しかし、彼女の視線は、背後の龍魔呂に向けられていた。
「ですが、貴方たちは、『最も力のある男の聖域(キッチン)』を、台無しにしましたわね」
次の瞬間、龍魔呂さんの動きは、最早人間のそれを超えていた。
彼は一言も発しない。ただ、顔に宿る表情だけが、極限まで冷酷に歪んだ。
「……俺の店を汚したな」
龍魔呂は、その場で布を拭いていた包丁を、音速で手放した。包丁は天井のランプに直撃し、店内は一瞬で闇に包まれる。
女性騎士団長は反射的に魔導防御を展開したが、彼が放ったのは物理的な攻撃ではなかった。
「う、動けない……!?」
店内の空気そのものが、龍魔呂の凄まじい闘気によって、極限まで重く、濃密に圧縮されたのだ。呼吸ができないほどの重圧に、五人の魔導騎士は鎧ごとカウンター席に叩きつけられ、意識を失う。
女性騎士団長だけは、辛うじて踏みとどまったが、汗だくで身体が硬直していた。
龍魔呂は、ゆっくりとカウンターを回り込み、団長の前に立つ。身長差は二十センチ以上。その全身から放たれる「死のオーラ」は、あらゆる生命の根源を恐怖させた。
「客の食事を邪魔し、安寧の場を汚し、俺の店の扉を壊す……二度と来るな」
彼は、女性騎士団長の頬に、たった一本の指をデコピンのように優しく触れた。
その瞬間、団長の魔導防御は音もなく消滅し、彼女の全身から力が抜けて、その場に崩れ落ちた。
静寂。
龍魔呂は、何事もなかったかのようにカウンターに戻り、カウンターに落ちていた契約書を拾い上げた。
「……どうする。サインするか、ゼラー伯爵」
ゼラー伯爵は、目の前で起きた超常的な光景に、もはや抵抗の意識を完全に失っていた。リベラの「保護」の意味を、この身をもって理解したのだ。
「さ、サインします! 私が全てを証言しましょう! 私の命と、財産を……どうか、どうかお守りください!」
伯爵は震える手でペンを走らせ、契約書に血判を押した。
「ありがとうございます、ゼラー伯爵。……これで、貴方の安泰は、この店の主が保証しましたわ」
リベラは勝利を確信した笑みを浮かべ、龍魔呂を振り返る。
「龍魔呂さん。ありがとうございます。お礼に、最高のデザートをお願いしても?」
「……分かっている」
彼は小さく頷くと、キッチンから林檎とシナモンを取り出し、黙々と作業を始めた。
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