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EP 7
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死を呼ぶ四番(DEATH4) ~王子の夜、鬼神の夜~
王都の北、森の奥深くに佇む王家の離宮。
そこは今、異様な緊張感と、それを上回る「奢り」に支配されていた。
「ふざけるな、ふざけるな! あのアマ、絶対に許さん……!」
豪華な執務室で、第二王子エドワードは高級なワイングラスを壁に投げつけた。
赤い液体が壁を汚す。
「すぐに『闇のギルド』に連絡しろ! 今夜中にあの弁護士と、裏切ったゼラーを殺せ! 事故に見せかける必要はない、見せしめにしてやる!」
エドワードは側近たちに怒鳴り散らす。
法廷での恥辱は、彼のプライドをズタズタに引き裂いていた。
だが、彼にはまだ余裕があった。この離宮は、王家最強の結界魔導具で守られ、周囲には金で雇ったSランク冒険者や近衛騎士、計五十名が警護を固めているからだ。
「ここなら、どんな暗殺者も入れない。私は安全な場所から、あいつらが絶望して死ぬのを見物してやるんだ……ハハ、ハハハ!」
王子の高笑いが響く。
――その時だった。
ドォォォォォォォォン!!
雷が落ちたような轟音と共に、離宮の正門が「内側に向かって」吹き飛んだ。
爆発ではない。何かが、凄まじい運動エネルギーで突き破ったのだ。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「報告! 正門の警備隊が……ぜ、全滅しました!」
「馬鹿な! 十人はいたはずだぞ!?」
魔導通信機から、悲鳴に近い報告が入る。
『ひっ、あ、悪魔だ……! 剣が通じない! 魔法が消され……ギャアアアア!!』
『助けてくれ! 足が、俺の足があああ!』
通信が途絶える。
静寂。そして、ズシン、ズシンという、重い足音が廊下から響いてきた。
エドワードは震える手で杖を握りしめた。
廊下の角から、赤黒い霧のようなものが溢れ出してくる。
それは魔力ではない。生物としての本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らす、濃密な殺意(闘気)だ。
その霧の中から、一人の男が現れた。
返り血一つ浴びていない、黒と赤の出で立ち。
鬼神 龍魔呂。
「き、貴様は何だ! 金か!? 金ならやる! この国の王子である私に――」
エドワードの言葉は、龍魔呂の一瞥だけで凍りついた。
その瞳には、感情がない。ただ、ゴミを見るような無機質な光があるだけだ。
「……うるさい」
龍魔呂が、親指で中指を弾く構えをとる。
エドワードの前に立ち塞がった近衛騎士隊長が、魔剣を抜いて叫んだ。
「殿下をお守りしろ! 全員で掛かれぇぇ!!」
騎士たちが殺到する。
だが、龍魔呂にとっては、それはスローモーションですらなかった。
パチン。
乾いた指弾の音が一つ。
それだけで、騎士隊長の魔剣が粉々に砕け散り、その衝撃波で背後の三人が壁まで吹き飛んで気絶した。
「な……ッ!?」
龍魔呂は歩みを止めない。
襲いかかる剣を、最小限の動きで躱し、あるいは素手で受け止めてへし折る。
拳を一閃すれば、鎧の上から衝撃を通し、内臓を揺さぶって無力化する。
殺してはいない。だが、全員が二度と剣を握れないほどの恐怖と激痛を刻み込まれて沈んでいく。
一分も経たずに、執務室にはエドワードと龍魔呂の二人だけが残された。
「ひッ、あ、あぁ……」
エドワードは腰を抜かし、後ずさる。
龍魔呂が近づく。その圧力だけで、エドワードは失禁した。
「ま、待て……私は次期国王だぞ……法律で守られて……」
龍魔呂は、エドワードの目の前で足を止めた。
そして、ポケットから角砂糖を一つ取り出し、ガリリと噛み砕く。
「法律?」
低く、地獄の底から響くような声。
「俺は弁護士じゃない。……ただの、ゴミ処理屋だ」
龍魔呂の手が伸び、エドワードの顔面を鷲掴みにした。
片手で軽々と持ち上げる。
「がっ、ぁが……ッ!!」
「お前のせいで、常連客(リベラ)が暗い顔をしていた。せっかくのプリンの味が落ちる」
龍魔呂にとって、それが最大の罪だった。
弟を殺された過去。理不尽な暴力で踏みにじられる弱者。
目の前の男は、かつて自分たち兄弟を地獄に落とした「飼い主」と同じ目をしている。
「死んで楽になれると思うなよ」
龍魔呂の指輪から、赤黒い闘気がエドワードの脳内に直接流し込まれる。
それは、「無限の死の追体験」。
龍魔呂が地下闘技場で味わってきた数千の死闘、その殺意と恐怖の奔流が、温室育ちの王子の精神を蹂躙した。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
声にならない絶叫が離宮に木霊する。
肉体的な傷は一つもない。
だが、エドワードの瞳から知性の光が消え、ただただ恐怖に怯えるだけの虚ろな穴になった。
龍魔呂は、泡を吹いて気絶した王子を、ゴミのように床に放り捨てた。
「……終わりだ」
彼は懐から出した布で手を拭うと、振り返ることなく闇へと消えた。
翌日、ルミナス帝国に衝撃が走る。
第二王子エドワードが「謎の急病」により、王位継承権を放棄し、療養施設へ送られたというニュースだった。彼は誰の顔を見ても「黒い服……黒い服が来る……!」と怯えるだけの廃人になっていたという。
◇ ◇ ◇
深夜の小料理屋『鬼灯』。
リベラは、二つ目のプリンを食べ終え、とろとろになった表情でお茶を啜っていた。
カラン、と引き戸が開く。
「いらっしゃい」
「あ、おかえりなさい龍魔呂さん。……ゴミ出し、終わりました?」
戻ってきた龍魔呂さんは、いつもの深紅のエプロン姿に着替え、何食わぬ顔で厨房に立った。
「ああ。……分別(ケジメ)はつけてきた」
それ以上、彼は何も語らない。
けれど、リベラには分かった。もう二度と、あの王子が自分たちを脅かすことはないのだと。
「そうですか。……ふふ、龍魔呂さんの淹れてくれるお茶は、世界一安心する味がしますわ」
「……砂糖、もう一個入れるか?」
ぶっきらぼうな優しさに、リベラは今日一番の笑顔で頷いた。
「はい! お願いします!」
最強の鬼神に守られながら、悪徳弁護士の夜は更けていく。
だが、この平和な店に、間もなく**「彼の最大の弱点」**が訪れることを、二人はまだ知らない。
王都の北、森の奥深くに佇む王家の離宮。
そこは今、異様な緊張感と、それを上回る「奢り」に支配されていた。
「ふざけるな、ふざけるな! あのアマ、絶対に許さん……!」
豪華な執務室で、第二王子エドワードは高級なワイングラスを壁に投げつけた。
赤い液体が壁を汚す。
「すぐに『闇のギルド』に連絡しろ! 今夜中にあの弁護士と、裏切ったゼラーを殺せ! 事故に見せかける必要はない、見せしめにしてやる!」
エドワードは側近たちに怒鳴り散らす。
法廷での恥辱は、彼のプライドをズタズタに引き裂いていた。
だが、彼にはまだ余裕があった。この離宮は、王家最強の結界魔導具で守られ、周囲には金で雇ったSランク冒険者や近衛騎士、計五十名が警護を固めているからだ。
「ここなら、どんな暗殺者も入れない。私は安全な場所から、あいつらが絶望して死ぬのを見物してやるんだ……ハハ、ハハハ!」
王子の高笑いが響く。
――その時だった。
ドォォォォォォォォン!!
雷が落ちたような轟音と共に、離宮の正門が「内側に向かって」吹き飛んだ。
爆発ではない。何かが、凄まじい運動エネルギーで突き破ったのだ。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「報告! 正門の警備隊が……ぜ、全滅しました!」
「馬鹿な! 十人はいたはずだぞ!?」
魔導通信機から、悲鳴に近い報告が入る。
『ひっ、あ、悪魔だ……! 剣が通じない! 魔法が消され……ギャアアアア!!』
『助けてくれ! 足が、俺の足があああ!』
通信が途絶える。
静寂。そして、ズシン、ズシンという、重い足音が廊下から響いてきた。
エドワードは震える手で杖を握りしめた。
廊下の角から、赤黒い霧のようなものが溢れ出してくる。
それは魔力ではない。生物としての本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らす、濃密な殺意(闘気)だ。
その霧の中から、一人の男が現れた。
返り血一つ浴びていない、黒と赤の出で立ち。
鬼神 龍魔呂。
「き、貴様は何だ! 金か!? 金ならやる! この国の王子である私に――」
エドワードの言葉は、龍魔呂の一瞥だけで凍りついた。
その瞳には、感情がない。ただ、ゴミを見るような無機質な光があるだけだ。
「……うるさい」
龍魔呂が、親指で中指を弾く構えをとる。
エドワードの前に立ち塞がった近衛騎士隊長が、魔剣を抜いて叫んだ。
「殿下をお守りしろ! 全員で掛かれぇぇ!!」
騎士たちが殺到する。
だが、龍魔呂にとっては、それはスローモーションですらなかった。
パチン。
乾いた指弾の音が一つ。
それだけで、騎士隊長の魔剣が粉々に砕け散り、その衝撃波で背後の三人が壁まで吹き飛んで気絶した。
「な……ッ!?」
龍魔呂は歩みを止めない。
襲いかかる剣を、最小限の動きで躱し、あるいは素手で受け止めてへし折る。
拳を一閃すれば、鎧の上から衝撃を通し、内臓を揺さぶって無力化する。
殺してはいない。だが、全員が二度と剣を握れないほどの恐怖と激痛を刻み込まれて沈んでいく。
一分も経たずに、執務室にはエドワードと龍魔呂の二人だけが残された。
「ひッ、あ、あぁ……」
エドワードは腰を抜かし、後ずさる。
龍魔呂が近づく。その圧力だけで、エドワードは失禁した。
「ま、待て……私は次期国王だぞ……法律で守られて……」
龍魔呂は、エドワードの目の前で足を止めた。
そして、ポケットから角砂糖を一つ取り出し、ガリリと噛み砕く。
「法律?」
低く、地獄の底から響くような声。
「俺は弁護士じゃない。……ただの、ゴミ処理屋だ」
龍魔呂の手が伸び、エドワードの顔面を鷲掴みにした。
片手で軽々と持ち上げる。
「がっ、ぁが……ッ!!」
「お前のせいで、常連客(リベラ)が暗い顔をしていた。せっかくのプリンの味が落ちる」
龍魔呂にとって、それが最大の罪だった。
弟を殺された過去。理不尽な暴力で踏みにじられる弱者。
目の前の男は、かつて自分たち兄弟を地獄に落とした「飼い主」と同じ目をしている。
「死んで楽になれると思うなよ」
龍魔呂の指輪から、赤黒い闘気がエドワードの脳内に直接流し込まれる。
それは、「無限の死の追体験」。
龍魔呂が地下闘技場で味わってきた数千の死闘、その殺意と恐怖の奔流が、温室育ちの王子の精神を蹂躙した。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
声にならない絶叫が離宮に木霊する。
肉体的な傷は一つもない。
だが、エドワードの瞳から知性の光が消え、ただただ恐怖に怯えるだけの虚ろな穴になった。
龍魔呂は、泡を吹いて気絶した王子を、ゴミのように床に放り捨てた。
「……終わりだ」
彼は懐から出した布で手を拭うと、振り返ることなく闇へと消えた。
翌日、ルミナス帝国に衝撃が走る。
第二王子エドワードが「謎の急病」により、王位継承権を放棄し、療養施設へ送られたというニュースだった。彼は誰の顔を見ても「黒い服……黒い服が来る……!」と怯えるだけの廃人になっていたという。
◇ ◇ ◇
深夜の小料理屋『鬼灯』。
リベラは、二つ目のプリンを食べ終え、とろとろになった表情でお茶を啜っていた。
カラン、と引き戸が開く。
「いらっしゃい」
「あ、おかえりなさい龍魔呂さん。……ゴミ出し、終わりました?」
戻ってきた龍魔呂さんは、いつもの深紅のエプロン姿に着替え、何食わぬ顔で厨房に立った。
「ああ。……分別(ケジメ)はつけてきた」
それ以上、彼は何も語らない。
けれど、リベラには分かった。もう二度と、あの王子が自分たちを脅かすことはないのだと。
「そうですか。……ふふ、龍魔呂さんの淹れてくれるお茶は、世界一安心する味がしますわ」
「……砂糖、もう一個入れるか?」
ぶっきらぼうな優しさに、リベラは今日一番の笑顔で頷いた。
「はい! お願いします!」
最強の鬼神に守られながら、悪徳弁護士の夜は更けていく。
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