悪役令嬢を救ったグレーな弁護士ですが、裏社会最強の鬼神店主に「俺の客だ」と胃袋ごと囲われました。天然ジゴロの溺愛角煮は法廷より甘すぎる

月神世一

文字の大きさ
7 / 25

EP 7

しおりを挟む
死を呼ぶ四番(DEATH4) ~王子の夜、鬼神の夜~
 王都の北、森の奥深くに佇む王家の離宮。
 そこは今、異様な緊張感と、それを上回る「奢り」に支配されていた。
「ふざけるな、ふざけるな! あのアマ、絶対に許さん……!」
 豪華な執務室で、第二王子エドワードは高級なワイングラスを壁に投げつけた。
 赤い液体が壁を汚す。
「すぐに『闇のギルド』に連絡しろ! 今夜中にあの弁護士と、裏切ったゼラーを殺せ! 事故に見せかける必要はない、見せしめにしてやる!」
 エドワードは側近たちに怒鳴り散らす。
 法廷での恥辱は、彼のプライドをズタズタに引き裂いていた。
 だが、彼にはまだ余裕があった。この離宮は、王家最強の結界魔導具で守られ、周囲には金で雇ったSランク冒険者や近衛騎士、計五十名が警護を固めているからだ。
「ここなら、どんな暗殺者も入れない。私は安全な場所から、あいつらが絶望して死ぬのを見物してやるんだ……ハハ、ハハハ!」
 王子の高笑いが響く。
 ――その時だった。
 ドォォォォォォォォン!!
 雷が落ちたような轟音と共に、離宮の正門が「内側に向かって」吹き飛んだ。
 爆発ではない。何かが、凄まじい運動エネルギーで突き破ったのだ。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「報告! 正門の警備隊が……ぜ、全滅しました!」
「馬鹿な! 十人はいたはずだぞ!?」
 魔導通信機から、悲鳴に近い報告が入る。
『ひっ、あ、悪魔だ……! 剣が通じない! 魔法が消され……ギャアアアア!!』
『助けてくれ! 足が、俺の足があああ!』
 通信が途絶える。
 静寂。そして、ズシン、ズシンという、重い足音が廊下から響いてきた。
 エドワードは震える手で杖を握りしめた。
 廊下の角から、赤黒い霧のようなものが溢れ出してくる。
 それは魔力ではない。生物としての本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らす、濃密な殺意(闘気)だ。
 その霧の中から、一人の男が現れた。
 返り血一つ浴びていない、黒と赤の出で立ち。
 鬼神 龍魔呂。
「き、貴様は何だ! 金か!? 金ならやる! この国の王子である私に――」
 エドワードの言葉は、龍魔呂の一瞥だけで凍りついた。
 その瞳には、感情がない。ただ、ゴミを見るような無機質な光があるだけだ。
「……うるさい」
 龍魔呂が、親指で中指を弾く構えをとる。
 エドワードの前に立ち塞がった近衛騎士隊長が、魔剣を抜いて叫んだ。
「殿下をお守りしろ! 全員で掛かれぇぇ!!」
 騎士たちが殺到する。
 だが、龍魔呂にとっては、それはスローモーションですらなかった。
 パチン。
 乾いた指弾の音が一つ。
 それだけで、騎士隊長の魔剣が粉々に砕け散り、その衝撃波で背後の三人が壁まで吹き飛んで気絶した。
「な……ッ!?」
 龍魔呂は歩みを止めない。
 襲いかかる剣を、最小限の動きで躱し、あるいは素手で受け止めてへし折る。
 拳を一閃すれば、鎧の上から衝撃を通し、内臓を揺さぶって無力化する。
 殺してはいない。だが、全員が二度と剣を握れないほどの恐怖と激痛を刻み込まれて沈んでいく。
 一分も経たずに、執務室にはエドワードと龍魔呂の二人だけが残された。
「ひッ、あ、あぁ……」
 エドワードは腰を抜かし、後ずさる。
 龍魔呂が近づく。その圧力だけで、エドワードは失禁した。
「ま、待て……私は次期国王だぞ……法律で守られて……」
 龍魔呂は、エドワードの目の前で足を止めた。
 そして、ポケットから角砂糖を一つ取り出し、ガリリと噛み砕く。
「法律?」
 低く、地獄の底から響くような声。
「俺は弁護士じゃない。……ただの、ゴミ処理屋だ」
 龍魔呂の手が伸び、エドワードの顔面を鷲掴みにした。
 片手で軽々と持ち上げる。
「がっ、ぁが……ッ!!」
「お前のせいで、常連客(リベラ)が暗い顔をしていた。せっかくのプリンの味が落ちる」
 龍魔呂にとって、それが最大の罪だった。
 弟を殺された過去。理不尽な暴力で踏みにじられる弱者。
 目の前の男は、かつて自分たち兄弟を地獄に落とした「飼い主」と同じ目をしている。
「死んで楽になれると思うなよ」
 龍魔呂の指輪から、赤黒い闘気がエドワードの脳内に直接流し込まれる。
 それは、「無限の死の追体験」。
 龍魔呂が地下闘技場で味わってきた数千の死闘、その殺意と恐怖の奔流が、温室育ちの王子の精神を蹂躙した。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
 声にならない絶叫が離宮に木霊する。
 肉体的な傷は一つもない。
 だが、エドワードの瞳から知性の光が消え、ただただ恐怖に怯えるだけの虚ろな穴になった。
 龍魔呂は、泡を吹いて気絶した王子を、ゴミのように床に放り捨てた。
「……終わりだ」
 彼は懐から出した布で手を拭うと、振り返ることなく闇へと消えた。
 翌日、ルミナス帝国に衝撃が走る。
 第二王子エドワードが「謎の急病」により、王位継承権を放棄し、療養施設へ送られたというニュースだった。彼は誰の顔を見ても「黒い服……黒い服が来る……!」と怯えるだけの廃人になっていたという。
 ◇ ◇ ◇
 深夜の小料理屋『鬼灯』。
 リベラは、二つ目のプリンを食べ終え、とろとろになった表情でお茶を啜っていた。
 カラン、と引き戸が開く。
「いらっしゃい」
「あ、おかえりなさい龍魔呂さん。……ゴミ出し、終わりました?」
 戻ってきた龍魔呂さんは、いつもの深紅のエプロン姿に着替え、何食わぬ顔で厨房に立った。
「ああ。……分別(ケジメ)はつけてきた」
 それ以上、彼は何も語らない。
 けれど、リベラには分かった。もう二度と、あの王子が自分たちを脅かすことはないのだと。
「そうですか。……ふふ、龍魔呂さんの淹れてくれるお茶は、世界一安心する味がしますわ」
「……砂糖、もう一個入れるか?」
 ぶっきらぼうな優しさに、リベラは今日一番の笑顔で頷いた。
「はい! お願いします!」
 最強の鬼神に守られながら、悪徳弁護士の夜は更けていく。
 だが、この平和な店に、間もなく**「彼の最大の弱点」**が訪れることを、二人はまだ知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

【完結】貴族の愛人に出ていけと寒空にだされたけど、懐は温かいよ。

BBやっこ
恋愛
貴族の家で下働きをしていたアタシは、貧乏な平民。別にさ、おまんま食べれる給金を得られてるんだ。 寒い日は身体に堪えるけど、まああまあ良い職場関係だったんだよ。 あの女が愛人におさまる前まで、ね。 以前は奥さまがこの家に居られてたけど、療養でご実家にお戻りになって。 旦那さまが愛人を家に入れたら、職場の人間達があげつってドロドロよお。 そんなの勘弁だったけど。とうとうアタシが邪魔になったようで。

「きみを愛することはない」祭りが開催されました~祭りのあと1

吉田ルネ
恋愛
「きみを愛することはない」祭りが開催されました のその後。 イアンのバカはどうなったのか。 愛人はどうなったのか。 ちょっとだけざまあがあります。

「小賢しい」と離婚された私。国王に娶られ国を救う。

百谷シカ
恋愛
「貴様のような小賢しい女は出て行け!!」 バッケル伯爵リシャルト・ファン・デル・ヘーストは私を叩き出した。 妻である私を。 「あっそう! でも空気税なんて取るべきじゃないわ!!」 そんな事をしたら、領民が死んでしまう。 夫の悪政をなんとかしようと口を出すのが小賢しいなら、小賢しくて結構。 実家のフェルフーフェン伯爵家で英気を養った私は、すぐ宮廷に向かった。 国王陛下に謁見を申し込み、元夫の悪政を訴えるために。 すると…… 「ああ、エーディット! 一目見た時からずっとあなたを愛していた!」 「は、はい?」 「ついに独身に戻ったのだね。ぜひ、僕の妻になってください!!」 そう。 童顔のコルネリウス1世陛下に、求婚されたのだ。 国王陛下は私に夢中。 私は元夫への復讐と、バッケル伯領に暮らす人たちの救済を始めた。 そしてちょっとした一言が、いずれ国を救う事になる…… ======================================== (他「エブリスタ」様に投稿)

だってお顔がとてもよろしいので

喜楽直人
恋愛
領地に銀山が発見されたことで叙爵されたラートン男爵家に、ハーバー伯爵家から強引な婿入りの話がきたのは爵位を得てすぐ、半年ほど前のことだった。 しかし、その婚約は次男であったユリウスには不本意なものであったようで、婚約者であるセリーンをまったく顧みることはなかった。 ついには、他の令嬢との間に子供ができたとセリーンは告げられてしまう。 それでもついセリーンは思ってしまうのだ。 「あぁ、私の婚約者は、どんな下種顔をしていてもお顔がいい」と。

処理中です...