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EP 9
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天然ジゴロの必殺技 ~獣王来訪! 恋のトライアングルは肉の味がする~
トラウマ事件を乗り越え、龍魔呂さんとの距離が少し(本人たちは無自覚だが)縮まったある日のこと。
私の事務所の窓が、ガシャーン!! と派手に粉砕された。
「な、何事ですの!?」
「よぉリベラ! 元気してたか!」
三階にある窓から飛び込んできたのは、筋骨隆々の大男だった。
燃えるようなたてがみ(髪)に、ライオンの耳と尻尾。野性味あふれる笑顔。
ガルーダ獣人国を統べる王、獣王レオ(本名:獅子田 玲央)だ。
「……レオ。玄関から入りなさいと何度言えば分かりますの? 修理費、ガルーダ国に請求しますからね」
「細かいこたぁ気にするな! 久しぶりだな同郷のよしみ! 会いたかったぜ!」
レオはガハハと笑い、私の背中をバシンと叩く。痛い。この男、人間形態でもトラックを止められる馬鹿力の持ち主だ。
彼は日本からの転生者で、私の数少ない友人でもある。
「で、今日は何の用です? まさか、また他国の将軍をうっかり半殺しにして国際問題になったとか?」
「失礼な! 今日は真面目な依頼だ。……俺の国に『法律』を作ってくれ」
レオの表情が真剣になる。
獣人国は「力が全て」の国だが、それゆえに内乱や他国との摩擦が絶えない。彼はそれを「法」で統治したいと言うのだ。
「なるほど、国家事業(ビッグプロジェクト)ですわね。……話は長くなりそうですし、場所を変えましょうか」
「おう! 腹減ったし飯にしようぜ! 王都にすげぇいい匂いがする店があるんだよ!」
レオの鼻は警察犬以上だ。彼がヨダレを垂らして指差した方向は、まさしく私の聖域――小料理屋『鬼灯』の方角だった。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃい」
昼下がりの『鬼灯』。
私たちが暖簾を潜ると、龍魔呂さんはいつもの定位置にいた。
だが、私の隣にいるレオを見た瞬間、店内の気温が氷点下まで下がった。
「……リベラ。そいつは?」
「あ、紹介しますわ。私の友人で、獣人国の王様レオです」
「おう! 噂の店主か! 随分と強そうなツラ構えじゃねぇか!」
レオは遠慮なくカウンターに座り、私の肩に馴れ馴れしく腕を回した。
その瞬間。
パキィン。
龍魔呂さんの手の中で、ステンレス製のレードル(お玉)がひしゃげた。
「……注文は」
「肉だ肉! ここにある一番美味い肉を山盛りでくれ! リベラちゃんも食うだろ?」
「ええ、私はいつもの日替わり定食で」
龍魔呂さんは、無言でレオを睨みつけたまま、厨房に戻った。
背中から立ち上るオーラが、赤黒く渦巻いている。……怒ってる? なぜ?
数分後。
私の前には、彩り豊かな「松花堂弁当」が優雅に置かれた。
そしてレオの前には――
ドンッ!!
山のような「骨付きマンモス肉のステーキ(激辛ソース添え)」が叩き置かれた。
「……食え。野生動物には、これがお似合いだ」
「おおっ! 挑発的な盛り付けじゃねぇか! いただきまァす!!」
レオは豪快にかぶりつく。龍魔呂さんの料理は、どんなに荒っぽいメニューでも味は繊細で完璧だ。レオの瞳孔が開く。
「美味ぇッ!! なんだこれ、魔獣の肉なのに臭みがねぇ! スパイスの配合が神懸かってやがる!」
レオはあっという間に完食し、満足げに私の頭をガシガシと撫でた。
「いやー最高だわ! リベラ、お前いい店知ってんな! 今度からデートはここにするか!」
「デ、デートじゃありませんわよ」
私が髪を直そうとした、その時だ。
ぬっ、とカウンター越しに龍魔呂さんの手が伸びてきた。
彼はレオの手をパシッと払い除け、反対の手で、私の口元に付いていた弁当のソースを、親指で優しく拭い取った。
「……!」
「……あ」
至近距離。龍魔呂さんの整った顔が目の前にある。
彼は私をじっと見つめ、低い声で囁いた。
「……他の男に、頭を触らせるな」
「え……?」
「お前の髪が、乱れる」
ドキン。
店内の女性客(と私)の心臓が跳ねる音が重なった。
な、何ですか今の! 天然ですか!? 計算ですか!?
私が真っ赤になってフリーズしていると、龍魔呂さんは「デザートだ」と言って、私の前にだけ特製の「苺のババロア」を置いた。レオには水だけだ。
それを見ていたレオが、ニヤリと口角を上げた。
野生の勘が鋭い彼は、一瞬で状況を理解したらしい。
「へぇ……。なるほどな」
レオは立ち上がり、龍魔呂さんに向かって不敵に笑いかけた。
「おい店主。飯は美味かったが、サービスには偏りがあるみたいだな?」
「……ウチは常連優遇だ。一見の野良猫に構う暇はない」
「野良猫だと? 俺は百獣の王だぞ。……ま、いいさ」
レオは私の肩をもう一度叩こうとして――龍魔呂さんの眼光に射抜かれて手を止めた。
「リベラは俺が国に連れて帰るつもりだったが……こりゃあ、簡単にはいかなそうだな」
「連れて帰る……?」
龍魔呂さんの眉がピクリと動く。
二人の間に、目に見えない火花が散った。
最強の鬼神と、最強の獣王。
店内の空気がミシミシと軋む。
「あ、あの! お二人とも!?」
私が慌てて止めに入ろうとすると、龍魔呂さんはふいっと顔を背け、私にだけ聞こえる声で言った。
「……行くな」
「はい?」
「遠くの国なんか、……行くな。俺の角煮が、食えなくなるぞ」
その不器用すぎる引き止め文句に、私は完敗した。
ああ、もう。この人は本当に……!
「……行きませんよ。私の事務所はここですから」
私が答えると、龍魔呂さんは少しだけ安堵したように、ボリッと角砂糖を噛み砕いた。
レオは「やれやれ、当てられちまったな」と肩をすくめている。
獣王の来訪は、私の平穏な日常に「恋のトライアングル」という新たな爆弾を投下していったのだった。
トラウマ事件を乗り越え、龍魔呂さんとの距離が少し(本人たちは無自覚だが)縮まったある日のこと。
私の事務所の窓が、ガシャーン!! と派手に粉砕された。
「な、何事ですの!?」
「よぉリベラ! 元気してたか!」
三階にある窓から飛び込んできたのは、筋骨隆々の大男だった。
燃えるようなたてがみ(髪)に、ライオンの耳と尻尾。野性味あふれる笑顔。
ガルーダ獣人国を統べる王、獣王レオ(本名:獅子田 玲央)だ。
「……レオ。玄関から入りなさいと何度言えば分かりますの? 修理費、ガルーダ国に請求しますからね」
「細かいこたぁ気にするな! 久しぶりだな同郷のよしみ! 会いたかったぜ!」
レオはガハハと笑い、私の背中をバシンと叩く。痛い。この男、人間形態でもトラックを止められる馬鹿力の持ち主だ。
彼は日本からの転生者で、私の数少ない友人でもある。
「で、今日は何の用です? まさか、また他国の将軍をうっかり半殺しにして国際問題になったとか?」
「失礼な! 今日は真面目な依頼だ。……俺の国に『法律』を作ってくれ」
レオの表情が真剣になる。
獣人国は「力が全て」の国だが、それゆえに内乱や他国との摩擦が絶えない。彼はそれを「法」で統治したいと言うのだ。
「なるほど、国家事業(ビッグプロジェクト)ですわね。……話は長くなりそうですし、場所を変えましょうか」
「おう! 腹減ったし飯にしようぜ! 王都にすげぇいい匂いがする店があるんだよ!」
レオの鼻は警察犬以上だ。彼がヨダレを垂らして指差した方向は、まさしく私の聖域――小料理屋『鬼灯』の方角だった。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃい」
昼下がりの『鬼灯』。
私たちが暖簾を潜ると、龍魔呂さんはいつもの定位置にいた。
だが、私の隣にいるレオを見た瞬間、店内の気温が氷点下まで下がった。
「……リベラ。そいつは?」
「あ、紹介しますわ。私の友人で、獣人国の王様レオです」
「おう! 噂の店主か! 随分と強そうなツラ構えじゃねぇか!」
レオは遠慮なくカウンターに座り、私の肩に馴れ馴れしく腕を回した。
その瞬間。
パキィン。
龍魔呂さんの手の中で、ステンレス製のレードル(お玉)がひしゃげた。
「……注文は」
「肉だ肉! ここにある一番美味い肉を山盛りでくれ! リベラちゃんも食うだろ?」
「ええ、私はいつもの日替わり定食で」
龍魔呂さんは、無言でレオを睨みつけたまま、厨房に戻った。
背中から立ち上るオーラが、赤黒く渦巻いている。……怒ってる? なぜ?
数分後。
私の前には、彩り豊かな「松花堂弁当」が優雅に置かれた。
そしてレオの前には――
ドンッ!!
山のような「骨付きマンモス肉のステーキ(激辛ソース添え)」が叩き置かれた。
「……食え。野生動物には、これがお似合いだ」
「おおっ! 挑発的な盛り付けじゃねぇか! いただきまァす!!」
レオは豪快にかぶりつく。龍魔呂さんの料理は、どんなに荒っぽいメニューでも味は繊細で完璧だ。レオの瞳孔が開く。
「美味ぇッ!! なんだこれ、魔獣の肉なのに臭みがねぇ! スパイスの配合が神懸かってやがる!」
レオはあっという間に完食し、満足げに私の頭をガシガシと撫でた。
「いやー最高だわ! リベラ、お前いい店知ってんな! 今度からデートはここにするか!」
「デ、デートじゃありませんわよ」
私が髪を直そうとした、その時だ。
ぬっ、とカウンター越しに龍魔呂さんの手が伸びてきた。
彼はレオの手をパシッと払い除け、反対の手で、私の口元に付いていた弁当のソースを、親指で優しく拭い取った。
「……!」
「……あ」
至近距離。龍魔呂さんの整った顔が目の前にある。
彼は私をじっと見つめ、低い声で囁いた。
「……他の男に、頭を触らせるな」
「え……?」
「お前の髪が、乱れる」
ドキン。
店内の女性客(と私)の心臓が跳ねる音が重なった。
な、何ですか今の! 天然ですか!? 計算ですか!?
私が真っ赤になってフリーズしていると、龍魔呂さんは「デザートだ」と言って、私の前にだけ特製の「苺のババロア」を置いた。レオには水だけだ。
それを見ていたレオが、ニヤリと口角を上げた。
野生の勘が鋭い彼は、一瞬で状況を理解したらしい。
「へぇ……。なるほどな」
レオは立ち上がり、龍魔呂さんに向かって不敵に笑いかけた。
「おい店主。飯は美味かったが、サービスには偏りがあるみたいだな?」
「……ウチは常連優遇だ。一見の野良猫に構う暇はない」
「野良猫だと? 俺は百獣の王だぞ。……ま、いいさ」
レオは私の肩をもう一度叩こうとして――龍魔呂さんの眼光に射抜かれて手を止めた。
「リベラは俺が国に連れて帰るつもりだったが……こりゃあ、簡単にはいかなそうだな」
「連れて帰る……?」
龍魔呂さんの眉がピクリと動く。
二人の間に、目に見えない火花が散った。
最強の鬼神と、最強の獣王。
店内の空気がミシミシと軋む。
「あ、あの! お二人とも!?」
私が慌てて止めに入ろうとすると、龍魔呂さんはふいっと顔を背け、私にだけ聞こえる声で言った。
「……行くな」
「はい?」
「遠くの国なんか、……行くな。俺の角煮が、食えなくなるぞ」
その不器用すぎる引き止め文句に、私は完敗した。
ああ、もう。この人は本当に……!
「……行きませんよ。私の事務所はここですから」
私が答えると、龍魔呂さんは少しだけ安堵したように、ボリッと角砂糖を噛み砕いた。
レオは「やれやれ、当てられちまったな」と肩をすくめている。
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