10 / 25
EP 10
しおりを挟む
魔王様の依頼は「世界変革」!? ~そして鬼神は、一生分の角煮を契約する~
その日、王都の空が「昼間なのに夜になった」かのように暗転した。
黒い太陽のような球体が空に浮かび、小料理屋『鬼灯』の周囲だけ、重力が異常に重くなる。
「な、なんだぁ!? 皿が持ち上がらねぇ!」
店内で山盛り唐揚げ定食を食べていた獣王レオが、自身のフォークが床にめり込んでいくのを見て叫ぶ。
私はカウンターの端で、必死に湯呑みを抑えていた。
「この魔力……規格外ですわ。重力魔法の使い手……まさか」
ガタガタと震える引き戸が、音もなく消滅した(破壊されたのではなく、空間ごと削り取られた)。
入り口に立っていたのは、漆黒のドレスを纏い、夜空のような銀髪をなびかせた美女。
魔王 ラスティア。
世界の頂点に立つ三人の支配者の一角が、場末の定食屋に降臨したのだ。
「……ここか。世界で一番、『ふざけた裁判』をする弁護士がいる店は」
ラスティア様が一歩踏み出すたびに、床板がミシミシと悲鳴を上げる。
店内の客(Sランク冒険者含む)は全員気絶するか、平伏していた。立っていられるのは、規格外のレオと――
「……俺の店で、勝手に重力を弄るな」
厨房から、不機嫌そうなバリトンボイスが響いた。
龍魔呂さんが、深紅のオーラを全身から噴き出し、魔王の重力魔法を「気合い」だけで押し返したのだ。
「ほぅ。人間風情が、私の『事象の地平線』に耐えるか。……面白い」
「帰れ。ランチタイムは終わった」
魔王と鬼神。
視線が交錯した空間に、バチバチと黒い稲妻が走る。
世界が終わりかねない一触即発の事態に、私は震える足を叱咤して、二人の間に割って入った。
「お、お待ちください! 龍魔呂さん、包丁をしまって! ラスティア様も、魔力を収めてください! ここは飲食店です!」
私が叫ぶと、ラスティア様はふと私を見て、興味深そうに目を細めた。
「貴様が桜田リベラか。……ふん、見た目はただの小娘だな」
「ええ、ただの小娘で、この店の一番の常連客ですわ」
「……いい度胸だ」
ラスティア様は指を鳴らし、重力を解除した。店内の空気が元に戻る。
彼女はカウンターの席(レオの隣)に優雅に腰掛け、足を組んだ。
「単刀直入に言おう。リベラ、貴様に依頼がある」
魔王は、とんでもないことを口にした。
「創造の女神ルチアナを訴えてほしい」
「……は?」
「罪状は『世界管理法違反』および『独占禁止法違反(私の婚期を妨害した罪)』だ」
店内が静まり返る。
ラスティア様は、ため息交じりに語り出した。
女神ルチアナが作った「人間・獣人・魔族の三竦み」のシステム。
戦争によって人口を調整し、世界を維持するこの仕組みのせいで、自分はいつまで経っても戦争に追われ、素敵な殿方と出会う暇もなく、ただただ「魔王」という役割を演じさせられている、と。
「私はもう疲れたのだ。この茶番のような戦争を終わらせ、『平和条約』という新しいルールを敷きたい。だが、あの性格の悪い女神は『規則だから』と聞く耳を持たん」
ラスティア様は、私を真っ直ぐに見据えた。
「だから、貴様のその『法』というふざけた屁理屈で、神を論破し、世界を変えてみせろ。報酬は……この大陸の半分をやろう」
スケールが大きすぎて目眩がした。
神を訴える? 世界の理を変える?
そんなこと、一介の弁護士にできるわけが――
「……面白ぇじゃねぇか!」
バン! と机を叩いたのはレオだった。
「俺もその依頼に乗るぜ! 獣人国も戦争続きでウンザリしてたんだ。リベラ、やってやれよ! 俺たちがバックについてる!」
「レオ……貴方ねぇ……」
私は溜息をつき、それから……口元を吊り上げた。
ゾクゾクする。
腐敗した貴族や王子なんて目じゃない。「世界そのもの」が被告人だなんて、弁護士冥利に尽きるではないか。
「……分かりました。その依頼、お引き受けします」
私は扇子を開き、魔王に向かって宣言した。
「ただし、報酬は大陸半分なんて要りません。代わりに、サクラダ商会の魔族領への独占出店権と、ラスティア様の『女子会』への参加権を頂きますわ」
「……フッ、強欲な女だ。気に入った」
契約成立。
これで私は、神に喧嘩を売ることになった。
その時。
コトッ、と私の前に皿が置かれた。
湯気を立てる、炊きたての白米と、黄金色に輝く極上の角煮。そして、小鉢には色とりどりの野菜。
「……腹が減っては、戦はできん」
龍魔呂さんだった。
彼はエプロンを外し、私の隣に立った。
その左手の薬指には、私とお揃い(に見えなくもない)赤黒い指輪が光っている。
「龍魔呂さん……」
「神だろうが魔王だろうが、関係ない」
彼は角砂糖を口に放り込み、ボリボリと噛み砕きながら、私に向かってぶっきらぼうに告げた。
「お前がどこで戦おうと、俺の店に来れば、美味い飯を出す。……誰にも邪魔はさせない。俺が守る」
それは、不器用な彼なりの、最大の愛の告白だった。
「好きだ」とも「愛してる」とも言わない。
けれど、「お前の居場所(胃袋)は俺が守る」という誓約。
私は胸がいっぱいになり、目頭が熱くなった。
魔王も、獣王も、この最強の男には敵わない。
「……はい! ありがとうございます、龍魔呂さん!」
「ふん。……冷めるぞ、早く食え」
照れ隠しに厨房へ戻ろうとする彼の背中に、私はマドレーヌよりも甘い笑顔を向けた。
こうして、異世界弁護士・桜田リベラの新たな戦いが幕を開けた。
被告人は創造神。
原告は魔王と獣王。
そして私の背後には、最強の鬼神店主。
勝てない裁判なんて、ありえない。
さあ、開廷の時間ですわ!
その日、王都の空が「昼間なのに夜になった」かのように暗転した。
黒い太陽のような球体が空に浮かび、小料理屋『鬼灯』の周囲だけ、重力が異常に重くなる。
「な、なんだぁ!? 皿が持ち上がらねぇ!」
店内で山盛り唐揚げ定食を食べていた獣王レオが、自身のフォークが床にめり込んでいくのを見て叫ぶ。
私はカウンターの端で、必死に湯呑みを抑えていた。
「この魔力……規格外ですわ。重力魔法の使い手……まさか」
ガタガタと震える引き戸が、音もなく消滅した(破壊されたのではなく、空間ごと削り取られた)。
入り口に立っていたのは、漆黒のドレスを纏い、夜空のような銀髪をなびかせた美女。
魔王 ラスティア。
世界の頂点に立つ三人の支配者の一角が、場末の定食屋に降臨したのだ。
「……ここか。世界で一番、『ふざけた裁判』をする弁護士がいる店は」
ラスティア様が一歩踏み出すたびに、床板がミシミシと悲鳴を上げる。
店内の客(Sランク冒険者含む)は全員気絶するか、平伏していた。立っていられるのは、規格外のレオと――
「……俺の店で、勝手に重力を弄るな」
厨房から、不機嫌そうなバリトンボイスが響いた。
龍魔呂さんが、深紅のオーラを全身から噴き出し、魔王の重力魔法を「気合い」だけで押し返したのだ。
「ほぅ。人間風情が、私の『事象の地平線』に耐えるか。……面白い」
「帰れ。ランチタイムは終わった」
魔王と鬼神。
視線が交錯した空間に、バチバチと黒い稲妻が走る。
世界が終わりかねない一触即発の事態に、私は震える足を叱咤して、二人の間に割って入った。
「お、お待ちください! 龍魔呂さん、包丁をしまって! ラスティア様も、魔力を収めてください! ここは飲食店です!」
私が叫ぶと、ラスティア様はふと私を見て、興味深そうに目を細めた。
「貴様が桜田リベラか。……ふん、見た目はただの小娘だな」
「ええ、ただの小娘で、この店の一番の常連客ですわ」
「……いい度胸だ」
ラスティア様は指を鳴らし、重力を解除した。店内の空気が元に戻る。
彼女はカウンターの席(レオの隣)に優雅に腰掛け、足を組んだ。
「単刀直入に言おう。リベラ、貴様に依頼がある」
魔王は、とんでもないことを口にした。
「創造の女神ルチアナを訴えてほしい」
「……は?」
「罪状は『世界管理法違反』および『独占禁止法違反(私の婚期を妨害した罪)』だ」
店内が静まり返る。
ラスティア様は、ため息交じりに語り出した。
女神ルチアナが作った「人間・獣人・魔族の三竦み」のシステム。
戦争によって人口を調整し、世界を維持するこの仕組みのせいで、自分はいつまで経っても戦争に追われ、素敵な殿方と出会う暇もなく、ただただ「魔王」という役割を演じさせられている、と。
「私はもう疲れたのだ。この茶番のような戦争を終わらせ、『平和条約』という新しいルールを敷きたい。だが、あの性格の悪い女神は『規則だから』と聞く耳を持たん」
ラスティア様は、私を真っ直ぐに見据えた。
「だから、貴様のその『法』というふざけた屁理屈で、神を論破し、世界を変えてみせろ。報酬は……この大陸の半分をやろう」
スケールが大きすぎて目眩がした。
神を訴える? 世界の理を変える?
そんなこと、一介の弁護士にできるわけが――
「……面白ぇじゃねぇか!」
バン! と机を叩いたのはレオだった。
「俺もその依頼に乗るぜ! 獣人国も戦争続きでウンザリしてたんだ。リベラ、やってやれよ! 俺たちがバックについてる!」
「レオ……貴方ねぇ……」
私は溜息をつき、それから……口元を吊り上げた。
ゾクゾクする。
腐敗した貴族や王子なんて目じゃない。「世界そのもの」が被告人だなんて、弁護士冥利に尽きるではないか。
「……分かりました。その依頼、お引き受けします」
私は扇子を開き、魔王に向かって宣言した。
「ただし、報酬は大陸半分なんて要りません。代わりに、サクラダ商会の魔族領への独占出店権と、ラスティア様の『女子会』への参加権を頂きますわ」
「……フッ、強欲な女だ。気に入った」
契約成立。
これで私は、神に喧嘩を売ることになった。
その時。
コトッ、と私の前に皿が置かれた。
湯気を立てる、炊きたての白米と、黄金色に輝く極上の角煮。そして、小鉢には色とりどりの野菜。
「……腹が減っては、戦はできん」
龍魔呂さんだった。
彼はエプロンを外し、私の隣に立った。
その左手の薬指には、私とお揃い(に見えなくもない)赤黒い指輪が光っている。
「龍魔呂さん……」
「神だろうが魔王だろうが、関係ない」
彼は角砂糖を口に放り込み、ボリボリと噛み砕きながら、私に向かってぶっきらぼうに告げた。
「お前がどこで戦おうと、俺の店に来れば、美味い飯を出す。……誰にも邪魔はさせない。俺が守る」
それは、不器用な彼なりの、最大の愛の告白だった。
「好きだ」とも「愛してる」とも言わない。
けれど、「お前の居場所(胃袋)は俺が守る」という誓約。
私は胸がいっぱいになり、目頭が熱くなった。
魔王も、獣王も、この最強の男には敵わない。
「……はい! ありがとうございます、龍魔呂さん!」
「ふん。……冷めるぞ、早く食え」
照れ隠しに厨房へ戻ろうとする彼の背中に、私はマドレーヌよりも甘い笑顔を向けた。
こうして、異世界弁護士・桜田リベラの新たな戦いが幕を開けた。
被告人は創造神。
原告は魔王と獣王。
そして私の背後には、最強の鬼神店主。
勝てない裁判なんて、ありえない。
さあ、開廷の時間ですわ!
0
あなたにおすすめの小説
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
【完結】貴族の愛人に出ていけと寒空にだされたけど、懐は温かいよ。
BBやっこ
恋愛
貴族の家で下働きをしていたアタシは、貧乏な平民。別にさ、おまんま食べれる給金を得られてるんだ。
寒い日は身体に堪えるけど、まああまあ良い職場関係だったんだよ。
あの女が愛人におさまる前まで、ね。
以前は奥さまがこの家に居られてたけど、療養でご実家にお戻りになって。
旦那さまが愛人を家に入れたら、職場の人間達があげつってドロドロよお。
そんなの勘弁だったけど。とうとうアタシが邪魔になったようで。
「きみを愛することはない」祭りが開催されました~祭りのあと1
吉田ルネ
恋愛
「きみを愛することはない」祭りが開催されました
のその後。
イアンのバカはどうなったのか。
愛人はどうなったのか。
ちょっとだけざまあがあります。
「小賢しい」と離婚された私。国王に娶られ国を救う。
百谷シカ
恋愛
「貴様のような小賢しい女は出て行け!!」
バッケル伯爵リシャルト・ファン・デル・ヘーストは私を叩き出した。
妻である私を。
「あっそう! でも空気税なんて取るべきじゃないわ!!」
そんな事をしたら、領民が死んでしまう。
夫の悪政をなんとかしようと口を出すのが小賢しいなら、小賢しくて結構。
実家のフェルフーフェン伯爵家で英気を養った私は、すぐ宮廷に向かった。
国王陛下に謁見を申し込み、元夫の悪政を訴えるために。
すると……
「ああ、エーディット! 一目見た時からずっとあなたを愛していた!」
「は、はい?」
「ついに独身に戻ったのだね。ぜひ、僕の妻になってください!!」
そう。
童顔のコルネリウス1世陛下に、求婚されたのだ。
国王陛下は私に夢中。
私は元夫への復讐と、バッケル伯領に暮らす人たちの救済を始めた。
そしてちょっとした一言が、いずれ国を救う事になる……
========================================
(他「エブリスタ」様に投稿)
だってお顔がとてもよろしいので
喜楽直人
恋愛
領地に銀山が発見されたことで叙爵されたラートン男爵家に、ハーバー伯爵家から強引な婿入りの話がきたのは爵位を得てすぐ、半年ほど前のことだった。
しかし、その婚約は次男であったユリウスには不本意なものであったようで、婚約者であるセリーンをまったく顧みることはなかった。
ついには、他の令嬢との間に子供ができたとセリーンは告げられてしまう。
それでもついセリーンは思ってしまうのだ。
「あぁ、私の婚約者は、どんな下種顔をしていてもお顔がいい」と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる