悪役令嬢を救ったグレーな弁護士ですが、裏社会最強の鬼神店主に「俺の客だ」と胃袋ごと囲われました。天然ジゴロの溺愛角煮は法廷より甘すぎる

月神世一

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EP 10

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魔王様の依頼は「世界変革」!? ~そして鬼神は、一生分の角煮を契約する~
 その日、王都の空が「昼間なのに夜になった」かのように暗転した。
 黒い太陽のような球体が空に浮かび、小料理屋『鬼灯』の周囲だけ、重力が異常に重くなる。
「な、なんだぁ!? 皿が持ち上がらねぇ!」
 店内で山盛り唐揚げ定食を食べていた獣王レオが、自身のフォークが床にめり込んでいくのを見て叫ぶ。
 私はカウンターの端で、必死に湯呑みを抑えていた。
「この魔力……規格外ですわ。重力魔法の使い手……まさか」
 ガタガタと震える引き戸が、音もなく消滅した(破壊されたのではなく、空間ごと削り取られた)。
 入り口に立っていたのは、漆黒のドレスを纏い、夜空のような銀髪をなびかせた美女。
 魔王 ラスティア。
 世界の頂点に立つ三人の支配者の一角が、場末の定食屋に降臨したのだ。
「……ここか。世界で一番、『ふざけた裁判』をする弁護士がいる店は」
 ラスティア様が一歩踏み出すたびに、床板がミシミシと悲鳴を上げる。
 店内の客(Sランク冒険者含む)は全員気絶するか、平伏していた。立っていられるのは、規格外のレオと――
「……俺の店で、勝手に重力を弄るな」
 厨房から、不機嫌そうなバリトンボイスが響いた。
 龍魔呂さんが、深紅のオーラを全身から噴き出し、魔王の重力魔法を「気合い」だけで押し返したのだ。
「ほぅ。人間風情が、私の『事象の地平線』に耐えるか。……面白い」
「帰れ。ランチタイムは終わった」
 魔王と鬼神。
 視線が交錯した空間に、バチバチと黒い稲妻が走る。
 世界が終わりかねない一触即発の事態に、私は震える足を叱咤して、二人の間に割って入った。
「お、お待ちください! 龍魔呂さん、包丁をしまって! ラスティア様も、魔力を収めてください! ここは飲食店です!」
 私が叫ぶと、ラスティア様はふと私を見て、興味深そうに目を細めた。
「貴様が桜田リベラか。……ふん、見た目はただの小娘だな」
「ええ、ただの小娘で、この店の一番の常連客ですわ」
「……いい度胸だ」
 ラスティア様は指を鳴らし、重力を解除した。店内の空気が元に戻る。
 彼女はカウンターの席(レオの隣)に優雅に腰掛け、足を組んだ。
「単刀直入に言おう。リベラ、貴様に依頼がある」
 魔王は、とんでもないことを口にした。
「創造の女神ルチアナを訴えてほしい」
「……は?」
「罪状は『世界管理法違反』および『独占禁止法違反(私の婚期を妨害した罪)』だ」
 店内が静まり返る。
 ラスティア様は、ため息交じりに語り出した。
 女神ルチアナが作った「人間・獣人・魔族の三竦み」のシステム。
 戦争によって人口を調整し、世界を維持するこの仕組みのせいで、自分はいつまで経っても戦争に追われ、素敵な殿方と出会う暇もなく、ただただ「魔王」という役割を演じさせられている、と。
「私はもう疲れたのだ。この茶番のような戦争を終わらせ、『平和条約』という新しいルールを敷きたい。だが、あの性格の悪い女神は『規則だから』と聞く耳を持たん」
 ラスティア様は、私を真っ直ぐに見据えた。
「だから、貴様のその『法』というふざけた屁理屈で、神を論破し、世界を変えてみせろ。報酬は……この大陸の半分をやろう」
 スケールが大きすぎて目眩がした。
 神を訴える? 世界の理を変える?
 そんなこと、一介の弁護士にできるわけが――
「……面白ぇじゃねぇか!」
 バン! と机を叩いたのはレオだった。
「俺もその依頼に乗るぜ! 獣人国も戦争続きでウンザリしてたんだ。リベラ、やってやれよ! 俺たちがバックについてる!」
「レオ……貴方ねぇ……」
 私は溜息をつき、それから……口元を吊り上げた。
 ゾクゾクする。
 腐敗した貴族や王子なんて目じゃない。「世界そのもの」が被告人だなんて、弁護士冥利に尽きるではないか。
「……分かりました。その依頼、お引き受けします」
 私は扇子を開き、魔王に向かって宣言した。
「ただし、報酬は大陸半分なんて要りません。代わりに、サクラダ商会の魔族領への独占出店権と、ラスティア様の『女子会』への参加権を頂きますわ」
「……フッ、強欲な女だ。気に入った」
 契約成立。
 これで私は、神に喧嘩を売ることになった。
 その時。
 コトッ、と私の前に皿が置かれた。
 湯気を立てる、炊きたての白米と、黄金色に輝く極上の角煮。そして、小鉢には色とりどりの野菜。
「……腹が減っては、戦はできん」
 龍魔呂さんだった。
 彼はエプロンを外し、私の隣に立った。
 その左手の薬指には、私とお揃い(に見えなくもない)赤黒い指輪が光っている。
「龍魔呂さん……」
「神だろうが魔王だろうが、関係ない」
 彼は角砂糖を口に放り込み、ボリボリと噛み砕きながら、私に向かってぶっきらぼうに告げた。
「お前がどこで戦おうと、俺の店に来れば、美味い飯を出す。……誰にも邪魔はさせない。俺が守る」
 それは、不器用な彼なりの、最大の愛の告白だった。
 「好きだ」とも「愛してる」とも言わない。
 けれど、「お前の居場所(胃袋)は俺が守る」という誓約。
 私は胸がいっぱいになり、目頭が熱くなった。
 魔王も、獣王も、この最強の男には敵わない。
「……はい! ありがとうございます、龍魔呂さん!」
「ふん。……冷めるぞ、早く食え」
 照れ隠しに厨房へ戻ろうとする彼の背中に、私はマドレーヌよりも甘い笑顔を向けた。
 こうして、異世界弁護士・桜田リベラの新たな戦いが幕を開けた。
 被告人は創造神。
 原告は魔王と獣王。
 そして私の背後には、最強の鬼神店主。
 勝てない裁判なんて、ありえない。
 さあ、開廷の時間ですわ!
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