​「何か寄越せ」と女神を壁ドンしたら、最強通販スキルと婚姻届を渡された。元処刑人の俺は、異世界で小料理屋を営みたい

月神世一

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第二章 神、魔王、竜王の飲み会

EP 1

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女神が飲んでたら、魔王と竜王が相席してきた件
 城塞都市バルドの夜は早い。
 日が落ち、月が昇る頃には、大半の店が扉を閉ざす。
 ここ、小料理屋『鬼灯(ほおずき)』もまた、暖簾を下ろし、一日の営業を終えていた――はずだった。
「だぁー! やってらんないわよ! 大将、お代わり!」
 カウンターの端で、一人の美女が管を巻いていた。
 女神ルチアナである。
 彼女は既に空になった『いいちこ(25度)』の瓶を抱きしめ、頬を朱に染めてテーブルをバンバンと叩いている。
「……飲みすぎだ。肝臓壊すぞ」
 龍魔呂は洗い物をしながら、呆れたように呟く。
 彼はエプロンを外し、いつものようにポケットから角砂糖を取り出して口へ放り込んだ。
 ガリッ。
「神様だもん、肝臓なんて何度でも再生するわよ! それより聞いてよ龍魔呂~! 今日の勇者候補、またスライムに負けて泣いて帰ったのよ? もう人類に期待するの辞めようかしら……」
「知るか。愚痴なら他所で吐け」
「冷たい! そこがイイ!」
 ルチアナが身悶える横で、ルナがせっせと布巾でテーブルを拭いていた。
「龍魔呂さん、この女神様、いつ帰るんでしょうかぁ? 私、龍魔呂さんと二入きりで反省会(イチャイチャ)したいんですけどぉ」
「帰らなーい! ここが私のセーブポイントなの!」
 ルチアナがルナに舌を出した、その時だった。
 ミシッ。
 店の空間が、奇妙な音を立てて軋んだ。
 入り口の引き戸が開いたのではない。
 カウンターの後ろ、何もなかったはずの空間に、黒い亀裂が走ったのだ。
「……あぁ?」
 龍魔呂が眉をひそめ、濡れた手を拭く。
 亀裂はメリメリと広がり、そこから「本来ならこの場に居てはいけない」二つの影が、ぬるりと現れた。
「あら……ここがルチアナの反応が消えた座標ね。なるほど、隠れ家(アジト)ってわけ?」
 一人目は、漆黒のドレスに白衣を羽織り、眼鏡を光らせた知的な美女。
 その背後には、地獄の番犬ケルベロスが控え、圧倒的な魔力の波動が店内の空気を凍りつかせる。
 魔族の頂点、魔王ラスティア・ヴォイド。
「ん~♡ いい匂いがするじゃない。それに……あらヤダ、店主が凄くイイ男じゃないの」
 二人目は、燃えるような赤髪をポニーテールにし、大胆なチャイナドレスから極上の脚線美を覗かせる美女。
 頭には小さな角。その瞳は爬虫類のように縦に割れている。
 全ての竜の頂点、竜王シルヴィア・ドラグニル。
 世界の覇権を争う魔と竜のトップが、狭い屋台に土足で踏み込んできたのだ。
「げっ……!」
 ルチアナが素っ頓狂な声を上げ、いいちこの瓶を取り落としそうになる。
「な、なんで来たのよアンタたち!? ここは私のプライベートな聖域よ! シッシッ! 帰りなさいよ!」
「つれないこと言うなよ、ルチアナ。私たち、数千年来の飲み友達だろ?」
 シルヴィアが艶然と微笑み、勝手にカウンターの席――ルチアナの隣に腰を下ろした。
「そ、そうよ! それに、抜け駆けは良くないわ。貴女だけこんな面白そうな場所を見つけて……独り占めする気?」
 ラスティアも反対側の隣に座り、興味深そうに店内の設備(主に冷蔵庫やビールサーバー)を観察し始める。
「……おい」
 龍魔呂が、ドスの効いた声で割って入った。
 彼は包丁をまな板に突き立て、殺し屋の目で二人を睨みつける。
「ウチはもう閉店だ。会員制なんだよ、一見さんは帰んな」
 普通の人間なら、この威圧だけで失禁して逃げ出すだろう。
 だが、相手が悪すぎた。
「あら、閉店? 残念ねぇ」
 シルヴィアが赤い唇を舐め、龍魔呂を見上げる。
 その瞳が、怪しく輝いた。
「でも、私がお腹空いてるの。……もし料理を出してくれないなら、『時間』を戻しちゃおうかしら?」
「……何?」
「私の権能で、この店の時間を『開店前』まで巻き戻すの。そうしたら、貴方はまた一から仕込みをして、営業しなきゃいけないわよね? ふふっ、終わらない労働(エンドレス・ワーク)、素敵でしょ?」
 龍魔呂のこめかみに青筋が浮かんだ。
 時間外労働。
 非効率。
 そして何より、作った料理が無かったことになる徒労感。
 料理人として、そして経営者として、これほど嫌な脅し文句はなかった。
「……チッ。座れ」
 龍魔呂は舌打ちをし、包丁を引き抜いた。
 シルヴィアは「やった♡」と手を叩き、ラスティアは「合理的判断ね」と眼鏡を押し上げた。
 その光景を見ていたルナが、プルプルと震えながら声を上げた。
「キ、キイイイイッ!! なんなんですか、この厚かましいオバサンたちはっ!!」
 ピキッ。
 ルチアナ、ラスティア、シルヴィアの三人の笑顔が同時に凍りついた。
 店内の気圧が急激に下がる。
「……あら、可愛いエルフのお嬢ちゃん。今、なんて?」
「オバサン……? 我々は超越種よ、年齢という概念で語ること自体がナンセンスだわ」
「ふふふ、ボイルして食べちゃおうかしら」
 三方向からの殺気(プレッシャー)。
 だが、ルナは龍魔呂の背中に隠れながら、涙目で叫んだ。
「だ、だってそうじゃないですかぁ! 私は……私は龍魔呂さんに『頭ポンポン』されたんですよぉ! 貴女たちにそれができますかぁ!?」
「……は?」
 三人の動きが止まった。
「頭ポンポン……だと?」
「そうですよぉ! 転びそうになった私を、龍魔呂さんは優しく抱き止めて、ポンポンってしてくれたんですぅ! これは私が『若くて可愛い』からです! 年増の皆さんには無理ですぅー!!」
 ルナ渾身のマウント。
 それは、世界の管理者たちにとって、予想外の精神攻撃(クリティカルヒット)だった。
「……ルチアナ、貴女されたことある?」
「な、ないわよ! 壁ドンと放置プレイだけよ!」
「私もないわ。……興味深い。その物理的接触は、信頼関係の構築に有効なのかしら?」
 ラスティアがブツブツと分析を始め、シルヴィアが悔しそうに爪を噛む。
「生意気なエルフね……。でも、確かにそのポジションは羨ましいわ」
 カオスと化す店内。
 龍魔呂は深いため息をつき、冷蔵庫からビール瓶を取り出した。
「……うるせぇ。飲むなら静かに飲め。つまみは適当に出す」
 栓を抜き、グラスを三つ、乱暴に置く。
 その粗雑な扱いがかえって気に入ったのか、魔王と竜王は嬉しそうにグラスを掲げた。
「ふふ、乾杯といきましょうか。この奇妙な店と、イイ男に」
「分析対象としても優秀そうね。いただきましょう」
「もー! 私のダーリンなのにぃ!」
 カチン。
 グラスが重なる音が、小料理屋『鬼灯』の長い夜の始まりを告げた。
 龍魔呂の胃痛は、まだ始まったばかりである。
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