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1歳児の勇者
EP 8
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疑惑の訪問
深夜の子供部屋。
しんと静まり返った闇の中で、ベビーベッドの周りだけが、ネット通販の電子ボードの淡い光に照らされていた。
(……さて、収支報告の時間だ)
リアン(1歳、中身25歳)は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ベッドの下では、センチネル、弓丸、騎士丸の三機が、ニャングルから受け取った革袋を抱え、緊張した面持ち(無表情だが)で並んでいる。
(騎士丸、投入だ)
騎士丸が、袋の中身をボードへと投入していく。
チャリン、チャリン……。
金貨が吸い込まれるたびに、G残高が10,000円単位で跳ね上がる。
(金貨10枚……これだけで10万円だ。1歳児の資産としては異常だが、まぁ、命の対価だと思えば……)
だが、袋の底から出てきた最後の一枚。
金貨よりも一回り大きく、白銀に輝くそのコインを見て、リアンの目が飛び出そうになった。
(……は?)
騎士丸が、その重たいコインを震える手で投入する。
【G残高: 1,102,300 JPY】
(――白金貨(プラチナ)ァァァァァァ!?)
リアンは声にならない絶叫を上げた。
(い、1枚で100万円!? さっきの金貨と合わせて、ざっと110万!?)
簿記1級の脳が、瞬時に為替レートとリスク計算を弾き出す。
(いや、待て待て待て。命の礼にしては高すぎるだろ! あの猫のおっさん、暗がりで金貨と間違えて、とんでもない高額硬貨を渡しちまったんじゃないか!? もしかして、あいつの全財産が入った「本財布」を貰っちまったんじゃ……!)
(……やべぇ。これは、やべぇ金だ)
震えが止まらない。
コーヒーキャンディが1万個買える金額だが、リアンは恐怖で胃がキリキリと痛み出し、その夜は震えながら眠りについた。
翌朝。
朝日が差し込む食卓。
リアンはハイチェアに座らされ、オニヒメの手で朝食(離乳食)を食べていた。
「はい、リアン坊ちゃま。あーん」
「あーん」
スプーンで運ばれてきたペーストを、リアンはもぐもぐと味わう。
(ふむふむ……。林檎をベースに、ミルクで煮込んで酸味を飛ばし、最後に蜂蜜をわずかに加えてコクを出しているな。……悪くない。いや、美味い)
昨夜の恐怖もどこへやら、シェフとしての食への探求心は健在だった。
穏やかな朝食の風景。しかし、オニヒメの一言が空気を変えた。
「そういえば、奥様。今朝、新聞屋さんから聞かれましたか?」
紅茶を淹れながら、オニヒメが静かに切り出す。
「なぁに? オニヒメ」
マーサがトーストを齧りながら顔を上げる。
「ゴルド商店の支店長、ニャングルさんが……昨夜、街の外でゴブリンの群れに襲われたらしいんですの」
「ブッ!」
リアンは、口の中の林檎ペーストを吹き出しそうになった。
(昨日の件か! もうニュースになってるのか!)
アークスが新聞を読みながら、眉をひそめる。
「そうなのか? ……確かに、最近は街の外、特に森のあたりはルナハン騎士団の目も届き難いからな。ゴブリン程度とはいえ、商人にとっては脅威だ」
「えぇ。なんでも、命からがら逃げ帰って来たそうで……。今は店で休んでいるとか」
オニヒメが淡々と報告する。
マーサは心配そうに溜息をついた。
「ニャングルさん……。この前、お安くしてもらったばかりなのに。大変な目に遭われたんですね」
マーサは決心したように立ち上がった。
「私、お見舞いに伺うわ。お菓子でも焼いて」
「うむ。そうしてくれ、マーサ。ゴルド商会には、騎士団も世話になっているからな」
アークスも同意する。
「では、わたくしもお供いたしますわ。……ねぇ、リアン様?」
オニヒメが、完璧な笑顔でリアンを覗き込んだ。
「じゃあ、準備して行きましょうね、リアン」
その瞬間、リアンの全身から血の気が引いた。
(……え?)
彼の視線が、部屋の隅に置かれた乳母車へと向く。
そこには、リアンの「お気に入りのおもちゃ」として、外出時には必ずセットされることになっている、胡桃割り人形(センチネル)が鎮座していた。
(……ニャングルの所に、行くのか? このセンチネルも、一緒に!?)
昨夜の光景が脳裏をよぎる。
『人形様! ありがとうございました!』と、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、この人形に感謝していたニャングルの顔。
(ま、まずい……! それだけは、絶対に不味い!)
もし、ニャングルがこの人形を見たら?
「ああっ! これは昨夜の命の恩人! 人形様やないですかぁぁぁ!」と叫び出したら?
アークスやマーサ、そして鋭すぎるオニヒメの前で、そんなことになれば――。
リアンの「正体」どころか、110万円の横領疑惑(?)まで浮上しかねない。
「だぁ! だぁぁぁぁ!!」(行きたくない! 今日は家で寝てたい!)
リアンは必死に抵抗を試みたが、
「あらあら、リアンちゃんも心配なのね? 優しい子」
マーサの母親フィルターによって、その抗議は「賛同」へと変換されてしまった。
(終わった……)
白金貨の重みと、身バレの恐怖。
リアン・シンフォニア(1歳)は、青ざめた顔で乳母車に乗せられ、因縁のゴルド商店へと運ばれていくのだった。
深夜の子供部屋。
しんと静まり返った闇の中で、ベビーベッドの周りだけが、ネット通販の電子ボードの淡い光に照らされていた。
(……さて、収支報告の時間だ)
リアン(1歳、中身25歳)は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ベッドの下では、センチネル、弓丸、騎士丸の三機が、ニャングルから受け取った革袋を抱え、緊張した面持ち(無表情だが)で並んでいる。
(騎士丸、投入だ)
騎士丸が、袋の中身をボードへと投入していく。
チャリン、チャリン……。
金貨が吸い込まれるたびに、G残高が10,000円単位で跳ね上がる。
(金貨10枚……これだけで10万円だ。1歳児の資産としては異常だが、まぁ、命の対価だと思えば……)
だが、袋の底から出てきた最後の一枚。
金貨よりも一回り大きく、白銀に輝くそのコインを見て、リアンの目が飛び出そうになった。
(……は?)
騎士丸が、その重たいコインを震える手で投入する。
【G残高: 1,102,300 JPY】
(――白金貨(プラチナ)ァァァァァァ!?)
リアンは声にならない絶叫を上げた。
(い、1枚で100万円!? さっきの金貨と合わせて、ざっと110万!?)
簿記1級の脳が、瞬時に為替レートとリスク計算を弾き出す。
(いや、待て待て待て。命の礼にしては高すぎるだろ! あの猫のおっさん、暗がりで金貨と間違えて、とんでもない高額硬貨を渡しちまったんじゃないか!? もしかして、あいつの全財産が入った「本財布」を貰っちまったんじゃ……!)
(……やべぇ。これは、やべぇ金だ)
震えが止まらない。
コーヒーキャンディが1万個買える金額だが、リアンは恐怖で胃がキリキリと痛み出し、その夜は震えながら眠りについた。
翌朝。
朝日が差し込む食卓。
リアンはハイチェアに座らされ、オニヒメの手で朝食(離乳食)を食べていた。
「はい、リアン坊ちゃま。あーん」
「あーん」
スプーンで運ばれてきたペーストを、リアンはもぐもぐと味わう。
(ふむふむ……。林檎をベースに、ミルクで煮込んで酸味を飛ばし、最後に蜂蜜をわずかに加えてコクを出しているな。……悪くない。いや、美味い)
昨夜の恐怖もどこへやら、シェフとしての食への探求心は健在だった。
穏やかな朝食の風景。しかし、オニヒメの一言が空気を変えた。
「そういえば、奥様。今朝、新聞屋さんから聞かれましたか?」
紅茶を淹れながら、オニヒメが静かに切り出す。
「なぁに? オニヒメ」
マーサがトーストを齧りながら顔を上げる。
「ゴルド商店の支店長、ニャングルさんが……昨夜、街の外でゴブリンの群れに襲われたらしいんですの」
「ブッ!」
リアンは、口の中の林檎ペーストを吹き出しそうになった。
(昨日の件か! もうニュースになってるのか!)
アークスが新聞を読みながら、眉をひそめる。
「そうなのか? ……確かに、最近は街の外、特に森のあたりはルナハン騎士団の目も届き難いからな。ゴブリン程度とはいえ、商人にとっては脅威だ」
「えぇ。なんでも、命からがら逃げ帰って来たそうで……。今は店で休んでいるとか」
オニヒメが淡々と報告する。
マーサは心配そうに溜息をついた。
「ニャングルさん……。この前、お安くしてもらったばかりなのに。大変な目に遭われたんですね」
マーサは決心したように立ち上がった。
「私、お見舞いに伺うわ。お菓子でも焼いて」
「うむ。そうしてくれ、マーサ。ゴルド商会には、騎士団も世話になっているからな」
アークスも同意する。
「では、わたくしもお供いたしますわ。……ねぇ、リアン様?」
オニヒメが、完璧な笑顔でリアンを覗き込んだ。
「じゃあ、準備して行きましょうね、リアン」
その瞬間、リアンの全身から血の気が引いた。
(……え?)
彼の視線が、部屋の隅に置かれた乳母車へと向く。
そこには、リアンの「お気に入りのおもちゃ」として、外出時には必ずセットされることになっている、胡桃割り人形(センチネル)が鎮座していた。
(……ニャングルの所に、行くのか? このセンチネルも、一緒に!?)
昨夜の光景が脳裏をよぎる。
『人形様! ありがとうございました!』と、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、この人形に感謝していたニャングルの顔。
(ま、まずい……! それだけは、絶対に不味い!)
もし、ニャングルがこの人形を見たら?
「ああっ! これは昨夜の命の恩人! 人形様やないですかぁぁぁ!」と叫び出したら?
アークスやマーサ、そして鋭すぎるオニヒメの前で、そんなことになれば――。
リアンの「正体」どころか、110万円の横領疑惑(?)まで浮上しかねない。
「だぁ! だぁぁぁぁ!!」(行きたくない! 今日は家で寝てたい!)
リアンは必死に抵抗を試みたが、
「あらあら、リアンちゃんも心配なのね? 優しい子」
マーサの母親フィルターによって、その抗議は「賛同」へと変換されてしまった。
(終わった……)
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