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2歳児の勇者
EP 3
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ニャングル・ハンバーグの快進撃
数日後の昼下がり。
「ハンバーグ計画」の種を蒔いたリアン(2歳)は、計画の成果を確認すべく、オニヒメの押す乳母車に揺られていた。
母マーサも一緒だ。今日の夕食の買い出しである。
ルナハンの商店街に差し掛かった時だった。
これまでの街の匂い――土や馬、安っぽいパンの匂い――とは明らかに異質な、暴力的なまでに食欲をそそる芳香が、風に乗って漂ってきた。
「くんくん……。あら? 何かしら、このいい匂いは」
マーサが鼻をひくつかせ、足を止める。
「焦がした脂と……玉ねぎの甘い香りですね。奥様」
オニヒメも、その完璧な嗅覚で分析する。
(……きたな)
乳母車の中で、リアンはニヤリとした。
(計画通りだ。風向きも計算して、換気扇(あるいは排気口)の位置を調整させた甲斐があった)
「あっちの方ね。ゴルド商会の方かしら?」
マーサは匂いに釣られるように歩き出し、オニヒメもそれに続く。
ゴルド商会 ルナハン支店 店頭
そこは、黒山の人だかりだった。
店の前に特設された屋台からは、ジューシーな煙が立ち上っている。
その中心で、汗だくになりながら、しかし満面の笑みでフライ返しを振るう猫耳族の男がいた。
「へい! いらっしゃい、いらっしゃい! 今話題の『ニャングル・ハンバーグ』でっせー!」
ニャングルだ。
「肉汁たっぷり! 栄養満点! 子供から大人まで、食べたら病みつき間違いなしやでー!」
「まぁまぁ。ハンバーグ? 聞いたことない料理ね、ニャングルさん」
マーサが人垣の後ろから声をかける。
「おや! マーサの奥さん! 毎度!」
ニャングルはマーサを見つけると、試食用に一口サイズに切った焼きたてのハンバーグを、楊枝(ようじ)に刺して差し出した。
「どうでっか!? 百聞は一見に如かず! まずは試食してみまへんか!?」
「あら、いいのかしら? じゃあ……」
マーサはそれを受け取り、パクリと口に入れた。
カリッ(表面の香ばしさ)。
ジュワッ(溢れる肉汁)。
「……!!」
マーサの手が頬に当てられる。
「まぁ……! 美味しい!! 何これ、お肉がふわふわで、噛むたびに旨味が溢れてくるわ!」
「そうでっしゃろ! そうでっしゃろ!」
ニャングルは尻尾をピンと立てて力説した。
「しかもこれ、奥さんには『冷凍保存』したパックをご用意してまっせ! 魔法の冷凍技術で鮮度そのまま! 家で焼くだけで、誰でも簡単にほっぺたが落ちるご馳走になりまんねん!」
彼は指を4本立てた。
「今日はセールでっせ! 特大サイズ4人前で、銅貨5枚! 勉強させて頂きます!」
(……やるな、おっさん)
リアンは感心した。
(調理済みの惣菜ではなく、『冷凍食品』として売ることで、保存性を高めつつ、家庭での「手作り感」も残す。主婦の心を掴む商売上手だ)
「4人前で銅貨5枚……お買い得ね! アークスも喜びそうだわ」
マーサは即決した。
「では、4人前を頂くわ」
「畏まりました」
オニヒメが財布を取り出し、銅貨5枚をニャングルに手渡す。
「毎度おおきにー!!」
ニャングルは金を受け取りながら、心の中で東の方角(リアンの家の方向とは知らないが)へ向かって合掌した。
(くぅーっ! あの夜の『人形様』のお陰で、ワテは出世できるわぁ! ハンバーグ御殿も夢やないでぇ!)
その夜 シンフォニア家
夕食の食卓には、こんがりと焼き上がった「ニャングル・ハンバーグ」がメインディッシュとして鎮座していた。
付け合わせには、オニヒメが用意した彩り野菜。
「へぇ、これが街で噂のハンバーグか!」
帰宅したアークスが、物珍しそうにナイフを入れる。
溢れ出す肉汁に、アークスが目を見張る。
「おおっ!?」
一口食べる。
「……んぐっ、むぐ……。こりゃあ……美味いな!!」
アークスは目を輝かせた。
「肉の塊を食うより柔らかくて、でも肉の味が濃い! ご飯が進むぞ!」
「えぇ、本当に。冷凍とは思えないクオリティですわ」
オニヒメも、上品に一口食べて頷く。
(よし……! 父さんがガッツリ食べてる!)
ハイチェアの上のリアンは、心の中でガッツポーズをした。
(これでタンパク質摂取量は確保できた。ハンバーグなら消化も良いし、疲れた胃腸にも負担をかけずに栄養補給ができる)
「はい、リアンちゃん。フーフーしたからね」
マーサが小さく切ったハンバーグを、リアンの口に運ぶ。
リアンは、評論家の顔つきでそれを迎え入れた。
(……パクッ)
咀嚼(そしゃく)。
分析。
(……うっま!)
(ロックバイソンの個性が、玉ねぎの甘みで上手く中和されてる。レシピの再現度は高い)
(……ただ、まぁまぁだな)
リアン(元三つ星)の目は誤魔化せない。
(一度冷凍にしたことで、若干細胞が壊れてドリップが出すぎている。それに、つなぎのパン粉のキメが少し粗いな。家庭料理としては100点だが、プロとしては70点だ)
彼は、次なる「商売のタネ」を脳内でリストアップした。
(まぁ、第一弾としては上出来だ。だが、人間は飽きる生き物。……次は『デミグラスソース』や、スパイスを効かせた『ペッパーハンバーグ』、あるいは『チーズイン』なんかも、あの猫のおっさんに教えてやるとしよう)
リアンは、無邪気な笑顔で「おいち!」と言いながら、次なる夜の「料理教室(襲撃)」の計画を練るのだった。
父アークスの筋肉と、シンフォニア家の食卓を守るために。
数日後の昼下がり。
「ハンバーグ計画」の種を蒔いたリアン(2歳)は、計画の成果を確認すべく、オニヒメの押す乳母車に揺られていた。
母マーサも一緒だ。今日の夕食の買い出しである。
ルナハンの商店街に差し掛かった時だった。
これまでの街の匂い――土や馬、安っぽいパンの匂い――とは明らかに異質な、暴力的なまでに食欲をそそる芳香が、風に乗って漂ってきた。
「くんくん……。あら? 何かしら、このいい匂いは」
マーサが鼻をひくつかせ、足を止める。
「焦がした脂と……玉ねぎの甘い香りですね。奥様」
オニヒメも、その完璧な嗅覚で分析する。
(……きたな)
乳母車の中で、リアンはニヤリとした。
(計画通りだ。風向きも計算して、換気扇(あるいは排気口)の位置を調整させた甲斐があった)
「あっちの方ね。ゴルド商会の方かしら?」
マーサは匂いに釣られるように歩き出し、オニヒメもそれに続く。
ゴルド商会 ルナハン支店 店頭
そこは、黒山の人だかりだった。
店の前に特設された屋台からは、ジューシーな煙が立ち上っている。
その中心で、汗だくになりながら、しかし満面の笑みでフライ返しを振るう猫耳族の男がいた。
「へい! いらっしゃい、いらっしゃい! 今話題の『ニャングル・ハンバーグ』でっせー!」
ニャングルだ。
「肉汁たっぷり! 栄養満点! 子供から大人まで、食べたら病みつき間違いなしやでー!」
「まぁまぁ。ハンバーグ? 聞いたことない料理ね、ニャングルさん」
マーサが人垣の後ろから声をかける。
「おや! マーサの奥さん! 毎度!」
ニャングルはマーサを見つけると、試食用に一口サイズに切った焼きたてのハンバーグを、楊枝(ようじ)に刺して差し出した。
「どうでっか!? 百聞は一見に如かず! まずは試食してみまへんか!?」
「あら、いいのかしら? じゃあ……」
マーサはそれを受け取り、パクリと口に入れた。
カリッ(表面の香ばしさ)。
ジュワッ(溢れる肉汁)。
「……!!」
マーサの手が頬に当てられる。
「まぁ……! 美味しい!! 何これ、お肉がふわふわで、噛むたびに旨味が溢れてくるわ!」
「そうでっしゃろ! そうでっしゃろ!」
ニャングルは尻尾をピンと立てて力説した。
「しかもこれ、奥さんには『冷凍保存』したパックをご用意してまっせ! 魔法の冷凍技術で鮮度そのまま! 家で焼くだけで、誰でも簡単にほっぺたが落ちるご馳走になりまんねん!」
彼は指を4本立てた。
「今日はセールでっせ! 特大サイズ4人前で、銅貨5枚! 勉強させて頂きます!」
(……やるな、おっさん)
リアンは感心した。
(調理済みの惣菜ではなく、『冷凍食品』として売ることで、保存性を高めつつ、家庭での「手作り感」も残す。主婦の心を掴む商売上手だ)
「4人前で銅貨5枚……お買い得ね! アークスも喜びそうだわ」
マーサは即決した。
「では、4人前を頂くわ」
「畏まりました」
オニヒメが財布を取り出し、銅貨5枚をニャングルに手渡す。
「毎度おおきにー!!」
ニャングルは金を受け取りながら、心の中で東の方角(リアンの家の方向とは知らないが)へ向かって合掌した。
(くぅーっ! あの夜の『人形様』のお陰で、ワテは出世できるわぁ! ハンバーグ御殿も夢やないでぇ!)
その夜 シンフォニア家
夕食の食卓には、こんがりと焼き上がった「ニャングル・ハンバーグ」がメインディッシュとして鎮座していた。
付け合わせには、オニヒメが用意した彩り野菜。
「へぇ、これが街で噂のハンバーグか!」
帰宅したアークスが、物珍しそうにナイフを入れる。
溢れ出す肉汁に、アークスが目を見張る。
「おおっ!?」
一口食べる。
「……んぐっ、むぐ……。こりゃあ……美味いな!!」
アークスは目を輝かせた。
「肉の塊を食うより柔らかくて、でも肉の味が濃い! ご飯が進むぞ!」
「えぇ、本当に。冷凍とは思えないクオリティですわ」
オニヒメも、上品に一口食べて頷く。
(よし……! 父さんがガッツリ食べてる!)
ハイチェアの上のリアンは、心の中でガッツポーズをした。
(これでタンパク質摂取量は確保できた。ハンバーグなら消化も良いし、疲れた胃腸にも負担をかけずに栄養補給ができる)
「はい、リアンちゃん。フーフーしたからね」
マーサが小さく切ったハンバーグを、リアンの口に運ぶ。
リアンは、評論家の顔つきでそれを迎え入れた。
(……パクッ)
咀嚼(そしゃく)。
分析。
(……うっま!)
(ロックバイソンの個性が、玉ねぎの甘みで上手く中和されてる。レシピの再現度は高い)
(……ただ、まぁまぁだな)
リアン(元三つ星)の目は誤魔化せない。
(一度冷凍にしたことで、若干細胞が壊れてドリップが出すぎている。それに、つなぎのパン粉のキメが少し粗いな。家庭料理としては100点だが、プロとしては70点だ)
彼は、次なる「商売のタネ」を脳内でリストアップした。
(まぁ、第一弾としては上出来だ。だが、人間は飽きる生き物。……次は『デミグラスソース』や、スパイスを効かせた『ペッパーハンバーグ』、あるいは『チーズイン』なんかも、あの猫のおっさんに教えてやるとしよう)
リアンは、無邪気な笑顔で「おいち!」と言いながら、次なる夜の「料理教室(襲撃)」の計画を練るのだった。
父アークスの筋肉と、シンフォニア家の食卓を守るために。
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