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2歳児の勇者
EP 4
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百鬼の脅威と、小さな策士の火計
ルナハン騎士団本部 作戦室
重苦しい沈黙が、石造りの部屋を支配していた。
アークスの悲痛な叫びが、その静寂を切り裂く。
「本当ですか!? 団長!」
騎士団長ゼノンは、地図の一点を指し示したまま、苦渋の表情で頷いた。
「あぁ、本当だ。斥候からの緊急報告によると……街の外、ルナハン川の流域を根城に、オーガの群れが発生している」
ゼノンは一呼吸置き、絶望的な数字を口にした。
「……ざっと見積もって、100体」
「ひゃ、100体!? それはもう、スタンピード(大氾濫)じゃないですか!?」
アークスの顔から血の気が引く。
オーガは1体でも騎士数人がかりで挑む強敵だ。それが100体。辺境都市の騎士団だけで支えきれる数ではない。
「うむ。今すぐにルナハン市民に緊急避難警報を発令しようかと思う。だが、避難には時間がかかる。奴らが川を渡れば、街までは目と鼻の先だ」
「くそっ……!」
ゼノンはアークスの肩を掴み、さらに残酷な提案をした。
「そこでだ、アークス。……奥様のマーサさんと、使用人のオニヒメさんだが」
ゼノンの目が揺れる。
「是非共、この防衛戦に参加して欲しいんだ」
「団長!? 彼女達は民間人です! 元A級とはいえ、今はただの母親とメイドだ! 幾ら強いからと言って、巻き込むなんて……!」
「もう、そんな事を言っていられんのだ!」
ゼノンが声を荒らげる。
「我々が勝つか、ルナハンがオーガに蹂躙され、女子供まで喰われるかだ! お前の息子、リアン君だって危ないんだぞ!」
「……っ!」
「苦しいのは分かる。だが、元賢者の広範囲魔法と、鬼人族の戦闘力……彼女達の力がなければ、戦線を維持できない。頼む、アークス」
「くっ……」
アークスは拳を握りしめ、言葉を飲み込んだ。
家族を守るために戦っているのに、その家族を戦場に出さねば勝てない矛盾。
父としての苦悩が、彼を押しつぶそうとしていた。
同時刻 シンフォニア家 子供部屋
「……だぁ」
リアン(2歳)は、ベビーベッドの中で盗聴用のイヤホンを耳から外し、静かに天井を見上げた。
(……オーガ100体か。父さんの顔色が悪いと思ったら、とんでもない事態になってやがる)
リアンは、2歳児特有の短い足でベッドを降り、窓際へと歩み寄った。
窓の外、ルナハンの街並みの向こうに広がる森と、その先にある川の方角を睨む。
(騎士団の戦力じゃ、100体のオーガを止めるには犠牲が出すぎる。母さんとオニヒメが出たとしても、無傷じゃ済まないだろう)
(……そんなことは、させない)
リアンの脳内で、瞬時に戦術が組み立てられていく。
前世の厨房で、数百人分のオーダーを完璧に捌いた処理能力が、今度は「殺戮のレシピ」を構築する。
(奴らは「ルナハン川」を根城にしていると言っていたな)
リアンは窓を開け、風の流れを感じた。
(……風は、川上から川下へ。そして街とは逆方向、森の奥へと吹いている)
彼は、屋根裏に隠していた「大量のライターオイル」と、以前のオーク討伐で余った「睡眠薬」の在庫を思い出した。
(……オーガは巨体だが、知能は低い。川辺に密集しているなら好都合だ)
(水(川)で退路を断ち、風に乗せて「贈り物」を届ける)
リアンの口元が、冷酷な笑みの形に歪む。
(……火、だ。使えるな)
「センチネル」
リアンの意識が、胡桃割り人形へとダイブする。
(弓丸、騎士丸、竜丸。総員、発進準備!)
(魔法ポーチ内のオイル缶を全て積み込め。……今夜は、派手なキャンプファイヤーにしてやる)
センチネルの目がカッと光る。
100体のオーガ対、4体の人形。
ルナハンの存亡をかけた戦いが、大人たちの知らないところで幕を開けようとしていた。
ルナハン騎士団本部 作戦室
重苦しい沈黙が、石造りの部屋を支配していた。
アークスの悲痛な叫びが、その静寂を切り裂く。
「本当ですか!? 団長!」
騎士団長ゼノンは、地図の一点を指し示したまま、苦渋の表情で頷いた。
「あぁ、本当だ。斥候からの緊急報告によると……街の外、ルナハン川の流域を根城に、オーガの群れが発生している」
ゼノンは一呼吸置き、絶望的な数字を口にした。
「……ざっと見積もって、100体」
「ひゃ、100体!? それはもう、スタンピード(大氾濫)じゃないですか!?」
アークスの顔から血の気が引く。
オーガは1体でも騎士数人がかりで挑む強敵だ。それが100体。辺境都市の騎士団だけで支えきれる数ではない。
「うむ。今すぐにルナハン市民に緊急避難警報を発令しようかと思う。だが、避難には時間がかかる。奴らが川を渡れば、街までは目と鼻の先だ」
「くそっ……!」
ゼノンはアークスの肩を掴み、さらに残酷な提案をした。
「そこでだ、アークス。……奥様のマーサさんと、使用人のオニヒメさんだが」
ゼノンの目が揺れる。
「是非共、この防衛戦に参加して欲しいんだ」
「団長!? 彼女達は民間人です! 元A級とはいえ、今はただの母親とメイドだ! 幾ら強いからと言って、巻き込むなんて……!」
「もう、そんな事を言っていられんのだ!」
ゼノンが声を荒らげる。
「我々が勝つか、ルナハンがオーガに蹂躙され、女子供まで喰われるかだ! お前の息子、リアン君だって危ないんだぞ!」
「……っ!」
「苦しいのは分かる。だが、元賢者の広範囲魔法と、鬼人族の戦闘力……彼女達の力がなければ、戦線を維持できない。頼む、アークス」
「くっ……」
アークスは拳を握りしめ、言葉を飲み込んだ。
家族を守るために戦っているのに、その家族を戦場に出さねば勝てない矛盾。
父としての苦悩が、彼を押しつぶそうとしていた。
同時刻 シンフォニア家 子供部屋
「……だぁ」
リアン(2歳)は、ベビーベッドの中で盗聴用のイヤホンを耳から外し、静かに天井を見上げた。
(……オーガ100体か。父さんの顔色が悪いと思ったら、とんでもない事態になってやがる)
リアンは、2歳児特有の短い足でベッドを降り、窓際へと歩み寄った。
窓の外、ルナハンの街並みの向こうに広がる森と、その先にある川の方角を睨む。
(騎士団の戦力じゃ、100体のオーガを止めるには犠牲が出すぎる。母さんとオニヒメが出たとしても、無傷じゃ済まないだろう)
(……そんなことは、させない)
リアンの脳内で、瞬時に戦術が組み立てられていく。
前世の厨房で、数百人分のオーダーを完璧に捌いた処理能力が、今度は「殺戮のレシピ」を構築する。
(奴らは「ルナハン川」を根城にしていると言っていたな)
リアンは窓を開け、風の流れを感じた。
(……風は、川上から川下へ。そして街とは逆方向、森の奥へと吹いている)
彼は、屋根裏に隠していた「大量のライターオイル」と、以前のオーク討伐で余った「睡眠薬」の在庫を思い出した。
(……オーガは巨体だが、知能は低い。川辺に密集しているなら好都合だ)
(水(川)で退路を断ち、風に乗せて「贈り物」を届ける)
リアンの口元が、冷酷な笑みの形に歪む。
(……火、だ。使えるな)
「センチネル」
リアンの意識が、胡桃割り人形へとダイブする。
(弓丸、騎士丸、竜丸。総員、発進準備!)
(魔法ポーチ内のオイル缶を全て積み込め。……今夜は、派手なキャンプファイヤーにしてやる)
センチネルの目がカッと光る。
100体のオーガ対、4体の人形。
ルナハンの存亡をかけた戦いが、大人たちの知らないところで幕を開けようとしていた。
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