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2歳児の勇者
EP 5
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最後の晩餐と、守護者の誓い
重い扉が開く音が、いつもより鈍く響いた。
アークスが帰宅したのだ。だが、いつものような「ただいまー! リアーン!」という陽気な声はない。
「お帰りなさい、貴方」
マーサが静かに出迎える。
「お帰りなさいませ、旦那様」
オニヒメも深く頭を下げる。
「あぁ……ただいま……」
アークスは、鎧を脱ぐのも忘れたように、重い足取りでリビングに入ってきた。その顔には、隠しきれない苦悩と疲労が滲んでいる。
マーサは、アークスの顔を見て確信したように切り出した。
「貴方……本当なの? 街の人達が言っていたわ。街の外、川の方にオーガの群れが発生したって」
オニヒメも、普段の笑顔を消してアークスを見つめる。情報は、既に井戸端会議レベルを超えて街中に広まっていたのだ。
「……知っていたのか」
アークスは力なく椅子に座り込んだ。
「あぁ、本当だ。数は100体。スタンピード一歩手前だ」
「100体……」
マーサが息を呑む。
「それで……貴方は、どうするの?」
アークスは顔を上げ、妻と、家族同然のメイドを交互に見た。喉が張り付くような感覚を覚えながら、それでも団長としての、そして家長としての決断を口にする。
「それなんだが……。すまないが、マーサとオニヒメには、防衛戦に参加して欲しいんだ」
部屋の空気が凍りついた。
かつて戦場を駆けた者たちだからこそ、その言葉の意味を正しく理解する。
「……死線(しせん)、ですわね」
マーサの声は震えていなかった。覚悟を決めた女の声だった。
「えぇ。100体のオーガを相手にするとなれば、後衛への被害も免れません」
オニヒメも淡々と事実を述べる。
「すまない……。俺の力が足りないばかりに、お前たちを戦場に……」
アークスが拳を握りしめ、悔しさに顔を歪める。
「リアンは……明日の朝一番で、ルチアナ教会に預けようと思う。あそこなら結界があるし、神官たちもいる」
「そうね……。明日にでも、そうしましょう」
マーサが悲しげに、ハイチェアに座るリアンを見た。
オニヒメは、テーブルに並べられた温かいクリームシチューに視線を落とした。
「……最後の晩餐、ですか」
ふふ、と彼女は自嘲気味に笑った。
「冗談です。……腕が鳴りますね」
「貴方のなら、何処へでも行くわ。アークス」
マーサがアークスの手を取り、強く握った。
「私達なら大丈夫。だって、元A級パーティ『暁の交響曲』と、最強の鬼人メイドがいるんですもの」
「……あぁ」
アークスは涙をこらえ、二人の手を握り返した。
「マーサ、オニヒメ。そしてリアン。……必ず、俺が皆を守る。俺の命に代えても」
「貴方……」
「旦那様……信じております」
重苦しくも、絆を確かめ合う大人たち。
その光景を、リアン(2歳)は静かに見つめていた。
(……父さん。俺を教会に預けるだって?)
リアンは、テーブルの下で、愛機である「センチネル(胡桃割り人形)」を強く握りしめた。
(……そんなこと、させるわけがない)
(明日? 遅い。敵はもう川辺にいるんだ)
(父さんも、母さんも、オニヒメも。……そんな危険な目には遭わせない)
リアンの瞳に、2歳児にはあり得ない、冷徹な「指揮官」の色が宿る。
(なぁ? 相棒)
センチネルの硬い木の感触が、リアンの決意に応えるように冷たく手に馴染んだ。
(……今夜だ。今夜中に、あの100体のオーガを『調理』する)
(シチューが冷める前に……とはいかないが、夜明けまでには片付けるぞ)
家族が「最後の晩餐」かもしれない食事を噛み締める中、リアンだけは、これから始まる「一方的な虐殺(ハンティング)」の段取り(レシピ)を、頭の中で完璧に組み立てていた。
重い扉が開く音が、いつもより鈍く響いた。
アークスが帰宅したのだ。だが、いつものような「ただいまー! リアーン!」という陽気な声はない。
「お帰りなさい、貴方」
マーサが静かに出迎える。
「お帰りなさいませ、旦那様」
オニヒメも深く頭を下げる。
「あぁ……ただいま……」
アークスは、鎧を脱ぐのも忘れたように、重い足取りでリビングに入ってきた。その顔には、隠しきれない苦悩と疲労が滲んでいる。
マーサは、アークスの顔を見て確信したように切り出した。
「貴方……本当なの? 街の人達が言っていたわ。街の外、川の方にオーガの群れが発生したって」
オニヒメも、普段の笑顔を消してアークスを見つめる。情報は、既に井戸端会議レベルを超えて街中に広まっていたのだ。
「……知っていたのか」
アークスは力なく椅子に座り込んだ。
「あぁ、本当だ。数は100体。スタンピード一歩手前だ」
「100体……」
マーサが息を呑む。
「それで……貴方は、どうするの?」
アークスは顔を上げ、妻と、家族同然のメイドを交互に見た。喉が張り付くような感覚を覚えながら、それでも団長としての、そして家長としての決断を口にする。
「それなんだが……。すまないが、マーサとオニヒメには、防衛戦に参加して欲しいんだ」
部屋の空気が凍りついた。
かつて戦場を駆けた者たちだからこそ、その言葉の意味を正しく理解する。
「……死線(しせん)、ですわね」
マーサの声は震えていなかった。覚悟を決めた女の声だった。
「えぇ。100体のオーガを相手にするとなれば、後衛への被害も免れません」
オニヒメも淡々と事実を述べる。
「すまない……。俺の力が足りないばかりに、お前たちを戦場に……」
アークスが拳を握りしめ、悔しさに顔を歪める。
「リアンは……明日の朝一番で、ルチアナ教会に預けようと思う。あそこなら結界があるし、神官たちもいる」
「そうね……。明日にでも、そうしましょう」
マーサが悲しげに、ハイチェアに座るリアンを見た。
オニヒメは、テーブルに並べられた温かいクリームシチューに視線を落とした。
「……最後の晩餐、ですか」
ふふ、と彼女は自嘲気味に笑った。
「冗談です。……腕が鳴りますね」
「貴方のなら、何処へでも行くわ。アークス」
マーサがアークスの手を取り、強く握った。
「私達なら大丈夫。だって、元A級パーティ『暁の交響曲』と、最強の鬼人メイドがいるんですもの」
「……あぁ」
アークスは涙をこらえ、二人の手を握り返した。
「マーサ、オニヒメ。そしてリアン。……必ず、俺が皆を守る。俺の命に代えても」
「貴方……」
「旦那様……信じております」
重苦しくも、絆を確かめ合う大人たち。
その光景を、リアン(2歳)は静かに見つめていた。
(……父さん。俺を教会に預けるだって?)
リアンは、テーブルの下で、愛機である「センチネル(胡桃割り人形)」を強く握りしめた。
(……そんなこと、させるわけがない)
(明日? 遅い。敵はもう川辺にいるんだ)
(父さんも、母さんも、オニヒメも。……そんな危険な目には遭わせない)
リアンの瞳に、2歳児にはあり得ない、冷徹な「指揮官」の色が宿る。
(なぁ? 相棒)
センチネルの硬い木の感触が、リアンの決意に応えるように冷たく手に馴染んだ。
(……今夜だ。今夜中に、あの100体のオーガを『調理』する)
(シチューが冷める前に……とはいかないが、夜明けまでには片付けるぞ)
家族が「最後の晩餐」かもしれない食事を噛み締める中、リアンだけは、これから始まる「一方的な虐殺(ハンティング)」の段取り(レシピ)を、頭の中で完璧に組み立てていた。
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