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EP 7
しおりを挟む世界が震撼する日
米本土上空は、漆黒の闇に包まれていた。
この時代の貧弱な防空網にとって、高度6万フィート(約1万8千メートル)を飛ぶステルス機は、存在しないも同然だった。
F-35B 8機は、二手に分かれた。
三島健太(みしま けんた)率いる4機が、ニューメキシコ州ロスアラモスとシカゴ大学へ。
残り4機が、カンザス州ウィチタのボーイング社工場へ。
彼らの燃料タンクは、菊池(きくち)が「ましゅう」の化学プラントで合成した、不純物だらけの「最後のJP-5」で満たされていた。
それは「片道(ワンウェイ)」分の燃料だった。
『RAIJIN-1(三島)より全機へ。これより最終ミッション(オペレーション・プロメテウス)を開始する。菊池の計算を信じろ。座標、固定』
三島は、ヘルメットディスプレイに映る、荒野の山中にある小さな研究所(ロスアラモス)を睨んだ。
(こんな場所で、俺の故郷(ヒロシマ)を焼く『悪魔』が生まれるはずだったのか)
『RAIJIN-5、ウィチタ上空。B-29とかいうデカい鳥の巣だ。…デカすぎて、外しようがねえ』
『RAIJIN-1、無駄口を叩くな。…全機、爆弾(ペイロード)、投下(リリース)!』
誘導爆弾(GBU-32)が、音もなく闇に吸い込まれていく。
数秒後、アメリカ大陸の心臓部二箇所で、凄まじい爆発が同時に発生した。
ロスアラモスの初期施設群と、シカゴ大学の原子炉(シカゴ・パイル)建設予定地は、ピンポイント爆撃で更地と化した。
ウィチタのB-29生産ラインは、その大半が火の海に沈んだ。
『RAIJIN-6(ライジン・シックス)より1(ワン)へ! エンジン、サージ(異常燃焼)発生! クソッ、菊池の安物燃料が詰まりやがった!』
『6(シックス)! 状況は!』
『推力(スラスト)低下! メキシコまでもたねえ! …カンザスのど真ん中だ、司令によろしくな、RAIJIN-1』
『馬鹿野郎! 脱出(ベイルアウト)しろ!』
『脱出してどうする。捕まって拷問されて、俺たちの技術(テクノロジー)を白状させられるのは御免だ』
RAIJIN-6のパイロットは、乾いた声で笑った。
『…俺は、じいさん(特攻隊員)とは違う。自分の意思で、突っ込む。…目標、残存した第二工場!』
炎を噴いたF-35Bは、スクランブル発進してきたP-40ウォーホークの機銃掃射を浴びながらも、ボーイング社の残存施設へと突入し、大爆発を起こした。
『6(シックス)ーーーー!!!』
三島の絶叫が響く。
『…全機、撤退(リトリート)! 撤退だ! ラリーポイント"テキーラ"(メキシコ領バハ・カリフォルニア半島)へ向かえ!』
残った7機は、背後の炎を振り切り、国境線を目指して闇へと消えていった。
その報は、瞬く間に世界を駆け巡った。
「出雲艦隊」というオーパーツ(場違いな工芸品)の存在が、世界のパワーバランスを根底から破壊したのだ。
ドイツ・ベルリン。
ヒトラーは、ミッドウェーと米本土爆撃の報に、当初は歓喜した。
「我が友邦・日本が、ついにユダヤの牙城(米国)を砕いた!」
だが、その直後、アプヴェーア(国防軍諜報部)がもたらした「F-35B」の(断片的な)性能報告書に、彼は戦慄した。
「…ステルス? ジェットエンジン? 米艦隊を『蒸発』させるロケット弾(ミサイル)? 馬鹿な…我がドイツの技術を遥かに超えている!」
ヒトラーの思考は、歓喜から「恐怖」と「渇望」に変わった。
「あれ(出雲艦隊)がもし大西洋に来れば、英国は一日で降伏する。もしロシア(ソ連)に向かえば、ウラルまで一週間だ」
彼は、即座にUボート艦隊司令長官デーニッツに命じた。
「全Uボートは、太平洋へ向かえ。日本の『奇跡の兵器(ヴンダーヴァッフェ)』の技術を、何としても『盗め』。日本には最大級の賛辞を送り、技術交換の使節団を送れ!」
ソ連・モスクワ。
スターリンは、ドイツとの凄惨な消耗戦(独ソ戦)の最中だった。
「日本が、米国を…無力化しただと?」
彼のパラノイア(猜疑心)が爆発した。
「今、関東軍(満州の日本陸軍)が、あの『悪魔の兵器』の支援を受けて南下したら? シベリアは一瞬で奪われる!」
彼は、ドイツ戦線から、虎の子のシベリア師団の一部を、泣く泣く「満州国境に引き戻し」、防衛を固めさせた。
同時に、日本大使に対し、日ソ中立条約の遵守を(異様なまでに下手に出て)確認した。
世界は、日本を中心に回るのではなく、「出雲艦隊」という『未知の力』を中心に回り始めた。
第十二章:『張り子の虎』の凱旋
「いずも」CIC。
メキシコ沖の潜水艦「たいげい」(黒木艦長)から、『パイロット7名、無事回収』との暗号電文が届いた。
坂上は、RAIJIN-6の喪失に胸を痛めながらも、山本五十六へ「全任務完了」の報告を送った。
そして、彼は、この艦隊の「死」を告げる電文を続けた。
『ワレ、燃料完全枯渇。艦隊航行、不能。
ナオ、菊池技術長ノ診断ニヨリ、昭和ノ燃料(粗悪重油)ハ、我ガ艦ノガスタービンエンジンニ致命的損傷ヲ与エルタメ、受領(じゅりょう)ヲ拒否ス。至急、対策ヲ請ウ』
その電文は、東京を二つに引き裂いた。
首相官邸。
「ミッドウェー大勝利!」「米本土爆撃成功!」
号外が飛び交い、国民は提灯行列で熱狂していた。
陸軍省は、この「神風」に、完全に理性を失っていた。
「見たことか! 米国は恐るるに足らず! 今こそ、ハワイを占領し、オーストラリアを叩き、インドへ進撃せよ!」
東條英機首相(陸相兼任)が、地図を叩いて叫んだ。
海軍省。
山本五十六は、陸軍の狂喜を、冷ややかな目で見つめていた。
「陸軍は何も分かっていない…」
宇垣纏(うがき まとむ)が、坂上からの電文を手に、血相を変えて飛び込んできた。
「長官! 大変です! 『アマテラス』が…動けない、と!」
「…そうか。来たか」
山本は、坂上の電文の「本当の意味」を理解していた。
あの未来兵器は、「昭和」という土壌では、呼吸すらできないのだ。
「陸軍は、『アマテラス』の力を『無限』と誤解している」
「長官、どうなさるのです! このままでは、陸軍が暴走を…!」
「坂上1佐は、我々に『切り札』を渡してくれた。我々はこの『勝利』を、和平に使う。…だが、その前に」
山本は、重い決断を下した。
「宇垣。呉の鎮守府に命じろ。ドックを空けさせろ。そして…」
彼は、屈辱に耐えるように、言葉を絞り出した。
「…戦艦『伊勢』『日向』を、米西海岸沖へ急派せよ。任務は、補給ではない。…『牽引(けんいん)』だ」
呉(くれ)の屈辱
米西海岸沖。
令和の技術の結晶である「出雲艦隊」全7隻は、動力を切り、静かな太平洋に「漂流」していた。
そこに、黒煙を吐きながら、帝国海軍の旧式戦艦「伊勢」「日向」、そして数隻のタンカーが到着した。
「伊勢」の艦橋で、艦長は信じられない光景を見ていた。
「…あれが…『アマテラス』。なんと巨大な…。だが、なぜ動かん?」
「いずも」の艦橋で、坂上は敬礼した。
「救援、感謝する。これより、牽引作業に移られたい」
「け、牽引だと!?」
史上、最も異様で、最も屈辱的な「凱旋」が始まった。
最強のイージス艦「まや」が、旧式の「伊勢」に。
空母「いずも」が、「日向」に。
「ましゅう」「あさひ」らが、タンカーや駆逐艦に。
太いロープで結び付けられ、まるで罪人のように、太平洋を横断させられた。
潜水艦「たいげい」だけは、回収したパイロットを乗せ、最後の電力で自力航行し、先導した。
数週間後。呉軍港。
「出雲艦隊、凱旋!」
「日本海軍、大勝利!」
事情を知らない国民は、牽引されて港に入ってくる異形の艦隊に、熱狂的な歓声を送った。
坂上と全クルーは、その歓声に、ただ無言で敬礼を返すしかなかった。
ドック入りした「いずも」の機関室。
菊池玲奈2佐は、ガスタービンエンジンのタービンブレードを指差し、山本五十六に「最終診断」を下した。
「長官。これが、我々の『心臓』です。昭和の燃料を一滴でも入れれば、この精密合金は即座に溶け落ちます」
「…直せないのか」
「この合金を精製する『技術』と『工場』を、ゼロから作る必要があります。最短でも3年。恐らくは5年」
菊池は、静かに告げた。
「『出雲艦隊』は、本日をもって、戦闘能力を完全喪失しました。…我々は、ただの『鉄の浮島』です」
その報告は、即座に陸軍首脳部の知るところとなった。
彼らの狂喜は、海軍への嘲笑と怒りへと変わった。
「見たことか、山本! 貴様の『秘密兵器』は、一度使ったら壊れる『張り子の虎』ではないか!」
「我々は騙された! だが、好都合だ! 米国の戦力は消えた! もはや我らを阻むものはない!」
「全軍、ハワイ・オーストラリアへの進撃準備を急げ! 勝利の栄光は、我が陸軍が掴む!」
陸軍の暴走は、もはや誰にも止められなくなっていた。
最後の戦場(御前会議)
数日後。皇居、御前会議。
天皇陛下の御前で、東條英機首相兼陸相が、声を張り上げていた。
「…以上のように、ミッドウェーの勝利により、敵の戦力は壊滅いたしました! 今こそ、我が皇軍百万が、一気にハワイ、豪州を席巻し、大東亜共栄圏を完成させる時であります!」
陸軍大臣、参謀総長が、次々とその案に「聖断」を仰ぐ。
海軍大臣の嶋田繁太郎は、山本の意を受け、かろうじて「艦隊の再編に時間が必要」と抵抗するが、陸軍の勢いに押されていた。
その時、山本五十六が、静かに挙手した。
「陛下。恐れながら、この作戦には『致命的な欠陥』がございます」
「何だと、山本!」東條が睨む。
「この作戦の前提は、『米国の反撃がない』こと。しかし、我々は知っております。もしこのまま戦争を続ければ、米国は『我々の理解を超える速度』で態勢を立て直し、3年後には日本を焦土とすることを」
「何を夢のような話を!」
「夢ではありませぬ。証人がおります」
山本は、扉の外に控えていた坂上真一の入室を促した。
軍服の階級章を外され、「海軍嘱託」という謎の肩書を与えられた坂上が、菊池玲奈と共に、静かに入室した。
「国賊め! 壊れたフネの艦長が、陛下の御前に!」陸軍の将校が叫ぶ。
坂上は、その罵声を無視し、天皇に向かって深く一礼した。
「坂上真一であります。…陸軍の皆様」
彼は、東條ら陸軍首脳部を、冷徹な目で見据えた。
「貴官らは、我々を『張り子の虎』と仰った。その通りです。我々の兵器(ハモノ)は、燃料が尽き、壊れました」
「だが」と坂上は続けた。
「その『虎』を設計し、製造した『知識』は、今、ここにあります」
菊池が、持参した設計図(トランジスタの基礎回路図)と、小さな黒い石(シリコンウェハーの欠片)をテーブルに置いた。
「これは、『電算機』の心臓部です。これがあれば、貴官らの砲撃計算は100倍速くなる」
坂上は、別の図面(ジェットエンジンのタービン構造図)を広げた。
「これは、『火を噴くエンジン』です。プロペラ機を時代遅れにします」
そして、彼は最後に、数式(E=mc²)が書かれた紙を置いた。
「そして、これが…広島を一瞬で消し去る『新型爆弾』の基礎理論です」
会議室が、死のように静まり返った。
「陸軍の諸君。貴官らの言う通り、今、進撃すれば、ハワイは取れるやもしれん。豪州も取れるやもしれん」
「だが、その結果、日本は戦線を肥大化させ、補給が途絶え、疲弊する。そして、我々が知る『3年後の地獄(敗戦)』を、寸分違わず繰り返すことになる!」
坂上は、天皇に向き直り、そして東條を睨みつけた。
「陛下! そして東條首相! 今、日本が選ぶべき道は『拡大』ではありませぬ。『内需』です!」
「我々『出雲艦隊』のクルー全員が持つ『未来の知識』を、この国に移植するのです!」
「石油精製、コンピュータ、ジェットエンジン、核物理学…。この『知識』を使い、この国を5年で『本物の虎』に作り替えるのです!」
「そのためには、今すぐ米国との和平交渉を開始し、ドイツの技術窃盗団を排除し、ソ連の南下に備えねばなりません!」
坂上は、最後の力を振り絞って叫んだ。
「選ぶのは、貴官らだ。この『勝利』に浮かれて無謀な進撃を続け、我々の『知識』ごと滅びの道を選ぶか」
「それとも、我々の『知識』と手を組み、この国を真の『神の国』へと作り替えるか!」
坂上真一の、本当の戦争。
それは、外なる敵(米国)ではなく、最も厄介な「内なる敵(日本陸軍の旧思想)」との、知力を尽くした戦いの幕開けだった。
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