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第二章 ナンバーズとリセット
EP 6
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涙の逃走(エスケープ)
「……いい匂い」
テント村の中心広場。
そこには、絶望と希望が入り混じった長蛇の列ができていた。
巨大な寸胴鍋から立ち上る、味噌と豚肉、そして根菜が煮込まれた芳醇な香り。
『豚汁』だ。
「並ぶわよ、ツーちゃん。ここが正念場よ」
「は、はい……!」
リーザとNo.2(ルルシア)は、ボロボロの服を着たおじさん達に混じって列に並んだ。
ルルシアの仮面は既に外され(質屋に入れようとして断られた)、ドレスは泥と草の汁で薄汚れている。
もはや、どこからどう見ても「生活に困窮した家出少女」だった。
「お嬢ちゃん達、新入りかい? 寒い中大変だなぁ」
「ほら、俺のカイロ使いな。ぬるいけど」
前後に並ぶホームレスのおじさん達が、優しく声をかけてくる。
普段のルルシアなら「気安く触るな下民が!」と衝撃波で吹き飛ばしていただろう。
だが今の彼女は、その優しさに涙ぐんでいた。
「あ、ありがとうおじさん……。あったかい……」
(……なんで? 私、ナンバーズの幹部なのに。世界を支配する側なのに。なんで歯の抜けたおじさんに優しくされて感動してるの……?)
自己矛盾。
コピーした【貧困耐性S】が馴染みすぎて、オリジナルの自我を浸食していく恐怖。
「次の方ー! お待たせしました!」
ついに二人の番が来た。
割烹着を着たボランティアのおばちゃんが、満面の笑みでお椀を差し出す。
「あらあら、可愛い子達だねぇ。お腹空いたでしょ? お肉多めに入れとくからね!」
ドプンッ。
お玉ですくわれた具材が、並々と注がれる。
黄金色に輝く脂。湯気。
それは、宝石箱よりも輝いて見えた。
「あ……あぁ……」
ルルシアは震える両手で、温かいお椀を受け取った。
指先から伝わる熱が、冷え切った体に染み渡る。
「いただきまーす!!」
隣のリーザは、既に椀に口をつけ、猛獣の勢いで啜り始めていた。
「はふっ! 熱っ! うまっ! 大根シミシミ~!」と幸せそうな声を上げている。
ルルシアも口をつけようとした。
豚肉の香りが鼻孔をくすぐる。
その瞬間。
プツンッ。
彼女の中で、何かが切れた。
(……私は、キャリデリン伯爵令嬢よ)
(毎朝、焼きたてのパンと紅茶を飲んでいたのよ)
(なんで……なんで私、こんなところで、知らないおじさん達と並んで、施しのスープを飲もうとしてるの……!?)
「……やだ」
ルルシアの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「ツーちゃん? どうしたの?」
リーザが口の周りに味噌をつけながら振り向く。
「いやあああああああああああああッ!!!!」
ルルシアは絶叫した。
夜のテント村に響き渡る、魂の悲鳴。
「もう嫌ぁぁぁぁ! 雑草なんて食べたくないぃぃ! 床の玉拾いたくないぃぃ! お家に帰りたいぃぃぃ!!」
彼女の手から、豚汁のお椀が滑り落ちる。
スローモーションのように宙を舞うお椀。
「あっ!?」
リーザが目を見開く。
「うわあああぁぁぁん!! ママぁぁぁぁ!!」
ルルシアは踵を返すと、脱兎の如く走り出した。
もはや彼女の中に「No.2」としての矜持も、任務も残っていなかった。
あるのは、ただ「この惨めな現実から逃げ出したい」という一心のみ。
「ちょ、ちょっとツーちゃん! 待って!」
リーザが呼び止める……かと思いきや。
シュバッ!!
リーザは音速の動きでスライディングし、地面に落ちる寸前の「お椀」を見事にキャッチした。
一滴もこぼさずに。
「危なーい! ……ふぅ、セーフ。豚肉が地面に落ちるところだったわ」
リーザは遠ざかるルルシアの背中を見送りながら、寂しげに、しかししっかりと二つ目のお椀に口をつけた。
「……行っちゃった。せっかくいいコンビになれると思ったのに」
ズズズッ。
彼女は友の分まで、豚汁を美味しく完食した。
***
その様子を、テントの影から見つめる男たちがいた。
T-SWAT隊長の鮫島と、イグニスだ。
「……隊長。あの子、逃げてったけど」
イグニスが焼き鳥(ボランティアの賄い)を食いながら言う。
「ああ。……組織の仮面をつけていたな。おそらく、ナンバーズの構成員か、幹部クラスだろう」
鮫島はタバコの煙を吐き出し、走り去った少女の方向を見た。
「追わなくていいのか?」
「必要ない」
鮫島は、豚汁を二杯完食して「おかわり!」と叫んでいるリーザを見て、肩をすくめた。
「既に『敗北』している。……精神的にな」
リーザという天然の兵器(貧乏神)に巻き込まれ、自滅した哀れな刺客。
彼女が再び立ち直り、敵として現れるには、相当なリハビリとカウンセリングが必要だろう。
「それにしても……」
鮫島はリーザを見た。
「あいつ、ある意味で最強の『防衛システム』かもしれんな」
T-SWATは何もしなかった。弾一発撃たずに、敵幹部一人を再起不能(リタイア)に追い込んだのだから。
「よし、俺たちも食うか。……おばちゃん、俺にも豚汁くれ。七味たっぷりでな」
「おう! 俺様はおかわりだ! 肉だけでいいぞ!」
こうして、No.2による潜入作戦は、豚汁の湯気と共に霧散した。
だが、ナンバーズの脅威が去ったわけではない。
むしろ、この失態が引き金となり、No.0(ギアン)の本気の怒りを買うことになる。
「……いい匂い」
テント村の中心広場。
そこには、絶望と希望が入り混じった長蛇の列ができていた。
巨大な寸胴鍋から立ち上る、味噌と豚肉、そして根菜が煮込まれた芳醇な香り。
『豚汁』だ。
「並ぶわよ、ツーちゃん。ここが正念場よ」
「は、はい……!」
リーザとNo.2(ルルシア)は、ボロボロの服を着たおじさん達に混じって列に並んだ。
ルルシアの仮面は既に外され(質屋に入れようとして断られた)、ドレスは泥と草の汁で薄汚れている。
もはや、どこからどう見ても「生活に困窮した家出少女」だった。
「お嬢ちゃん達、新入りかい? 寒い中大変だなぁ」
「ほら、俺のカイロ使いな。ぬるいけど」
前後に並ぶホームレスのおじさん達が、優しく声をかけてくる。
普段のルルシアなら「気安く触るな下民が!」と衝撃波で吹き飛ばしていただろう。
だが今の彼女は、その優しさに涙ぐんでいた。
「あ、ありがとうおじさん……。あったかい……」
(……なんで? 私、ナンバーズの幹部なのに。世界を支配する側なのに。なんで歯の抜けたおじさんに優しくされて感動してるの……?)
自己矛盾。
コピーした【貧困耐性S】が馴染みすぎて、オリジナルの自我を浸食していく恐怖。
「次の方ー! お待たせしました!」
ついに二人の番が来た。
割烹着を着たボランティアのおばちゃんが、満面の笑みでお椀を差し出す。
「あらあら、可愛い子達だねぇ。お腹空いたでしょ? お肉多めに入れとくからね!」
ドプンッ。
お玉ですくわれた具材が、並々と注がれる。
黄金色に輝く脂。湯気。
それは、宝石箱よりも輝いて見えた。
「あ……あぁ……」
ルルシアは震える両手で、温かいお椀を受け取った。
指先から伝わる熱が、冷え切った体に染み渡る。
「いただきまーす!!」
隣のリーザは、既に椀に口をつけ、猛獣の勢いで啜り始めていた。
「はふっ! 熱っ! うまっ! 大根シミシミ~!」と幸せそうな声を上げている。
ルルシアも口をつけようとした。
豚肉の香りが鼻孔をくすぐる。
その瞬間。
プツンッ。
彼女の中で、何かが切れた。
(……私は、キャリデリン伯爵令嬢よ)
(毎朝、焼きたてのパンと紅茶を飲んでいたのよ)
(なんで……なんで私、こんなところで、知らないおじさん達と並んで、施しのスープを飲もうとしてるの……!?)
「……やだ」
ルルシアの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「ツーちゃん? どうしたの?」
リーザが口の周りに味噌をつけながら振り向く。
「いやあああああああああああああッ!!!!」
ルルシアは絶叫した。
夜のテント村に響き渡る、魂の悲鳴。
「もう嫌ぁぁぁぁ! 雑草なんて食べたくないぃぃ! 床の玉拾いたくないぃぃ! お家に帰りたいぃぃぃ!!」
彼女の手から、豚汁のお椀が滑り落ちる。
スローモーションのように宙を舞うお椀。
「あっ!?」
リーザが目を見開く。
「うわあああぁぁぁん!! ママぁぁぁぁ!!」
ルルシアは踵を返すと、脱兎の如く走り出した。
もはや彼女の中に「No.2」としての矜持も、任務も残っていなかった。
あるのは、ただ「この惨めな現実から逃げ出したい」という一心のみ。
「ちょ、ちょっとツーちゃん! 待って!」
リーザが呼び止める……かと思いきや。
シュバッ!!
リーザは音速の動きでスライディングし、地面に落ちる寸前の「お椀」を見事にキャッチした。
一滴もこぼさずに。
「危なーい! ……ふぅ、セーフ。豚肉が地面に落ちるところだったわ」
リーザは遠ざかるルルシアの背中を見送りながら、寂しげに、しかししっかりと二つ目のお椀に口をつけた。
「……行っちゃった。せっかくいいコンビになれると思ったのに」
ズズズッ。
彼女は友の分まで、豚汁を美味しく完食した。
***
その様子を、テントの影から見つめる男たちがいた。
T-SWAT隊長の鮫島と、イグニスだ。
「……隊長。あの子、逃げてったけど」
イグニスが焼き鳥(ボランティアの賄い)を食いながら言う。
「ああ。……組織の仮面をつけていたな。おそらく、ナンバーズの構成員か、幹部クラスだろう」
鮫島はタバコの煙を吐き出し、走り去った少女の方向を見た。
「追わなくていいのか?」
「必要ない」
鮫島は、豚汁を二杯完食して「おかわり!」と叫んでいるリーザを見て、肩をすくめた。
「既に『敗北』している。……精神的にな」
リーザという天然の兵器(貧乏神)に巻き込まれ、自滅した哀れな刺客。
彼女が再び立ち直り、敵として現れるには、相当なリハビリとカウンセリングが必要だろう。
「それにしても……」
鮫島はリーザを見た。
「あいつ、ある意味で最強の『防衛システム』かもしれんな」
T-SWATは何もしなかった。弾一発撃たずに、敵幹部一人を再起不能(リタイア)に追い込んだのだから。
「よし、俺たちも食うか。……おばちゃん、俺にも豚汁くれ。七味たっぷりでな」
「おう! 俺様はおかわりだ! 肉だけでいいぞ!」
こうして、No.2による潜入作戦は、豚汁の湯気と共に霧散した。
だが、ナンバーズの脅威が去ったわけではない。
むしろ、この失態が引き金となり、No.0(ギアン)の本気の怒りを買うことになる。
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