22 / 46
EP 22
しおりを挟む
金貨10枚の重みと、進まないフォーク
アルクスに戻った頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。
太郎たちは重い足取りで――しかし、確かな戦果を携えて冒険者ギルドの扉を開いた。
「おい、あれ見ろよ……」
「あの赤い毛皮……まさか」
太郎たちがカウンターに置いた紅蓮の毛皮と、握りこぶし大の禍々しい魔石を見て、ギルド内がざわめき始めた。
「魔狼(クリムゾン・ウルフ)だと!?」
「普通のウルフじゃねぇ! 変異種だ!」
「あんな新米パーティーが倒したのか!? すげぇぇ!」
どよめきは瞬く間に歓声へと変わった。
荒くれ者たちの視線が、驚嘆と称賛を含んで三人に注がれる。
「魔狼を退治したんですね! 素晴らしい!」
受付嬢も興奮気味に身を乗り出した。
「討伐証明部位の確認、完了しました。通常のウルフ討伐報酬に加え、変異種討伐の特別功労金……合わせて、金貨10枚になります!」
「金貨、10枚……!」
サリーが息を呑む。日本円にして約10万円。
命がけの死闘の対価としては安いかもしれないが、新米冒険者にとっては破格の大金だ。
「ありがとう!」
サリーが満面の笑みで金貨の袋を受け取る。
「フフっ、中々の金額ですね。これなら装備の修繕をして、美味しいものを食べてもお釣りが来ます」
ライザも満足そうに頷いた。死線を越えた高揚感が、彼女の表情を明るくさせている。
「えぇ! 私たち、頑張ったもんね!」
二人が手を取り合って喜ぶ横で、太郎だけが無言で立ち尽くしていた。
「…………」
周囲の賞賛の声も、金貨の輝きも、今の太郎には遠い世界の出来事のように感じられた。
脳裏に焼き付いているのは、自分の目の前で鮮血を吹き出したライザの姿だけだった。
「さぁ、リーダー。祝勝会を開きましょう」
ライザが太郎の肩を軽く叩く。
その手には包帯が巻かれていない。魔法で傷は塞がった。だが、斬られた事実は消えない。
「……うん、そうだね」
太郎は乾いた笑みを浮かべるのが精一杯だった。
いつものレストラン『大樹の梢亭』。
テーブルには、前回よりも豪華な料理が並んでいた。
肉厚のステーキ、山盛りのフライドポテト、そして高級なワイン。
「かんぱーい!」
サリーとライザの声が弾む。
「ん~っ! このお肉、柔らかくて最高!」
「ええ、ワインも格別ですわ。やはり勝利の美酒というのは美味しいものです」
二人は死の恐怖を振り払うかのように、明るく振る舞い、よく食べた。
それが冒険者としての「切り替え」であり、明日を生きるための儀式なのだ。
しかし、太郎の皿の料理はほとんど減っていなかった。
「…………」
フォークでパスタを突っつきながら、太郎は俯いていた。
(僕がもっとしっかりしていれば……)
(あんな玩具のレーザーポインターじゃなくて、もっと確実な武器があれば……)
(次もまた、運良く勝てる保証なんてどこにもない……)
「太郎さん? どうしたんですか? 食べないんですか?」
サリーが心配そうに覗き込む。
「あ、いや……ちょっと疲れちゃって。お腹空いてないんだ」
「そうですか? でも食べないと力がつきませんよ?」
ライザがステーキを切り分け、太郎の皿に乗せてくれる。その優しさが、今の太郎には痛かった。
「……ありがとう」
賑やかな店内で、盛り上がる二人と、孤独感を深める太郎。
金貨10枚の入った革袋は、リュックの底で鉛のように重く、太郎の心を押し潰していた。
アルクスに戻った頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。
太郎たちは重い足取りで――しかし、確かな戦果を携えて冒険者ギルドの扉を開いた。
「おい、あれ見ろよ……」
「あの赤い毛皮……まさか」
太郎たちがカウンターに置いた紅蓮の毛皮と、握りこぶし大の禍々しい魔石を見て、ギルド内がざわめき始めた。
「魔狼(クリムゾン・ウルフ)だと!?」
「普通のウルフじゃねぇ! 変異種だ!」
「あんな新米パーティーが倒したのか!? すげぇぇ!」
どよめきは瞬く間に歓声へと変わった。
荒くれ者たちの視線が、驚嘆と称賛を含んで三人に注がれる。
「魔狼を退治したんですね! 素晴らしい!」
受付嬢も興奮気味に身を乗り出した。
「討伐証明部位の確認、完了しました。通常のウルフ討伐報酬に加え、変異種討伐の特別功労金……合わせて、金貨10枚になります!」
「金貨、10枚……!」
サリーが息を呑む。日本円にして約10万円。
命がけの死闘の対価としては安いかもしれないが、新米冒険者にとっては破格の大金だ。
「ありがとう!」
サリーが満面の笑みで金貨の袋を受け取る。
「フフっ、中々の金額ですね。これなら装備の修繕をして、美味しいものを食べてもお釣りが来ます」
ライザも満足そうに頷いた。死線を越えた高揚感が、彼女の表情を明るくさせている。
「えぇ! 私たち、頑張ったもんね!」
二人が手を取り合って喜ぶ横で、太郎だけが無言で立ち尽くしていた。
「…………」
周囲の賞賛の声も、金貨の輝きも、今の太郎には遠い世界の出来事のように感じられた。
脳裏に焼き付いているのは、自分の目の前で鮮血を吹き出したライザの姿だけだった。
「さぁ、リーダー。祝勝会を開きましょう」
ライザが太郎の肩を軽く叩く。
その手には包帯が巻かれていない。魔法で傷は塞がった。だが、斬られた事実は消えない。
「……うん、そうだね」
太郎は乾いた笑みを浮かべるのが精一杯だった。
いつものレストラン『大樹の梢亭』。
テーブルには、前回よりも豪華な料理が並んでいた。
肉厚のステーキ、山盛りのフライドポテト、そして高級なワイン。
「かんぱーい!」
サリーとライザの声が弾む。
「ん~っ! このお肉、柔らかくて最高!」
「ええ、ワインも格別ですわ。やはり勝利の美酒というのは美味しいものです」
二人は死の恐怖を振り払うかのように、明るく振る舞い、よく食べた。
それが冒険者としての「切り替え」であり、明日を生きるための儀式なのだ。
しかし、太郎の皿の料理はほとんど減っていなかった。
「…………」
フォークでパスタを突っつきながら、太郎は俯いていた。
(僕がもっとしっかりしていれば……)
(あんな玩具のレーザーポインターじゃなくて、もっと確実な武器があれば……)
(次もまた、運良く勝てる保証なんてどこにもない……)
「太郎さん? どうしたんですか? 食べないんですか?」
サリーが心配そうに覗き込む。
「あ、いや……ちょっと疲れちゃって。お腹空いてないんだ」
「そうですか? でも食べないと力がつきませんよ?」
ライザがステーキを切り分け、太郎の皿に乗せてくれる。その優しさが、今の太郎には痛かった。
「……ありがとう」
賑やかな店内で、盛り上がる二人と、孤独感を深める太郎。
金貨10枚の入った革袋は、リュックの底で鉛のように重く、太郎の心を押し潰していた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる