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EP 52
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勇者の称号と、執事マルスの家庭の事情
S級冒険者への昇格から数日。
アルクスの冒険者ギルドは、今日も活気に満ちていた。
その食堂の一角で、太郎たちはランチタイムを楽しんでいた。今日のメニューは、太郎が差し入れた『レトルト中華丼』だ。
「ん~! このとろみのあるタレがご飯に絡んで最高ね!」
「野菜もシャキシャキしていて美味しいですわ」
平和な昼下がり。しかし、その静寂はまたしても重厚な鎧の音によって破られた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
入り口から現れたのは、王宮騎士団の一団。その先頭には、見覚えのある燕尾服の男――執事のマルスが立っていた。
彼は一直線に太郎たちのテーブルへ歩み寄ると、恭しく一礼した。
「勇者太郎様でいらっしゃいますね」
ギルド中の視線が集中する中、太郎はスプーンを止めて目を丸くした。
「マルスさん? ……えっ、『勇者』!? 僕が太郎ですけど、勇者だなんて……」
ただのコンビニ店員崩れに、勇者という称号はあまりにも荷が重い。
「いえいえ。ドラゴン、ソウルワイバーン、そして伝説のベヒーモス討伐……これほどの偉業を成し遂げ、S級冒険者に昇り詰めたともなれば、人々から『勇者』と呼ばれて当然かと」
マルスは真顔で言い切った。
世間では既に、太郎は「異界から降臨した救国の勇者」という扱いになっているらしい。
「それより太郎様。我が主、バゴール王から『至急、王宮に来るように』との仰せです」
「え? またカレーライスを作るのかな?」
前回の呼び出しがそうだっただけに、太郎は首をかしげた。
「いえ、私も具体的な用件は何も聞かされていないのですが……とにかく『勇者太郎様を丁重にお連れしろ』と、厳命された次第です」
マルスの表情は硬い。王の「丁重に」という言葉の裏には、失敗すればタダでは済まないという圧力が透けて見える。
「何かしら? 太郎さんに用って。また厄介事じゃないといいけど」
サリーが心配そうに眉を寄せる。
太郎も嫌な予感がしていた。S級になったばかりで目立っている今、王宮に関わるのは面倒ごとの匂いしかしない。
「う~ん……行きたくないなぁ。せっかくの休みなのに」
太郎が本音を漏らすと、マルスの顔色が一変した。
彼は騎士たちを下がらせ、テーブルに身を乗り出して小声で囁いた。
「太郎様……お願いします。どうか来てください」
「えっ」
「実は……妻が妊娠して子供が5人目になるんです。生活費がかさむ中で、もし私が失態を演じてクビにでもなれば……」
マルスの目が潤んでいる。
「それに、同居している祖母は『腰が痛い』と言っては温泉に通いたいと駄々をこね、私の懐から財布を抜き取る始末でして……!」
「えぇ……」
「太郎様が王宮に来てくれないと、私は破滅です! 大変な事になるんです! どうか、どうかお慈悲をぉぉ!」
マルスは太郎の手を握りしめ、鬼気迫る表情で訴えた。
国の存亡とかではなく、極めて個人的かつ切実な家庭の事情だ。
「マルスさん……大変だなぁ」
太郎は同情せずにはいられなかった。
中間管理職の悲哀が、その背中に漂っている。
「ってか、お婆ちゃんの温泉とか、僕に全く関係ない事が沢山有るけど……」
しかし、目の前で大人の男に泣きつかれては、断れないのが太郎という男だ。
「……はぁ。仕方ない、行きますよ。マルスさんの家庭の為にも」
その言葉を聞いた瞬間、マルスの顔にパァァッと光が差した。
「おぉ! ありがとうございます! 勇者太郎様! 貴方様は私の家族の救世主だ!」
マルスは深々と頭を下げた。
「じゃあ、行こうか。サリー、ライザ、ピカリ」
「えぇ、付き合いますわ。勇者様の妻として」
「王宮のお菓子、また食べられるかな?」
『ピカリもいくー! 王様のお髭ひっぱるー!』
こうして太郎たちは、再び王家の紋章が入った馬車に揺られ、何が待つとも知れない王宮へと向かうことになった。
S級冒険者への昇格から数日。
アルクスの冒険者ギルドは、今日も活気に満ちていた。
その食堂の一角で、太郎たちはランチタイムを楽しんでいた。今日のメニューは、太郎が差し入れた『レトルト中華丼』だ。
「ん~! このとろみのあるタレがご飯に絡んで最高ね!」
「野菜もシャキシャキしていて美味しいですわ」
平和な昼下がり。しかし、その静寂はまたしても重厚な鎧の音によって破られた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
入り口から現れたのは、王宮騎士団の一団。その先頭には、見覚えのある燕尾服の男――執事のマルスが立っていた。
彼は一直線に太郎たちのテーブルへ歩み寄ると、恭しく一礼した。
「勇者太郎様でいらっしゃいますね」
ギルド中の視線が集中する中、太郎はスプーンを止めて目を丸くした。
「マルスさん? ……えっ、『勇者』!? 僕が太郎ですけど、勇者だなんて……」
ただのコンビニ店員崩れに、勇者という称号はあまりにも荷が重い。
「いえいえ。ドラゴン、ソウルワイバーン、そして伝説のベヒーモス討伐……これほどの偉業を成し遂げ、S級冒険者に昇り詰めたともなれば、人々から『勇者』と呼ばれて当然かと」
マルスは真顔で言い切った。
世間では既に、太郎は「異界から降臨した救国の勇者」という扱いになっているらしい。
「それより太郎様。我が主、バゴール王から『至急、王宮に来るように』との仰せです」
「え? またカレーライスを作るのかな?」
前回の呼び出しがそうだっただけに、太郎は首をかしげた。
「いえ、私も具体的な用件は何も聞かされていないのですが……とにかく『勇者太郎様を丁重にお連れしろ』と、厳命された次第です」
マルスの表情は硬い。王の「丁重に」という言葉の裏には、失敗すればタダでは済まないという圧力が透けて見える。
「何かしら? 太郎さんに用って。また厄介事じゃないといいけど」
サリーが心配そうに眉を寄せる。
太郎も嫌な予感がしていた。S級になったばかりで目立っている今、王宮に関わるのは面倒ごとの匂いしかしない。
「う~ん……行きたくないなぁ。せっかくの休みなのに」
太郎が本音を漏らすと、マルスの顔色が一変した。
彼は騎士たちを下がらせ、テーブルに身を乗り出して小声で囁いた。
「太郎様……お願いします。どうか来てください」
「えっ」
「実は……妻が妊娠して子供が5人目になるんです。生活費がかさむ中で、もし私が失態を演じてクビにでもなれば……」
マルスの目が潤んでいる。
「それに、同居している祖母は『腰が痛い』と言っては温泉に通いたいと駄々をこね、私の懐から財布を抜き取る始末でして……!」
「えぇ……」
「太郎様が王宮に来てくれないと、私は破滅です! 大変な事になるんです! どうか、どうかお慈悲をぉぉ!」
マルスは太郎の手を握りしめ、鬼気迫る表情で訴えた。
国の存亡とかではなく、極めて個人的かつ切実な家庭の事情だ。
「マルスさん……大変だなぁ」
太郎は同情せずにはいられなかった。
中間管理職の悲哀が、その背中に漂っている。
「ってか、お婆ちゃんの温泉とか、僕に全く関係ない事が沢山有るけど……」
しかし、目の前で大人の男に泣きつかれては、断れないのが太郎という男だ。
「……はぁ。仕方ない、行きますよ。マルスさんの家庭の為にも」
その言葉を聞いた瞬間、マルスの顔にパァァッと光が差した。
「おぉ! ありがとうございます! 勇者太郎様! 貴方様は私の家族の救世主だ!」
マルスは深々と頭を下げた。
「じゃあ、行こうか。サリー、ライザ、ピカリ」
「えぇ、付き合いますわ。勇者様の妻として」
「王宮のお菓子、また食べられるかな?」
『ピカリもいくー! 王様のお髭ひっぱるー!』
こうして太郎たちは、再び王家の紋章が入った馬車に揺られ、何が待つとも知れない王宮へと向かうことになった。
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