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第五章 月下の宴
EP 21
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肉じゃが定食と男の背中
【小料理屋・龍魔呂 店内】
「はふっ……はふぅ……!」
イグニスは、汁の染みたご飯(ねこまんま)を、スプーンですくって口に運んだ。
甘辛い煮汁と、白米の甘味。そこにホクホクのじゃがいもが絡み合う。
単純にして、至高の組み合わせ。
「くそっ……なんだこれは……止まらねぇ……!」
涙と鼻水を流しながら、最強の竜人は一心不乱に丼をかきこんだ。
里では「食事」とは「燃料補給」でしかなかった。
だが、これは違う。
一口食べるごとに、凍えていた身体の芯が熱くなり、ささくれ立っていた心が解きほぐされていく。
「おかわりー! 大将、まだありまして!?」
隣では、リーザが既に三杯目の丼を差し出している。
「……食い過ぎだ。太るぞ」
龍魔呂は呆れたように言いながらも、寸胴鍋からお玉でたっぷりと具材を盛ってやる。
イグニスはその様子を、箸を止めてじっと見つめた。
(隙がねぇ……)
鍋から具をよそう動作。
リーザに丼を渡す動作。
そして、濡れた布巾でカウンターを拭く動作。
その全てに無駄がなく、流れるような所作だ。
もし今、俺が背後から『イグニス・ブレイク』を放ったらどうなる?
イグニスは脳内でシミュレーションした。
……結果は、「死」。
俺が斧を振りかぶる前に、あの男はお玉か布巾だけで俺の首を刎ねるだろう。
いや、あるいは――料理するように、俺を「解体」するかもしれない。
「……アンタ、何者だ?」
イグニスは震える声で尋ねた。
「ただの料理人……じゃねぇよな。その覇気、その腕……。
俺は竜人の里でも最強と呼ばれた男だ。だが、アンタの足元にも及ばねぇと感じる」
龍魔呂は手を止め、ゆっくりと振り返った。
その瞳は、深淵のように暗く、しかし静かだった。
「……昔は、色々あったさ」
龍魔呂は短く答えた。
かつて魔界で「鬼神」と呼ばれ、数多の戦場を血で染めた過去。
太郎と出会い、剣を包丁に持ち替えた経緯。
それらを語ることはせず、彼はただ背中を向けた。
「今は、ただの飯屋の親父だ。……客が食って、笑って帰ればそれでいい」
その言葉に、イグニスは衝撃を受けた。
(……これが、強さか)
俺は「俺TUEEE」したくて里を出た。
誰かをねじ伏せ、恐怖させ、支配することが強さだと思っていた。
だが、この男は違う。
世界を滅ぼせるほどの力を持ちながら、それを誇示することなく、ただ目の前の腹を空かせた若者に飯を食わせている。
暴力ではなく、包容力。
破壊ではなく、生産。
「……勝てねぇ」
イグニスは完敗を認めた。
今の自分は、ただ喚き散らすだけの子供だ。
この男の背中は、里のどんな岩山よりも高く、雄大に見えた。
「ごちそうさまでした!!」
イグニスは立ち上がり、直角にお辞儀をした。
それは、族長である父にすら見せたことのない、心からの敬意だった。
「……おう。また来な」
龍魔呂は背中を向けたまま、ヒラリと手を振った。
「金ができたらな」
【太郎国・夜の裏路地】
店を出た二人は、満腹のお腹をさすりながら夜道を歩いていた。
「ぷはーっ! 食べた食べた! まさかタダでおかわりまでさせてくれるなんて、あの大将、意外とチョロいですわね!」
リーザは爪楊枝を咥えながら上機嫌だ。
「……先輩。あの人はすげぇよ」
イグニスは夜空を見上げて呟いた。
「俺は、あんな男になりたい。……いや、なる!」
「へぇ? 単純ねぇ」
リーザはケラケラと笑った。
「ま、まずは仕事を見つけて、借金を返してからね。後輩」
「借金?」
「あんたが食った分の代金、私がツケといたから。出世払いでよろしく!」
「なっ!? 奢りじゃなかったのか!?」
「世の中そんなに甘くないわよ~だ!」
リーザは走り出した。
イグニスは慌ててその後を追う。
「待て! くそっ、この守銭奴人魚!」
冷たい風が吹く。
だが、イグニスの胸には、肉じゃがの温かさと、龍魔呂の背中から学んだ熱い想いが残っていた。
【小料理屋・龍魔呂 店内】
「はふっ……はふぅ……!」
イグニスは、汁の染みたご飯(ねこまんま)を、スプーンですくって口に運んだ。
甘辛い煮汁と、白米の甘味。そこにホクホクのじゃがいもが絡み合う。
単純にして、至高の組み合わせ。
「くそっ……なんだこれは……止まらねぇ……!」
涙と鼻水を流しながら、最強の竜人は一心不乱に丼をかきこんだ。
里では「食事」とは「燃料補給」でしかなかった。
だが、これは違う。
一口食べるごとに、凍えていた身体の芯が熱くなり、ささくれ立っていた心が解きほぐされていく。
「おかわりー! 大将、まだありまして!?」
隣では、リーザが既に三杯目の丼を差し出している。
「……食い過ぎだ。太るぞ」
龍魔呂は呆れたように言いながらも、寸胴鍋からお玉でたっぷりと具材を盛ってやる。
イグニスはその様子を、箸を止めてじっと見つめた。
(隙がねぇ……)
鍋から具をよそう動作。
リーザに丼を渡す動作。
そして、濡れた布巾でカウンターを拭く動作。
その全てに無駄がなく、流れるような所作だ。
もし今、俺が背後から『イグニス・ブレイク』を放ったらどうなる?
イグニスは脳内でシミュレーションした。
……結果は、「死」。
俺が斧を振りかぶる前に、あの男はお玉か布巾だけで俺の首を刎ねるだろう。
いや、あるいは――料理するように、俺を「解体」するかもしれない。
「……アンタ、何者だ?」
イグニスは震える声で尋ねた。
「ただの料理人……じゃねぇよな。その覇気、その腕……。
俺は竜人の里でも最強と呼ばれた男だ。だが、アンタの足元にも及ばねぇと感じる」
龍魔呂は手を止め、ゆっくりと振り返った。
その瞳は、深淵のように暗く、しかし静かだった。
「……昔は、色々あったさ」
龍魔呂は短く答えた。
かつて魔界で「鬼神」と呼ばれ、数多の戦場を血で染めた過去。
太郎と出会い、剣を包丁に持ち替えた経緯。
それらを語ることはせず、彼はただ背中を向けた。
「今は、ただの飯屋の親父だ。……客が食って、笑って帰ればそれでいい」
その言葉に、イグニスは衝撃を受けた。
(……これが、強さか)
俺は「俺TUEEE」したくて里を出た。
誰かをねじ伏せ、恐怖させ、支配することが強さだと思っていた。
だが、この男は違う。
世界を滅ぼせるほどの力を持ちながら、それを誇示することなく、ただ目の前の腹を空かせた若者に飯を食わせている。
暴力ではなく、包容力。
破壊ではなく、生産。
「……勝てねぇ」
イグニスは完敗を認めた。
今の自分は、ただ喚き散らすだけの子供だ。
この男の背中は、里のどんな岩山よりも高く、雄大に見えた。
「ごちそうさまでした!!」
イグニスは立ち上がり、直角にお辞儀をした。
それは、族長である父にすら見せたことのない、心からの敬意だった。
「……おう。また来な」
龍魔呂は背中を向けたまま、ヒラリと手を振った。
「金ができたらな」
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店を出た二人は、満腹のお腹をさすりながら夜道を歩いていた。
「ぷはーっ! 食べた食べた! まさかタダでおかわりまでさせてくれるなんて、あの大将、意外とチョロいですわね!」
リーザは爪楊枝を咥えながら上機嫌だ。
「……先輩。あの人はすげぇよ」
イグニスは夜空を見上げて呟いた。
「俺は、あんな男になりたい。……いや、なる!」
「へぇ? 単純ねぇ」
リーザはケラケラと笑った。
「ま、まずは仕事を見つけて、借金を返してからね。後輩」
「借金?」
「あんたが食った分の代金、私がツケといたから。出世払いでよろしく!」
「なっ!? 奢りじゃなかったのか!?」
「世の中そんなに甘くないわよ~だ!」
リーザは走り出した。
イグニスは慌ててその後を追う。
「待て! くそっ、この守銭奴人魚!」
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