17 / 45
EP 17
しおりを挟む
命の重さと、退色した信頼
硝煙の匂いが充満する森の中。
英一は、M24を下げ、震えている少女の背中に声をかけた。
「ま、マミユ……?」
返事はない。
マイユは、頭部を吹き飛ばされたレッドオーガと、その周囲に転がる数体のオーガの死骸を呆然と見つめていた。
その小さな肩が、小刻みに震えている。
「……何故、オーガ達を討ったんですの?」
ようやく絞り出された声は、怒りと恐怖で掠れていた。
彼女が問うているのは、襲ってきたレッドオーガのことではない。その前に英一が「ついで」に掃除した、普通のオーガたちのことだ。
「え? ……だ、だって『敵』だから」
英一は困惑した。
何を当たり前のことを聞いているんだ? ミニマップに赤い点で表示されていた。赤は敵だ。敵は倒す。それがFPSの、いや、この能力を与えられた自分の正解のはずだ。
「敵だから……それだけの理由で?」
マイユが勢いよく振り返った。その瞳には涙が溜まっているが、英一を見る目は酷く冷ややかだった。
「何を言ってるんですの? 向こうはこちらに気づいてもいなかった。襲いかかってきてもいなかった! 無闇に殺して良い道理はありません事よ!?」
「そ、そんな……て、敵は敵じゃないか……倒せば経験値……いや、素材になるし、街の安全にも……」
英一はしどろもどろになりながら弁明しようとした。
だが、言葉を重ねれば重ねるほど、マイユの表情が強張っていくのが分かった。
「英一さん。……これは『遊び』じゃないんですよ?」
マイユの言葉が、英一の胸に突き刺さった。
「あのオーガ達にも、家族がいたかもしれない。知能だってある。生き物には命があって、生きているんです。それを……あんな、機械作業みたいに……」
「…………」
英一は言葉を失った。
遊びじゃない。そんなことは分かっているつもりだった。
だが、視界に表示される便利なUI、痛みを感じない戦闘、ボタン一つでリロードされる弾薬。それら全てが、英一から「命を奪う」という実感(リアリティ)を麻痺させていたのかもしれない。
彼にとっての「正義(ハイスコア)」は、彼女にとっての「虐殺」だった。
「……ここで話をしていても、仕方有りませんわ」
マイユは深く溜息をつくと、感情を押し殺した事務的な表情になった。
彼女は腰のポーチ――見た目以上の容量が入る『魔法ポーチ』を開き、慣れた手つきで、しかしどこか悲しげにオーガ達の死骸を収納していった。
職人として、素材を無駄にすることはできない。だが、その背中は拒絶の意思を示していた。
「帰りますわよ」
全ての回収を終えると、マイユはスタスタと『ドリーム・ラビット』の運転席へと向かった。
「あ、俺が運転するよ。危ないし……」
「いいえ」
マイユは冷たく遮った。
「魔導馬車は私が操縦します。……今の英一さんの運転に乗る気分にはなれません」
「っ……」
マイユは運転席に乗り込み、乱暴に魔導エンジンを起動させた。
助手席を示す視線には、以前のような親愛の色はない。
英一は無言で、助手席に身を沈めた。
ブォォォォン……。
車が走り出す。
行きのような高揚感も、会話もない。ただエンジンの振動と風切り音だけが響く、重苦しい沈黙。
英一はチラリと横目でマイユを見た。
ハンドルを握る彼女の頭上には、変わらず『黄色いマーカー』が浮かんでいる。
(な、何で怒られたんだ? ……いや、理由は言ってたけど……)
頭では理解しようとしていた。
でも、腑に落ちない。自分はこの世界のルール(FPSシステム)に従っただけだ。それなのに、なぜ軽蔑されなければならない?
(そ、それに……青が黄色に……)
『味方』から『中立・警戒』へ。
システムの判定は残酷で、そして正確だ。
彼女は今、隣に座っている英一を「仲間」として見ていない。「利害が一致しているだけの、得体の知れない他人」として見ている。
その事実が、どんな言葉よりも雄弁に英一の心を抉った。
森を抜けるまでの間、英一は膝の上で握りしめた拳を、一度も開くことができなかった。
硝煙の匂いが充満する森の中。
英一は、M24を下げ、震えている少女の背中に声をかけた。
「ま、マミユ……?」
返事はない。
マイユは、頭部を吹き飛ばされたレッドオーガと、その周囲に転がる数体のオーガの死骸を呆然と見つめていた。
その小さな肩が、小刻みに震えている。
「……何故、オーガ達を討ったんですの?」
ようやく絞り出された声は、怒りと恐怖で掠れていた。
彼女が問うているのは、襲ってきたレッドオーガのことではない。その前に英一が「ついで」に掃除した、普通のオーガたちのことだ。
「え? ……だ、だって『敵』だから」
英一は困惑した。
何を当たり前のことを聞いているんだ? ミニマップに赤い点で表示されていた。赤は敵だ。敵は倒す。それがFPSの、いや、この能力を与えられた自分の正解のはずだ。
「敵だから……それだけの理由で?」
マイユが勢いよく振り返った。その瞳には涙が溜まっているが、英一を見る目は酷く冷ややかだった。
「何を言ってるんですの? 向こうはこちらに気づいてもいなかった。襲いかかってきてもいなかった! 無闇に殺して良い道理はありません事よ!?」
「そ、そんな……て、敵は敵じゃないか……倒せば経験値……いや、素材になるし、街の安全にも……」
英一はしどろもどろになりながら弁明しようとした。
だが、言葉を重ねれば重ねるほど、マイユの表情が強張っていくのが分かった。
「英一さん。……これは『遊び』じゃないんですよ?」
マイユの言葉が、英一の胸に突き刺さった。
「あのオーガ達にも、家族がいたかもしれない。知能だってある。生き物には命があって、生きているんです。それを……あんな、機械作業みたいに……」
「…………」
英一は言葉を失った。
遊びじゃない。そんなことは分かっているつもりだった。
だが、視界に表示される便利なUI、痛みを感じない戦闘、ボタン一つでリロードされる弾薬。それら全てが、英一から「命を奪う」という実感(リアリティ)を麻痺させていたのかもしれない。
彼にとっての「正義(ハイスコア)」は、彼女にとっての「虐殺」だった。
「……ここで話をしていても、仕方有りませんわ」
マイユは深く溜息をつくと、感情を押し殺した事務的な表情になった。
彼女は腰のポーチ――見た目以上の容量が入る『魔法ポーチ』を開き、慣れた手つきで、しかしどこか悲しげにオーガ達の死骸を収納していった。
職人として、素材を無駄にすることはできない。だが、その背中は拒絶の意思を示していた。
「帰りますわよ」
全ての回収を終えると、マイユはスタスタと『ドリーム・ラビット』の運転席へと向かった。
「あ、俺が運転するよ。危ないし……」
「いいえ」
マイユは冷たく遮った。
「魔導馬車は私が操縦します。……今の英一さんの運転に乗る気分にはなれません」
「っ……」
マイユは運転席に乗り込み、乱暴に魔導エンジンを起動させた。
助手席を示す視線には、以前のような親愛の色はない。
英一は無言で、助手席に身を沈めた。
ブォォォォン……。
車が走り出す。
行きのような高揚感も、会話もない。ただエンジンの振動と風切り音だけが響く、重苦しい沈黙。
英一はチラリと横目でマイユを見た。
ハンドルを握る彼女の頭上には、変わらず『黄色いマーカー』が浮かんでいる。
(な、何で怒られたんだ? ……いや、理由は言ってたけど……)
頭では理解しようとしていた。
でも、腑に落ちない。自分はこの世界のルール(FPSシステム)に従っただけだ。それなのに、なぜ軽蔑されなければならない?
(そ、それに……青が黄色に……)
『味方』から『中立・警戒』へ。
システムの判定は残酷で、そして正確だ。
彼女は今、隣に座っている英一を「仲間」として見ていない。「利害が一致しているだけの、得体の知れない他人」として見ている。
その事実が、どんな言葉よりも雄弁に英一の心を抉った。
森を抜けるまでの間、英一は膝の上で握りしめた拳を、一度も開くことができなかった。
0
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる