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EP 22
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黄色いマーカーと、温かな傷薬
ギルドマスターの鉄拳制裁を受け、意識を失った英一。
彼が再び目を覚ましたのは、揺れる視界の中ではなく、古びた天井の下だった。
「……うっ」
ズキズキと痛む頬と、全身の倦怠感。
英一が呻き声を上げると、すぐに心配そうな声が降ってきた。
「英一さん! 起きたのね!」
覗き込んできたのはマイユだった。その瞳は潤んでおり、安堵の色が浮かんでいる。
「マミユ……ラウス……ここは?」
「俺んちだ。狭くて悪いがな」
腕組みをして壁に寄りかかっていたラウスが、ぶっきらぼうに答えた。
そこは長屋の一室だった。壁は薄く、家具も質素だが、どこか温かい生活の匂いがする。
「奥様、申し訳ありません。急にお邪魔してしまって……」
「いいのよ。困った時はお互い様さ」
台所の方から、エプロンをつけた熊耳族の女性――ラウスの妻、マナマが洗面器を持ってやってきた。
彼女は英一の腫れ上がった頬を見て、眉をひそめた。
「あらまぁ、派手にやられたねぇ。……大丈夫かい? その人」
「ギルドマスターの愛の鞭ですわ。……英一さん、手当てしますからね。ちょっと染みるかも知れません」
マイユがマナマから受け取った布に、緑色の薬草ペーストを塗る。
「い、イテテッ!!」
ペタリと貼られた瞬間、激痛が走った。
FPSではダメージを受けても視界が赤くなるだけで、痛みは感じない。だが、現実は容赦がない。
「あ~ら、大の男が情けない声出すんじゃないの」
マナマが豪快に笑い飛ばした。
「痛いのは生きてる証拠さ。……よし、じゃあアタシは元気になる物でも作るわね。怪我人には栄養が必要だ」
「すまねぇな、母ちゃん。俺も腹ペコでよ」
「はいはい。あんたも無茶するんじゃないよ」
マナマはテキパキと台所へ戻っていった。
トントンと包丁を叩く音と、煮炊きの音が心地よく響く。
「奥様、ありがとうございます……」
マイユが深々と頭を下げる。
英一は、湿布の痛みを堪えながら、ぼんやりとその光景を見ていた。
(……みんな、マーカーは黄色だ)
視界に映るUI。
マイユも、ラウスも、そして初対面のマナマも。全員が『黄色(中立・警戒)』を示している。
システム上は、まだ心を許していない他人。あるいは、警戒すべき対象。
(だけど……こんなに、俺の為に……)
ラウスは自分を背負ってここまで運んでくれた。
マイユはずっと付き添って看病してくれている。
マナマは赤の他人の自分を、嫌な顔一つせず受け入れてくれた。
色は黄色いままなのに、彼らの行動は青色(味方)以上に温かい。
「システム」では測れない「情」が、そこにはあった。
「……うっ……ぐすっ……」
不意に、英一の目から涙が溢れ出した。
頬の痛みではない。胸の奥が熱くて、苦しくて、たまらなかった。
「おい、どうした? 泣きやがって。まだ痛むのか?」
ラウスが驚いて顔を近づける。
「英一さん? どこか痛い所があるの? 薬が強すぎたかしら?」
マイユも慌てて英一の手を握る。
その手の温もりに触れ、英一は子供のようにしゃくりあげた。
「い、いや……違うんだ……」
英一は涙を拭おうともせず、天井を見上げた。
「こんなに……優しくされたの、初めてで……。俺、あんなに残酷なことをしたのに。オーガを、ゲーム感覚で殺したし……ダグドさんにも殴られて当然なのに……」
自分の犯した罪と、それを受け止めてくれる優しさ。
その落差が、英一の心を洗い流していく。
マイユは英一の手を、両手で優しく包み込んだ。
「英一さん。……起こした事は取り消せません。あのオーガ達は戻ってきませんわ」
厳しい事実を告げる声。だが、そこには慈愛が満ちていた。
「でも、立ち上がる事は出来ますわ。貴方が今日、自分の過ちを認めて、アタシ達を庇ったように」
「……あぁ、その通りだ」
ラウスが英一の頭に、ゴツゴツした大きな手を置いた。
「失敗しない奴なんていねぇさ。俺だって、借金まみれで道を踏み外しそうになった。……大事なのは、転んだ時によ、どう立ち上がるかなんだよ」
ラウスの言葉には、どん底から這い上がろうとしている男の実感(リアリティ)があった。
「立ち上がる……」
「そうだ。飯食って、傷治して、また明日からやり直せばいい」
台所から、いい匂いが漂ってくる。
それは生きるための匂い。
英一は、涙で滲んだ視界の中、黄色いマーカーがぼやけて消えていくのを感じた。
もう、色なんてどうでもよかった。
目の前にいる彼らが、自分にとって何よりも大切な「仲間」だと分かったから。
「みんな……あり……がとう……」
英一は顔を覆い、ひたすらに泣いた。
その涙は、引きこもりのニートだった彼が、この世界で一人の「人間」として生まれ直すための産湯のようだった。
ギルドマスターの鉄拳制裁を受け、意識を失った英一。
彼が再び目を覚ましたのは、揺れる視界の中ではなく、古びた天井の下だった。
「……うっ」
ズキズキと痛む頬と、全身の倦怠感。
英一が呻き声を上げると、すぐに心配そうな声が降ってきた。
「英一さん! 起きたのね!」
覗き込んできたのはマイユだった。その瞳は潤んでおり、安堵の色が浮かんでいる。
「マミユ……ラウス……ここは?」
「俺んちだ。狭くて悪いがな」
腕組みをして壁に寄りかかっていたラウスが、ぶっきらぼうに答えた。
そこは長屋の一室だった。壁は薄く、家具も質素だが、どこか温かい生活の匂いがする。
「奥様、申し訳ありません。急にお邪魔してしまって……」
「いいのよ。困った時はお互い様さ」
台所の方から、エプロンをつけた熊耳族の女性――ラウスの妻、マナマが洗面器を持ってやってきた。
彼女は英一の腫れ上がった頬を見て、眉をひそめた。
「あらまぁ、派手にやられたねぇ。……大丈夫かい? その人」
「ギルドマスターの愛の鞭ですわ。……英一さん、手当てしますからね。ちょっと染みるかも知れません」
マイユがマナマから受け取った布に、緑色の薬草ペーストを塗る。
「い、イテテッ!!」
ペタリと貼られた瞬間、激痛が走った。
FPSではダメージを受けても視界が赤くなるだけで、痛みは感じない。だが、現実は容赦がない。
「あ~ら、大の男が情けない声出すんじゃないの」
マナマが豪快に笑い飛ばした。
「痛いのは生きてる証拠さ。……よし、じゃあアタシは元気になる物でも作るわね。怪我人には栄養が必要だ」
「すまねぇな、母ちゃん。俺も腹ペコでよ」
「はいはい。あんたも無茶するんじゃないよ」
マナマはテキパキと台所へ戻っていった。
トントンと包丁を叩く音と、煮炊きの音が心地よく響く。
「奥様、ありがとうございます……」
マイユが深々と頭を下げる。
英一は、湿布の痛みを堪えながら、ぼんやりとその光景を見ていた。
(……みんな、マーカーは黄色だ)
視界に映るUI。
マイユも、ラウスも、そして初対面のマナマも。全員が『黄色(中立・警戒)』を示している。
システム上は、まだ心を許していない他人。あるいは、警戒すべき対象。
(だけど……こんなに、俺の為に……)
ラウスは自分を背負ってここまで運んでくれた。
マイユはずっと付き添って看病してくれている。
マナマは赤の他人の自分を、嫌な顔一つせず受け入れてくれた。
色は黄色いままなのに、彼らの行動は青色(味方)以上に温かい。
「システム」では測れない「情」が、そこにはあった。
「……うっ……ぐすっ……」
不意に、英一の目から涙が溢れ出した。
頬の痛みではない。胸の奥が熱くて、苦しくて、たまらなかった。
「おい、どうした? 泣きやがって。まだ痛むのか?」
ラウスが驚いて顔を近づける。
「英一さん? どこか痛い所があるの? 薬が強すぎたかしら?」
マイユも慌てて英一の手を握る。
その手の温もりに触れ、英一は子供のようにしゃくりあげた。
「い、いや……違うんだ……」
英一は涙を拭おうともせず、天井を見上げた。
「こんなに……優しくされたの、初めてで……。俺、あんなに残酷なことをしたのに。オーガを、ゲーム感覚で殺したし……ダグドさんにも殴られて当然なのに……」
自分の犯した罪と、それを受け止めてくれる優しさ。
その落差が、英一の心を洗い流していく。
マイユは英一の手を、両手で優しく包み込んだ。
「英一さん。……起こした事は取り消せません。あのオーガ達は戻ってきませんわ」
厳しい事実を告げる声。だが、そこには慈愛が満ちていた。
「でも、立ち上がる事は出来ますわ。貴方が今日、自分の過ちを認めて、アタシ達を庇ったように」
「……あぁ、その通りだ」
ラウスが英一の頭に、ゴツゴツした大きな手を置いた。
「失敗しない奴なんていねぇさ。俺だって、借金まみれで道を踏み外しそうになった。……大事なのは、転んだ時によ、どう立ち上がるかなんだよ」
ラウスの言葉には、どん底から這い上がろうとしている男の実感(リアリティ)があった。
「立ち上がる……」
「そうだ。飯食って、傷治して、また明日からやり直せばいい」
台所から、いい匂いが漂ってくる。
それは生きるための匂い。
英一は、涙で滲んだ視界の中、黄色いマーカーがぼやけて消えていくのを感じた。
もう、色なんてどうでもよかった。
目の前にいる彼らが、自分にとって何よりも大切な「仲間」だと分かったから。
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