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EP 28
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毒を以て毒を制す、黄金の盾
冒険者ギルドを出た三人は、夕暮れの冷たい風に吹かれていた。
手元には資金がある。技術もある。だが、それを形にするための「パイプ」が決定的に欠けていた。
「う~ん……絶対に、このままでは足りないわ」
マイユは深く溜息をついた。
スタラント近郊のレッドオーガだけでは、年間1,000着というノルマの数十分の一も満たせない。
「どうするかな……。レッドオーガを片っ端から倒して良いなら簡単なんだが、ダグドさんに釘を刺されたしな」
英一も腕組みをして唸る。
ゲームなら「リポップ待ち」や「乱獲」ができるが、現実は生態系やギルドのルールが壁となる。
重苦しい沈黙の中、今まで黙って考え込んでいたラウスが、意を決したように口を開いた。
「……マミユ。……『ゲッコー』の所に行こうぜ」
「えっ!?」
マイユが弾かれたように顔を上げた。
「ゲッコー? 誰だ?」
「英一さん、前に借金取りのラウスさんを送り込んできた、あの『ゼニゲコギルド』の親玉よ。お父さんが借金してた相手……」
マイユの声が震える。彼女にとってゲッコーは、家庭を壊しかけた憎き相手であり、トラウマの象徴だ。
「ラウスさん、正気? あのカエル男と手を組むなんて……」
「ああ、正気だ。……ゲッコーは性悪で腐った野郎だが、『金儲け』は大好きなんだ。そこだけは間違いない」
ラウスは真剣な眼差しで続けた。
「あいつは闇ルートや密輸組織にも顔が利く。正規のギルドが手を出せないような場所から素材をかき集めたり、荒っぽい連中を使って数を揃えることに関しては、ダグドの旦那より上だ」
「でも……足元を見られて、色々条件を付けられそうね。最悪、また工房を乗っ取ろうとするかも……」
「だが、他に道はねぇだろ?」
ラウスの言葉は残酷なまでの真実だった。
正規ルートがダメなら、裏ルートを使うしかない。
「……そうね」
マイユは数秒間目を閉じ、カッと目を開いた。
「『毒を以て毒を制す』……。使えるものは何でも使う。それが経営者よね」
覚悟を決めたマイユだったが、すぐに不安げに眉を寄せた。
「でも……このまま私たちがゲッコーの所に行っても、また舐められて追い返されるか、法外な手数料を吹っかけられるのがオチだわ」
相手は海千山千の高利貸し。マイユたちだけでは交渉力が弱すぎる。
「なら、ナーコさんに相談すれば?」
英一が提案した。
「ナーコさん?」
「あぁ。さっき契約したばかりだし、ゴルド商会の支店長だ。彼女と一緒に行けば、ゲッコーの奴も無下には出来ない……か」
ラウスがポンと手を打った。
ゲッコーにとってナーコは、雲の上の存在。睨まれたら終わりの相手だ。
「そうね……! 『虎の威を借る狐』作戦ね。相談してみましょう!」
三人は踵を返し、再びゴルド商会の扉を叩いた。
突然の再訪にも関わらず、ナーコは嫌な顔一つせず、再び応接室へと通してくれた。
「あら? マミユ様。如何なされましたか? 何か契約に不備でも?」
ナーコが小首を傾げる。
「いえ、違うんです。ナーコさん、実は……コンバット装備の事で、素材調達に悩んでいて」
マイユは正直に現状を話した。
正規ルートの限界と、裏ルート――ゼニゲコギルドの利用を考えていること。
「えぇ、えぇ。……成る程」
ナーコは静かに頷きながら聞いていた。
「そこで、ゼニゲコギルドのギルドマスター、ゲッコーさんに商談を持ちかけたくて……。もし可能なら、ナーコさんに『見届け人』になって頂ければ、と」
マイユは恐る恐る切り出した。
これはゴルド商会の業務外の頼みだ。厚かましいお願いであることは百も承知だった。
「成る程。私が見届け人になれば、あのカエルさんも妙な真似は出来ない……そういうことですね?」
ナーコは扇子で口元を隠し、一拍置いた。
その沈黙に、マイユたちの心臓が早鐘を打つ。
「分かりました」
ナーコはあっさりと、花が咲くような笑顔で承諾した。
「よ、宜しいんですか!? 私共の為に、わざわざスラム街のギルドまで……」
「マミユ様」
ナーコはマイユの手を取り、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
「私共と貴女方は、最早同じ利益を享受する『対等なパートナー』なんですよ? コンバットスーツの生産が遅れれば、私共も損をします。貴女方の障害を取り除くのは、私の仕事でもありますニャ」
「ナーコさん……」
「そう畏まらないで下さい。私たちは『運命共同体』なのですから」
その言葉に、英一も胸を打たれた。
この少女は、本当に自分たちのことを考えてくれている。
「いつでも、私をお使い下さい。……私共は、『お金以外』ならいつでもお貸しします」
ナーコはニッコリと笑い、決定的な一言を放った。
「何せ、『タダ』ですからニャ♪」
その瞬間、室内の空気が一瞬だけ冷やりとしたものに変わった気がした。
「あ、ありがとうございます! ナーコさん!」
マイユは純粋に感謝し、頭を下げた。
英一もホッとした表情をしている。
だが、ラウスだけは、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
(……タダより高い物はねぇってな)
商人が「タダ」で動く。それはつまり、金銭以上の「借り」を作ることと同義だ。
ナーコは今、マイユたちに恩を売り、逃げられないように鎖を繋いだのだ。
あのゲッコーですら、彼女にとっては手駒の一つに過ぎないのだろう。
「では、参りましょうか。……久しぶりに、下町のお散歩も悪くありませんわね」
ナーコが立ち上がる。
その背中は、頼もしいと同時に、底知れない恐ろしさを纏っていた。
最強の「黄金の盾」を連れて、三人は因縁の相手・ゲッコーの元へと向かう。
冒険者ギルドを出た三人は、夕暮れの冷たい風に吹かれていた。
手元には資金がある。技術もある。だが、それを形にするための「パイプ」が決定的に欠けていた。
「う~ん……絶対に、このままでは足りないわ」
マイユは深く溜息をついた。
スタラント近郊のレッドオーガだけでは、年間1,000着というノルマの数十分の一も満たせない。
「どうするかな……。レッドオーガを片っ端から倒して良いなら簡単なんだが、ダグドさんに釘を刺されたしな」
英一も腕組みをして唸る。
ゲームなら「リポップ待ち」や「乱獲」ができるが、現実は生態系やギルドのルールが壁となる。
重苦しい沈黙の中、今まで黙って考え込んでいたラウスが、意を決したように口を開いた。
「……マミユ。……『ゲッコー』の所に行こうぜ」
「えっ!?」
マイユが弾かれたように顔を上げた。
「ゲッコー? 誰だ?」
「英一さん、前に借金取りのラウスさんを送り込んできた、あの『ゼニゲコギルド』の親玉よ。お父さんが借金してた相手……」
マイユの声が震える。彼女にとってゲッコーは、家庭を壊しかけた憎き相手であり、トラウマの象徴だ。
「ラウスさん、正気? あのカエル男と手を組むなんて……」
「ああ、正気だ。……ゲッコーは性悪で腐った野郎だが、『金儲け』は大好きなんだ。そこだけは間違いない」
ラウスは真剣な眼差しで続けた。
「あいつは闇ルートや密輸組織にも顔が利く。正規のギルドが手を出せないような場所から素材をかき集めたり、荒っぽい連中を使って数を揃えることに関しては、ダグドの旦那より上だ」
「でも……足元を見られて、色々条件を付けられそうね。最悪、また工房を乗っ取ろうとするかも……」
「だが、他に道はねぇだろ?」
ラウスの言葉は残酷なまでの真実だった。
正規ルートがダメなら、裏ルートを使うしかない。
「……そうね」
マイユは数秒間目を閉じ、カッと目を開いた。
「『毒を以て毒を制す』……。使えるものは何でも使う。それが経営者よね」
覚悟を決めたマイユだったが、すぐに不安げに眉を寄せた。
「でも……このまま私たちがゲッコーの所に行っても、また舐められて追い返されるか、法外な手数料を吹っかけられるのがオチだわ」
相手は海千山千の高利貸し。マイユたちだけでは交渉力が弱すぎる。
「なら、ナーコさんに相談すれば?」
英一が提案した。
「ナーコさん?」
「あぁ。さっき契約したばかりだし、ゴルド商会の支店長だ。彼女と一緒に行けば、ゲッコーの奴も無下には出来ない……か」
ラウスがポンと手を打った。
ゲッコーにとってナーコは、雲の上の存在。睨まれたら終わりの相手だ。
「そうね……! 『虎の威を借る狐』作戦ね。相談してみましょう!」
三人は踵を返し、再びゴルド商会の扉を叩いた。
突然の再訪にも関わらず、ナーコは嫌な顔一つせず、再び応接室へと通してくれた。
「あら? マミユ様。如何なされましたか? 何か契約に不備でも?」
ナーコが小首を傾げる。
「いえ、違うんです。ナーコさん、実は……コンバット装備の事で、素材調達に悩んでいて」
マイユは正直に現状を話した。
正規ルートの限界と、裏ルート――ゼニゲコギルドの利用を考えていること。
「えぇ、えぇ。……成る程」
ナーコは静かに頷きながら聞いていた。
「そこで、ゼニゲコギルドのギルドマスター、ゲッコーさんに商談を持ちかけたくて……。もし可能なら、ナーコさんに『見届け人』になって頂ければ、と」
マイユは恐る恐る切り出した。
これはゴルド商会の業務外の頼みだ。厚かましいお願いであることは百も承知だった。
「成る程。私が見届け人になれば、あのカエルさんも妙な真似は出来ない……そういうことですね?」
ナーコは扇子で口元を隠し、一拍置いた。
その沈黙に、マイユたちの心臓が早鐘を打つ。
「分かりました」
ナーコはあっさりと、花が咲くような笑顔で承諾した。
「よ、宜しいんですか!? 私共の為に、わざわざスラム街のギルドまで……」
「マミユ様」
ナーコはマイユの手を取り、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
「私共と貴女方は、最早同じ利益を享受する『対等なパートナー』なんですよ? コンバットスーツの生産が遅れれば、私共も損をします。貴女方の障害を取り除くのは、私の仕事でもありますニャ」
「ナーコさん……」
「そう畏まらないで下さい。私たちは『運命共同体』なのですから」
その言葉に、英一も胸を打たれた。
この少女は、本当に自分たちのことを考えてくれている。
「いつでも、私をお使い下さい。……私共は、『お金以外』ならいつでもお貸しします」
ナーコはニッコリと笑い、決定的な一言を放った。
「何せ、『タダ』ですからニャ♪」
その瞬間、室内の空気が一瞬だけ冷やりとしたものに変わった気がした。
「あ、ありがとうございます! ナーコさん!」
マイユは純粋に感謝し、頭を下げた。
英一もホッとした表情をしている。
だが、ラウスだけは、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
(……タダより高い物はねぇってな)
商人が「タダ」で動く。それはつまり、金銭以上の「借り」を作ることと同義だ。
ナーコは今、マイユたちに恩を売り、逃げられないように鎖を繋いだのだ。
あのゲッコーですら、彼女にとっては手駒の一つに過ぎないのだろう。
「では、参りましょうか。……久しぶりに、下町のお散歩も悪くありませんわね」
ナーコが立ち上がる。
その背中は、頼もしいと同時に、底知れない恐ろしさを纏っていた。
最強の「黄金の盾」を連れて、三人は因縁の相手・ゲッコーの元へと向かう。
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