52 / 53
EP 52
しおりを挟む
執事のチェックメイト ~悪徳支配人への死の宣告~
再び、ゼニゲコ・タワーの悪趣味な黄金の扉の前に立った一行。
だが、先ほどとは空気が違っていた。
先頭に立つのは、燕尾服を完璧に着こなした銀狼の執事、セブリックである。
「総支配人殿に、お目通りを願いたい。……急ぎの要件です」
受付嬢に向けられたその声は、絹のように滑らかでありながら、決して拒絶を許さない絶対的な圧力を帯びていた。
「は、はい! ただいまお呼びします!」
受付嬢は青ざめ、慌てて通信魔導具に飛びついた。
やがて、奥の重厚な扉が開き、オロチが姿を現した。彼はマミユたちの姿を認めると、蛇のように舌なめずりをしながら、ねっとりとした笑みを浮かべた。
「これはこれは、マミユさん。もうお戻りとは。……何か、お忘れ物ですかな? それとも、追加の『心付け』でも?」
オロチの背後で、マミユと英一が悔しさに拳を握る。
だが、セブリックは静かに一歩前へ出た。
「ええ。忘れ物を取りに参りました」
セブリックはモノクルの位置を直しながら、冷徹に告げた。
「あなた方が不当に懐に入れた、金貨8,000枚を……『全額』返していただきに参りました」
「な、何だと……?」
オロチの眉がピクリと跳ねた。
再び通された純金の応接室。
しかし、その空気は先程とは比べ物にならないほど張り詰めていた。茶すら出されない。
オロチはソファに深く座り直し、不快感を隠そうともせずマミユを睨んだ。
「マミユさん。一体これは、どういうことですかな? わたくしとの契約を、反故にすると? 素人が中央のルールに口出しするなど……」
「えっと、それは……」
マミユが気圧されて口ごもる。
すかさず、白手袋の手がマミユの肩を優しく、しかし力強く制した。
「マミユ様、お任せください」
セブリックは主人を背後に庇うように立ち、静かにオロチに向き直った。
その瞬間、部屋の温度が数度下がったような錯覚を覚える。
「わたくしの名は、セブリック。以後、マミユ様の工房の『執事』兼『最高財務責任者』として、全てを取り仕切ります」
セブリックは目を細め、氷の刃のような視線を放った。
「……よく、覚えておいていただきたい。この名は、あなたの座るその椅子を、いつでも蹴飛ばせる者の名ですぞ」
「な、何……?」
オロチがたじろぐ。単なる雇われ人ではない。この男からは、数々の組織を壊滅させてきた「死神」の匂いがする。
セブリックは懐から、先程マミユが受け取った羊皮紙の契約書を取り出した。
「さて。先程、マミユ様から金貨8,000枚で『技術登録の斡旋』を引き受けたという、あなたのサイン入りの書類が、ここにありますが」
「そ、それが何か? 商談は成立している」
「いいえ。これは、明白な違法行為です」
セブリックは断言した。
「ルナミス帝国法、及び、大陸商業法、第30条『優越的地位の濫用による、不当な利益の享受の禁止』。並びに、第45条『公的機関代行業者による法外な手数料の徴収禁止』に、明確に違反している」
「な、何を言っているのか、さっぱり……!?」
オロチが声を荒らげる。
「ご存じない、と? では、分かりやすく申し上げましょう」
セブリックは一歩、また一歩とオロチに歩み寄る。足音すらしない。
「あなたは、中央の事情に疎い地方の技術者に対し、不当な手順を用いて不安を煽り、正規の手数料(金貨10枚程度)を遥かに超える金銭を搾取した。これは職権濫用であり、詐欺罪にあたる」
セブリックはオロチの目の前でピタリと止まり、顔を近づけた。
「ひいては、商業ギルドと帝国の権威に泥を塗った、国家への反逆罪……。わたくしが、この書類を持って帝都の法務管理局に告発すれば、あなたはおそらく、絞首台へ送られることになるでしょうな」
「ッ……!!」
セブリックの、淡々とした、しかしあまりに正確な法的指摘に、オロチの顔から血の気が引いていく。
言い逃れができない。相手はプロだ。
「そ、そんな馬鹿な!? 告発だと!? 証拠は!? たかが手数料が高いというだけで……!」
オロチは狼狽し、立ち上がって叫んだ。
「わ、わたくしは、ただ……! ただ、田舎者からちょっと、甘い汁を吸おうとしただけだ! どこのギルドもやっていることだろうが!!」
ついに、オロチは本性を現した。
沈黙していた英一たちが「言ったな……」と目を見張る。
その瞬間を、セブリックは見逃さなかった。
彼は、胸元から、水晶が埋め込まれた小さな黒い箱を取り出した。
「……『魔導録音機』、です」
その言葉に、オロチの動きが完全に止まった。石化魔法を受けたかのように。
「魔導……録音……?」
「ええ。最新型のね」
セブリックはニッコリと微笑み、再生ボタンを押した。
『わ、わたくしは、ただ……! ただ、田舎者からちょっと、甘い汁を吸おうとしただけだ! どこのギルドもやっていることだろうが!!』
クリアな音声が、静まり返った応接室に響き渡る。
「さて、オロチさん。今の、わたくしとあなたのやり取り……。そして、あなたの素晴らしい自白。その全てを、この魔導録音機が、鮮明に記憶しておりますよ」
セブリックは録音機を掲げ、首を傾げた。
「えぇ、あなたの、言い逃れのできない声で、ね。……これを法務局と、あなたの敵対派閥にばら撒けば、どうなるか……計算してみましょうか?」
「ひっ……!」
オロチはその場に崩れ落ちた。
金貨8,000枚どころの話ではない。地位、名誉、そして命。全てがこの銀狼の執事の手のひらの上にある。
「……チェックメイト、です」
セブリックは冷酷に宣告した。
マミユたちは、頼もしさを通り越して恐怖すら感じるその手腕に、ただただ息を呑むしかなかった。
再び、ゼニゲコ・タワーの悪趣味な黄金の扉の前に立った一行。
だが、先ほどとは空気が違っていた。
先頭に立つのは、燕尾服を完璧に着こなした銀狼の執事、セブリックである。
「総支配人殿に、お目通りを願いたい。……急ぎの要件です」
受付嬢に向けられたその声は、絹のように滑らかでありながら、決して拒絶を許さない絶対的な圧力を帯びていた。
「は、はい! ただいまお呼びします!」
受付嬢は青ざめ、慌てて通信魔導具に飛びついた。
やがて、奥の重厚な扉が開き、オロチが姿を現した。彼はマミユたちの姿を認めると、蛇のように舌なめずりをしながら、ねっとりとした笑みを浮かべた。
「これはこれは、マミユさん。もうお戻りとは。……何か、お忘れ物ですかな? それとも、追加の『心付け』でも?」
オロチの背後で、マミユと英一が悔しさに拳を握る。
だが、セブリックは静かに一歩前へ出た。
「ええ。忘れ物を取りに参りました」
セブリックはモノクルの位置を直しながら、冷徹に告げた。
「あなた方が不当に懐に入れた、金貨8,000枚を……『全額』返していただきに参りました」
「な、何だと……?」
オロチの眉がピクリと跳ねた。
再び通された純金の応接室。
しかし、その空気は先程とは比べ物にならないほど張り詰めていた。茶すら出されない。
オロチはソファに深く座り直し、不快感を隠そうともせずマミユを睨んだ。
「マミユさん。一体これは、どういうことですかな? わたくしとの契約を、反故にすると? 素人が中央のルールに口出しするなど……」
「えっと、それは……」
マミユが気圧されて口ごもる。
すかさず、白手袋の手がマミユの肩を優しく、しかし力強く制した。
「マミユ様、お任せください」
セブリックは主人を背後に庇うように立ち、静かにオロチに向き直った。
その瞬間、部屋の温度が数度下がったような錯覚を覚える。
「わたくしの名は、セブリック。以後、マミユ様の工房の『執事』兼『最高財務責任者』として、全てを取り仕切ります」
セブリックは目を細め、氷の刃のような視線を放った。
「……よく、覚えておいていただきたい。この名は、あなたの座るその椅子を、いつでも蹴飛ばせる者の名ですぞ」
「な、何……?」
オロチがたじろぐ。単なる雇われ人ではない。この男からは、数々の組織を壊滅させてきた「死神」の匂いがする。
セブリックは懐から、先程マミユが受け取った羊皮紙の契約書を取り出した。
「さて。先程、マミユ様から金貨8,000枚で『技術登録の斡旋』を引き受けたという、あなたのサイン入りの書類が、ここにありますが」
「そ、それが何か? 商談は成立している」
「いいえ。これは、明白な違法行為です」
セブリックは断言した。
「ルナミス帝国法、及び、大陸商業法、第30条『優越的地位の濫用による、不当な利益の享受の禁止』。並びに、第45条『公的機関代行業者による法外な手数料の徴収禁止』に、明確に違反している」
「な、何を言っているのか、さっぱり……!?」
オロチが声を荒らげる。
「ご存じない、と? では、分かりやすく申し上げましょう」
セブリックは一歩、また一歩とオロチに歩み寄る。足音すらしない。
「あなたは、中央の事情に疎い地方の技術者に対し、不当な手順を用いて不安を煽り、正規の手数料(金貨10枚程度)を遥かに超える金銭を搾取した。これは職権濫用であり、詐欺罪にあたる」
セブリックはオロチの目の前でピタリと止まり、顔を近づけた。
「ひいては、商業ギルドと帝国の権威に泥を塗った、国家への反逆罪……。わたくしが、この書類を持って帝都の法務管理局に告発すれば、あなたはおそらく、絞首台へ送られることになるでしょうな」
「ッ……!!」
セブリックの、淡々とした、しかしあまりに正確な法的指摘に、オロチの顔から血の気が引いていく。
言い逃れができない。相手はプロだ。
「そ、そんな馬鹿な!? 告発だと!? 証拠は!? たかが手数料が高いというだけで……!」
オロチは狼狽し、立ち上がって叫んだ。
「わ、わたくしは、ただ……! ただ、田舎者からちょっと、甘い汁を吸おうとしただけだ! どこのギルドもやっていることだろうが!!」
ついに、オロチは本性を現した。
沈黙していた英一たちが「言ったな……」と目を見張る。
その瞬間を、セブリックは見逃さなかった。
彼は、胸元から、水晶が埋め込まれた小さな黒い箱を取り出した。
「……『魔導録音機』、です」
その言葉に、オロチの動きが完全に止まった。石化魔法を受けたかのように。
「魔導……録音……?」
「ええ。最新型のね」
セブリックはニッコリと微笑み、再生ボタンを押した。
『わ、わたくしは、ただ……! ただ、田舎者からちょっと、甘い汁を吸おうとしただけだ! どこのギルドもやっていることだろうが!!』
クリアな音声が、静まり返った応接室に響き渡る。
「さて、オロチさん。今の、わたくしとあなたのやり取り……。そして、あなたの素晴らしい自白。その全てを、この魔導録音機が、鮮明に記憶しておりますよ」
セブリックは録音機を掲げ、首を傾げた。
「えぇ、あなたの、言い逃れのできない声で、ね。……これを法務局と、あなたの敵対派閥にばら撒けば、どうなるか……計算してみましょうか?」
「ひっ……!」
オロチはその場に崩れ落ちた。
金貨8,000枚どころの話ではない。地位、名誉、そして命。全てがこの銀狼の執事の手のひらの上にある。
「……チェックメイト、です」
セブリックは冷酷に宣告した。
マミユたちは、頼もしさを通り越して恐怖すら感じるその手腕に、ただただ息を呑むしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~
アトハ
ファンタジー
【短いあらすじ】
普通を勘違いした魔界育ちの少女が、王都に旅立ちうっかり無双してしまう話(前世は病院少女なので、本人は「超健康な身体すごい!!」と無邪気に喜んでます)
【まじめなあらすじ】
主人公のフィアナは、前世では一生を病院で過ごした病弱少女であったが……、
「健康な身体って凄い! 神さま、ありがとう!(ドラゴンをワンパンしながら)」
転生して、超健康な身体(最強!)を手に入れてしまう。
魔界で育ったフィアナには、この世界の普通が分からない。
友達を作るため、王都の学園へと旅立つことになるのだが……、
「なるほど! 王都では、ドラゴンを狩るには許可が必要なんですね!」
「「「違う、そうじゃない!!」」」
これは魔界で育った超健康な少女が、うっかり無双してしまうお話である。
※他サイトにも投稿中
※旧タイトル
病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる