虚像のヘルパー

メカ

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泣きっ面に蜂

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俺は、それから半年の間
ハラスメントにも近い暴言に耐えながら仕事を行っていた。
彼女らの行う「注意」はもはや「注意」ではない。
ただの「八つ当たり」だ。
それでも耐え抜いてこられたのは、万年反抗期である俺の意地でもあった。
良く言って「反骨精神」。

そんなある日の事。
看護婦長が、病棟の隅でゴミの回収を行っている俺の元へやって来た。

「飯島君、お母様からお電話が入ってます。ステーションまで来てくれるかしら?」

「わ、分かりました。」

この時、俺の脳裏には一つの不安が過った。
数日前から、調子を崩していた愛犬の事だ。
老犬という事も有って、お迎えが近いのか。という話を家族でしたばかりであった。

「まさかな。」
という不安を胸に抱え、受話器を取った。

「もしもし、母さん?電話、代わってもらったよ。」

「・・・。」

「母さん?」

受話器越しに聞こえるのは、鼻をすするような音だけで、母は直ぐには口を開かなかった。

「・・・犬の事か?」

「・・・和久、落ち着いて聞いてよ?」

漸く発した母の声は震えていた。

「何さ、何だっていうの?」

「お父さんがね・・・出先で病院に運ばれたって・・・。」

「は!?どうして!?」

「詳しい事は・・・まだ分からない、んだけど・・・心肺停止の状態で病院に・・・。」

「・・・な、何で・・・。」

「これから、お母さん、お兄ちゃんと一緒に父さんの事、診にいってくるから・・・あんたは帰って来なさい。」

「なんだよそれ!俺も行くよ!」

「アンタの帰り待ってたら遅くなっちゃうでしょう!」

「そ、それは・・・。」

「良いから、おとなしく留守番しておいて。」

そうして電話は終わった。
同時に、俺の思考も停止、少しの間呆けていたが
異変を察知していた看護婦長に呼ばれ、我に帰った。

「飯島君?」

「あ・・・はい。すみません。父が・・・心肺停止で病院に・・・。」

最後まで言葉を捻り出せなかった。
そんなはずはない、そんなバカな。という思考が俺の頭の中で堂々巡りしていた。

「分かりました。飯島君。急いで帰りなさい。」

「・・・す、すみません。」

だが、その日から父が帰ってくる事は無かった。
恐らく、最後に父と言葉を交わしたのは、俺だ。

今朝の事だ、昨夜から降り続く雨の影響で、俺は父の車に便乗する形で駅まで共に向かったのだ。

普段、口数の少ない父は車の中でも静かで、駅までの短いドライブを
男二人、水入らずで先を急いでいた。
そんな時、ふと父から質問が飛んできた。

「和久、仕事どうなんだ?」

「まぁ、順調・・・かな。」

嘘だ。俺はこの時点で、転職を考えていた。
だが、働いてみて分かった。家で愚痴一つ零さず働き続ける父の偉大さを。
そんな父の前で、仕事を辞めたいなど口が裂けても言えなかった。

「そうか。」

「おう。」

「・・・良いか、和久。石の上にも3年という。よーく覚えておきなさいよ?」

「・・・おう。」

今にして思う。
あの時、父は俺の本心を見抜いていたのではないか?
人生の大先輩として、父として手助けをしようとしていたのではないか。
だが、今となっては真意は分からない。

生活の為、家族の為
石の上に座り続けた父は、あっさりとこの世を去った。
守るべき家族を残して。

父は晩年、言っていた。
「俺の夢は、和久のおごりで酒を飲む事だ。」と。だが父はいざ食事に誘っても
「まだお前は安月給だろうに。無理するな。」と支払いを自分で済ませてしまった。

ついに俺は、父の願いを叶える事が出来なかったのだった。
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