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おまけ

鬼のもとに訪れる天女

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 ハヤテは優花ゆうかと出会った日のことを今でもよく覚えている。

 ある日、ハヤテが家で研究をしていると、寝室の方で魔力の歪みを感知した。ハヤテの住む世界でこんなことができる人間は存在しない。ハヤテはすぐに異世界からの転移者であると推測し、寝室に向かった。

 この世界には、数十年に一度、異世界から人がやってくる。ハヤテの住む『日本』では、『鬼のもとに訪れる天女』と呼ばれている。それは異世界人が必ず人間離れした能力を持つ魔導師のもとに現れるためだ。

 民話の中では、鬼のもとに天女が現れて恐ろしい鬼が人間に戻った話や、逆に天女が来なかったために鬼になってしまった話などがいくつも残されている。

 『西洋』の研究では、世界を渡るための道が魔導師の魔力に引き寄せられているだけだというのが定説だ。異世界人を引き寄せたとしても、魔導師の凶暴性の有無とは関係ない。しかし、『日本』にハヤテのような魔導師が生まれるのは数百年ぶりで、異世界人が現れたのもその時が最後だ。そんな新説を信じるのはハヤテ本人以外は、魔導師の中でも学者肌の所長くらいだった。

『民話は気にしなくて良いが、お前の魔力なら異世界人が引き寄せられてもおかしくない。そのことだけは頭に置いておけよ』

 上司であり尊敬する所長にそう言われていたので、ハヤテは優花が現れたのが突然の事でも焦りはしなかった。今まで来た異世界人に魔導師がいなかったことも大きい。ハヤテの魔法なら一般人はいくらでも無効化できる。

 ハヤテが寝室に入ると鏡の前に小柄な女性が立っていた。

「君はどうやって、ここに来たの?」

 声をかけて振り返った彼女はハヤテに驚いていたが、ハヤテも同じくらい驚いた。ハヤテを見る大きな瞳には強い意志が現れ、サラサラの長い黒髪が彼女の動きに合わせて揺れている。ハヤテの目の前にいるのは、どこからどう見ても美しい天女だった。

「どうやってって言われても……」

「異世界人なんでしょう? 文献に鏡から現れるとは書いてあったけど、まさかこんなに突然やって来るとは思ってなかったよ。その様子だと君の意思で来たわけではないのかな?」

 ハヤテは動揺を隠してペラペラと喋った。自分の得意分野である研究に思考を合わせれば、いくらか落ち着いていられる。

「異世界人?」

 ハヤテは彼女の反応を見て、ここに来たのが彼女自身の意思ではないと確信した。内心がっかりしている自分に驚く。今なら鬼と呼ばれても構わない。人生初の一目惚れだ。

 ハヤテは魔法で淹れられるお茶を、わざわざ台所まで行って火を沸かして淹れた。自分を落ち着かせる必要があると分かっていたからだ。

 彼女は不安そうにしながらも、ハヤテの瞳をしっかり見返して会話してくれている。今までそんな女性はいなかったし、それが美しく可愛らしい天女のような人なら、動揺しないほうが可笑しい。

「でも、自分の世界に帰りたいんだろうな……」

 ハヤテの切ない呟きが一人暮らしには広すぎる台所に響く。彼女が悲しむ姿は見たくない。

 そんな想いがすれ違いを生むなんて、このときのハヤテは思ってもみなかった。

 
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