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12.相性
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ブルクハルトが廊下に出ると、少し先をトボトボと歩くクリスティーナの姿が見えた。ブルクハルトは行儀が悪いのは承知の上で走って追いつく。
「ティーナ?」
ブルクハルトが呼び止めると、クリスティーナがぼんやりと顔を上げる。ブルクハルトを見つめる瞳には涙が滲んでいた。
「大丈夫か?」
ブルクハルトは胸の痛みをおさえて、クリスティーナにハンカチを差し出した。クリスティーナを竜騎士に選ばなかったのはブルクハルトだが、それを伝えて謝ることはできない。
「ティーナの実力は俺も認めているから、あんまり落ち込むなよ。今回は……その、竜との相性の問題というか……」
ブルクハルトが慰めのつもりで言った言葉にクリスティーナはビクリと肩を震わせる。ハンカチがクリスティーナの手から滑り落ちたが気づいた様子もない。
「ティーナ?」
ブルクハルトはハンカチを拾い上げて、クリスティーナに声をかけるが聞こえていないようだ。覗き込むように顔を見ると、血の気が引いていて真っ青な顔をしている。
「ティーナ、大丈夫か?」
「……それって、私とは相性が悪いってこと?」
クリスティーナがぼんやりした表情のまま絞り出すように言う。ブルクハルトは今にも倒れそうなクリスティーナを支えるように抱きしめた。クリスティーナは倒れ込むように、ブルクハルトの腕の中におさまる。
「ティーナ、相性が悪かったわけじゃないよ。一緒に戦うには向かなかったってだけだ……ごめん、慰めにもなってないな」
ブルクハルトは苦しそうに肩で息をするクリスティーナの背中をゆっくりと撫でた。クリスティーナはブルクハルトに縋るようにしがみついてくる。婚約してから多くの時間を共に過ごしてきたが、ここまで動揺するクリスティーナを見るのは初めてだ。昔から竜騎士になりたいとは言っていたが、なれないと分かってもこれほど思い詰められるとは思っていなかった。
「私……ハルトの婚約者でいていいのかな?」
クリスティーナは呼吸が落ち着いてくると泣きそうな声で聞いてきた。
「は? なんでそんなことを聞くんだ。婚約と竜騎士の件はまったく関係ないだろう?」
唐突にクリスティーナが話を変えるので、ブルクハルトは困惑するしかない。身体を離してクリスティーナの顔を覗き込むが、真っ青な顔で見上げてくる彼女の瞳は真剣そのものだ。
「私、ハルトとの婚約が政略的なものだなんて思いたくないの。ハルトも私との結婚を心から望んでくれてるって思っていい?」
「あ、ああ。もちろんだ。当たり前だろう?」
ブルクハルトが肯定すると、クリスティーナは安心したようにふんわりと笑う。ブルクハルトにしてみれば確認される理由さえ分からない。クリスティーナはブルクハルトの命より大切な存在で、だからこそ竜騎士に選べなかった。どちらかと言えば、サバサバしたクリスティーナ相手にいつも不安なのはブルクハルトの方だ。
「ハルト……」
クリスティーナが遠慮がちに身体を寄せてくるので、ブルクハルトは包みこむように抱きしめる。クリスティーナはブルクハルトの背中に腕を回してギュッと抱きしめ返してきた。こんなふうにクリスティーナが甘えてくるなんて今までにも数えるほどしかない。
「急にどうした? 最近、竜騎士のことで忙しくて出掛けられなかったから不安にでもなったのか?」
「違っ……ううん、そうなのかも。ごめんね、ちょっと弱気になっちゃった」
クリスティーナの声からは緊張が消えていて、ブルクハルトはホッとする。
「俺の方こそ不安にさせてごめんな。落ち着いたら二人で出掛けよう。ティーナの行きたいところに連れてくよ」
ブルクハルトがクリスティーナの頭を撫でると、不服そうに頬を膨らまして見上げてくる。ブルクハルトは血色の良くなったクリスティーナの頬を指先で突っついた。
「人の気も知らないで……」
クリスティーナが口の中でモゴモゴと言う。
「えっ?」
「なんでもない」
ブルクハルトが聞き取れなくてクリスティーナを見ると小さく首を振った。
「そうだわ!」
クリスティーナは突然元気よく言って、ブルクハルトの腕の中からスルリと抜け出す。なんだか誤魔化された気がするが、落ち込んでいるよりずっと良い。
「一つだけ約束してほしいの。戦闘になったときには自分の安全をきちんと確保すること。仲間も大切だけど、ハルトが怪我をしたら仲間だって辛いのよ。これは脱落した私からのお願いだからちゃんと守ってね。分かった?」
「いや……まだ、俺に決まったわけではなくて……」
むしろ、ブルクハルトが竜騎士になることなどありえない。青龍として戦うときの助言なら正しいのかもしれないが、クリスティーナはブルクハルトの正体を知らない。
「何でそんなふうに言うかな? 黙って頷くだけで良いのに……。もぅ、何もできずに待っているだけの人間の気持ちも少しは考えなさいよ!」
クリスティーナはそう言いながら、ブルクハルトの腹部に拳をいれた。クリスティーナの拳は、魔力を込めていなくても結構重い。普通の人間なら確実に気絶していただろう。
「……何するんだよ」
ブルクハルトが腹部を擦りながら睨むと、クリスティーナは満足そうに笑った。ほんの少しだけ乱暴だけど、笑顔が可愛すぎてブルクハルトは何も言えなくなる。
「悪いのはハルトでしょ。お出かけ、楽しみにしてるからね」
「えっ……あ、ああ」
クリスティーナはそう言ってスタスタと歩いていく。その背中に先程の憂いは見当たらない。ブルクハルトは困惑しながらも安心してその姿を見送った。
「ティーナ?」
ブルクハルトが呼び止めると、クリスティーナがぼんやりと顔を上げる。ブルクハルトを見つめる瞳には涙が滲んでいた。
「大丈夫か?」
ブルクハルトは胸の痛みをおさえて、クリスティーナにハンカチを差し出した。クリスティーナを竜騎士に選ばなかったのはブルクハルトだが、それを伝えて謝ることはできない。
「ティーナの実力は俺も認めているから、あんまり落ち込むなよ。今回は……その、竜との相性の問題というか……」
ブルクハルトが慰めのつもりで言った言葉にクリスティーナはビクリと肩を震わせる。ハンカチがクリスティーナの手から滑り落ちたが気づいた様子もない。
「ティーナ?」
ブルクハルトはハンカチを拾い上げて、クリスティーナに声をかけるが聞こえていないようだ。覗き込むように顔を見ると、血の気が引いていて真っ青な顔をしている。
「ティーナ、大丈夫か?」
「……それって、私とは相性が悪いってこと?」
クリスティーナがぼんやりした表情のまま絞り出すように言う。ブルクハルトは今にも倒れそうなクリスティーナを支えるように抱きしめた。クリスティーナは倒れ込むように、ブルクハルトの腕の中におさまる。
「ティーナ、相性が悪かったわけじゃないよ。一緒に戦うには向かなかったってだけだ……ごめん、慰めにもなってないな」
ブルクハルトは苦しそうに肩で息をするクリスティーナの背中をゆっくりと撫でた。クリスティーナはブルクハルトに縋るようにしがみついてくる。婚約してから多くの時間を共に過ごしてきたが、ここまで動揺するクリスティーナを見るのは初めてだ。昔から竜騎士になりたいとは言っていたが、なれないと分かってもこれほど思い詰められるとは思っていなかった。
「私……ハルトの婚約者でいていいのかな?」
クリスティーナは呼吸が落ち着いてくると泣きそうな声で聞いてきた。
「は? なんでそんなことを聞くんだ。婚約と竜騎士の件はまったく関係ないだろう?」
唐突にクリスティーナが話を変えるので、ブルクハルトは困惑するしかない。身体を離してクリスティーナの顔を覗き込むが、真っ青な顔で見上げてくる彼女の瞳は真剣そのものだ。
「私、ハルトとの婚約が政略的なものだなんて思いたくないの。ハルトも私との結婚を心から望んでくれてるって思っていい?」
「あ、ああ。もちろんだ。当たり前だろう?」
ブルクハルトが肯定すると、クリスティーナは安心したようにふんわりと笑う。ブルクハルトにしてみれば確認される理由さえ分からない。クリスティーナはブルクハルトの命より大切な存在で、だからこそ竜騎士に選べなかった。どちらかと言えば、サバサバしたクリスティーナ相手にいつも不安なのはブルクハルトの方だ。
「ハルト……」
クリスティーナが遠慮がちに身体を寄せてくるので、ブルクハルトは包みこむように抱きしめる。クリスティーナはブルクハルトの背中に腕を回してギュッと抱きしめ返してきた。こんなふうにクリスティーナが甘えてくるなんて今までにも数えるほどしかない。
「急にどうした? 最近、竜騎士のことで忙しくて出掛けられなかったから不安にでもなったのか?」
「違っ……ううん、そうなのかも。ごめんね、ちょっと弱気になっちゃった」
クリスティーナの声からは緊張が消えていて、ブルクハルトはホッとする。
「俺の方こそ不安にさせてごめんな。落ち着いたら二人で出掛けよう。ティーナの行きたいところに連れてくよ」
ブルクハルトがクリスティーナの頭を撫でると、不服そうに頬を膨らまして見上げてくる。ブルクハルトは血色の良くなったクリスティーナの頬を指先で突っついた。
「人の気も知らないで……」
クリスティーナが口の中でモゴモゴと言う。
「えっ?」
「なんでもない」
ブルクハルトが聞き取れなくてクリスティーナを見ると小さく首を振った。
「そうだわ!」
クリスティーナは突然元気よく言って、ブルクハルトの腕の中からスルリと抜け出す。なんだか誤魔化された気がするが、落ち込んでいるよりずっと良い。
「一つだけ約束してほしいの。戦闘になったときには自分の安全をきちんと確保すること。仲間も大切だけど、ハルトが怪我をしたら仲間だって辛いのよ。これは脱落した私からのお願いだからちゃんと守ってね。分かった?」
「いや……まだ、俺に決まったわけではなくて……」
むしろ、ブルクハルトが竜騎士になることなどありえない。青龍として戦うときの助言なら正しいのかもしれないが、クリスティーナはブルクハルトの正体を知らない。
「何でそんなふうに言うかな? 黙って頷くだけで良いのに……。もぅ、何もできずに待っているだけの人間の気持ちも少しは考えなさいよ!」
クリスティーナはそう言いながら、ブルクハルトの腹部に拳をいれた。クリスティーナの拳は、魔力を込めていなくても結構重い。普通の人間なら確実に気絶していただろう。
「……何するんだよ」
ブルクハルトが腹部を擦りながら睨むと、クリスティーナは満足そうに笑った。ほんの少しだけ乱暴だけど、笑顔が可愛すぎてブルクハルトは何も言えなくなる。
「悪いのはハルトでしょ。お出かけ、楽しみにしてるからね」
「えっ……あ、ああ」
クリスティーナはそう言ってスタスタと歩いていく。その背中に先程の憂いは見当たらない。ブルクハルトは困惑しながらも安心してその姿を見送った。
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