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20.番の力(ヒューゴ)
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やがて、青龍はフラフラとヴェロキラ辺境伯邸の庭まで飛んできて、倒れ込むように着地した。思った以上にギリギリの状態で飛んでいたようだ。
「兄さん!」「ハルト!!」
クリスティーナの存在を忘れて叫んだヒューゴの声と、クリスティーナの悲痛な叫びが重なる。
(今、『ハルト』って呼んだよね?)
ヒューゴが戸惑っていると、クリスティーナは躊躇することなく柵を乗り越えた。
「ちょっと、ここ三階!」
ヒューゴが慌ててバルコニーに出て下を覗き込むと、庭に転がりながら着地したクリスティーナが青龍に向かって駆け出すのが見えた。
「ティナ義姉さんって人間だよね?」
思わず声が漏れる。おそらく、魔法で身体を強化したのだろうが、竜人のヒューゴでも驚いてしまう。
「ヒューゴ、あなたも急ぎなさい」
「は、はい」
ヒューゴは夫人に押し付けるように渡された治療魔法薬を持って、クリスティーナの後を追った。竜人は普通の人間の魔法が効きにくい。治療には治療魔法薬か、特別な魔力を持った人間の治癒魔法が有効だ。
ヒューゴが三階から地上に飛び降りて青龍に近づいていくと、そばでジュリアンがぐったりと倒れているのが目に入った。慎重に兜を外して覗き込むと弱々しいが呼吸しているのが分かる。ヒューゴは青龍の治療をはじめているクリスティーナをチラリと見て、ジュリアンの治療に専念することにした。
ジュリアンに目立った出血はないので、口から強引に治療魔法薬を流し込む。ヒューゴが治癒魔法で補助しようとしたが魔法に弾かれた。
「ぼくはあとでいい……ブルクハルトを……」
治療魔法薬が効いてきたのかジュリアンが口を開く。思ったより意識がはっきりしていて安心する。
「兄さんも治療中だから安心して良いよ」
「そうか……」
エッカルトからの報告で竜騎士契約を結んだと聞いていたが、関係は良好のようだ。
「これだけの保護魔法がかかっていて何でこんな怪我をしたの?」
ジュリアンは出血こそないが、あちこちの骨が折れている。保護魔法で衝撃が緩和されたとは、とても思えない。
「ほごまほう?」
ジュリアンは初めて聞く言葉のように呟いた。どうやら、心当たりはないようだ。二本目の治療魔法薬を飲ませながらヒューゴは考える。ジュリアンにかかっているのは高度な保護魔法のようだ。魔法や物理的な攻撃を妨ぎ、わずかではあるが継続的な治癒の効果まである。おそらく、ドリコリン伯爵くらいしか使えないだろうから、彼がジュリアンのためにかけたとみて間違いない。無理に解くより、この効果を利用した方が良いだろう。
「ヒューゴ、お医者様に状況を説明して」
ヒューゴが振り返ると夫人が医師とともに立っていた。人間であるジュリアンはこの医師に任せて方が安心だ。ヒューゴは、ジュリアンが担架に乗せられるのを見守りながら、医師に簡潔に説明する。
医師はあとは引き受けると言って、担架に乗せられたジュリアンとともに屋敷に戻っていった。
「僕は青龍を診てきます」
「そうね。お願い」
ヒューゴは、夫人の不安そうな返事に頷いてブルクハルトのもとへと走る。
「ハルト! しっかりしなさいよ!」
青龍の姿のブルクハルトの傍らでは、クリスティーナが泣きながら治癒魔法をかけていた。普通の人間の魔法に効果はないが、番の魔法なら問題ない。ヒューゴが実際に見るのは初めてだが、治り方を見ると竜人や竜騎士が治療するより効果がある気がする。
クリスティーナが魔法を得意とするドリコリン伯爵家のご令嬢だからかもしれないが、とにかく危機的状況は脱しているようで安心する。
「ヒューゴくん、全然治らない! どうしよう」
「大丈夫だよ。落ち着いて。傷は塞がってきているし、鱗は……しょうがないよ」
ブルクハルトの背中の傷は治ってきているが、剥がれ落ちてしまった鱗はどうすることも出来ない。誰がどのように治療しても、鱗に関しては自然治癒に任せるしかないのだ。
鱗の剥がれ方で魔獣の牙や爪を立てられた場所が分かって痛々しい。ブルクハルトは、鱗が揃うまでひどい痛みに耐えなくてはならないが、クリスティーナにその事は伝えなかった。
「あとは左手かな。お願いできる?」
「うん」
クリスティーナはすぐに移動して、爪が剥がれて痛々しい左手の治療を開始した。頑丈な竜の手があそこまでになる状況が、ヒューゴには想像できない。
「兄さん、痛いところを教えて。背中と手は治療してくれてるから大丈夫だよ」
【おれは……大丈夫だ。それよりティーナが泣いてる気がする。助けてやって……】
「……」
ヒューゴはその言葉に呆れて、無言でブルクハルトの口の中に治療魔法薬を流し込んだ。自分が重症なことくらい分かっているだろうに、絞り出すように言ったのが番を心配する言葉とは実に竜人らしい。なぜかヒューゴまで関係ないのに恥ずかしくなってくる。
【あまっ! 口に入れる前に何か言えよ……】
ヒューゴはブルクハルトの抗議を無視して、彼の口の中に甘ったるい治療魔法薬をもう数本一度に流し込む。そんなふうにくだらない事を言えるのは薬が効いてきている証拠だ。
クリスティーナが驚いた顔でこちらを見ていたが、涙が止まっているので、期せずしてブルクハルトの要望通りになったようだ。
【不味すぎる……】
ブルクハルトは動くこともできないままブツブツ言っていたが、薬で痛みが和らいだのか、やがて眠ってしまった。
「兄さん!」「ハルト!!」
クリスティーナの存在を忘れて叫んだヒューゴの声と、クリスティーナの悲痛な叫びが重なる。
(今、『ハルト』って呼んだよね?)
ヒューゴが戸惑っていると、クリスティーナは躊躇することなく柵を乗り越えた。
「ちょっと、ここ三階!」
ヒューゴが慌ててバルコニーに出て下を覗き込むと、庭に転がりながら着地したクリスティーナが青龍に向かって駆け出すのが見えた。
「ティナ義姉さんって人間だよね?」
思わず声が漏れる。おそらく、魔法で身体を強化したのだろうが、竜人のヒューゴでも驚いてしまう。
「ヒューゴ、あなたも急ぎなさい」
「は、はい」
ヒューゴは夫人に押し付けるように渡された治療魔法薬を持って、クリスティーナの後を追った。竜人は普通の人間の魔法が効きにくい。治療には治療魔法薬か、特別な魔力を持った人間の治癒魔法が有効だ。
ヒューゴが三階から地上に飛び降りて青龍に近づいていくと、そばでジュリアンがぐったりと倒れているのが目に入った。慎重に兜を外して覗き込むと弱々しいが呼吸しているのが分かる。ヒューゴは青龍の治療をはじめているクリスティーナをチラリと見て、ジュリアンの治療に専念することにした。
ジュリアンに目立った出血はないので、口から強引に治療魔法薬を流し込む。ヒューゴが治癒魔法で補助しようとしたが魔法に弾かれた。
「ぼくはあとでいい……ブルクハルトを……」
治療魔法薬が効いてきたのかジュリアンが口を開く。思ったより意識がはっきりしていて安心する。
「兄さんも治療中だから安心して良いよ」
「そうか……」
エッカルトからの報告で竜騎士契約を結んだと聞いていたが、関係は良好のようだ。
「これだけの保護魔法がかかっていて何でこんな怪我をしたの?」
ジュリアンは出血こそないが、あちこちの骨が折れている。保護魔法で衝撃が緩和されたとは、とても思えない。
「ほごまほう?」
ジュリアンは初めて聞く言葉のように呟いた。どうやら、心当たりはないようだ。二本目の治療魔法薬を飲ませながらヒューゴは考える。ジュリアンにかかっているのは高度な保護魔法のようだ。魔法や物理的な攻撃を妨ぎ、わずかではあるが継続的な治癒の効果まである。おそらく、ドリコリン伯爵くらいしか使えないだろうから、彼がジュリアンのためにかけたとみて間違いない。無理に解くより、この効果を利用した方が良いだろう。
「ヒューゴ、お医者様に状況を説明して」
ヒューゴが振り返ると夫人が医師とともに立っていた。人間であるジュリアンはこの医師に任せて方が安心だ。ヒューゴは、ジュリアンが担架に乗せられるのを見守りながら、医師に簡潔に説明する。
医師はあとは引き受けると言って、担架に乗せられたジュリアンとともに屋敷に戻っていった。
「僕は青龍を診てきます」
「そうね。お願い」
ヒューゴは、夫人の不安そうな返事に頷いてブルクハルトのもとへと走る。
「ハルト! しっかりしなさいよ!」
青龍の姿のブルクハルトの傍らでは、クリスティーナが泣きながら治癒魔法をかけていた。普通の人間の魔法に効果はないが、番の魔法なら問題ない。ヒューゴが実際に見るのは初めてだが、治り方を見ると竜人や竜騎士が治療するより効果がある気がする。
クリスティーナが魔法を得意とするドリコリン伯爵家のご令嬢だからかもしれないが、とにかく危機的状況は脱しているようで安心する。
「ヒューゴくん、全然治らない! どうしよう」
「大丈夫だよ。落ち着いて。傷は塞がってきているし、鱗は……しょうがないよ」
ブルクハルトの背中の傷は治ってきているが、剥がれ落ちてしまった鱗はどうすることも出来ない。誰がどのように治療しても、鱗に関しては自然治癒に任せるしかないのだ。
鱗の剥がれ方で魔獣の牙や爪を立てられた場所が分かって痛々しい。ブルクハルトは、鱗が揃うまでひどい痛みに耐えなくてはならないが、クリスティーナにその事は伝えなかった。
「あとは左手かな。お願いできる?」
「うん」
クリスティーナはすぐに移動して、爪が剥がれて痛々しい左手の治療を開始した。頑丈な竜の手があそこまでになる状況が、ヒューゴには想像できない。
「兄さん、痛いところを教えて。背中と手は治療してくれてるから大丈夫だよ」
【おれは……大丈夫だ。それよりティーナが泣いてる気がする。助けてやって……】
「……」
ヒューゴはその言葉に呆れて、無言でブルクハルトの口の中に治療魔法薬を流し込んだ。自分が重症なことくらい分かっているだろうに、絞り出すように言ったのが番を心配する言葉とは実に竜人らしい。なぜかヒューゴまで関係ないのに恥ずかしくなってくる。
【あまっ! 口に入れる前に何か言えよ……】
ヒューゴはブルクハルトの抗議を無視して、彼の口の中に甘ったるい治療魔法薬をもう数本一度に流し込む。そんなふうにくだらない事を言えるのは薬が効いてきている証拠だ。
クリスティーナが驚いた顔でこちらを見ていたが、涙が止まっているので、期せずしてブルクハルトの要望通りになったようだ。
【不味すぎる……】
ブルクハルトは動くこともできないままブツブツ言っていたが、薬で痛みが和らいだのか、やがて眠ってしまった。
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