【完結】婚約者が竜騎士候補に混ざってる

五色ひわ

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番外編:幼い日の記憶 〜二人の出会いの物語〜

9.遭遇

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 クリスティーナは振り返らずに走り続けた。かなり走ったところで、少し冷静になってきて、熊の追ってくる足音がないか耳を澄ます。森が静かなことを確認して恐る恐る振り返った。

「逃げ切れた?」

 クリスティーナは周囲を見回すが、熊が追ってくる姿はどこにもない。どのくらい走り続けていたのだろう。庭のようになっていた森だが、今いる場所が分からない。

「これから、どうしよう」

 このまま走って森を抜けてしまいたかったが、フラフラしてきて木にもたれ掛かるように座り込む。そうすると、思い出したかのように右腕が痛みだした。熊に傷つけられた右腕は今も出血している。

「自分の右腕の治療って、どうすれば良いの?」

 クリスティーナは治癒魔法をかけようとして愕然とした。利き腕ではない左手一本でこれほどの怪我を治療するのは初めてだ。しかし、迷っている時間はない。放置すればするほど治療は難しくなるのは明らかだ。

「落ち着かなくちゃ。きっと出来るわ」

 クリスティーナは落ち着くまで何度も何度も深呼吸した。左手でそっと患部に触れると血で湿っていてビクンと一人怯える。右手を使えたなら触れずに治療できるが、今は我慢して傷口に触れるしかない。泣きそうになるのを必死で堪えて、何とか震える左手で治癒魔法をかけた。

「上手く出来てるわ。大丈夫よ」

 クリスティーナは自分を励ましながら治療を続ける。いつもより、治りが遅いが傷は確実に塞がっている。それでも、傷の深さから考えれば右腕は数日使えないだろう。左手一本で出来ることは限られる。

「早く森を出なくちゃ」

 言っては見たものの動く気力がない。しゃがみこんだまま空を見上げると、夕方に差し掛かっていることが分かった。

「このまま、夜になったら……」

 人間は魔獣の敵だ。夜になり魔獣の動きが活発になったら、クリスティーナの血に誘われて魔獣が集まってくる可能性がある。傷は塞がったのだから、血だらけの服を脱ぎ捨てて下着になれば良い。そう思いはしても、貴族令嬢であるクリスティーナには難しかった。

 クリスティーナは背中に嫌な汗をかいて必死に足に力を入れた。

「大丈夫。すぐに森から出られるわ」

 クリスティーナはどうにか明るい声を出して、フラフラとおぼつかない足取りで歩く。足に身体強化魔法をかけたかったが、使い慣れない土魔法を使ったので魔力も残りが少ない。武器は予備の短剣しか残っていないし、左手では小型の魔獣相手にも戦えるか怪しい。万が一のために魔力は残しておきたかった。

「誰か、助けて……」

 何度目か分からない弱音が口からこぼれ落ちる。冷静になればなるほど、どうにもならない気がしてくる。もしかしたら、このまま……

 辺りが薄暗くなった頃、突然ドスンと大きな音が一つしてクリスティーナは身構えた。絶対に敵わない相手の殺気のようなものを感じて、その得体のしれない者から隠れるように身を縮める。

「なに?」

 クリスティーナが木に隠れて様子を伺うと、人間の大人くらいの大きさの龍が見えた。草木を掻き分けながら、ゆっくりと歩いている。暗くなり始めた森でも、鱗が青くキラキラと光っていた。最強の龍と言われる青龍だ。

 竜騎士とともに戦い、人間の味方になることの多い龍だが、クリスティーナは出ていくことが出来なかった。

 近くに竜騎士らしき人もいないし、何より青龍は血走った目で何かを探している。父であるドリコリン伯爵の相棒より小さいので子供の龍だろうか。それでも異様な殺気は強者であることを示していた。

 お願い、私に気づかないで……

 クリスティーナは震えながら祈る。野生の龍は人を食べるのだろうか。あの大きな口で噛みつかれたら一溜まりもない。


【見つけた!】

 クリスティーナの祈りも虚しく、青龍はクリスティーナを見つけてニッコリ笑った。先程とは打って変わって邪気のない笑顔がさらに恐ろしい。

「来ないで!」

 クリスティーナは叫びながら、足に魔法をかけて後ろに飛ぶ。短剣を怪我のない左手で握って青龍に向かって構えた。青龍はクリスティーナの叫びに応じたかのように固まっている。クリスティーナは逃げ出してしまいたかったが、足が震えて動けない。

【俺のことが怖いのか……】

 青龍が傷ついたように呟く。まるで少年のような呟きにクリスティーナは戸惑ってしまう。敵ではないのだろうか。そんな疑問も当然湧いてくる。

 しばらくにらみ合っていたが、クリスティーナは襲ってこないと分かって短剣を下げる。本当のことを言うと疲れで構えているのも辛かった。

「ねぇ、あなたは私を殺しに来たんじゃないの?」

【違う! そんなことするわけないだろう】

 青龍が大きな唸り声をあげて言うので、クリスティーナはビクリと肩を揺らす。青龍は申し訳なさそうに目を伏せて、クリスティーナから後ずさるように数歩離れた。

【君が良いって言うまで近づかないから、怖がらないでくれ……】

 青龍は本当に悲しそうで、クリスティーナは申し訳ない気持ちになってくる。

 敵ではない。クリスティーナはそう確信してその場に座り込む。青龍はその姿を心配そうに見つめていた。
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