【完結】婚約者が竜騎士候補に混ざってる

五色ひわ

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番外編:幼い日の記憶 〜二人の出会いの物語〜

21.夕焼け

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 クリスティーナは弓矢で順調に魔獣を倒していった。ブルクハルトはそわそわしていたが気づかないふりをする。

 一緒にいるブルクハルトが慎重すぎるおかげで、クリスティーナは前と同じように冷静に魔獣に対応することができた。そのことには感謝しているが、ブルクハルトは心配し過ぎだと思う。

「ハルトが色々言うから、紹介所からの依頼分しか倒せなかったじゃない」

 クリスティーナは、最後にうさぎの魔獣を一羽だけ剣で仕留めて森を後にする。今日の戦闘で魔獣を倒す自信を少し取り戻すことができた。それで良しとすべきだが、せっかく伯爵を説得して森に入ったことを考えると物足りない。

「俺は最後のうさぎの魔獣は余分だったと思うけどな。弓で戦う約束だったのに、『剣で魔獣を倒すまでは帰らないから!』って言うのはずるいと思うぞ」

 ブルクハルトは、クリスティーナの声真似をしながら睨んでくる。『邪魔したら口聞いてあげない!』と言ったら、ブルクハルトは涙目になって『一羽だけなら』と了承してくれた。少々強引だったとは思うが、終わったことをグチグチ言うのはやめてほしい。

「二人とも怪我はないんだし良いじゃない」

「今回はたまたまうまくいったが、魔獣は危険な生き物なんだぞ」

「もちろん、分かっているわ」

 クリスティーナが熊の魔獣を思い出して真剣に言うと、ブルクハルトはハッとした顔をして心配そうに見つめてくる。

「ごめん。ティーナにそんな顔をさせたかったわけじゃないんだ」

「平気よ。もう思い出しても怖くないわ」

 クリスティーナは、ブルクハルトの顔を見てハッキリと言う。自分がどんな顔をしていたかについては自信がない。

「そうか」

 ブルクハルトは困ったように笑う。クリスティーナの強がりはお見通しかもしれない。

「心配かけてごめんなさい」

「良いよ。俺もごめんな。ティーナが強いことは分かっているんだけど……どうしてもな」

 ブルクハルトはそう言いながら頭を掻く。少し悩んだ様子を見せてから、何故かクリスティーナの担いでいた魔獣入りの麻袋をヒョイッと取り上げた。

「何んで? 持てるわよ?」

 森を出るときに二人で半分ずつ持つと約束したはずだ。前はこれより多くを一人で担いでいたので重いわけでもない。

 ブルクハルトは、クリスティーナの抗議を無視して自分の麻袋と重ねて左肩に担ぎ直した。

「手を貸せ」

「手?」

 ブルクハルトはクリスティーナに右手を差し出す。命令口調なのに、ラピスラズリの青い瞳は不安で揺れている。

 クリスティーナは一拍置いて言葉の意味を理解した。怒っていないと示すように、ブルクハルトの手をギュッと握る。ブルクハルトはクリスティーナを心配してくれているだけだ。クリスティーナが本気で怒れるわけもない。

 ブルクハルトはクリスティーナの手を強く握り返して、安心したように力を抜いた。


 ブルクハルトは、街に戻って冒険者紹介所で換金しているときも、クリスティーナの手を離さなかった。大人たちの微笑ましそうな視線が痛い。

「次も誘ってくれるよな? その……二羽までなら、剣で倒しても良いことにするからさ」

 紹介所からの帰り道、ブルクハルトが躊躇いがちに聞いてくる。

「誘うけど……五羽くらいなら軽々運べるから良いでしょ?」

「うーん。じゃあ、三羽までな」

「……」

 クリスティーナがじっとりと見つめるが、ブルクハルトはこれ以上譲ってくれそうにない。どう説得しようか考えているうちに、伯爵家の門が見えてくる。どうしても説得できなければ、今日のような手を使えば良いだろう。

「絶対に一人で行くなよ」

 ブルクハルトは伯爵家の前庭に入ると念押しするように聞いてくる。

「分かっているわ。それより、早く帰らないと暗くなっちゃうわよ」

「あ、ああ」

 ブルクハルトはそう言いながらも帰りそうにない。理由が分からなくて、クリスティーナが顔を覗き込もうとした瞬間、ブルクハルトは繋いでいた手を強引に引っ張って植え込みの影に引き込んでくる。

 クリスティーナは突然のことにバランスを崩して、ブルクハルトに抱きつくように倒れ込む。どちらのものだか分からない心臓の音がドクドクと激しく脈打っていた。

「ティーナ……」

 優しく呼ばれてクリスティーナが顔をあげると、すぐ近くに青い瞳があった。ブルクハルトの手がぎこちなくクリスティーナの頬に触れる。クリスティーナが瞳を閉じると、唇に触れるだけの口づけが落とされる。
 
「「……」」

 温もりが離れていって、クリスティーナが瞳を開くと、ブルクハルトは恥ずかしそうに笑った。ブルクハルトはクリスティーナの赤くなった頬を軽く摘んで離すと、そのまま何も言わずに門の方へと走り出す。

 クリスティーナは呆然としたまま、その背中を見送ることしかできなかった。

「初めて口づけしちゃった」

 クリスティーナは赤くなった頬を抑えて、その場に座り込む。しばらくぼんやりしていると、夕焼けの中を小さな青龍が飛んでいくのが見えた。

「ハルト……」

 こんなことをされては、今まで一生懸命隠してきた感情が溢れ出てしまう。政略結婚だからとか、秘密を教えてもらえていないからとか、もう何を考えても自分の心を説得できそうにない。

「好きになっても良いんだよね?」

 クリスティーナはキラキラと輝く青龍の背中に向かって呟いた。だめだと言われても手遅れであることは、クリスティーナが一番よく知っている。龍の鱗で出来たペンダントを握りしめて、愛しい婚約者の姿が見えなくなるまで空を見上げていた。


 番外編 終
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