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番外編Ⅱ:婚約者が青龍であることを隠してる
10.寝室で
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クリスティーナが左手の治療を終えて、他に怪我がないか確認していると、青龍がみるみると縮み始めた。人間の姿に戻るのだと察して、クリスティーナは慌てて目を閉じ顔を両手で覆う。
「大丈夫だよ。服は着ているから」
そんなクリスティーナに、ヒューゴが笑いながら教えてくれる。
クリスティーナが恐る恐る手を退けると、ブルクハルトは出かけたときと変わらず軍服をきちんと着て、スヤスヤと眠っていた。
「本当だわ」
「僕にもよく分からないんだけど、竜化って魔法に近いんじゃないかな?」
「魔法……」
気になるが詳しく聞くのは今度にした方が良さそうだ。とにかく、人間の姿ならクリスティーナの治療経験が活きてくる。患部は見えないが、相手がブルクハルトなら、その方が動揺しなくて良い気がする。後遺症が出ないよう、療養期間が短くなるよう、クリスティーナは丁寧に治癒魔法を施した。
「では、お運びします」
治療が済むと、ブルクハルトは使用人たちの手によって、担架に乗せられて運ばれていく。患部に薬を塗るなどの処置は、元軍医である医師がしてくれるらしい。クリスティーナは使用人たちに促されて、自分の部屋に戻った。
部屋の扉を開けると、待ち構えていたベレニスたちに浴室に連れて行かれ、されるがままになる。着替えだけしたらブルクハルトのもとに戻るつもりでいたが、行かせてくれそうにない。ベレニスに今から行っても待つだけだと諭されて、クリスティーナは食欲のない胃に無理矢理夕食を詰め込んだ。食事が済むと、ベレニスにやっと開放される。
すぐにブルクハルトの部屋に向かうと、ブルクハルトのリビングには多くの使用人が動き回っていた。皆、心配そうに寝室の方をチラチラと見つめている。
「ティナお嬢様、どうぞ」
「失礼します」
クリスティーナは辺境伯夫人の侍女に導かれて、扉が開いたままになっていた寝室に入る。中では老齢の医師が医療器具の片付けをしていた。ベッドのそばに座っていた辺境伯夫人が、クリスティーナに気がついて振り返る。
「ティナちゃん。来てくれたのね」
「お義母様、ハルトはどうですか?」
クリスティーナがベッドの方に視線を向けると、ブルクハルトは夜着を着て眠っていた。あちこちに見える包帯が痛々しい。
「問題ないそうよ。ティナちゃんのおかげね。ありがとう」
「そんな……お役に立てたなら良かったです」
クリスティーナがホッと息を吐くと、夫人も笑顔を見せる。
「ティナお嬢様の治癒魔法はすごいですな。軍人に知られたら入隊させられますぞ」
「あら、駄目よ。うちの大切なお嫁さんなんですからね」
「そうでしたな」
夫人の言葉にクリスティーナは顔を赤くする。医師と夫人の和やかな会話を聞いていると、クリスティーナも安心することが出来た。
ブルクハルトとともに戦っていたジュリアンも、先に治療を終えて別室で休んでいるらしい。彼も重症ではあるが命の危険はないそうだ。
「先生、この子が起きたら叱ってやって下さいね。本当に親子揃って無茶ばっかりするんだから困るわ」
「いやー、あんなに頑張った坊っちゃんを叱るなんてできませんよ。あの怪我で飛んできたなんて奇跡ですな。ジュリアンくんを守るために坊っちゃんも必死だったんでしょう」
クリスティーナは医師の言葉にドキリとする。最初にクリスティーナがブルクハルトの怪我を見たときにも思ったことだ。龍の生命力を加味しても、ブルクハルトが助かったのは奇跡なのかもしれない。
「先生、ティナちゃんを怖がらせるような言い方はしないで下さい」
「いやー、すみません。本当にもう大丈夫だから、そんな顔しなくて良いですよ」
「はい……」
医師は片付けを終えると部屋を出ていった。戦場がどうなっているのか分からないが、他の者の治療に向かったのかもしれない。リビングにいた使用人たちもそれぞれの仕事に戻っていく。
「お義母さま。私もここにいて良いですか?」
「ブルクハルトは眠っているし、ティナちゃんも今日は自分の部屋でゆっくり休んだ方が良いと思うわよ?」
辺境伯夫人が困った顔で言う。クリスティーナが治癒魔法を多用していたことを気にしてくれているのだろう。
「奥様。差し出がましいようですが、治癒魔法が得意なティナお嬢様に付いていて頂いた方が安心ではないでしょうか?」
遠慮がちにクリスティーナを援護してくれたのは、ブルクハルトの乳母だった女性だ。今も屋敷で働いているので、ブルクハルトを心配して駆けつけてくれている。
「お義母さま、お願いします」
「ティナちゃんはうちの娘同然だけど、ドリコリン伯爵からお預かりしている大切なお嬢様なのよ。ブルクハルトのために無理はさせられないわ」
夫人がそんなふうに言うので、クリスティーナは黙り込む。魔獣の気配がすべて消えたわけではない。ドリコリン伯爵やガスパールは今も討ち逃した魔獣を探して戦っているのかもしれない。そんな家族に心配はかけられない。でも……
「……ティーナ? 大丈夫か?」
ブルクハルトが呟くように言うので、皆が一斉に眠るブルクハルトに視線を向ける。クリスティーナはブルクハルトの枕元に駆け寄るが、スヤスヤと眠っているだけだ。
「寝言?」
「もう、これだから竜人はずるいわよね」
「お義母さま?」
夫人が呆れた顔でブルクハルトを見て、ため息をつく。その後にクリスティーナに向けられた視線はとても優しい。
「ティナちゃん、無理はしないって約束できる?」
「はい!」
「分かったわ。わたくしもずっとここにはいられないし、任せても良いかしら?」
「はい! ありがとうございます」
ブルクハルトの寝室には、夫人の指示で大きなソファが運び込まれた。クリスティーナが休めるように準備してくれたようだ。
「ティナちゃん。ここに居て良いから、ちゃんと眠るのよ」
「はい」
貴族令嬢としては結婚前に許されることではない。だが、緊急事態なので目を瞑ってくれるようだ。クリスティーナがブルクハルトのそばを離れられないと、夫人には伝わっているのだろう。
夫人が部屋を出ていくと、クリスティーナはブルクハルトの腕を抱きしめる。同じ部屋の中でもより近くにいたくて、椅子に座ってブルクハルトの寝顔をずっと見つめていた。
「大丈夫だよ。服は着ているから」
そんなクリスティーナに、ヒューゴが笑いながら教えてくれる。
クリスティーナが恐る恐る手を退けると、ブルクハルトは出かけたときと変わらず軍服をきちんと着て、スヤスヤと眠っていた。
「本当だわ」
「僕にもよく分からないんだけど、竜化って魔法に近いんじゃないかな?」
「魔法……」
気になるが詳しく聞くのは今度にした方が良さそうだ。とにかく、人間の姿ならクリスティーナの治療経験が活きてくる。患部は見えないが、相手がブルクハルトなら、その方が動揺しなくて良い気がする。後遺症が出ないよう、療養期間が短くなるよう、クリスティーナは丁寧に治癒魔法を施した。
「では、お運びします」
治療が済むと、ブルクハルトは使用人たちの手によって、担架に乗せられて運ばれていく。患部に薬を塗るなどの処置は、元軍医である医師がしてくれるらしい。クリスティーナは使用人たちに促されて、自分の部屋に戻った。
部屋の扉を開けると、待ち構えていたベレニスたちに浴室に連れて行かれ、されるがままになる。着替えだけしたらブルクハルトのもとに戻るつもりでいたが、行かせてくれそうにない。ベレニスに今から行っても待つだけだと諭されて、クリスティーナは食欲のない胃に無理矢理夕食を詰め込んだ。食事が済むと、ベレニスにやっと開放される。
すぐにブルクハルトの部屋に向かうと、ブルクハルトのリビングには多くの使用人が動き回っていた。皆、心配そうに寝室の方をチラチラと見つめている。
「ティナお嬢様、どうぞ」
「失礼します」
クリスティーナは辺境伯夫人の侍女に導かれて、扉が開いたままになっていた寝室に入る。中では老齢の医師が医療器具の片付けをしていた。ベッドのそばに座っていた辺境伯夫人が、クリスティーナに気がついて振り返る。
「ティナちゃん。来てくれたのね」
「お義母様、ハルトはどうですか?」
クリスティーナがベッドの方に視線を向けると、ブルクハルトは夜着を着て眠っていた。あちこちに見える包帯が痛々しい。
「問題ないそうよ。ティナちゃんのおかげね。ありがとう」
「そんな……お役に立てたなら良かったです」
クリスティーナがホッと息を吐くと、夫人も笑顔を見せる。
「ティナお嬢様の治癒魔法はすごいですな。軍人に知られたら入隊させられますぞ」
「あら、駄目よ。うちの大切なお嫁さんなんですからね」
「そうでしたな」
夫人の言葉にクリスティーナは顔を赤くする。医師と夫人の和やかな会話を聞いていると、クリスティーナも安心することが出来た。
ブルクハルトとともに戦っていたジュリアンも、先に治療を終えて別室で休んでいるらしい。彼も重症ではあるが命の危険はないそうだ。
「先生、この子が起きたら叱ってやって下さいね。本当に親子揃って無茶ばっかりするんだから困るわ」
「いやー、あんなに頑張った坊っちゃんを叱るなんてできませんよ。あの怪我で飛んできたなんて奇跡ですな。ジュリアンくんを守るために坊っちゃんも必死だったんでしょう」
クリスティーナは医師の言葉にドキリとする。最初にクリスティーナがブルクハルトの怪我を見たときにも思ったことだ。龍の生命力を加味しても、ブルクハルトが助かったのは奇跡なのかもしれない。
「先生、ティナちゃんを怖がらせるような言い方はしないで下さい」
「いやー、すみません。本当にもう大丈夫だから、そんな顔しなくて良いですよ」
「はい……」
医師は片付けを終えると部屋を出ていった。戦場がどうなっているのか分からないが、他の者の治療に向かったのかもしれない。リビングにいた使用人たちもそれぞれの仕事に戻っていく。
「お義母さま。私もここにいて良いですか?」
「ブルクハルトは眠っているし、ティナちゃんも今日は自分の部屋でゆっくり休んだ方が良いと思うわよ?」
辺境伯夫人が困った顔で言う。クリスティーナが治癒魔法を多用していたことを気にしてくれているのだろう。
「奥様。差し出がましいようですが、治癒魔法が得意なティナお嬢様に付いていて頂いた方が安心ではないでしょうか?」
遠慮がちにクリスティーナを援護してくれたのは、ブルクハルトの乳母だった女性だ。今も屋敷で働いているので、ブルクハルトを心配して駆けつけてくれている。
「お義母さま、お願いします」
「ティナちゃんはうちの娘同然だけど、ドリコリン伯爵からお預かりしている大切なお嬢様なのよ。ブルクハルトのために無理はさせられないわ」
夫人がそんなふうに言うので、クリスティーナは黙り込む。魔獣の気配がすべて消えたわけではない。ドリコリン伯爵やガスパールは今も討ち逃した魔獣を探して戦っているのかもしれない。そんな家族に心配はかけられない。でも……
「……ティーナ? 大丈夫か?」
ブルクハルトが呟くように言うので、皆が一斉に眠るブルクハルトに視線を向ける。クリスティーナはブルクハルトの枕元に駆け寄るが、スヤスヤと眠っているだけだ。
「寝言?」
「もう、これだから竜人はずるいわよね」
「お義母さま?」
夫人が呆れた顔でブルクハルトを見て、ため息をつく。その後にクリスティーナに向けられた視線はとても優しい。
「ティナちゃん、無理はしないって約束できる?」
「はい!」
「分かったわ。わたくしもずっとここにはいられないし、任せても良いかしら?」
「はい! ありがとうございます」
ブルクハルトの寝室には、夫人の指示で大きなソファが運び込まれた。クリスティーナが休めるように準備してくれたようだ。
「ティナちゃん。ここに居て良いから、ちゃんと眠るのよ」
「はい」
貴族令嬢としては結婚前に許されることではない。だが、緊急事態なので目を瞑ってくれるようだ。クリスティーナがブルクハルトのそばを離れられないと、夫人には伝わっているのだろう。
夫人が部屋を出ていくと、クリスティーナはブルクハルトの腕を抱きしめる。同じ部屋の中でもより近くにいたくて、椅子に座ってブルクハルトの寝顔をずっと見つめていた。
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